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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

「奇跡の歌姫」シリーズ

春の陽のような思い出

作者: 四季

 まだ幼い頃、父親に連れられて遠い星へ行ったことがあった。


 地球、という名の。


 空は青く澄み、空気は穏やかで、木々に恵まれている。母星に限りなく近い環境であったが、しかしながら流れている空気の重苦しさは違う。その星の空気は、不思議なほどに軽かった。


 そんな星で、私は運悪く迷子になる。父親とはぐれたのだ。


 言葉も通じぬ場所で、まだ幼い子が一人になれば、それはもう不安に満たされるものだ。私もまたそうだった。道行く人に相談しようにも、言葉が通じない。それゆえ、どうしようもない。動きで表現しようにも、可能な範囲には限りがある。


 父親とはぐれ孤独な私に話しかけてくれたのは、一人の女性。


 春の陽のような笑い方をする人だった。


 彼女もまた地球の言語を使う者であり、言葉で意思疎通することはできなかったが、彼女は他の人々とは違い優しかった。理解しようと努力してくれる心を持っていたのだ。


 それから私は、彼女と共に、父親を探すことになる。

 その女性は挫けそうになる私を何度も励ましてくれた。時には美しい歌を聴かせてくれ、また、時には青いブローチを渡して。そうやって励まされ、何とか挫けず歩むうち、私は父親と再会することができた。



 ◆



「次の遠征先は……地球、か」


 時は流れ、運命は変わった。

 私は生まれ育った国を失い、帝国の軍人となり、今まさに再びあの地へ向かおうとしている。


「地球に何か思い出でも?」

「そうだな、昔一度迷子になったことがあってな。実は、その時地球人から貰ったのが、このブローチだ」


 あの日、見知らぬ彼女から貰ったブローチは、今もこの胸に輝いている。このブローチは、今や手を血に染めた私の中の、数少ない穢れなき思い出。だから私は、いまだにこれを手放せないでいる。


「地球は思い出の地、ということでございますか。それはお辛いですね」

「いや。辛くはない。もう……そんな感情はとうに捨てた」


 地球を滅ぼす。帝国のものとするために。

 それが私の役割。

 あの穏やかな星も、じきにすべてが荒野となるのだろう。青い空、軽やかな空気、鮮やかな緑、それらも近いうちに失われる。そのすべてが、ただの記憶となるのだ。


 それでも、歩み出した私の足は止まらない。


 いつか止まる時が来るとすれば、それは、私の息の根が止まる時だろう。



 ◆



 別々の星に暮らす二人。

 もう出会わないはずだったあの女性と再会したのは、皮肉にも、殺戮の中だった。


 彼女は娘を庇って私の剣を受け、そして倒れる。


「貴方……あの時、の……?」


 紅の飛沫が飛び散る中、その女性は掠れた声でそう言った。


 もう十年近く前のことだ、覚えているわけがない。それに私も大人になった。それに伴い容姿も変わった。もちろん、顔も八割は隠している。すぐに分かるわけがないのだ。それなのに、彼女は確かに私を認識していた。


「……ブローチ」


 娘と思われる少女は、倒れた女性に縋り付き、何度も「母さん!」と呼ぶ。

 泣き叫ぶように、声が掠れるまで、呼び続ける。


 私にブローチをくれた女性は、穏やかな表情で、眠ったように動かない。その時の私は、あの思い出の女性が命をかけて護ろうとした娘まで殺す気にはなれなかった。改めて、己の罪深さを突き付けられたような気がして。私はそのまま、その場を去った。


 その時、私の中には一つの予感があった。


 女性は命を落としたが、娘の方とはいずれまた出会うことになるのではないだろうか。


 理由はないが、そんな気がした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 最後の主人公の気持ち、なんとなく解る気がします。
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