第三話
本日三話目の更新となります。
基本的に都市の外には魔物という人を襲う怪物が生息している。
森の奥深くや、特定の場所に生息していることが多い魔物だが、極まれに人の生活する領域にまで入り込み被害を及ぼすことがある。
そんな魔物を討伐するのがギルドに所属する冒険者の仕事となっている。
都市の外に出てしまえば魔物と遭遇する確率は上がるが、それでも深い森やいわくつきの地に足を踏み入らない限りは、滅多に遭遇することはない。
以上のことから、自分から魔物の生息する領域に入り込もうとする者は、よほどの命知らずか自分の腕に自信のある者のどちらかということになる。
「なんで馬に乗らないんですか?」
都市を出た二人の男女が事件解決のために南東側へ向かっていた。
ローラ・アレクサンドラとライル・シングズ。
動きやすい装いを身に纏った金髪の女と、怪しげなコートと大きなカバンを持った黒髪の男は、木々が生い茂り、動物たちの鳴き声が飛び交う森の中を共に進んでいた。
都市で借り受けた馬を引いているライルは、ローラの言葉に煩わし気に眉をしかめた。
「文句があるならさっさと帰れ」
「だから帰りませんって!」
見るからに重そうな装備と荷物を持っているライルを見てローラはげんなりとした顔になる。
いくら件の事件が起こった場所が近くといっても、それは馬に乗った時間を加味しての距離だ。断じて歩いてすぐに着くような距離ではない。
ましてや今歩いている場所は、碌に整地されていない森の中だ。
まだ木々が密集しているような場所じゃないからいいものの、これ以上進めば歩くことすら困難な道に出てもおかしくはなかった。
小さなため息をついたローラに、苛立つように頭に手をやったライルはそれを隠さずに声を発した。
「今回の依頼は情報が少なすぎるんだよ……」
「それと馬に乗らないと、どんな関係があるんですか?」
「……馬に乗ると痕跡を見逃すからだ」
「痕跡?」
「被害にあった村に住む奴らと、冒険者達を殺した化物の痕跡に決まってんだろ」
「なるほど……」
「クソ。あの強面オヤジ……面倒ごと押し付けてきやがって……」
そのまま愚痴りはじめるライル。
このまま話を聞きだせるのではないだろうか? と好機と思ったローラはできるだけ刺激しないように声を潜めて質問を試みる。
「冒険者の方々が何かに殺されたと聞きましたが、一体なにがあったんですか……?」
「あ? 現場を処理したギルド職員に聞いた話によれば、六人いた冒険者のうち四人の男は凄まじい力で地面に叩きつけられて、体がほぼ潰れていたらしいな。出る前に俺も確認したが酷いもんだった」
「うぇ……」
「地面に罅ができるほどの力だ。村での被害を鑑みて相手はオーガか、かなりの巨体を持つやつだと推測されていたが……その場にそれらしい魔物の足跡はなかったそうだ。ついでに、被害のあった村にもな」
図体の大きな魔物ならば、相応の重さもあるはずなのでどこかしらに足跡が刻まれているはずだ。しかし、現場にはそのような足跡は見つかっていなかった。
「重要なのは虐殺を行った奴が年若い女性を集めている可能性があるってことだ」
「どうして、重要なんですか?」
「知性があるからだよ。それも獲物を見分けるほどのな。発情期のウェアウルフか、生前に若い女に恨みを持った悪霊のどちらかと睨んでいるが、頭がいい奴はこれ以上なく面倒くせぇ……」
意外と頭が回るライルに内心で感心するローラ。
しかし、その一方で気になる発言があった。
「あの、悪霊とかウェアウルフって……例え話ですよね?」
「……あー、クソ、言わなけりゃよかった……」
「実在するんですか!?」
「説明してやるから耳元で喚くな」
相変わらずの悪すぎる口調にイラっとしながらも、口を噤んでライルの言葉を待つ。
「どっちも実在するよ。信じられてねぇがな」
「狼男って獣人が間違って伝わったものじゃなかったんじゃ……?」
「おい、それ絶対に獣人の前で言うなよ。下手すりゃ殺されるからな」
「そこまで!?」と驚くローラだが、ライルからすればそうなって当然のことであった
「確かに獣人と狼男は同一視されがちだが違う。狼男は一度目覚めれば視界にあるものを全て食い殺す獰猛な怪物だ。とても獣人と一緒にはできねぇが、狼男自体数が少ないことに加えて、目覚めていない間は人間とそう変わらねぇから、正体がバレることは稀だ」
そこまで説明してライルは思案するように顎に手を当てる。
「だけどな、大抵の狼男は人間を襲うようなことはしない。バレても碌なことがねぇからな」
「なんですか?」
「お前、周りの奴らに自分が化物だって知られてまともな暮らしができると思ってんのか? 狼男自体は変異してなきゃ普通の人間なんだぞ?」
「……確かに、そうですね」
すんなりと納得するように頷くローラ。
狼男は“人間”と“狼”の二面性を持つ怪物。人間である限りは、一つの場所にとどまって生活していかなければ生きてはいけない。
自身の正体が人を襲う怪物だとバレれば、下手をすれば人間の姿のまま縛り上げられ火あぶりにされてもおかしくはない。
「それじゃあ、悪霊は?」
「……人に害をなす霊。大抵の奴は信じていないが……霊は実在していて、お前が思っている以上に周りにいる」
「こ、怖いことを言わないでくださいよ!」
自身の両腕を抱き、顔を青ざめさせるローラにライルは意地の悪い笑顔を浮かべる。
「そういうのを含めて退治するのが俺の仕事だ。分かったなら帰れ、このままいけばお前のだーい嫌いな幽霊と鉢合わせすることになるぞ」
「ぐっ、うぐぐ……本当に嫌味な人ですね……!」
「——待て」
不意に足を止めたライルの視線が一方向に固定される。
彼の視線の先には、特別変わりのない普通の木々が生えていた。しかし空から降り注ぐ木漏れ日が一つの木に差されたことで木の幹に刻みつけられた四本の傷と血の手形が明らかとなる。魔物というよりも人のソレに近い手形に息を呑むローラを他所に、ライルは鷹のように瞳を鋭くさせ木に近づいていく。
間近で近づいてみれば木の幹に残された手形は怪物のものというより人間に近い。
「狼男じゃねぇな。腕が変化していない状態で爪痕がある……。実体もあるから悪霊でもない……」
「あわわ……血がべっとりです……もしかしたらまだ近くに……」
「乾き具合からして三日か四日ってところか。日数的に殺された冒険者の血だろうな……ん?」
ライルが足元に光る何かを見つける。
周囲を警戒しつつしゃがみこんだ彼は落ち葉を丁寧に払い日差しを反射し、赤色に輝く結晶の破片のようなものを拾い上げる。
「……なんだこりゃ」
「わぁ、綺麗ですね……」
「貧相な上に趣味も悪いのかお前は。こりゃ血でできた結晶だぞ」
「え”」
すぐさま反論しようとした彼女だが、ライルの次の言葉で顔を青ざめさせる。
どのような方法で生成されたものかは定かではないが、この赤い結晶は確実に血液でできている。それがどのような意味を持つかは、深く踏み込み情報を集めていかねばならない。
結晶を太陽の日差しを通してみてみれば、不自然なほどに綺麗に光が反射する。
「血を結晶化、とんでもない怪力、んでもって人に化けてる可能性がある……新種か? 相当厄介なことに巻き込まれちまったな」
ライルが怪物を調査するにあたって、ある程度のあたりをつけて装備を持ってきたが——怪物の正体すらも判明しないままというのは、非常に危険な状況に違いなかった。
加えて、今はローラという足手まといがいるので本来なら一度退却するべきなのだが、今から帰ってしまえば暗闇に包まれた森を越えなければならないという危険を冒さなければならない。
「……ライルさん?」
「この近くに怪物の襲撃を受けた村がある。そこで一旦休息をとる」
「え、事件のあった場所で休むんですか……?」
ローラの声を無視し、カバンからボウガンを取り出し背中に背負うように装備したライルはバッグを肩にかけ、そのまま歩き始めた。
「明日の朝、お前は帰れ」
「え!? 嫌です!」
「口答えするんじゃねぇ! 帰れっつったら帰るんだよ!」
この期に及んで喚くローラに怒鳴りつけながら、彼は警戒を高め森の中を進んでいくのだった。
今作品では、狼男と獣人は完全な別種として扱います。
むしろ狼男は人間に近かったりします。
次回の更新は一時間後を予定しております。