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勇者さまに狙われています。~私、魔王じゃありません!~

作者: 白星こすみ

「なあアイリスねーちゃん、勇者ごっこしようぜ!」

「はいはい、洗濯が終わってからね。他の子とじゃダメなの?」

「だってねーちゃんが一番上手いんだもん、迫力があるっていうかさ」

「仕方ないわね。でも洗濯を勇者さまが手伝ってくれるなら、もっと早く始められるんだけどなあ?」

「任せとけ! 人助けは勇者の役目だからな!」


 何も言わなくてもこうやって手伝ってくれればいいんだけど、まだ早いかな。とはいえ孤児院全員分の洗濯は一人でやるよりいくらか早く終わった。


「よっし終わった! じゃあ始めよーぜ、ねーちゃん!」

「わかったわよ。今日はどんな設定なの?」

「俺が勇者やるから、ねーちゃんが魔王ね! あとはノリで!」


 いつものパターンだこと。男の子ってどうしてこう勇者になりたがるのかしら。


「魔王アイリス! お前のあくぎょーもここまでだ! この勇者クロウがせいばいしてくれる」


 どこかから木の棒を取り出し、私こと魔王アイリスに向ける勇者クロウ。目を閉じ、大きく息を吸って気持ちを切り替える。


「よくここまで辿り着いたものだ、勇者クロウ。褒美にこの魔王アイリス自らお相手しよう……ところで、大事なお仲間はどうしたのかな?」

「んー、俺を進ませるために、ぎせーになった……」

「では私に挑むのはその敵討ち、ということになるのかな?」


 こちらからある程度の話を引き出してあげる。ごっこ遊びだとしても理由付けはあった方が入り込みやすい。


「そ、そうだ! みんなのかたきをうつ! かくごしろ!」

「では、かかってくるがいい! 返り討ちだ!」

「うおおおおお!」


 クロウはいつも全力で突っ込んでくる。私が護身術をたしなんでいるからか、手加減を知らない。ある意味すごい信頼だ。孤児院の他の子には遠慮があって誘いづらいんだろうな。

 私はさらりと勇者の突撃をかわして声高に煽っていく。


「どうした、勇者の力はこんなものか?」

「く、まだまだあ!」


 そんなやり取りを何度か繰り返す。今日のクロウはいつも以上に熱が入っていて、張り切りすぎたのかクロウは突撃の途中で盛大に転んでしまった。私はいつも適当なところで負けてあげるのだが、そろそろかな。


「ふはははは! 勇者、破れたり! この世界、魔王アイリスがもらった!」


 転んでちょっと泣きそうになっているクロウを見下ろし、勝利宣言をする。ここでクロウが起き上がって向かってくれば魔王は敗れ、ハッピーエンドだ。


「そこまでだ!」

「何者だ!?」


 つい魔王口調のまま振り返ってしまう。そこにはごっこ遊びではすまない本物の剣を抜き、輝く鎧をまとった金髪の青年がこちらを睨んでいた。


「魔王があんな簡単に倒せるとは思っていなかったが、よもやこんなところで人に憑りついていようとは。が、ここまでだ。観念しろ!」


 澄んだ青い瞳が真剣なまなざしで私を見据えている。彼は剣を私に向けたまま、少しずつ間合いを詰めて来ていた。


「勇者……ウィリアム?」


 まさか本物の勇者が私の前に現れるとは思ってなかった。もしかしてヘンな誤解をされてしまったかな? 弁明の言葉を探していると、後ろから声が聞こえた。


「とりゃあ!」

「あうっ」


 こうして勇者クロウの一撃に魔王は倒れ、世界は守られたのだった。




 目覚めると、自分の部屋にいるようだった。


「あ、ねーちゃん! ごめんなさい、大丈夫?」


 クロウが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。


「あ、ごめんねクロウ。私は大丈夫よ。心配させちゃったね?」

「ほんと?」

「本当よ。だからもう行きなさい。夕ご飯の支度、手伝ってきて?」


 嘘だった。後頭部がずきずきする。


「うん……」


 私は上体を起こして部屋を出るクロウを笑顔で見送る。


「本当に、ごめんなさい!」


 もう一度そう謝ってクロウは部屋を出ていった。


「本当に、魔王ではないのか?」


 部屋にいたもう一人から声をかけられる。


「当たり前でしょ。あなたこそ、本物の勇者がどうしてこんなところに?」

「近くを通ったのはたまたまだ。しかし、あまりにも真に迫った声色だったんでな。あのチビに聞いたら、ただのごっこ遊びだというじゃないか」


 聞かれていたのか。街外れの孤児院だし誰もいないと思ってたらまさか本職の勇者に聞かれるなんて。


「恥ずかしい……」

「それはこっちのセリフだ。ごっこ遊びを本物の魔王と勘違いして飛び出したんだぞ」

「ふふっ、そうね……いつつ……」


 痛みに頭を押さえるが、血は出ていないようだ。


「すまない、今治療するよ。もしかしたらと思って、話してみるまでは回復魔法をかけなかったんだ」


 勇者はベッドに腰かけると、私の頭に手をかざした。頭の後ろに温かいものを感じ、薄暗い部屋には少しだけ優しい光が照らす。私の影の中から本当に魔王が出てきたりしないかと思ったが、もちろんいらない心配だった。魔法の放つ光とともに、痛みはすっかり引いていった。


「ありがとう、もう痛みは引いたみたい。」

「それは良かった。改めて、俺はウィリアム。勇者をやってる。」

「アイリスよ。この孤児院の運営を手伝ってるわ。」

「よろしく、アイリス。今日は帰るけど、また君に会いに来てもいいかい?」

「ええ、もちろん。剣を向けないって約束するならね。」

「敵わないな。もちろん約束する。君が魔王じゃなくて良かったよ。」




 それからウィリアムは孤児院に遊びに来てくれるようになった。彼の勇者としての実績は素晴らしいもので、なんともう魔王の本体は倒したのだという。しかし魔王の魂まで倒しきれなかったらしく、今はそれの行方を追っているのだそうだ。

 彼はここに来るたびに成果を上げて戻ってくる。先日は魔王の魂を倒すために霊体を斬る剣も手に入れたとか。毎回孤児院の子とも一緒に遊んでくれたり、冒険譚を聞かせたりしてくれるので、とても助かっている。


 ある日、そんな彼から相談があった。今度、魔王の魂を呼び寄せる方法を試すのだという。なんとそれに協力してほしいというのだ。


「私に協力できることなんて……」

「ある。魔王の魂は乗っ取るのに相応しい器を探しているらしい。君があの迫真の演技で魔王の魂を引き寄せられれば、僕がこの剣でそれを斬って終わりだ」

「そんな簡単に行くかしら……」

「呼び寄せに失敗しても、国からの支援が孤児院に入る。悪い話ではないだろう?」

「まあ、そうだけど」


 経営難だという話は前から聞いている。確かに、何か力になれるならとも思っていたが。


「頼む! 協力してくれ!」


 ウィリアムは頭を下げた。


「わかったわ。国のため、孤児院のため、何よりあなたのためだもの。私にできるだけのことはやってみる」


 こうして劇の公演が決まった。国の支援の下、孤児院の年長者メンバーを集めて練習、練習、練習。

 既に書いてあったんじゃないかというスピードで脚本が渡され、必死で覚えている間に衣装が渡され、あっという間に公演の初日がやってきた。


「いつも聞いていた冒険譚のアレンジで助かったわ。そうじゃなかったら覚えきれなかったかも」

「魔王を倒すストーリーなんだから、実話を元にした方がリアリティあるだろ?」

「確かにね。本当に魔王の魂が現れたら、最後の方はアドリブになるのよね?」

「うん。場合によっては中止、観客の安全が最優先だ。」

「なんかちょっと怖くなってきた……」

「大丈夫。アイリスは絶対に俺が守る」

「ウィル……」


 怖いのはきっと彼も同じだ。彼はこれまで何人もの命を助けただろう。でもきっと、助けられなかったこともあっただろうから。今回そうならないという保証はない。


「もう時間だ。せっかくの初舞台、楽しんでいこう」




 舞台は勇者が魔王を倒すサクセスストーリーになっている。勇者はウィリアムが担当だ。

 最後、魔王を倒した勇者は街に戻ってくると、魔王の魂が憑依した相手と対峙する。そこで憑依した相手が恋人のアイリス、つまり私というわけだ。


「ただいま、アイリス。ついに僕は魔王を倒したんだ。世界は平和になったんだよ」

「おかえり。……ねえウィリアム? 本当にそうかな?」

「アイリス?」

「はああああああ!」


 ウィリアムに向けてナイフを振り下ろすアイリス。ウィリアムは慌てて一歩引き、かわした。


「アイリス! 何を!」

「あはははは! やった、勇者の恋人の体を奪ってやった!」

「お前、まさか……」

「いかにも。改めて名乗るとしよう! 今の私は魔王ゼノスだ。魔族の王にして人族を滅ぼすもの! お前の恋人、アイリスと言ったか? 不本意だがこの肉体はしばらく私が利用させてもらう!」


 不敵に笑うゼノス。同じ顔でも、それはいつものアイリスの優しい笑顔とは別物だった。


「卑怯な! ゼノス、アイリスから離れろ!」

「それではな、勇者ウィリアム。恋人を殺すか、恋人に殺されるか。苦悩し選ぶがいい。その苦しみが魔王たる私の糧となるのだ」

「くそっ……!」


 この後、魔王ゼノスは勇者の恋人の体で暴れまわる。ここが結構な尺がある。魔王の魂をおびき寄せるためだけど、来なかったときはダレそうだな。

 そこが終われば勇者は再会した魔王を必死の呼びかけで体から追い出し、例の剣で両断して物語は幕を下ろす。予定通りなら、だけど。




「ははは! 燃えろ燃えろ!」


「うっとうしい人族のゴミどもめ! 消えろ!」


「命乞いだと? 愚かなヤツめ、生かしておくわけが……」


 言いかけて気づく。来た。まさか本当に来るなんて。青白い炎のようなものが揺らめきながらこちらに近寄ってくる。なぜ体が動かない。

 ウィルは? このままじゃ劇の通りになってしまう。なんでじっと見てるの? 助けて――


「生かしておくわけが、ないだろう!」

「ぐ、ぐわあああああ!」


 先ほどの演出とは違う、本物の炎。私の意識はそこで途切れた。




「アイリス、アイリス?」


 ウィルの声だ。


「アイリス! 目を覚ませ!」


 だんだん意識がはっきりしてきた、体は動かせないが、なぜか勝手に動いている。自分の体なのに後ろの方からぼうっと眺めているみたいだ。


「無駄なことを! この体は既に私が支配している!」


 私の声だ。もちろん私が喋っているわけではない。


「もう意識はないのか? アイリス!」

「まだ少し残ってはいるが、それも時間の問題だ。人間ごときの精神力で私の支配から逃れられるはずはないからな」

「そうか、仕方ない。ならばその体ごと、お前を葬るしか……」


 ちょっと待って、話違くない?そんなセリフあったっけ?


「できるのか? 恋人のお前に」

「僕がやってあげないといけないんだ」

「素晴らしい覚悟だな。まったく、涙が出るよ」


「魔王め、覚悟しろ!この勇者ウィリアム、全力でいかせてもらう!」

「目障りな勇者よ。こちらも我が全霊をもってお前を迎え撃とう。」

「アイリス! 好きだ!」

「ふぇっ!?」


 ヘンな声が出た。今のは私の意思じゃないが、どう考えても魔王が発したのではない。


「アイリス! 愛してる!」

「ちょ、ちょっと何、急に……」

「今だっ!」


 いつか見せてくれた、魔王の魂を斬るための剣。それが今、私の胸に深々と突き刺さった。刺した跡から青白い炎が漏れ出していく。だんだんと体の感覚が戻ってきた。


「お、の、れ……」


 そんな言葉を最期に、私は体を取り戻した。ウィルが剣を抜くと、不思議なことに私の体に傷跡は一切ついていなかった。

 力が上手く入らずよろけた私を、ウィルは支えてくれた。


「大丈夫か、アイリス?」


 そうだ、今は舞台の途中だった。もうセリフなんか吹っ飛んでしまった。ここからはアドリブ上等だ。


「ええ、ウィリアム。魔王は……?」

「倒したよ。全部終わったんだ」

「そう、良かった。あなたに三つ言いたいことがあるんだけど」

「なんだい?」


「助けてくれて、ありがとう」

「どういたしまして、当然のことをしただけさ。もう一つは?」


「私も、好きよ」

「嬉しいよ、結婚しよう。最後の一つは?」


「……乗っ取られる前に倒してよ、バカ!」



 劇はけが人も出ず、評判は上々だった。だが、劇の内容よりも話題になったのは、この日の劇中であった告白が現実のものとなったことだ。

 

 私は勇者ウィリアムと結婚した。孤児院は国の支援と劇の興行収入で少しずつ持ち直している。それからは少し時間ができて、今では孤児院の子らにも演劇の指導をするようになった。


「ねーちゃん、お願いします!」

「はいはい、仕方ないわね。今日はどういう設定?」

「おれが勇者やるから、ねーちゃんは魔王やって!」


 また魔王か。たまにはお姫様とか、そういうのがいいんだけど。


「よくぞ来た、勇者よ。私の炎に焼かれる覚悟はいいか?」

「お、やってるやってる!」

「ちょっと! 邪魔するならあっち行っててよ、ウィル」

「ごめんごめん、タイミング悪かったね、アイリス。すこし離れて見てるから」


 こうしていつも魔王の登場に水を差す勇者がいれば、この孤児院も安心だろう。


読んでくださり、ありがとうございました。


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