第五話
本日五話目の更新となります。
ライル・シングスにとって、怪物退治は使命であり義務であった。
冒険者という一応の安全を保障されている仕事と違い、彼の“狩り”はその一切が保証されない命がけの戦いである。一つの油断と慢心が死に直結することを、誰よりも深く自覚していた彼はまずひたすらに知識を集めた。
形無き者ども、人の営みに入り込み悪事を働く怪物、別世界の存在など、数えることすら億劫になるほどの伝承や真偽不明の事件を知り、時には読み解くことで自らが戦うべき敵を見定めたのだ。
戦うに至るまで多くの人々の力を借りてきたが、それも容易な道ではなかった。しかしそれでも彼は、執念ともいえる使命感により、“狩人”と呼ばれるに至った。
「……」
視界いっぱいに暗闇が広がる。唯一村を照らしていた月明かりは、今となっては雲に隠れ周囲は完全に闇に包まれていた。空気に混じるのは醜悪とさえ思える死臭。周囲から響いてくるのは、何かを削るような耳障りな足音。
視界にほぼ頼れない状況でグールとの対決を余儀なくされたライルだが、彼は冷静そのものであった。それどころか視界すらも制限されているなかで、全くの恐れも抱かず歩き出したのだ。
ほぼ一切の音を立てずに暗闇の中を進んだ彼は、クロスボウを両手で構え何も見えない暗闇へと放った。一瞬の風切り音の後に「ィギッ!?」という小さな悲鳴を上げ、一匹のグールが倒れる音を確認する。
「アァァ!」
「ギィィ!」
仲間が仕留められたことでグールが騒ぎだすが、ライルは動揺を見せずに次の矢をクロスボウへと装填し、先ほどと同じことを繰り返した。
グールは強くはないが、数で襲う厄介な魔物である。
遠く離れた場所や、地中に埋められている死体の匂いをかぎ分ける嗅覚を持ち、数を揃えて襲いにかかる彼らは決して油断していい相手ではなかった。高位の冒険者でさえも、囲まれれば命の危険が付き纏うほどの相手でもあることから、どれだけ危険な魔物か分かるだろう。
しかし、そんな嗅覚を持っているグールでさえも、数十人規模の虐殺が行われた死臭に溢れた場所ではその優れた嗅覚は意味をなさない。
それを理解していたライルは一方的にグールの頭を矢で貫いていった。
「———さて」
六度、クロスボウを放ってから不意に彼は空を見上げた。
月の明かりを遮っていた雲がなくなる。徐々に青白い明かりが村を照らしていくと、彼は持っていたクロスボウを地面へ捨て、腰から刃渡り六〇センチほどの重厚な鉈を取り出した。
月の明かりが完全に村全体を照らすと、頭に矢が突き刺さり絶命している六体のグールの死体と、ライルを睨みつけ目を血走らせている七体のグールの姿が露わになった。
「……」
「ガァァァ!」
ライルの姿を見つけたその瞬間に、グールは一斉に飛び掛かる。
グールの飛び掛かりを横に転がることで避けた彼は、思い切り振りかぶった鉈で一匹のグールの頭を薙ぎ払った。力技で薙ぎ払った彼は、目の前で仲間が死んで狼狽えたグールの頭を掴み、そのまま返す刃でもう一体の首を切り離した。
「ギィ、アァァァァ!!」
地面に転がった二つの頭を見てグールは怒りに悶えた。
ライルは問答無用とばかりにグールの脇腹につま先での蹴りを叩き込んだ。地面に叩きつけられたグールは苦悶の声を漏らし痛みに悶えた。
その痛がりようを見て哀れに思ったのか、グールを見下ろしたまま足を軽く上げ――、
「そッら!」
――躊躇なく頭を踏みつぶした。
不快な音と感触に眉を僅かに歪めながらも、無造作にグールから足を引き抜く。振り向きざまに飛び掛かってきたグールを頭から両断すると、残ったグールは怯えた表情を見せた。
戦意が完全になくなってしまっている怪物たちを睨みつけた。
「……去れ、ここにはお前らの食うもんはねぇぞ」
そう言い放ちグールの血を払うと、彼らは仲間の死体に目もくれずに森の方へと逃げ帰っていった。
その場に残されたのはグールの死体を見やり「処分すんの面倒だな」と愚痴を零した。
「おい! もう大丈夫だぞ!」
「は、はーい……」
背後の家屋の扉から、おどおどしながらローラが出てくる。
その様子から見てライルの荒々しい戦い方を怖がっているように伺えた。それも当然だと、彼自身も思った。自分の戦い方は決して褒められるものではない。
冒険者のように魔法や剣を用いて戦わず、その戦い方もたった一人で戦うことを前提としたものだからだ。何より、確実に相手の頭を破壊しているところが、そもそもの怯えられる原因とも言っていいだろう。
「なんというか……貴方は蛮族の出身なんでしょうか?」
俺も口が悪いのは自覚しているが、こいつも相当悪いんじゃないか? ライルは本気でそんなことを聞いてくるローラにそんなことを思った。
しかし、イラっとしたことには変わりないので、足元に転がっているグールの頭を鷲掴みにして持ち上げた。
「おっと、丁度ここにグールの生首が」
「あひゃあああ!? 近づけないでください!?」
本気の悲鳴をあげるローラに溜飲を下げつつ、彼は改めて周囲を見る。
最初に来た時よりも、状況は明らかに悪化しているだろう。
このままグールの死体を放っておけば、他の魔物を呼び出してしまう可能性もあるので、燃やして村の外れに埋めておかねばならない。
「ら、ライルさんって、強いんですね」
「あ? 俺は強くねぇぞ」
「え、だってあんな暗闇の中でクロスボウを当ててたじゃないですか」
「あれは俺が夜目に慣れていただけだ。慣れれば誰でもできる」
仕事柄、彼は暗い場所での活動が主となる。
その理由から常人よりも夜目が利くことに加え、怪物退治の経験があることから暗闇でクロスボウを命中させることを可能にさせた。
彼の返答に微妙な表情を浮かべたローラは、ハッとした表情で続けて問いかけた。
「ライルさんは、どのような魔法を使うんですか?」
冒険者のような戦いを主とする者にとって魔法は必ず覚えておかねばならないものである。
魔法には、いくつかの属性が存在しており、それらの素養は生まれた時から決まっている。
魔法は誰もが有しているものなのだが——その質問を受けたライルは、至極つまらなそうな反応を示した。
「俺は魔法を使えねぇんだよ」
「え? どういう意味ですか?」
「言葉通りの意味だよ。事情があって、俺には魔法を使う魔力そのものが存在しない」
ローラは絶句してしまった。
魔力が存在しない人間、そんな人がいるとは思わなかったからだ。そんな人がギルド長から頼まれて、危険な場所で問題解決に当たっている。傍から聞けば、魔力のない人間を使い捨てにしているようにも思えたが、彼の実力を見た今では違う風に思えた。
彼女の反応に気まずそうに視線を逸らした彼は、足元にあるクロスボウを拾う。
「話は終わりだ。グールの死体を片付けるぞ、お前も―――」
その時、森の中から人間ではない何かの悲鳴が上がった。
丁度、グールが逃げて行った方向だ。普通なら逃げたグールに襲われた魔物か動物によるものだと思うが、その悲鳴はグールによるものであった。
明確な嫌な予感を抱いた彼は、すぐさまクロスボウに矢を装填すると、悲鳴が上がった方向へと向ける。
「え、ライルさ―――」
「後ろに隠れてろ。なにか、来る」
ローラを庇うように前に立った彼が森の方を睨みつける。
すると、何かに激突するかのように木々が揺らめき、人影のようなものが二人の前へと姿を現した。
「ォオォ、ァアア……!」
「……なんだ?」
現れたのは人間の男―――のように見えたが、様子があまりにもおかしかった。
理性がないのか瞳には光がなく口からは涎をたらし、半分千切れた服から見える肉体のいたるところに傷がありボロボロであった。その時点ならば気が狂った怪我人と思えたが、その男の手には先ほど逃げたと思われるグールが首を折られた状態で掴まれていた。
「あれが、村を惨殺した怪物か。少なくとも狼男には見えねぇな」
「あ、あぁぁ……」
「……どうした?」
口を押さえ、信じられないとばかりに半裸の男を指さす。
様子のおかしい彼女を見てから、もう一度男を見やると――、彼の髪色が金色なことに気付いた。
「兄、さん」
「おいおい……人間が化物になっちまったっていうのかよ……」
「オォォォッ!」
ローラの兄、ハルト・アレクサンドラ。
見る影もない姿に変わり果て、今まさに二人を襲おうとしている彼に、ライルは引き攣った笑みを浮かべ、武器を構えるのであった。
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