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試合前のプロ格闘技選手

 この茂さんなのだが、昔よく家族で茂さんが管理している別荘にきた時よく遊んで貰った、前の俺の記憶の中の数少ない楽しい思い出であり心許していた人物でもある。


 そんな茂さんなのだが中学生に上がってからはめっきりその別荘へ行かなくなった為実に五年ぶりくらいの再会となる。


 因みに行かなくなった理由は、変に意固地になっていたのだろう。


 今思えば願掛けの類に近いものだったと思うし、行かない事が決意の表れだったのだろうとも思う。


 そんな事をしたところで結局は自分の行動次第だというのに、人間最後に頼るのは結局神頼み、またはそれに近い何かなのだろう。


 別荘に行かないから、俺の願いを叶えてください。 まるでガキが考えそうな事だ。


 そんなこんなで会わなくなり、昔は茂さんに会う事はなんとも思わなかったのだが流石に五年間も間が空いていればどのように接して良いのか分からず、別荘に近づいて行くにつれて変に緊張してくる。


「久しぶりですね、祐也様」

「あぁ、そうだな。 元気にしていれば良いんだが」


 俺が少し緊張しているのを察したのだろう。 田中が声をかけてくれる。


 本当に、こいつ程できる人間を俺はまだ知らないくらいには有能すぎるのだが、そんな男がなんで西條家のボンクラ息子の専属ドライバーなんかしているのか、未だに謎である。


「茂さんは、本日祐也様が訪れる事を以前お伝えした時に一度ビデオ通話をしたのですが大層喜んでましたよ? そして相変わらずパワフルで全くもって衰えていませんでしたね。 良くも悪くもあの時のままでしたよ」

「そうか……それはよかった」


 そして田中に茂さんの事を教えてもらって、俺は少しばかり緊張感が和らいだのが自分でもわかる。


 結局のところ俺が勝手に自分に課したルールで茂さんに一声もかけず別荘に行かなくなった事を心のどこかである種の罪悪感のようなものを感じていたのだろう。 


 それを田中との会話から茂さんは俺が来ることを喜んでおり、今まで何も告げずに来なくなった事を怒っていない事が分かったから、緊張感が和らぎ、気持ちが楽になったというところだろう。


 本当、小さい男だとつくづく思い知らされる。


「ただ、白髪と顔の皺は増えてましたね」

「そりゃ五年近くも経てば誰だって老けるだろう」


 そんな会話を田中と交わしながら車は順調に走っていく。


 因みに女性陣は今まで一言も喋っっておらず、前と後ろで空気の温度差があり過ぎる気がするのだが気のせいだろうか?


 その空気感を例えるのならば、試合前のプロ格闘技選手が醸し出す感じだと言われても納得出来るような空気感である。

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