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七夕の夜明け

作者: 髙橋祐貴斗

星をみあげて、誰を思い、何を願うのだろう。

 本当に小さく、カーテンレールの音がしたから、微睡みから浮上して「もう行くのか」と聞いた。まだぎりぎり夜明け前で、外の雨は止んでいる。

「ん。天の川、見たことないなって、思い出して」

 行くという答えでもいいやという答えでも、そうかと答えて再び眠りの世界に彷徨い行くつもりなのは変わらなかったから、否定でも肯定でも無い見当違いな返答に、少しばかり首を窓の方へ向ける。

「見えるの?」

 雨だったし夜明け前だ。曇天と夜明けの光、どちらか一つでも星々の光は霞むだろう。尋ねる事自体が奇妙な話だが、自然と、そう口にしていた。

「見えないねぇ」

 そう、と答えて、枕に頭をもどす。

「見たことないんだよね。誰かと見上げる星空って、きっと、ロマンチックだと思うんだけど」

 開けていい?と問われたので、お好きにどうぞ、と答える。うっすらと白く覆われた夜空から、湿った空気と初夏の少ない虫の音がさわさわと流れ込んでくる。蝉も、まだ眠っているようだ。

 月明かりとも街灯ともつかない、曖昧な光が、外を見上げる鼻梁を照らしている。“誰かと見上げるロマンチックな星空”を“見たい”のか“見たかった”のか、そんな疑問が浮かんだが、口にしたところで詮無いことだと思い直した。

 ……もしも、星が見えたら。見上げる先には故人の魂が、そこに輝いているのだろうか。そして自分は、亡き恋人を思って空を見上げる横顔を、こうして盗み見るように眺めているんだろうか。

 くるり、と顔を反らして、壁にかけられた喪服を見やる。きちんとした礼服だから、なるべくシワにならないように、鴨居にかけておくのも恒例行事だ。最初は、もう持って帰るだけだから、そんな気を使わなくても良いよと笑われたが、何年か繰り返すうちに何も言わなくなった。けれど、毎年、律儀にこの日に帰ってきて、一晩部屋を間借りして、翌朝には立つことだけは変わらない。

「いつもありがとね」

 喪服を見ていたことに気付いたのか、柔らかい声で、改まって礼を言われる。

「宿代わりに泊まっていきなよ、って言ったのは自分だし」

「でも、何年も毎年」

「もう、年に一度の恒例行事だね」

 肩を竦めるように答えたら、そうか、と温度の無い吐息のような、小さな苦笑。

「天の川、みたことある?」

「ない、かな」

 年に一度の特別な日、天に分かたれた恋人たちは、一晩だけ会うことを許される。地上の人々は願い事を書いて、叶いますようにと天を見上げる。

 自分には、短冊にしたためるような願いはなくて、それはきっと相手も同じで。

「たぶん、みえないだろうから」

 もしも夜空が晴れていても、月や街灯が無くても、思う人は天に無く、願う希望もない自分には、星空の輝きは見えないだろう。

 僅かに話す間に、徐々に空が明るくなる。まだ、目を刺すような光ではない。けれど、確実にまもなく朝はやってくる。もう一度微睡めば、次に起きた時は別れの挨拶だ。


 ただ、星が見えないことが、自分のせいでは無くてよかった、と強くなる夜明けの光を感じながら、そんなことを思った。

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