第十二話
本日二話目の更新となります。
第一章エピローグとなります。
都市を騒がせていた事件は、原因となった怪物を討伐したことで一先ずの終わりを見せていた。
ローラの兄を救うことができなかったことがライルにとっては悔いでしかなかったが、生き残った冒険者であるフェリカとミラも無事に都市へと連れて帰ることができたのは、何よりも喜ばしいことだったに違いないだろう。
ハルトの遺体は弔い、死の蔓延する屋敷は火にかけた。
しかし―――、ライルにとっては怪物を倒して、この事件は終わりというわけにはいかなかった。
この事件には、まだ判明していない部分がいくつかあったからだ。
レクスター夫人がなぜどのような経緯で黒魔術の本を手に入れたか。
二人の少女はなぜ村から連れ去られ、どこにいったのか?
なぜレクスター夫人は支配下にあるハルトに殺されたのだろうか?
なぜ―――レクスター夫人は人間を素材にしたゴーレムを作ろうとしたのだろうか?
だからこそ、事件を解決した直後に彼はレクスター家について調べていた。
情報屋や、教会、ギルドなどで情報収集を行った結果、風聞や情報とは違った事実が浮かんできた。
「ベルナ・フォン・レクスター卿、とお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「いや、ベルナで構わないよ。私は貴族の身分を捨てた身だからね」
レクスター夫人の夫は死んだわけではなかった。
黒魔術に飲み込まれ、狂気に染まっていく彼女の元へいることが怖くなり、貴族の身分を捨ててまで逃げ出した彼は——都市近くの農村で静かな生活を送っていたのだ。
最初こそは、ライルが訪れたことに警戒をしていたが、黒魔術に執心していた妻が死んだと告げると怯えながらも、話し合う場を設けてくれたのだ。
「奥様が黒魔術に触れたのは、いつ頃でしたか?」
「……恐らく、婚約して間もない頃だと思う。最初は……幸せに暮らしていたと思い込んでいたんだ。でも、いつしか妻は得体のしれない黒い本に執心することになって……」
「それは、この本で間違いないでしょうか?」
テーブルの上に置かれた黒いカバーの本にベルナの目が大きく見引かれる。
怯えるように肩を震わせた彼は、ライルと視線を合わせる。
「ああ、まさか君もこれを……」
「あくまで確認のために持ってきただけです。目は通しましたが、この後すぐに燃やします」
「そうか……良かった……」
元は貴族だったこともあり農村に住んでいながらも髭がきっちりと整えられ、ベルナの所作も気品を思わせるものがある。
年齢は三十代手前かそれくらいだろうか? 貴族からただの平民になるには相当な苦労があったはずだが、今のベルナを見るからに、平民としての立場の方が生き生きとしているようにも見える。
「妻は、なにかに惑わされていたんだ」
「そう思う、根拠があったのですか?」
「口癖のようにある言葉を口にしていました」
「それは……?」
質問に答えるのが苦痛なのか、ベルナは苦し気に表情を歪めた。
「“血を刻め、骨を地に突き立てよ。我らが本懐は、闇の中に在り”」
「……」
「私は、限界でした。妻が恐ろしいのもそうですが、彼女の周囲にいる姿の見えない“何か”が怖くて怖くてたまらなかった」
当時の恐怖を思い出したのか、ベルナは肩と手を大きく震わせた。
これ以上は追及すべきことではないと判断したライルは、紅茶の残りを飲み干したあとに立ち上がった。
「突然の訪問、申し訳ありませんでした」
「……いや、私も向き合わなければならない問題だったかもしれなかったからね。来てくれて、ありがとう」
その後、ベルナの家をあとにしたライルは馬に乗って自身の屋敷がある都市に戻ることにした。
レクスター夫人は、元から黒魔術に魅入られた人間であった。
それに手を出した理由は、恐らく悪魔に手引きされたからだろう。その目的は依然として理解できなかったが、碌なことではないのは分かる。
悪魔によってもたらされた本で、大勢の人生が狂わされることになった。
レクスター家の崩壊。
一つの村が虐殺により血に染められた。
未来のある冒険者が無残に殺された。
そして――なんの罪のない妹想いの男が、生きたままゴーレムに変えられた。
「……」
屋敷の書斎。
テーブルの上のステンレス製の皿の上で黒魔術の本が青い炎に包まれ、その煙が開け放たれた窓から外へ流れていく。
その様子をジッと見つめながら、ライルは感傷に浸るように椅子に深く背中を預ける。
「やってられねぇよなぁ……」
助けられるかもしれない、とローラに言った。
しかし、実際はできなかった。
その事実はライルの心にどうしようもない悔恨を抱かせる。
彼は自分の妹とローラの姿を重ねてしまっていた。異形の存在に取りつかれてしまった妹の兄と、異形の存在になり果ててしまった兄を持つ妹と。
深いため息をつきながら本が燃え尽きたことを確認した彼が目を瞑り、傍らに置いてあった水を口に含んだ瞬間―――前触れもなく書斎の扉が勢いよく開かれた。
「お邪魔しまーす!!」
「げふぁ!?」
書斎に入ってきたのは先日唯一の肉親である兄を失った少女、ローラであった。
彼女は水を噴き出したライルを見やると、なぜか手に持っている箒を構えながら満面の笑みを浮かべた。
「今日からここで住み込みで働かせてもらう、ローラです!」
「……ハァ!?」
この屋敷に住んでいるのはライルしかいない。
彼以外には誰にもいないし、いれるつもりもない。
ついでに言うのなら、彼はローラがこの屋敷で働くことを許可してはいない。
「何言ってやがる、不採用だ!」
「可愛いメイドが働いてくれるんですよ!?」
「うっせぇブス」
「はぁぁぁ!? 言うにも欠いて女の子になんてこと言うんですか!?」
どこで手に入れたのかは分からないがローラはロングスカートのメイド服を着ている。
普通なら屋敷にメイドは合っているというべきなのだが、幽霊屋敷染みたこことは絶望的に合っていない。むしろ浮いていると言ってもいいだろう。
「邪魔だ。帰れ」
「嫌です! ぶっちゃけ言うなら、働くところがないから助けてください!」
「野垂れ死ね!」
「ありがとうございます! 存分に働かせてもらいますね!」
「俺の話通じてる……?」
ローラもライルの暴言には慣れたのか、驚くほどのスルー力を見せている。
この少女の頑固さは、短い付き合いで嫌というほど思い知らされていたので、拒むことはできないと諦めた彼は、深いため息をついた。
「……お前、家は?」
「追い出されました。兄さんの捜索にお金使ってしまって……」
「友達に頼れよ」
「……うぅ」
「はぁぁぁ、分かった。次の住む場所が見つかるまで、住まわせてやる」
ライルの言葉に、ぱぁぁぁ、とローラの表情が明るくなる。
さすがに肉親を失ったばかりの少女を放り出すほど、冷血漢にはなりきれなかった。
そのまま扉の外から荷物を引っ張り出したローラは、深々と頭を下げた。
「それじゃ、メイドとしてこれからよろしくお願いしますね!」
「……はぁ……」
「あ、依頼とか持ってきましょうか? 私、それなりに情報集めるの得意ですし!」
「やっぱ不採用だお前!」
面倒ごとまで引っ張ってくるメイドとかどこにいるんだ! と色々とくじけそうになり、ライルは机に突っ伏すしかなかった。
第一章が終了しました。
以降はライルとローラの凸凹コンビでストーリーが進行していきます。
次回から第二章『かつての絆は怨恨へ』が開始します。
次話の更新は、明日の18時を予定しております。




