第三話
第三章 三話です。
屋敷のメイドと執事に話を伺っていくつか分かったことがあった。
それはまず、アランの父であるエグゼと、彼の娘の婚約者であるグエルは常に二人で話していたわけじゃないということであった。
彼らに差し出された紅茶を運んできたメイドと、グエルの出迎えの為に立ち会ったアランの二人。
メイドに関しては疑う必要はないと考えたが、アランが生きているエグゼと最期に会っていた、という事実がライルに疑念を抱かせた。
そのことをすぐさまアランに指摘してみると、彼はさほど動揺した様子を見せず、執事とメイドを呼び証言をさせた。
執事はアランが退出した後、扉の前で待機していたらしいのだが、扉越しで二人の声を聞いていたという。
エレナが死体を発見する直前さえも屋内から何かが壊れる物音すら聞いておらず、謎は一段と深まるばかりであった。
「手詰まりか……あいつら全員嘘ついてんじゃねぇかな?」
「さすがに全員が全員口裏合わせるなんて手が込みすぎですよ。それに、そこまでするならわざわざ私達を呼ぶ理由になりませんし」
「……それもそうか」
聞き込みを終え、一旦屋敷の外へと出たライルとローラはこれまでの情報をまとめながら、次の方針を決めようとしていた。
屋敷内で調べられることは、調べた。
「婚約者の屋敷に尋ねてみるか。それと父親の遺体も確認しないとな。鋭利な刃物で殺されたって話だが、それが怪物によるものか、人間によるものかを確認しなきゃ話にならん」
「そうですよねぇ。まだ怪物の仕業ってまだ分かってませんし。というより、音に関係する怪物っているんですか?」
「いるにはいる、が……こんな人の溢れた場所にはいねぇよ」
「いるんですか。例えば、どんなのですか?」
「音で子供を惑わし、森へ連れて行って食う。はちみつ漬けにしてな」
「聞かなきゃよかったです……」
ライルの話を聞いてげんなりとするローラが、なんともなしに屋敷へと目を向けると、屋敷の三階あたりの窓からローラと同い年ほどの少女がこちらを見ていることに気付く。
ローラの見ている方に気付いたライルも、彼女を見上げるが、彼の視線を受けて怯えるように隠れてしまう。
「ライルさん、あっち向いててください。その目つきは純粋無垢な少女には毒でしかありません」
「……覚えとけよ、お前……」
自分の目つきが悪いことを自覚しているライルは大人しく後ろを向く。
にんまりと満足そうに笑ったローラは、その笑みを三階の少女へと向け、できるだけ親しみを込めて片手を上げる。
「よっ!」
「っ!」
村娘気分で片手をあげて挨拶したら思いっきりドン引きされてしまった。
少女はローラを見て、思い悩むような仕草をした後に、彼女へと手招きをする仕草をした後に黒地のカーテンをしめてしまった。
数秒ほどの沈黙の後、ローラは後ろを振り返ったままのライルへと声をかける。
「ライルさん、今の子、幽霊じゃないですよね……?」
「幽霊じゃねぇよ。多分、彼女がアランの妹のエレナだろうな。……どう見ても話せない様子じゃないが……これはまた依頼人に嘘をつかれたのか……?」
「単純に妹さんのことが心配だっただけじゃないですか?」
「そうかもしれねぇが……なんか引っかかるんだよな……」
黒地のカーテンで閉ざされた三階の窓を見ながら、ライルは思案に耽る。
数秒ほどの思考の後に、彼はローラへとあることを提案する。
「おい、ローラ、ちょっと彼女から話を聞いてこい」
「え?」
「今、手招きしてただろ。ありゃ、お前を呼んだんだ」
「で、でもアランさんは、会えないって……」
「バレなきゃ問題ねぇ。お前、メイドに混ざれば地味だからバレねぇよ」
――今度からご飯に一品はトマト料理を添えよう。
ささいな復讐を誓いながら、ローラはライルの言葉に頷く。
口ではあれだけ貴族に対しての無礼については言っていた彼女だが、実のところそれほどは気にしてはいなかった。
「それで、ライルさんはどうするんですか……?」
「俺は教会で死体を確認して、婚約者にも話を聞きにいく」
「その後は、一旦帰りますか?」
「……いや、大図書館で落ち合おう」
「図書館ですか?」
意外な場所にローラは目を丸くする。
この都市で図書館といったら、大陸中の本が集まる施設―――大図書館である。
向かえば、大抵のことは調べられるが、その情報量は並みのものではなく、目的の知識を得るために莫大な時間を要してしまうことで有名な場所でもある。
「俺より先についたら職員に俺の名を出せ。そうすりゃ茶くらいは用意してくれるだろ」
「え、ちょっと―――」
「それじゃ、頼んだぞ」
ひらひらと手を振りながら、次の目的の場所へと向かっていくライル。
そんな彼の背中を見送りながら呆然としたローラは、大きなため息を吐き屋敷の方へと振り返る。
「はぁ、全く……人使いが荒い人ですね……」
そう呟きつつ、ローラは周囲に気付かれないように屋敷へと忍び込む。忍び込むといっても自分が出て行った扉からそーっと戻り、メイドが通っていないかを確認してから入り込むだけであった。
「見れば見るほど、貴族ってすごい屋敷に住んでますねぇ」
無駄に豪華というか、自己顕示欲が強いのか。
そういう暮らしをしたことがないので、そんな単純な感想しか抱けないローラであったが、少なくともライルの住んでいる陰気さ満々な幽霊屋敷の方が居心地はよかった。
周囲に注意を向けながら慎重に会談を昇り、三階へと向かう。
「あそこですね」
見て分かるほどに特別感のある扉。
外から見た部屋の位置と重なる部屋を確認し、ささっと近づき軽くノックをする。
「さっき外にいたメイドですが~、私を呼びましたか~?」
反応はない。
呼んでおいて無反応とかふざけてんのか? と、少しばかり眉をひくつかせたローラだが、その次の瞬間―――僅かに扉が開け放たれ、そこから陶磁器のような白い手が彼女の手を掴み、部屋へと引き入れた。
「——!?」
声を出す間もなく部屋に引きずり込まれた彼女が最初に見たのは、太陽の光をこれでもかと遮った真っ暗な部屋。
かろうじて部屋の中を目視できるが、明らかに人がいるとは思えない暗さだ。
しかし、事実ローラは何者かに腕を引かれ部屋へと引きずり込まれた。
「このっ!」
「きゃっ!?」
未だに掴まれている手を振りほどき、逆に掴み返したローラはもう片方の腕で、相手の胸倉を掴み取る―――が、掴んだ相手が少女然とした悲鳴を上げたことで呆気にとられたような表情を浮かべる。
すぐさま手を離してまじまじと相手の顔を見ると、先ほど三階からローラに手招きをした少女であった。相手は貴族の少女、一気に顔を青ざめさせた
「ご、ごめんなさい!?」
「い、いえ、いきなり手を引っ張ったのが私が悪いの。その……後ろの階段からメイドが上がってこようとしていたので……」
「あ、あー、そうだったんですか……あ、ありがとうございます?」
なんとも迂闊な自分に頬を引き攣らせる。
とりあえず落ち着きながら、ローラは改めて少女と向き合う。
三つ編みにされたブロンドの髪と、見て分かるほどにお嬢様な見た目をした彼女に、ローラは若干気圧されながらも彼女が、件のエレナかどうかを確かめてみる。
彼女が傍らにある明かりを灯す魔道具を手に取ると、明かりに照らされたその顔は確かに先ほど自分を招いた少女であった。
「え、えーと、エレナ、さん……ですよね? どうして私をここに……?」
「はい。その、兄の話を隠れて聞いて……その、怪物の専門家なんですよね……?」
アランの妹、エレナの言葉にローラは少しだけ悩む素振りを見せる。
厳密にはローラ自身は怪物の専門家ではない。
しかし、ライルの助手として手伝っているからには、否定するのもアレなので、ここは頷いておく。
「ええ、私達はその道の専門家です」
「そ、それじゃあ、この館にいる怪物を殺そうとしているんですか?」
「……いえ、まだ分かりませんが……もしかして、心当たりとかあったりします……?」
ローラがそう指摘すると、エレナはハッとした表情を浮かべ、黙り込んでしまう。
顔に出やすい子だな、と思いながらローラはさりげなく室内を見渡す。
見れば見るほどに奇妙な部屋だ。
恐らくエレナの私室だと思うが、外の光が入ってこれないように黒い布地のカーテンで窓が塞がれており、部屋の中もかなり暗い。
今、エレナの顔が見えるのは彼女が手にしている魔道具の光あってのことだ。
それが無ければ、この部屋の内装はほとんど見えはしないだろう。
「あのっ!」
「は、はい?」
突然に声を上げたエレナ。
驚くローラを他所に、彼女はどこか必死な様子で続きの言葉を口にする。
「ここにいる怪物は、悪い子じゃないんです!」
「……えぇ」
悪い子じゃない。
まるで見知った友達のような言いように、ローラは素直にライルについていけばよかったと、今更ながら後悔するのであった。
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