第四話
第三章 四話です。
ローラが面倒な事態に巻き込まれている一方で、情報を集めに外で出向いたライルは、一通りの情報を集めた後に一人、集合場所の大図書館へと向かっていた。
情報を集める上で、彼が訪れた場所は二か所。
依頼人の父親、エグゼの遺体が運ばれた教会と、その娘の婚約者、グエルの住む屋敷。
「確かに父親の体には切り傷があったな。……歯型も繊維もない、傷跡が綺麗なことから凶器は鋭利な刃物。それも、懐にしまえる程度の長さのナイフってところか……」
道すがら情報を記した手帳に目を通しながら、彼は情報を頭の中でまとめる。
教会はライルにとっても馴染みの深い場所なので、遺体を調べる許可をもらうことは難しくはなかったが、その肝心の遺体はライルにとって、それほどおかしくないものであった。
切り刻まれた後からは激しい怒りと憎悪が感じられたが、怪物のような本能に任せた残虐性も感じられなかったからだ。
「収穫はグエルの証言だけか……」
手帳のページを捲れば次の情報源、エグゼが死んだ現場で怪我をしていた貴族の男性、グエルの証言。
「知れば知るほどおかしな事件だな、こりゃ」
ライルが訪れた屋敷で顔を合わせた彼は、今の貴族には珍しい人当たりのいい男性であった。ライルの訪問を邪険にすることなく、素直に話に応じてくれたグエルの腕はしっかりと固定され、何重にも包帯が巻かれており、その傷の深さをうかがわせた。
気絶したショックで記憶の混濁こそ見られていた彼だが、かろうじて記憶に残っていたという証言は、ライルにとって興味深いものであった。
『音もなく迫ってきた何かに背後から肩を切りつけられ、殴られた』
その時、部屋の中にいたのはエグゼとグエルの二人のみ。
二人とも対談に集中していたせいで、気づくことはできずそのまま成す術もなく、殴られたグエルは気絶し、エグゼは見るも無残な姿に変わり果てるまで鋭利な刃物で切られ続けた。
「……部屋の中には誰も入れなかったはずだ。それは屋敷の者と他ならないアランが証明している」
最後に二人と接触したアランだが、その疑いもあちら側の執事が否定した。
屋敷の者と同様に、その執事も扉越しでエグゼとグエルの声を聞いていたからだ。
「音のない怪物、か」
ライルの持つ知識に照らし合わせても、正体に全く見当がつかない。
「……いつもの手でいくしかねぇか」
怪物やら不可思議な現象は、今もなおその在り方と姿を変え続けているので、既存のものと照らし合わせても意味がない。
そして、それらを実物として認識し、対処するのが“狩人”である。
勿論、そのための手段も彼に備わっている。
ぱたり、と手帳を閉じ懐にしまった彼がようやく立ち止まった先には、見上げるほどに大きな建物が存在していた。
神殿を思わせる荘厳な造りと、紙独特の香り。
それらを一度認識した彼は、一度小さなため息をつくと、目の前の建物―――大図書館へと足を踏み入れた。
彼はまず、大図書館の入り口で足を踏み入れた先にある受付へと歩み寄る。
ライルに気付いた受付の男性は、彼が口を開くまでもなく、古びた錆色の鍵を差し出した。
「ここに来るのは久しぶりですね、ライル様」
「ええ。……ここに金髪の幸薄そうなメイドがきませんでしたか?」
滅多にしない敬語を口にするライルに受付の男性は首を傾げた。
「いえ……? そのような方はまだお見えになっておりませんが……」
「そうですか。……もし、来たら俺のところに通しておいてください」
「かしこまりました」
恭しく頭を下げた男性に目配せをしたライルは、上階へと続く階段へと足を運ぶ。
大図書館の階段は、室内全てを見渡せるように作られており、そこから大陸全土から集められた蔵書が収められた棚を一望することができる。
大陸一をうたうだけあり、その数は膨大。多くの人々が知識と情報を求めて、足を運ぶ施設でもある。
そんな中、本にも目もくれずに前を見て階段を上っていたライルだが、ふと、三階で見覚えのある青髪の少女が積み重ねられた本に囲まれながら、読書に没頭している姿を見つける。
「ん? ……あいつは……確か、ミラとかいう娘か」
ハルト・アレクサンドラに殺された冒険者の仲間であり、幼馴染であった少女、ミラ・ヒューリア。今は生き残ったもう一人でありフェリカと共に行動しているかと思われていたが、意外なところで見つけてライル自身、少し驚いていた。
幼馴染の四人が殺され、見て分かるほどに落ち込んでいたが、後ろ姿だけ見る限りどこか鬼気迫った様子で本を読み耽んでいるようにも見える。
「……」
無視して自分の目的を優先しよう、と前を向いて歩き出そうとするライルであるが、非情になりきれない彼の生来の性のせいか、その足は前に進むことはない。
結局、彼は舌打ちしつつもミラへと近づいていく。
「おい」
「……」
ライルが声をかけても本に没頭しているせいか、気づかない。
軽くため息をつきつつ、彼女が読んでいる本を見てみれば『魔物への対処』や『目に見えぬ脅威』、挙句の果てには『蘇りし者』といった、割と見過ごせない本も混ざっていた。
「……マジかよ、こいつ」
無論、黒魔術の本とはかけ離れたパチモンだということは理解していたが、ミラがそれを求めているということに、彼は危機感を抱いたのだ。
今度は、ミラの読んでいる本に手を差し込みながら、やや口調を強めて声をかける。
「おい、そこの青いの」
「ひぇ!? あ、あああ、ら、ライルさん!? なぜここに!?」
「はぁ。調べもんだよ……」
少なくとも初めて顔を合わせた時よりかは元気になっているようだ。
元から見た目を気にしない性格なのかは分からないが、髪もところどころ跳ね、ローブも皺だらけだ。
「ここで何してんだ」
「わ、私も……調べものです」
「こんな本を読んでか?」
ミラに怪しさしかない本を見せる。
すると彼女は、狼狽しながらも必死に否定する様子を見せる。
「ち、違います! これは……その、あの一件でそういう存在がいるって知ったので……私も調べてみようかと、思いまして……」
ライルは思った。
こいつ、マジか、と。
怪物に数日間監禁されるという体験をしておいて、興味を持つなんて控えめに言ってまともではない。ましてはその本人は幼馴染を殺されているのだ。
精神に異常をきたしていると考えてもおかしくはない。
ライルは、普段の彼に似つかわしくない穏やかな口調で、ミラへと語り掛ける。
「……いい医者でも紹介しようか? 何か悩みがあるなら相談に乗るぞ?」
「ちょっと待って。貴方が何を考えてそう言ってくれているのは分かりませんが、とりあえず私はまともです……!」
どうやら違ったようだ。
しかしそれでも不穏なことには変わりない。
「それじゃ、黒魔術の本を探す気はないと?」
「そんなはずないじゃないですか! あれのせいで、私達は……! あんなもの! 全て燃えてしまったらいいんです!」
鬼気迫った表情でそう言葉にするミラ。
彼女は黒魔術を強く嫌悪している様子だった。
「どうしてこんなことを調べようと思ったんだ? 正直、こんなことを知っても良いことなんて一つもない。下手をすれば、また危険なことに巻き込まれることだってあるんだぞ? それが分からねぇほどバカじゃねぇだろ」
「……そういうことがあるのを知ってしまったからとしか、言いようがないです」
「はぁ?」
呆気にとられるライルにミラが俯きながら答える。
「今の今まで形のある怪物のことしか知らなかったし、それ以外の存在がいるなんて思いもしなかった。でも……異形の存在へと変わり果てた人間がいると知った時、私は……それを知りたいと思ってしまった……」
「……」
「ずっと共に戦ってきた仲間が死んだ後にですよ? でも、この知識欲を押さえることはできないんです……私は、私の知らないことを知りたい。探求したい……けれど、ここで得るものはありませんでした。どれも胡散臭くて、信じるに値しない紙の束ばかりです……」
自身が読んでいた本を冷めた目で見るミラ。
ミラという少女は、今の今まで影に隠れてきた不可思議な現象と存在に魅入られてしまっている。
このまま放っておけば、確実に取り返しのつかない事態を起こしてしまうだろう。
なにぜ、そのような“縁”ができてしまっているのだから。
「お前、このことをフェリカに話したのか?」
「……いえ。フェリには心配させたくなくて……」
「お前にとっての唯一の幼馴染なんだろ? 巻き込んでからじゃ遅いんだぞ」
深刻な表情で俯いた彼女にライルはため息を吐く。
ミラ本人が黒魔術に嫌悪の感情を抱いているとしても、その知識欲は人間をゴーレムへと変えたレクスター夫人のものと同質のものだ。
ここで放っておくには危険すぎる。
「調べ物は得意か?」
「え? えと、本が好きなので得意といえば得意ですけど……」
「だろうな。見て分かるくらいに本の虫だからな」
突然に陰気扱いされたことに頬をひくつかせるミラ。
そんな彼女の反応を無視したライルは、後ろへと振り向きながら彼女についてくるように促す。
「ついてこい」
「え?」
「お前の知識欲を満たしてやる」
「そ、それはどういう……って、ま、待ってくださいっ!」
制止の声も聞かずに先へ歩いて行ってしまうライルに、ミラはついていくしかなかった。
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