第十一話
第四章 十一話です。
ライル・シングスの悪魔殺し。
ただ触れるだけで悪魔を塵に変えてみせた彼の所業は、人間から見てもまともなものではなかった。
それは悪魔にとっても同様であり、彼が悪魔アルマを殺す始終を遠い場所から見ていた悪魔―――ケケルは、高くそびえたつ塔の上で、上機嫌な様子で足を揺らしていた。
「ライル・シングス。想像していたより、ずっと興味深い人物でしたね」
ライル・シングスと交渉し、見逃される形で生きながらえた彼女。
しばらくはライル達と事を交えるつもりはなかったが、あの愚かで浅慮な悪魔、アルマの末路だけは確認しておこうと考えていた矢先に―――彼女にとって興味深い光景を見ることになった。
【あの悪魔さんは死んじゃったんですか?】
そんな彼女の内には声が響いてくる。
憑りつく際に、ケケルを受け入れた病に苦しむ少女の声だ。
悪魔と人間、二つの魂が一つの身体の中で共生している状態の彼女は、自身の中の声に返答する。
「ええ、死にました」
【悪魔さんは、とても強いんじゃ……?】
「とても強いですよ? 強い魔法を持っていたとしても、悪魔に敵うことはほぼありえません」
【なら、どうして?】
「ライル・シングスが我々にとっての天敵だからです」
そう言葉にしたケケルに少女は困惑したような声を零す。
悪魔の力は絶大だ。
人を操り、簡単に殺せてしまうほどの力を有している。
彼女の父親が殺される際に、その力の片鱗を目にしていた彼女には、なぜケケルがライルを前にして、追い詰められていたのか全く理解できてはいなかった。
「これを説明するには、魔力というものについて話さなければなりませんね」
【魔力、ですか?】
「ええ、人間が生まれつきに身に着けている戦う術。今や生活の基盤にすらなっている便利なものです」
【それは、私も知っていますけど……】
子供でも知っているような当たり前の常識だ。
少女の声に、ケケルは笑みを作りながら人差し指を立てる。
「では魔力とは、どこからやってきたのかはご存知ですか?」
【……神様から与えられたもの?】
「神様、ええ、一般的な人間はそう思い込んでいるでしょう。事実、魔力の存在が確認された当時は、神の御業、父が与えられた神秘と持て囃されていましたから」
そう口にしたケケルはとても楽しそうだ。
話すという所作そのものが楽しいのか、彼女は続けて言葉を発する。
「ですが、違います。魔力とは、悪魔がもたらしたものです」
【え!?】
「もう千年くらい前の話ですけどね」
少女にとって今まで魔法とは神様によって与えられたものだと認識していた。
人間に力を与え、生活を豊かにさせる術を身に着けさせたものが、まさかそんな平和とは真逆の存在である悪魔からもたらせれたものだとは思いもしていなかった。
「それ以前の人間は魔力なんて持っておらず、私達にとっても人間はとても恐ろしい存在でした」
【ど、どうしてですか?】
「闇の住人である悪魔は、光の住人である人間には勝つことはできない。触れられれば火に焼かれるように、煙を噴き出しながら浄化されてしまうんです」
先ほどのアルマのようにね、と視線の先で物言わぬ死体となり果てた彼を見る。
「貴方達の言う神は、人間を清らかなものとして造り、悪魔を汚らわしいものとして作り上げた。だからこそ、悪魔は人に触れることができず、逆に人間は私達に触れ、滅ぼすことができる……」
そして、ローラと共に歩いていくライルを見る。
遠く離れた場所にいるケケルの視線に気づいているのか、一瞬だけ彼女のいる方向を目にして表情を顰めさせる彼に、ケケルは楽しそうな笑みを零した。
「魔力を持っているから、私達は人間の魔力を思い通りにすることができる。魔力があるから、それを動かし念動力として作用させることができる。魔力があるから―――私達は、人間に触れられてもなにも感じることはない」
【……】
「つまりは、魔力とは悪魔が人間を弱くするために与えた毒です」
そこまで言葉にしたところで、内にいる少女が若干の怯えの籠った声を零す。
【でも、あの人は……】
「ライル・シングス。彼には魔力が存在しません。私達の干渉の一切を受け付けず、ただ触れるだけで致命傷を与えてくるような、そんな恐ろしい人間なのです」
掴まれた男に取りついた悪魔の首から煙が溢れ出る。
火傷するように、しかし人間の肉体を傷つけずに上がるソレは、私達悪魔の本体に他ならない。
「魔力の一切が存在しない人間などそもそもが存在しません。いたとしてもそれは、魔力の喪失のために身体機能の一部を失う“魔力喪失の業”を受けた狩人だけでしょう」
【あんな人が、何人もいるのですか?】
「いいえ、いかなる手段を以てしても、魂に深く結びついた魔力という要素は、完全には切り離すことはできません。あの大男、フィネガンは片目の視力と引き換えにしたとしても、まだ微弱なほどの魔力は残っています」
フィネガンには日常生活を送れる程度には魔力が存在している。
悪魔と戦うために自ら身体的なハンデを負ったことで、彼は悪魔と戦える力を手にしているのだ。
「だからこそ、完全に魔力が存在しない彼、ライル・シングスは私達にとっての天敵なのです」
【……な、なら、あの人を殺しちゃった方が……】
「フフ、それはいけません」
ケケルは内心の声を否定する。
「彼は天秤。我々と人間の狭間に立つ者。彼は悪魔にとっては天敵そのものですが、逆に悪魔にとっての武器にもなり得る存在なのです」
【どう見ても、悪魔に味方するような存在には思えないんですけど……】
「利用価値があるということですよ。まあ……彼が悪魔や、人の世の影で生きる者達にとって最大の脅威であることには変わりませんけど」
狩人。
獣ではなく、人の営みに隠れて悪事を働く怪物を狩る人間。
冒険者はあくまで理性のない魔物を討伐する者ではあるが、その在り方はまるで違う。
だからこそ、ケケルにとっては狩人という存在は興味に値する存在であった。
「魔力を持つ人間が全員が全員私達の食い物というわけではありません。魔力が強い人間は、まさしく悪魔のように強く、容易に乗っ取ることはできませんし、私達に抗う術も持っております」
【……】
「つまりは、人間も悪魔のただで食い物になってくれるわけではないということですね」
嬉し気にそう呟いた彼女は屋根から立ち上がる。
最早、この場に用はなくなった彼女は、空を見上げる。
「さて、貴女はなにを考えているんでしょうねぇ。レイラ」
その言葉に答える者はいない。
しかし、それでもその名に恥じない人を惑わせる妖艶な笑みを浮かべた彼女は暗闇の支配する街並みから姿を消すのであった。
これまで気付かずに使っていた魔力こそが、悪魔によってもたらされたものだったという話でした。
次回の更新は明日の18時を予定しております。




