第二話
前話に続けての更新となります。
中央都市ディオール。
大陸の中心に位置する商業都市。
他の都市・農村との流通・物流を担う中核を担う都市であり、多くの人々が訪れる場所もでもある。
真っ当に生きている者から、脛に傷のある者までが住んでおり、活気のある都市であるとともに、一種の危うさを秘めた場所でもある。
そんな都市のギルドにて、自身の兄を探す手がかりを見つけたローラはギルド長から受け取った用紙を頼りにし、暗い路地を進んでいた。
今にもネズミが通りそうな暗く湿気のある道に、顔を顰めながらも目的の建物を探していく。
「本当にこんな汚らしい場所に目的の人物がいるの?」と呟きながら路地を抜けると、眼前にそれらしい建物を見つけた。
「うわぁ、聞いていたより凄い場所に住んでる……」
幽霊屋敷とでもいうのだろうか。
元は高級な屋敷だったのだろうが太陽の光を遮るように周囲の建物に囲まれているせいで、どんよりとした雰囲気を纏い、屋敷の庭では草が伸び放題なせいで、人が住んでいるとも思えない。
しかし、人は住んでいるのだろう。豪華な装飾が施された扉の足元には、草が生えておらず、泥の足音がこれでもかと刻まれている。
ごくりと生唾を飲んだローラは足元の泥をさけつつ扉の金具に手を添える。その際に泥の付着した地面に何かが描かれていることに気付く。
赤黒い何かで描かれた紋様が、屋敷の周囲を囲うように描かれていっている。
彼女は口元を押さえ、慄いた。
「血? 嘘でしょ……」
露骨にドン引きしながらも、なんとか平静を保ったローラは扉の金具を叩く。
ドンドン、と鈍い音が響くが中からは反応がない。「留守なのかな?」と不安に思うローラだが屋敷の中から力強い足音と、何かを引きずるような音が近づいてきたことで、その考えを否定する。
出迎えを期待して待っていると、ローラの予想を裏切るように扉が勢いよく蹴破られ、彼女を思い切り弾き飛ばした。
「おべぇ!?」
「あ? 誰だお前?」
女性にあるまじき悲鳴を上げながら地面へ倒れたローラを見下ろした男は粗暴な口調でそう言い放つ。
黒髪の男性は雑に切られた髪で隠れているが端正な顔立ちをしているのが分かる。その装いは、鎧を纏う冒険者とはうって変わって、くたびれたコートを着ており、傍から見ても遠目に見ても不審者にか見えない恰好をしていた。
まず目を引いたのは黒いコートの下に巻かれた革製のベルト。胴体と腰、それぞれに取り付けられた小さなガラス瓶、矢筒に重厚な鉈を携えている。
足元で引きずるように運ばれていた鞄には、クロスボウと怪しげなボトルと本が詰め込まれている。
あまりにも壮絶な恰好をしている相手に口元を引き攣らせながら、ローラは意思疎通を試みる。
「あ、いえ! あのギルド長さんから紹介してもらいここに来たんですけど——」
「うっせぇ邪魔だ。どけ」
謝らず、それでいて取りつく島もなく外へ歩いていく。
あんまりな扱いに涙目になりながら、立ち上がった彼女は鞄を肩にかけた男のあとを追いかける。
「あのっ、私、兄を探しているんです!」
「ああ、そうか。それは大変だな」
「行方不明で、でも死体が出てきたって……」
「そうか、事件解決だな。よかったじゃないか、形だけでも見つかって」
「……ッ! ……ッ!」
早足で進む男に必死に話しかけるが、適当に返されるだけである。自分のことになぞ興味すら抱かない男の態度に、いら立ちを感じながらも懸命に話しかけるローラ。
そんなやり取りを続けながら明るい道に出ると不審な男の姿に周囲の人間は呆れたような、それでいて見慣れたものを見るような視線を向けた。
ローラにとって、その視線は耐えがたいものであったが、それでもこんな扱いをされて黙っている訳がいかなかった。
周りの視線なんて気にせずにずんずんと進んでいた男だが、次第にローラのことが煩わしくなったのか舌打ちをしながら足を止める。
「なんなんだよ、お前は!」
「何度も言いましたよねぇ!? 兄が! 行方不明! なんです!」
「それはもう聞いた! 俺が言ってんのは、なんで俺がお前みたいなちんちくりんに手を貸さなきゃならねぇんだってんだ!」
「ち、ちんちくりんですってぇぇ!? 見た目のセンスどころか見る目すらないとか頭ゴブリン以下ですか!?」
「うっせぇ! 耳元で怒鳴るんじゃねぇ!」
言うにも欠いて女性に向かってなんて口を聞くのだろうか。これはもうぶん殴っても許されるのだろうか、とローラは必死に己を押さえた。
そんな彼女の葛藤を知らず面倒くさそうに手を横に振った男は、カバンを背負いなおし再び歩き始める。
内心の怒りを必死で鎮めながらローラは、めげずに先を歩く男に話しかける。
「い、今、どこに向かってるんですかぁ?」
「お前には関係ない」
「都市の南東ですか?」
「……」
「襲撃された村ですか?」
「……」
「それとも別の場所ですか?」
「……はぁぁぁぁ」
男は他人への一切の配慮を感じさせないため息を漏らす。
心の底からローラのことを鬱陶しく感じているようだが、それはローラも同じ。誰が好きでこんな性格最悪の毒舌男と一緒にいなければいけないのだろうか、とずっと考えており、目下自分と男を引き合わせた人物に内心で恨み言を呟いていた。
「あの強面親父からの紹介つったよな?」
「え? あ、はい!」
「チッ、あの野郎面倒くせぇ奴よこしやがって……」
頭を掻きながら愚痴を零した彼は、歩く速さをローラに合わせる。
依然として嫌そうな表情のまま、ローラを見ずにその口を開いた。
「話だけはまともに聞いてやる。聞くだけだけどな」
「さっき喋ったんですけど」
「聞いてなかった。早く話せ」
「こいつッ!」と内心でキレかけながら、兄であるハルト・アレクサンドラが行方不明となった話をする。最初の印象とは違い無言でローラの話を聞いていた男は、考えに耽るように顎に手を当てる。
「霧と共に消えた男を、あそこで見た……か」
「あの……」
「話は聞いた。お前は帰れ」
「本当に聞いただけなんですか!?」
まさかの宣言通りの言葉にローラは驚くばかりである。
これまでかつてここまで無礼な男は見たことがない。
逆に感心しはじめたローラに男は否定するように手を横に振った。
「ちげーよ。ついでにお前の兄貴も探してやるっていってんだよ」
「え……」
「お前の言った通り、俺は都市の南東の森に調査しにいくんだよ。危ねぇ場所だからついてくんじゃねぇ」
ぶっきらぼうにそう言う男に、ローラは呆気にとられてしまった。
しかし、彼女としてもここで引き下がるわけにはいかなかった。
「いいえ! 私もついていきます!」
「はぁ!? ふざけんなよ! 危ねぇから帰れっつってんだよ!」
「貴方のような人格最悪な人に兄は任せられません!」
「俺の人格は関係ねぇだろ!仕事の邪魔だっていってんだよ! このド貧乳が!」
「どひっ!? こ、この! 意地でもついていきますからね! 貴方に兄を任せるわけにはいきませんからね!」
売り言葉に買い言葉といったやり取りを交わした二人は、額がぶつからんばかりの距離で睨み合う。
互いに罵倒し合うごとに知能も下がっているのか、だんだんと態度も限度も子供じみたものへと変わってゆく。
「だぁぁ――! もう勝手にしろ! 死んでもしらねぇからな!」
「勝手にさせてもらいますゥー!」
荷物を持ちなおした男は苛立つように早足になる。
ローラもまけじとそれについていきながら、肝心な名前について聞いていないことを思い出した。
「……名前を教えてください」
「ああ? 嫌だよ」
「教えてくれないと、貴方のことを変な名前で呼んじゃいます」
「……チッ。ライル……ライル・シングス」
「私はローラ・アレクサンドラです。ローラでいいですよ! ライルさん!」
「知るかよ。お前の名前はぜってぇー覚えねぇ」
男、ライルの言葉にイラっとしながらもローラは彼のあとをついていく。
口調も粗暴で、態度も無礼。実力もなにもかもが正体不明な男ではあるが、ローラにとってこの出会いは何か違うものを感じさせるのだった。
今作は素直じゃない嫌味系の主人公となります。
色々すらせているので性格が面倒なことになっています。
本日中に、あと何話か更新する予定です。