貸し工房でのハプニング
サチがユキと翌日の約束をしていた頃、別の場所で1つの騒動が起きていた。
自由世界~フリー・ワールド・オンライン~の開発部、その開発責任者である主任の部屋を部員の1人が慌てた様子でノックする。
「主任! 主任、起きてください! ジャイアントオーガが倒されました!!」
「……なんだなんだ騒々しい、本当にアイツが倒されたのか? 計算上ではあと半月は倒せないと思っていたんだが、倒したのは例の6柱の連中か?」
6柱とはトッププレイヤー6人によって構成されたパーティーの通り名で、その名の通り鬼のような強さで先のエリアへと進んでいた。
身の丈と同じ大きさの盾を使いこなし、鉄壁の守りを誇る大盾使いヒッグス。
素早い動きで敵を翻弄し、トラップの設置や解除まで行う短剣使いのセツナ。
補助魔法のスペシャリストでありながら、槍での攻撃も得意な神槍リショブン。
全属性の攻撃魔法を覚え、範囲魔法で敵を殲滅するプッツン魔女のシルヴィア。
パーティー全員のHP回復だけでなく、状態異常まで瞬時に癒やす聖女エレナ。
そしてパーティーの司令塔にして、最強の一角と呼ばれている炎剣カグツチ。
この6人が文字通り現在ゲーム内における、最強パーティーなのは間違いない。
しかし部員からもたらされた情報は、主任の予想を裏切るものだった。
「……いえ、ジャイアントオーガを倒したのはソロプレイヤーによる攻撃です」
「ソロだと!? ではまさか……翁の仕業か?」
翁とはカグツチと同じく双璧の1人と呼ばれているプレイヤーで、片時も離さない仕込み杖を用いた居合いを防ぐことは不可能と言う……。
「翁でもありません、プレイヤーの名はサチ。 開始からわずか2日目で、オーガの討伐を果たしてしまいました」
この報告を聞いた主任は、まずデータの不正アクセスを疑った。
「このサチというプレイヤーの、アクセス履歴は調べたか? サーバーデータの改竄が疑われるようなら、本部への通報も考えなければならない」
「データを改竄した様子は見受けられません、ただ……」
「ただ?」
何やら歯に何かはさまったような物言いをする部下に、主任は声を荒げる。
「原因が分かっているなら、さっさと報告しろ! バグや不具合を利用したものなら早急に対応する必要がある、データに異常が見られないなら何が原因だ?」
「主任もこれを見ていただければ分かります」
部下は持っていたタブレットで倒された時の状況を見せる、それを見た主任は呆気に取られてしまった。
「大口径の対物狙撃銃を自作するって……こいつ一体何者だ?」
とりあえず確かなことは、今回のユニークモンスターの討伐は不正行為では無いという事実……。
「少しの間、様子をみよう。 この銃を量産されるとゲームバランスが崩れる恐れがある、量産の動きがあればそれとなく注意するとしよう」
「そうしますか」
現状量産の動きが無いことから、静観することで意見がまとまった。
この銃の存在が、のちに開発部の頭痛のタネとなる……。
翌日、営業部内の様子がどこかおかしいことに幸男は気づいた。
何か重大な案件の準備をしているような、そんなピリピリとした空気を感じる。
予定よりも早くスケジュールをこなせた幸男は、定時で帰宅するとユキと約束した時間までのんびりと過ごすことにした。
「めずらしいわね、パパがソファーで寝そべっているなんて。 明日、傘を用意しておいた方が良いかも」
「私を一体なんだと思っているんだ久美?」
「仕事大好き人間」
娘よりも大切な仕事などこの世に存在しない、幸男は心の中でそう否定する。
久しぶりの父娘の会話を楽しんでいると、約束の時間を5分ほど過ぎていた。
「少し早いが部屋に戻る、お前も明日学校があるのだから早めに寝るんだぞ」
「は~い」
自室に戻った幸男はタンスの奥に隠しておいたVRギアを取り出し、ベッドの上で横になると電源をオンにする。
サチがログインすると、さっそく個別チャットの告知ランプが点滅した。
「……もしもし」
『あっ、サチさんこんばんわ、ユキです。 今、どちらにいらっしゃいますか?」
「今は街の中央にある噴水の近くだけど昨日準備するの忘れてたのがあるから、まずは貸し工房に付き合ってもらえるかしら?」
ユキと合流したサチは、街の一角にある貸し工房へと向かう。
ここでは自前の店を持たない職人プレイヤー達が、工房を借りて武器や防具などを製作しているのだ。
工房に着くとサチは隅の場所を借りて、今日使う分の弾をさっそく作り始める。
材料である鋼を用意するため熱せられた鉄を打っていると、額に大粒の汗が浮いてきた。
(さすがに暑いな、涼しい格好に着替えるか)
そう考えたサチは、チェック柄のブラウスから白いTシャツに着替える。
しばらくするとユキや周りの職人プレイヤー達が、顔を赤くしながら遠目で自分を凝視し始めた。
「どうしたの? 何かおかしいところでも……」
そこでサチはようやく、汗でシャツの中が透けていることに気づく。
「きゃっ、きゃあああああああっ!!」
とっさに炭に水をかけて工房内に蒸気を充満させると、その隙にブラウスに着替えユキを連れて工房から逃げ出した。
「……透けていたのなら、もっと早く教えなさい」
「ご、ごめんなさい。 物凄く色っぽかったから、つい……」
同性から色っぽいと言われてしまうのだから、男どもが興奮してしまうのも無理もない話である。
(利佳子すまない、次から気をつける)
この日は結局2人で街の外に出ることはなく、ユキはログアウトの時間まで延々とお説教を聞く羽目となった。
そしてサチの方はというと翌日から工房を借りる際に、特製のカーテンで周囲から見られないように気を遣うようになったのである……。