第一話
第四章 第一話
今回は導入のみとなります。
中央都市オディール、大陸一の人口を誇る大都市。
その一角に普通に生活している限り、そう簡単には気づかないであろう通りの明かりが届かない路地が存在している。
昼でも暗く、日の光が刺さない一種の不気味さを抱かせるそんな場所で、ある一つの騒動が終わりを迎えていた。
「はぁ……! はぁ……!」
走っているのは一人の少女。
三つ編みの茶色の髪が、煤で汚れることすら忘れて狭い路地を走るその姿は、まるで恐ろしい何かから逃げているようだった。
少女の後ろからは規則正しい足音が聞こえてくる。
それは、少女にとって死神の足音に他ならなく、捕まったら殺される、という確信とともに無理やり体を動かし、明るい場所へ抜けるようとするが、一向に開けた道に出ることはない。
「ど、どうして……!」
まっすぐの道を走っているはずなのに、先ほどから景色が変わっていない。
その事実に彼女は酷く取り乱した。
この不可思議な現象は明らかに普通ではない。
ただの人間にこんなことが可能なはずはない。
「逃げられんぞ」
「っ」
背後からの声に少女が振り向いた瞬間―――彼女の肩に棒のようなものが突き刺さった。
肩に突き刺さったのは杖であった。普通のものよりも遥かに長大な黒い杖には金色の文字のような装飾が施され、それはこの暗闇の中でもたしかな光を発していた。
「ギッ、ギャァァァ!!」
肩の傷口から全身へと強烈な痛みが伝わり、少女は可憐な見た目からは想像もできない醜悪な叫び声を上げる。
「喚かないように、その娘の喉を傷めてしまう」
そのまま首を掴まれ、少女は尋常じゃない力で壁に叩きつけられた。
ここでようやく少女は、自分の肩を杖で貫いている男の姿を確認する。
男性の平均を超える身長と体格、黒を基調とした帽子と服を着ており、その首には銀色に輝く十字架がかけられていた。
「し、神父……」
「貴様程度の下っ端でもそれくらいは知っているようだな」
「な、なんだお前、どうして俺の力が聞いてない!?」
「さあ、自分で考えたらどうだ?」
特筆すべきは男の目の部分。
片目に大きな古傷が刻まれた目は、何も映しておらず、まるで常闇のように暗い。
「一つ目の巨人、悪魔殺しのフィネガン……!? なんで、お前のような奴が、こんなところに」
「お前達、“悪魔”がいるのなら、私はどこへだって現れる」
悪魔と呼ばれた少女は目に見えて動揺する。
目に見えずとも、その動揺が分かったのかフィネガンと呼ばれた男は首を横へ傾けた。
「さて、まずはこの都市に入り込んだもう一体の悪魔について教えてもらおうか」
「キッ、キヒヒ、誰が言うかよ! 速く殺せよ、この身体ごと殺してみろ!!」
「……」
「ヒヒ、できねぇよなぁ。なにせこいつはまだ生きているんだもんなぁ。今もこの肩の傷の痛みで、泣き叫んでいるぞぉ……」
僅かに眉を動かしたフィネガンは、少女の肩に突き刺さっている杖を抉るように押し込む。
再び、路地に醜い叫び声が響いていく。
「乗っ取った体を人質に。悪魔の常套手段だな」
「て、てめぇ、こいつがどうなっても……」
「この際、仕方がない」
深く帽子を被ったフィネガンは懐から液体の入った瓶を取り出し、杖に振りかける。
透明な液体が杖を伝い、少女の傷口に流れ込むと、先ほど以上に少女の内にいる悪魔は苦しみだす。
聖水―――教会により清められた水は、邪悪を祓い、悪魔に傷をつけることができる。
しかし―――それでも人間から悪魔を切り離せるわけではない。
「あ、があああああ!!」
「人の命は尊く、優先されるものではあるが……例外はある」
脅しが少しも聞いていないフィネガンに、悪魔はいよいよ焦るが、人間の限界を超えた筋力を引き出したとしてもフィネガンの丸太のような腕は解けることはない。
「クソ、クソクソクソ! お前の目をえぐり取ってやる!!」
「貴様らはただの空気を漂う煤にすぎない」
悪魔の悪態に、依然として無表情のまま顔を上げた彼。
隻眼は開かれ、そこには光がなかった。
「人間にへばりつき、寄生しなければ生きていけない不完全なゴミだ。我らはそれを正す。そしてこの私、フィネガン・ギルファルドが貴様らを滅殺する。必ず、どこにいようと見つけ出してな」
悪魔でさえも気圧される迫力。
それに怖気づいた悪魔は、自身の不利と末路を悟り、自身が取りついた体を捨て逃げることを決意した。
少女の身体が震えると同時に、霞のような姿で空気中に浮かび上がり、空へと逃げる。
「逃がさないといっただろう」
『———ヒッ!?』
しかし、それよりも先にフィネガンの左手が霞の姿の悪魔を掴み取っていた。
本来であればありえない現象———悪魔がそれに驚愕するよりも先に、フィネガンはその手で悪魔を握りつぶしてしまった。
悪魔殺し。
尋常ならざる所業を容易く成し遂げた男は、感傷に浸る間もなく自身が傷つけてしまった少女の手当てを行う。
悪魔に取りつかれ気絶したままの少女の手当てを終えた後は、彼女を抱えて“悪魔を閉じ込める結界”を展開させている仲間に任務が成功した旨を伝える。
「致し方ないとはいえ、肝心の情報源が消えてしまったな」
フィネガンにとって中央都市は慣れた場所ではない。
情報を集めるにしても地元の教会だけでは心もとない状況ではあるが、他に頼れる者も少ない。
加えて、今回の仕事はいつもの悪魔狩りより厳しいものになるかもしれない。
「いや、いたな」
ふと、彼は一人の男を思い出す。
それはフィネガンにとっての同業者に近い存在であり、彼の所属する組織にとって得難い能力を持った人材。
「久しぶりの友との再会、というべきか。あいつは嫌がる顔が目に浮かぶな。ライル」
小さく笑みを浮かべたフィネガンは、少女を抱えながら明かりの見える方へと歩を進めるのであった。
ようやく悪魔の登場となります。




