白い騎士がやってきた
ピンポーン。
母のコレクションであるDVDを見ていた真実は、顔をしかめてドアホンへ向かった。今日はクリスマスの準備のため両親が留守で、夕方まで帰ってこない。
面倒くさいから、知ってる人じゃなければ居留守しちゃおう。
ドアホンのカメラスイッチを入れるまで、彼女はそう考えていた。
画面に映ったのは、とてもきれいな外人の男の人だった。髪は金糸、肌は絹のようで「私は今、とても困っています」という表情をしていなければ、かっこいいと思えたかもしれない。
「道を、○○教会までの道を、教えていただけませんか」
カチカチとマイク越しに、歯のぶつかる音が聞こえてくる。知らない人とはいえ、無視するのはかわいそうに思える。
「○○教会ですね、それなら……」
「先に謝っておきます。ごめんなさい!」
外人さんの言葉と共に、カメラの向こうから放たれた閃光が真実の目をくらませる。そして光を浴びた彼女の体は、彼女自身の意思を無視して動き始める。
「え、あ、ちょ、一体なに!?」
勝手に動く体は駆け足でキッチンへ向かい、ティーセットを取り出してお湯を沸かし始めた。お茶を入れる準備を始めている。手に取った茶葉は、パパのとっておき。
「これはダメ!」
値段がとても高い、というほどではない。普通より少し良いもので、値段も相応。お茶にこだわりのあるパパが大切に飲んでいる、ということが問題だった。
前に間違って使ってしまったときも大変だった。すぐに謝って口では許してくれたけれど、しばらくションボリしたままで、見ているこっちも元気が出なくなる。
全力で抵抗しようとしたものの、体はさっぱりいう事を聞かない。
ゲームのキャラクターのように、すべての動きを操作されている。
お茶を入れる準備が終わると、彼女はティーセットを持って玄関へ向かった。
勝手に動く体はドアのカギを開けて、謎の光を放った外人さんを招き入れてしまう。
「ああ、助かった!」
何者なのか、私に何をしたのか等々、言いたいことがある真実を無視して外人さんはお茶を飲み始めた。
寒さで血の気が引いていた頬に、少しだけ赤みが戻る。ふぅ、と一息ついた外人さんの次の行動は。
「本当にごめんなさい! 仲間とはぐれて道に迷って、心細さと寒さに耐えかねてつい……」
土下座だった。
「つい、何をしたんですか?」
そしてそれに対する真実の行動は、問いただすことだった。自分の体が勝手に動いた、あの現象は何だったのか。それを知りたかった。
「預かる権威を、力を悪用してしまいました。人を操ることのできる力を」
「あなたは一体、何なんですか?」
「これで、分かるでしょうか」
外人さんが服からバッジを外すと、それは一対の弓と矢、そして冠に変化した。
「分かりません」
「じゃあ、これでは? カモン、ブラザー!」
彼が白いマフラーを外し、一声呼ぶと白馬が姿を、正体を現した。体格の良い馬で、玄関にでてくるのは窮屈だったのか不機嫌そうに小さく鳴いた。
「分からないです」
「ダメかぁ……あっごめんなさい、私の名前でしたね」
バッジとマフラーを元に戻し、襟を正して彼は名乗った。
「『ヨハネの黙示録』に記されし『四騎士』が一番手。勝利の上の勝利を得る者、ホワイトライダーです」
「……ホワイトライダーさん、でいいんですね?」
あっさりとしたリアクションに、言い回しを間違えたかな、とホワイトライダーは額に手を当てた。
「合ってます。『ヨハネの黙示録』は名前を聞いたことくらいありますか?」
「キリスト教関係で、なんか世界の終わりが書いてあるとかいう」
「そう、それです」
今度は正解、とばかりに指を立てた。
「すごく簡単に言うと、私は『キリスト教の神様の使い』なんです。『七つの封印』が解けるまではやることが無くてヒマで。今年も関係者みんなでクリスマスをお祝いしようと出かけたんですが、私だけこの近くではぐれちゃって」
「は、はぐれたんですか? この辺で?」
真実が知る限り、この近所に入り組んだ道は無い。はぐれる方が難しいはず、だった。
「はい。クリスマス飾りをチラッと見ただけのはずなんですが、気が付いたら私一人で。周りを探しても全然見つからなくて」
「えーとその、大変でしたね……あれ?」
視界の端に感じた違和感。そちらに真実が視線を向けると、金属の棒のようなものがドアを貫通していた。
実体が無いかのように、外へ向けて振りかぶられたそれが、ホワイトライダーの頭に振り下ろされる。
「痛ったーーーーー!」
「今度は何!?」
頭を押さえてうずくまるホワイトライダーの後ろで、玄関のドアが開く。
そこに立っていたのは、一本の剣を携え赤いマフラーを巻いた黒髪の男。
「どこへ行ったかと思えば、人の家に上がり込んで何をやっとるんだお前は」
「剣で頭を叩くことはないでしょ、レッドライダー」
痛さのあまり涙声で応えるホワイトライダー。
「どうやって、この家に入ったんだ?」
「……こう、バッジでピカッと」
「お前がそれをしなければ、俺ももっと穏便に済ませるつもりだったんだがな」
「ごめんなさい。寒さと心細さに耐えかねて、つい」
「手間のかかる奴だよ、お前は」
うつむくホワイトライダーに大きなため息をついて、レッドライダーと呼ばれた男は剣をネクタイピンへ変えた。
「さてお嬢さん、挨拶が遅れて申し訳ない。俺はレッドライダー。『四騎士』が二番手にして、戦争をもたらす者だ。だらしのない一番手が迷惑をかけたらしい」
「そこまで迷惑は……かけられてるかも。お父さんのお茶を、勝手に使っちゃいました」
他はともかく、パパのお茶。あれだけはどうにかしてもらわなければ。
「ちゃんと謝りましたよ、日本らしいやり方で」
「そうか、偉いなホワイトライダー」
土下座は、「日本らしいやり方」のつもりだったらしい。
「だが、ごめんで済んだら何とやら、と言うらしいぞ」
「嫌味な言い方をするなぁ。さすがの私も、それだけで済ませる気はありませんって。」
「当たり前だ!」
ちょっと失礼、と言いホワイトライダーはお茶の缶を手に取る。しばし考え込み、また口を開いた。
「これ、今夜一晩はごまかせますか?」
「毎日飲む訳じゃないから、多分」
「もし、気づかれそうになったらこれを使ってください」
真実に手渡されたのは、金色に輝くバッジだった。
「えっ、これ、……どうやって?」
「私がやったように、『あ、これまずいな』と思ったらお父さんに見せてくれれば。勝手にピカッて光るはずなんで」
「いいんですか?」
真実はホワイトライダーに、ではなくレッドライダーに視線を向ける。
「良くは、ないな。軽々しく人に渡して良いものじゃない」
「いいじゃないですか、力の一部くらい。大体今回私たちが集まったのって、クリスマスのお祝いをするためでしょ? 四騎士の力なんて必要ないですよ」
「お前な……」
レッドライダーが言葉を続ける前に、外からのノック音がそれを遮った。
「時間切れか。ホワイトライダー、続きは後でたっぷりさせてもらうからな」
「はいはい。えーと、遅れましたがお名前は?」
「真実です。『しんじつ』の方の字で」
「ありがとう、真実ちゃん。また、改めてお詫びに伺います。バッジはその時返してください。それでは失礼しました」
――――――
またの機会は、意外に早く訪れた。
その日の夜のこと、シャンシャンという鈴の音に気付いて真実が目を覚ますと、窓の外からコンコンとノックの音が。
窓を開けて確かめてみると、そこにいたのはサンタの装いで、白馬にまたがったホワイトライダーだった。白馬も鈴とトナカイの角の飾りをつけている。
「ホワイトライダーさん!?」
「こんばんは。サンタさんの力を借りて、例のもの用意してきましたよ」
背負った袋から取り出されたのは、昼に使ってしまった茶葉と同じもの。
「ありとあらゆるプレゼントを用意し、一晩で配ってみせるサンタクロースの物流、頼りになります」
「その代わりに、サンタさんのお手伝いですか」
「はい、色も合ってるのでどうかなと言ってみたら、やらせてもらえました」
「なんだか、嬉しそうですね」
「あ、分かります?」
四騎士としての仕事が、彼は好きではなかった。
「あの後レッドライダーにも言ったんですが、私は四騎士としての役目が好きじゃないんですよ。大事なことだと思ってはいますが、封印が解ける日なんて来てほしくない」
「勝利の上の勝利、って言ってましたね。あれ、どういうこと……」
「あ、そうそう忘れてました」
話を遮って、ホワイトライダーはまた袋からプレゼントを二箱取り出す。
「サンタさんからと、私からのプレゼントです。どうぞ」
「わぁ、いいんですか」
「お茶を返すだけじゃどうかと思って、別に用意しておきました」
開けても良いか、と聞く前に上から赤いトナカイ、もとい馬が下りてきた。
「おい、そろそろ行くぞ。配達に間に合わなくなる」
「おっと、ありがとう」
二騎合わせてサンタカラーだからと、ホワイトライダーと共にサンタの手伝いをすることになった、レッドライダーだった。
「それじゃ真実ちゃん、メリークリスマス!」
クリスマスのあいさつを残して、二騎は上空へと駆け上がっていった。
「ホワイトライダーさんも、メリークリスマス!」
黙示録の四騎士は、人に滅びをもたらす神の使い。
今日の二騎士は、子供にプレゼントをもたらすサンタクロースのお手伝い。
「サンタさん、ありがとう」