第八話
本日二話目の更新です。
前話を見ていない方はまずはそちらをー。
ハルトを追跡した先で到達した洋館。荒れ果てた庭に汚れきった外観、到底人が住んでいるとは思えない館は不穏な雰囲気を感じさせた。
そこを前にしたライルとローラは、洋館から少し離れた場所で準備を整えていた。
「どうするんですか? ライルさん……」
「まずは生存者を探す」
「攫われた女性達のことですか?」
「そうだ」
装備できる限りの道具を持ちながら、ライルはそう答えた。
ライルは、十代後半の少女が攫われた理由はハルトが妹であるローラを探し求めていたからだと辺りをつけていた。
「攫われたのは17歳から19歳の女性——つまり、お前と年の近い奴らだ。妹であるお前と混同しているとしたら、どこかに生かされたまま閉じ込められているかもしれない」
「兄が私を探していたと……?」
「ああ」
生存している可能性は限りなく低い。
ましてや攫われてから最低でも四日は過ぎているのだ。冒険者ならまだしも、最初に攫われた村の女性たちは餓死していてもおかしくはない。
しかし、それをローラの前で説明するほど彼は冷酷ではない。
「お前の兄貴を止められなかったら戦闘になる。その時は、お前はすぐに隠れるんだぞ」
「……兄を、倒せるんですか?」
カバンを漁っていた手を止め、ライルはローラの顔を見やる。
声色からしてハルトが倒されることはしょうがないと思っている。どちらかというと、怪物じみた力を持った彼を、人間であるライルが倒せるかという疑問であった。
「お気に入りの得物をぶっ壊され、おまけに聖水も効かない。んでもってバカみてぇな身体能力に回復力だ。普通なら逃げるはずだが、倒せないというわけじゃない」
再びカバンを漁り、その中から太めの棒状の物体を取り出し、ローラへと見せる。
先端が鋭利に尖った木製の杭。
掌で弄んだそれをベルトにくくりつけた彼は、ようやく立ち上がりコートの襟を正した。
「心臓を潰すか、首をぶった切って火にかける。できなかったら、一旦引いて対策を練るだけだ。……それと、ほら」
ライルがローラにナイフを差し出した。
彼女に配慮したのか、柄側を向けて目の前に出されたナイフを見た彼女は、躊躇するように手を伸ばし——、すぐにその手を引いた。
武器を持つことを拒否した彼女に、静かに頷いたライルは小さなため息をついた後に、近くの枝に馬の手綱を結べつける。
「なら俺から離れるなよ? もし俺がやられるようなことがあったら、生存者を連れて馬で逃げろ。俺のことは見捨てて構わない」
「いえ、それは——」
「文句は、言うな。分かったか?」
反論しようとするローラに指を突き付け、黙らせた彼はそのまま洋館の方へと進んでいく。
近づけば近づくほど際立っていく洋館の不気味さに、躊躇するように足を止めるローラだが、躊躇なしに前を進んでいくライルに頬を引き攣らせながらも慌ててついていく。
真正面から忍び込むはずもなく、ライルは洋館の裏手に回り一つの窓に近づく。すると、おもむろにナイフを取り出し、手慣れた様子で窓のカギをこじ開け、音もなく屋内へと侵入する。
「……なんか手慣れてませんか?」
「ああ、よくやってるからな」
「常習犯……!?」
声を潜めながらそうツッコんだ彼女は、ライルに続くように屋内へと入りこむ。
洋館の中は外観とは違い、まるで数日前には人が住んでいたように綺麗に掃除されていた。侵入した場所は廊下だったのか、いくつかの扉と壁際には高価そうな調度品のようなものが置かれており、元々はそれなりの身分のものが住んでいたかもしれない場所だということを察せられた。
「一つ一つ部屋を確認していく、絶対に騒ぐなよ?」
「はい」
「できれば息もするな」
「なんで!?」
「冗談だ」
すぐに前へ向き直り、音もなく歩き始めるライルにからかわれたことに気付いたローラは、むっとした表情になりながらも、彼のあとをついていく。
まず目に入った部屋の扉を開け放つ。彼らの視界に飛び込んできたのは、なんの変哲のない一人部屋であった。シングルベッドに衣装棚に鏡といった、そこそこの身分の者が住むような部屋に、ライルは眉を顰めた。
「普通の部屋ですね」
「……いや、違う」
「なにかおかしいところが? どう見ても普通の部屋ですけれど……」
「廊下は最近まで掃除された形跡があったが、ここは何年も使われていない。この豪邸だ。使用人がいるなら、使っていない部屋もある程度掃除しているはずだ。ここに住んでいたのは一人か……? ……次の部屋も探すぞ」
別の部屋を確認していくも、最初の部屋と同じくどの家具も埃をかぶっており、人が入った形跡がなかった。
しかし、廊下だけは掃除されていることから、間違いなくこの洋館には人が住んでいた。未だにその人物とは遭遇できてはいないが、今のライルたちにとって正体不明且つ、不気味な存在には変わりはなかった。
そして探索していくにつれ開けた場所に出る。
見たところ正面入り口のある空間ではあるが、その内装は明らかに高い身分の者が住んでいるであろうものであった。
「豪華な屋敷も今じゃ怪物の住処か。皮肉な話だな」
頭上で埃をかぶっているシャンデリアと、足跡と土にまみれた絨毯。正面入り口の真正面に存在する二階へと続く階段――と、屋敷に入った瞬間に目に入る二人の金色の髪を持つ男女の肖像画が飾られている。
温厚そうな風貌の男性と、彼の傍らで椅子に座っている綺麗な金色の髪を結った女性。
それを見つけたライルは、肖像画のいれられた額縁に彫られている文字に手を添えた。
そこには『レクスター』と刻まれていた。
「レクスター。……ここはレクスター家の屋敷か」
「この人達を知っているんですか?」
「それほどは詳しくないが……」
肖像画を見上げながら、ライルは呟くように口を開いた。
「十数年前にレクスターという貴族が都市にいたって話を聞いたことがある。位は……伯爵だったか? まあ、そんなことはどうでもいいが、平民にも隔てなく優しい珍しい貴族だったって噂だ」
「よく、知っていますね」
「目ぼしい事件は覚えるようにしている。特に貴族関係はな」
なにか過去にあったのだろうか? 露骨に顔を顰めたライルに、ローラは素直に疑問に思った。
「解せねぇのは、なぜレクスター家がここにいるかだ。隠居するにしても、ここは物騒すぎる」
森には当然、魔物がいる。
遭遇する確率は高くはないが、それでも都市にいるよりは断然高いはずだ。
それにも関わらずこんな場所に住もうとするのは、ライルに言わせてみれば頭が狂っていることと同じだ。
「都市にいたのに、どうしてここに?」
「それは調べてみないと分からない。ただ、レクスター家は悲劇に見舞われた」
「悲劇とは?」
歩き出そうとしていたライルは、一旦足を止めた。
「夫を失ったらしい。家族を失うってことは、これ以上にない悲劇だろ」
再び歩き始めるライル。
彼の言葉はどこまでも他人事であった。ライルの身の上話を知っていたローラはそれ以上何も言わずに、あとをついていく。すると、他の部屋の扉と比べ一回りほど大きな扉を見つける。
「次はこの部屋だが……」
「ドアノブが、壊されていますね」
「とてつもない力で引きちぎられているな。扉の大きさからみて、屋敷の主が使っていた部屋だ」
場所は洋館の入り口の真正面にある、一際大きな扉の前。
今までの部屋とは雰囲気も何もかもが違っている部屋に、警戒心を抱きながら扉をゆっくりと押し開けると――ライルの鼻が独特の腐敗臭と血の匂いを捉えたことで腰から鉈を引き抜く。
開けた扉の隙間から部屋の中を覗き込み、確認を行った彼はすぐさま緊張を解き、鉈をしまう。その代わり、コートのポケットから取り出した黒色のハンカチをローラへと投げ渡した。
「ハンカチ? えと、これは?」
「中に死体がある。この部屋に入るってんなら、それで鼻と口をそれで覆っておけ」
「……ありがとうございます」
ここは普通「死体があるから下がってろ」と配慮するべきじゃないのだろうか?
しかし、ライルの気遣いを素直に嬉しく思いながら、ローラはハンカチで口元を押さえる。
「それ、使ったら捨てていいぞ」
「え、洗って返します」
「いい、汚いから」
「汚いってどういうことだ、おい」
優しいところもあるんだ、と見直した後にこの発言である。
最早、この男にデリカシーとか配慮を期待するべきではないのではないか? とキレかけながらも扉を開けたライルに続いて中に足を踏み入れる。
部屋の中は外の扉通りに広く、それでいて他の部屋と比べて豪華な装飾に彩られた家具が置かれている。今まではどの部屋も掃除が行き届いてはいなかったが、この部屋だけは廊下と同じくしっかりと清掃されているようだ。
しかし、真っ先にライルとローラの目に飛び込んだのは、部屋に入ったすぐ正面に見える壁に、赤色の棒のようなものに貫かれ絶命している女性の姿であった。
なんだかんだでローラを気遣う(?)主人公でした。
次回の更新は明日の17時を予定しております。




