第五話
第五話 第二章エピローグです。
結局のところジェイコブは、今回の事件での礼をライルへと送ってきた。
決して少なくはない報酬を見せられ、拒もうとしたライルではあったが、ジェイコブ自身が無理に押し付けたためなし崩し的に受け取ることになってしまった、
その後のジェイコブは、変わらずに冒険者宿を続けるつもりのようで、
『いなくなっちまった親友に背を向けるような生き方をしたくない。今までも、これからもな』
と、つきものが落ちたような表情でライルとローラへと語っていたことから、彼が自ら死を選ぶことはもうないと思えた。
ローラにより持ち込まれた厄介な事件も終え、ようやくライルにとって平和な日常が戻ることになった。しかし、変わったことがあるとすればそれは彼の食生活にあるだろう。
「意外な特技もあったもんだな……」
いつの間にか綺麗に片づけられていた来賓用の広間のテーブルに並べられた料理を見て、呆然とした呟きを零した。
バケットはまだしも、皿によそられたかぼちゃスープに、適度に火を通した牛肉のステーキとそれに添えられたニンジンやポテトのゆで野菜。
どう見ても作り慣れている料理の数々にライルは、思考が停止した。
「言ったでしょう? 私、料理得意なんです」
「どうやってキッチン使ったんだよ……」
「まあ、とりあえず調理場が魔道具が導入されていない一昔前のものだったことには驚きましたが、そんなことは関係ありません。私、こう見えて結構こだわるタイプですから」
傍らで紅茶をいれているローラのドヤ顔に猛烈な敗北感を抱く。
しかし、事実ローラのメイドとしての仕事ぶりは認めるしかない。
「凄いな」
「むふふ、でしょう?」
「……皿が高級品だ……」
「もっと私の料理を見て!?」
素直になれず思わずライルは誤魔化してしまう。
紅茶を差し出し、ライルの隣の席に座ったローラは期待の視線を、フォークとナイフを手に取った彼へと向ける。
正直、かなり鬱陶しい。
だがしかし、作ってくれた手前食べないわけにはいかない。
内心でかなり葛藤しながら、ステーキから一切れ取り口へと運ぶ。
「……」
普通に美味しかった。
ただ肉を焼いただけじゃねぇのかタコ! くらいのことは言ってやろうとしていたライルだが、酸味と甘みのある果物のような風味を感じさせるソースと、計算された火加減で通した牛肉が絶妙に合わさり、文句のつけどころのない美味さであった。
ライルが目を見開き、驚きの表情を浮かべたことをしっかりと見ていたローラは彼の顔を覗き込みながら話しかけた。
「ね、美味しいでしょう?」
「……」
「美味しいっていってくださいよー。ねぇねぇー」
「だぁぁ! うっせぇぇ! 美味ぇ! これで満足か!?」
今回に限り、ライルは素直に負けを認めた。
彼にとっては数年来のまともな飯で、その上普通に美味しいものであったからだ。
魔力がない彼は、火を起こす魔道具すら扱えない。
そもそもの問題、料理すらもからっきしな彼がまともな飯なんて外でしか食べれるはずもないので、このようなちゃんとした料理というのは本当に久しぶりだったのだ。
彼の言葉に、ローラはにんまりと満面の笑顔を浮かべた。
「え、聞こえませんでした。もう一回お願いします」
「もう二度と言わねぇ!」
若干、頬を紅潮させながら目の前の料理を食す彼を見て、ローラも食事を始めるべくフォークとナイフを手に取ろうとして———、思い出したようにライルを見る。
「あ、これから三食、食事は私が作りますから」
「は? いや、やらなくていい。そこまでしなくても働いた分の金はやるよ」
「いえ、私がやりたいのでやります。それに、ライルさんの食生活やばすぎですし」
朝に豆、昼に豆、夜に豆、時々気分で干し肉。
そんな生活を見過ごせるわけがない。
「なんだか、予感がするんです」
「予感?」
「これから今日みたいな不可思議な事件がここに舞い込んでくるっていう予感です。その時、ライルさんが豆ばっかり食べてたら、ここぞという時に力がでないでしょう? そのために、私は貴方のために料理を作ります」
それに、と言葉を繋げた彼女は続けて言葉を発する。
「こうして、ライルさんが私の作った料理を食べているのを見ると、なんだか餌付けしているような気分にもなれますし!」
「……」
「あ、あー! ちょ、ちょっと私のお肉もっていかないでくださーい!」
無言で牛肉のステーキの乗った皿を奪おうとするライルと、それを阻止しようとするローラ。
静かな屋敷の中での、賑やかな一時。
決して馴染むとは思っていなかったライルの想像とは違い、ローラという存在は着実に彼の生活に入り込み―――その存在も大きくなっていくのであった。
冒険者宿で起こった事件は、一日も経たずに解決するに至った。
十年もの間、この世に留まり続けた冒険者の霊。
そのような長い時間を漂ったその精神力は並外れたものではなかったはずだが、やはり自然の摂理には抗うことはできなかった。
肉体無きものは、この世に留まることは許されない。
触れられず、聞こえず、見てもらえず、視界に映るどのような存在からも認めてもらえない世界で、孤独で生きていかねばならない幽霊は、恐れるのではなく憐れむべき存在、なのかもしれない。
だんだんとローラに絆されていく主人公。
もう豆の缶詰には戻れない……!
第二章は短めで終了となります。
次話から第三章『影にひそむもの』が開始となります。




