第十一話
第十一話となります。
『俺達は、王国で一番の冒険者になるんだ!』
それが、フェリカ・レスリーの幼馴染クレオ・マーレスの口癖であった。
向こう見ずでバカであるが、周りをよくみている彼は——フェリカを含めた五人の仲間にも信頼されていた。
クレオ、ミラ、フェリカ、ジェッシュ、クラリオ、サム。
六人の幼馴染は決して壊れない絆で結ばれていた。
それこそ、血を分けた家族のように。
六人で村を出て、六人で中央都市に来て、六人で冒険者になった。
誰一人欠けることなく、助け合っていた彼らだが———その絆は呆気なく引きちぎられてしまった。
村を虐殺した謎の怪物。
当初は、オーガのような凶暴な魔物の討伐かと思っていた彼らを襲った怪物は、オーガよりも小柄で素早く、それでいて残虐であった。
その時の記憶は、フェリカでさえ思い出したくはない。
気を失った彼女が次に目覚めた時は、暗く、冷たい牢屋の中。共に捕まっていたミラは、悲しみにくれたまま泣き崩れ、フェリカも先の見えない未来にただただ絶望するしかなかった。
「……隠れろ。今すぐに」
現在、ライル・シングスにより助けられた彼女は窮地に立たされていた。
地下にしか逃げ場のない部屋。そこに近づいてくる怪物、ハルト・アレクサンドラから生き延びなければならない。
しかし、隠れろと言われても部屋にはクローゼットとベッドくらいにしか隠れる場所がない。限られた場所を見て、右往左往とするフェリカ、ミラ、ローラだが逡巡している時間がないのか、ライルが問答無用でクローゼットに押し込もうとする。
「おら、さっさと入れ」
「ちょ!? ライルさん、こんな狭いところに三人も入るわけないでしょう!?」
「横暴すぎない!?」
「せ、狭いぃ……」
「うっせぇ。死にたくなければ今だけ痩せろ」
足でクローゼットの扉を乱暴に閉じられたことで、クローゼットの中は缶詰のように息苦しい。
元より、人が入ることなんて想定していない部屋だ。
二人でさえ入るか怪しいのに、三人でだなんて無理にも程がある。
「ちょっと、なんなのあいつ……!」
「理不尽にも程がある……」
デリカシーの欠片も感じさせない物言いに、フェリカとミラが唖然とする一方でローラは「ああ、なんだか慣れてきちゃったなー」と諦めたような表情を浮かべて、引き攣った笑みを浮かべている。
その後、すぐに乱暴に部屋の扉が開け放たれ、何者かが部屋へ入ってくる。
三人の真ん中にいたフェリカが、クローゼットの扉の隙間から屋内を見渡すと、そこには自分たちをここに連れ去った怪物、ハルト・アレクサンドラがそこにいた。
「———ッ」
自分で自分の口を押さえたフェリカは、今にも叫びだしたい恐怖を押さえる。
ボロ布をマントのように纏った彼は、誰かを探すように周囲を見回しながら地下へと続く部屋へと向かっていた。
「兄さん……」
「……」
ハルトのうめき声で彼だと分かったのだろうか、ローラが小さくそう呟いたのを見て、フェリカは複雑な心境に駆られた。彼は操られて、村の人達と自分たちの仲間を虐殺した。
例え、操られていたとしても、到底納得できる話ではない。
「———ウゥ……?」
地下へと入り込もうとしたハルトが突然立ち止まり、クローゼットの方に視線を向けた。
唯一、隙間から部屋の様子を確認できるフェリカは、こちらを睨みつけるハルトに怯えた声を漏らす。彼女の怯えた様子に気付いたのか、隣のローラとミラも顔を青ざめさせる。
特にローラに至っては「とりあえず、ぶん殴る、ぶん殴る」と物騒なことを呟き始める。
ミラに至っては「もっと生きたかったなぁ」と虚ろな目で諦めはじめている。
駄目だこの二人、役に立ちそうにない。
自分の隣のあんまりな様子に泣きたくなりながら、フェリカも覚悟を決めたその時――不意にハルトの姿がどこにも見えなくなった。
「え?」
どこかに消えた? それとも地下に行った?
安堵したその時、三人の隠れたクローゼットの扉が引きちぎられる形で開け放たれた。
中を覗き込んだのは端正だった顔立ちを悍ましく歪めた怪物、ハルトの姿。
「おおおらあああ!」
「「きゃああああ!?」」
悲鳴を上げるフェリカとミラから、無言のローラへとぎろりと視線を向けた彼がその手を振り上げた瞬間——、彼の胸から鋭利な杭のようなものが突き出てきた。
「がぁ、あああ!?」
「無事か!?」
苦痛に悶え、膝をつくハルトの後ろからライルが出てくる。
ハルトの背には木製の杭が突き刺さっており、正確にその心臓が貫いていた。弱点と予想されていた心臓を貫かれた彼は、血の結晶をまき散らしながら床で悶え苦しみはじめる。
なんとかクローゼットから出たフェリカは、ライルに食ってかかった。
「私達を囮にしたの!?」
「はぁ!? んなわけねぇだろ! ッ、どけ!」
「きゃ!?」
ライルが咄嗟に、三人を後ろへどかせた瞬間、何かが弾ける音と共にハルトの体から突き破るように棘状の血の結晶が生えた。
「な、なに!?」
「体の中の術式が暴走している……!」
胸から流された血が体を覆い、鎧のように変質していく。
その変化を見て、即座にハルトの首を鉈で落とそうとするライル。力の限りに振り下ろされた鉈は、ハルトの首に半ばほど食い込みはしたが、結晶の鎧に阻まれてしまった。
心臓を杭で貫かれ、首には半ばほどにまで鉈が食い込むほどの重症。
常人ならば即死してもおかしくはない傷を負っていたハルトだが、それでも倒れる様子は見せずに怒りのままに、刺々しい結晶がまとわりついた腕を振るう。
その腕の先にいるのは、呆然としたまま動けないフェリカ。
「——え」
フェリカは明確な死を目前にして、叫ぶことすらできない。
しかし、その直前にライルが彼女の襟を後ろへ引っ張ったことで、なんとか腕に当たらずに済んだ。
フェリカ達を背後へ追いやったライルは、懐から予備の杭を取り出しながら錯乱しているハルトと相対する。
「くそ、こういうのはギルドの役割なんだけどな……!」
ライルは杭を左手に持ち替えながら、獣を相手にするように構える。
怒りのままにハルトが結晶化させた血の棘を振るいながら襲い掛かるが、軽い身のこなしで棘を避けた彼はハルトの首にめり込んでいる鉈を引き抜き、膝の裏を切りつける。
「浅い……!」
人のそれを遥かに超えた怪力。
一瞬でも触れでもすればいつ肉塊になってもおかしくはない、嵐と見間違う暴力を前にしてライルは怖気づくことなく向かっていく。
「すごい……」
それらは実力のある冒険者であるフェリカとミラから見ても感嘆に値するものであり、まさしく経験と技術に裏打ちされた動きであった。
魔物ではなく、常識を外れた怪物を想定した戦い。
ライルは、足の腱、膝裏、肩といった相手の動きを封じる箇所を的確に斬りつけていく。
「ジィ、ギィガァァ!」
「ッ!」
大きな腕の振り回しを避けると共に繰り出された横薙ぎ。
それは二度切りつけた膝を半ばから切り裂いた。
足という支えを失ったハルトは、悲鳴を上げながら床に倒れ伏し、ただひたすらにもがくしかなかった。
「……最初の一撃で心臓はほぼ壊れている。もう、再生もできねぇだろう」
無様にもがくハルトを憐れに思うように見下ろしたライルが、ローラへと振り返る。
ただ状況を見ていることしかできない彼女に、彼は重々しい声で事実を告げる。
「お前の兄貴はもう駄目だ」
「……え」
「お前を見た時、迷いなく攻撃しようとしていた。妹と認識はできているが、ただそれだけだ。もう、お前の兄貴としての意識は残っていない。それに……」
ハルトの背中と胸の傷口からは結晶と化した血がボロボロと零れている。先ほどまで、あれほど鋭利で刺々しかった結晶の鎧も、今では砂糖菓子のように崩れて行ってしまっている。
それに伴い、ハルトの肌がどんどん土気色に変わって言っていることに、三人は気づいた。
「こいつの正体は、人間を素材にしたゴーレムだ」
「ゴーレムって……土で作る……?」
「レクスター夫人が求めたのは、人間が形を保ったまま人間を超えることだった。生きた肉体と魂を黒魔術で無理やり変質させたことで、人間以上の力を備えさせられた」
一般的なゴーレムは土くれから創造される使い魔のような存在だ。
地面を操り、人に尽くすために作られた存在。
しかし、レクスター婦人の持つ黒魔術は“生きた人間をゴーレム”にする歪で、残酷なものであった。
血液を操り、術者に絶対服従する生きた屍。
「血液が結晶化したのは、壊れて土くれに変わるゴーレムの名残で、驚異的な再生力も肉体を元の形に保とうとするゴーレムの機能と考えれば不思議じゃない」
「そ、それじゃあ、兄さんの……兄さんの魂は……」
「壊れているだろうな。外法で人外に変えられたんだ。まともでいられるはずがない」
ハルト・アレクサンドラの心は壊れてしまっている。
残っているのは、僅かに残った過去の記憶だけで、それ以外は暴走する獣でしかない。
そして、それでも真っすぐとローラを見つめている瞳には、溢れんばかりの憎悪と、子供のような恐怖が刻み込まれていた。
「……苦しくて、辛かったんですね……」
もうコレは駄目だろう、とローラは悟った。
彼女は憐れむように、目の前で地を這う肉人形を見て小さく、呟くように言葉を発する。
「そんな姿になってまで、私を探していたんですね……」
「ゥゥゥ、オオオオ、ラァァ、ロォォラァァ!」
「私の名前だけ、憶えてくれてて……。ありがとう、兄さん」
そこまで口にして俯き、ローラは「お願いします」とだけライルへと口にした。
一瞬、悔やむように目を閉じた彼は、苦しみ、悶えているハルトへと歩み寄る。
彼の手に持っている杭すらも目に入っていないのか、ハルトの視線は変わらずにローラへと向けられている。
「せめて、やすらかに眠れ。ハルト・アレクサンドラ」
彼は一切の躊躇なく、ハルトの背に斜めに突き刺すように心臓へと木の杭へと突き立てた。
悲痛な叫びと、ハルトの体を覆っていた結晶が砕け散る音が部屋だけではなく、洋館ににまで響き渡る。
「———ユ、ゥ、サ……ナイ」
それを最後の言葉にして、彼の体は結晶となって、土くれに変わるように崩れ去ってしまった。
残ったのは、人の形を象った結晶と―――彼の心臓に突き刺さっていた木の杭だけであった。
それを静かに見届けたライルの心情は、フェリカにもミラにも推し量れない。
しかし、少なくとも虐殺を行った怪物を倒せたことを喜んでいるわけではないのは明らかであった。
第一章登場の怪物は人間製のゴーレムでした。
次回の更新は本日18時を予定しております。




