第十話
本日二話目の更新となります。
「こりゃ驚いた。生きてるやつがいるぞ」
「呑気なこと言ってないで、扉を空けましょうよ!?」
「おーう」と呑気に返事をした彼は針金と金具を取り出し鍵穴を弄ぶと、ガチャッという音と共に呆気なく扉を開けてしまった。
そんな簡単に開けられるとは思っていなかったのか、呆けてしまったローラを他所に彼は扉を開けた瞬間――先ほどの赤髪の少女が、扉を開けたライルに拳を振り上げていた。
「は?」
「くたばれこの外道!」
さすがに助けようとした少女に攻撃されるとは思わなかったのか、面を食らった彼だがすぐに我に返ると突き出された腕を掴む。
「おい勘違いするな。助けに来たんだよ」
「そんなこと信じられるか! 仲間を殺して、罪のない村人も殺した奴の仲間の言葉なんか!」
「うるせぇ、この暴力女。黙って聞けこのボケ」
「ぼうッ……!?」
怒りよりもライルの暴言に対する驚きが勝ったようで、大人しく拳を引いた。
牢屋の中にいるのは、目の前の少女ともう一人―――部屋の片隅で震えている青髪の少女であった。
どちらも身なりは普通だ。
着替えさせられた様子もなく、暴力を加えられたわけでもない。ただ牢屋に閉じ込められていただけのように思える。
落ち着きを取り戻したのか、赤髪の少女は気丈な様子でライルへと話しかけた。
「……だ、誰なの?」
「俺はライル・シングス。ギルド長に依頼されて怪物を始末しにきた。お前ら二人は怪物に攫われた冒険者だろ?」
「え、ええ、私はフェリカ。フェリカ・レスリー。ギルドに所属する冒険者で、後ろにいる子が……幼馴染のミラ・ヒューリア」
赤髪の少女フェリカと青髪の少女ミラ。
対照的な二人を見たライルは、困ったように頭を掻き、背後のローラへと声をかける。
「おい荷物持ち」
「今私荷物持ってないんですけど。あと私にはローラって名前があるんですけど!」
「おい、お荷物。他の牢屋の確認してこい」
「うぅ、分かりましたよぉ――!」
泣き言を呟きながら他の牢屋を確認しにいく彼女を見送ったライルは懐から水の入ったボトルを取り出すと、遠慮なしにその中身をフェリカの顔へとかけた。
突然水をかけられたフェリカとしてはたまったものではなくパニックに陥る。
「い、いきなり何すんのよ!?」
「悪魔に取りついていないか確認しただけだ。安心しろ、中身はただの水だ」
そう言うやいなや、落ち込んでいる青髪の少女ミラの頭にも水を叩きつけようとするが、その前にフェリカに奪われる。
「おい!」と声を上げるライルを無視した彼女は、ボトルの蓋を開けて中身を飲みだした。
一切の迷いもなしにボトルの聖水を飲み干したフェリカにライルも珍しく呆然としたが、その理由に怒るにも怒れなかった彼は、溜息をつきながらもう一つのボトルを取り出す。
「はぁ……もう一つやるから、そいつにも飲ませてやれ」
「……ありがと」
最低でも四日は飲まず食わずだったのだろう。喉が渇いていて当然だ。
投げ渡されたボトルを受け取ったフェリカは、未だに座り込んでいるミラに水を飲ませている。
その様子を見たライルが牢屋の壁に背を預けていると、息を切らしたローラが牢屋の確認から戻ってきた。
「それで?」と短くライルが訊くと、ローラは表情を強張らせて首を横に振った。
生存者は目の前にいるフェリカとミラの二人だけ。
「———脱出するぞ」
「え、に、兄さんは……」
「後回しに決まってんだろうが。まずはこいつらを連れ出さなきゃならねぇだろ」
フェリカとミラの存在は明らかな足手まといだ。
それを咎めるほどライルの人間性は腐ってはいないが、今襲われれば確実に誰かが殺される。
「聞いてたか?」
「ええ。こんなところ早く出たいわ。ミラ、立てる?」
「……は、い」
声もかすれてはいたが、ミラも小さく返事をして立ち上がる。
有望視されていた冒険者だけあって、精神が折れていても動けるようだ。
ライル達は元来た道を歩き始めた。
音を立てないように暗く、陰鬱とした空気の漂う階段を上がっていくと地下への入口へとたどり着く。部屋には変わらずレクスター夫人の死体があり、それを見たフェリカとミラは怯えた表情を見せた。
「この人、貴方が……?」
「そんなわけねぇだろ。お前は生前の彼女と顔を合わせたのか?」
「格子越しだけど、話したわ。とてもまともな人とは思えなかった」
死人を生き返らせようとするのだからまともな訳がない。
ライルは内心で、そう思いながらフェリカの話に耳を傾ける。
「この人は、私達を捕まえた怪物を従えていたの」
「……なんだと?」
フェリカの言葉にラウルは自身の予測が外れていたことを自覚する。
目の前の二人を攫った時点では二人は生きていた。
なら、レクスター夫人はいつ殺されたのか?
「こいつは、お前らに何か言ったのか?」
「え、ええ。確か……」
「『ひがんの先、わたしが求める命の可能性、黒魔術によって人は人を超え、始まりへと向かう』……」
「み、ミラ?」
「私、覚えてる。こいつの言葉、一言一言……」
先ほどまで一言も喋ることのなかったミラが、突然口を開いた。
ライルの目を真っすぐに見たその瞳は、屍となっている女性に対する憎悪に溢れていた。
「話はあとで聞く。今はお前達を外に出す」
「……はい」
話はあとからでもいくらでも聞ける。
どちらにしろ、今日のうちにハルトをなんとかできるはずがないのは分かりきっているのだ。
一旦、都市へと戻り、レクスター家の情報と装備を整えてから向かうべきだ。
「待って」
レクスター夫人の屍から離れ、出ていこうとするライル達をフェリカが呼び止めた。
「貴方達は、あの怪物を殺しにここに来たの?」
「……ああ。このちんちくりんは勝手についてきただけだがな」
「誰がちんちくりんですか……! 私は兄を助けるためにここに――」
「うるせぇ」
ギンッ、と強烈な睨みをきかせてきたライルに怯えた声を漏らすローラ。
なにもそこまで怒らなくても……と思う彼女であったが、目の前に歩いているフェリカとミラを見て「あ……」と声を漏らした。
彼女達の仲間――幼馴染の四人は兄に殺されている。
それなのに、一応の妹である自分が「兄を助けるためにここに来たんです!」とのたまえば、どんな反応が返ってくるかは言われなくても分かる。
「あの怪物は、なんなの? 元々は人間だったのは分かるけど……」
「黒魔術で変容させられた冒険者。こいつの兄貴だ」
「え!?」
「ちょぉ!?」
言った傍から兄だってことをばらされてしまった。
なんなんだこの男は、としどろもどろになるローラを他所に、ライルは懐から黒魔術の本を後ろの二人に見えるように取り出した。
「この家の主、レクスター夫人が夫を蘇らせるために用意させた生贄がこいつの兄貴だった……ってのが憶測だったんだが、どうやらこの事件は俺が考えている以上に、複雑らしい」
「そうですね、怪物になった兄は……この人に従っていたようでしたし」
目の前の二人を含めた少女を攫っていたことも、レクスター夫人の指示であった。
少なくとも、彼女が生きていた間では。
「こいつには儀式の手順が記されていた。必要な道具は省くとして……『太陽の輝きが失せる月の夜。死者の肉体と、生者の肉体。甦れし者に、生贄の心臓と生き血を捧げよ』と」
「太陽の輝きが失せる月の夜……? 夜には太陽がないんじゃ……」
「新月だよアホ」
なぜか自分に対しての当たりが強いことにローラはイラっとする。
「そいつは、あなたに殺せるの?」
「……こいつを読んで弱点のあたりはつけておいた」
「っ! ライルさん、それは本当ですか!?」
驚きのあまり詰め寄りそうになるローラ。
まだ助けられる見込みがある兄が殺される前提で話が進んでいるのは納得できないのだろう。そう察したライルは、彼女を一瞥したあとに続けて言葉を発した。
「この黒魔術は、血液を基本にさせて肉体を変容させている。まあ、血ってのは体中に流れてるもんだから黒魔術を籠めやすいからだろうが……それを体中に送り出しているのはなんだ?」
「「……?」」
「心臓、ですね」
「ああ、それが魔術の施された核。奴にとって一番触ってほしくねぇ部分だ」
首を傾げるフェリカとローラにため息をつくと、幾分か口数の増えたミラが答えた。
一度目は銀のナイフで心臓を刺し貫いたが、傷口が小さすぎたせいか効果は薄くすぐに再生してしまった。しかし、再生する余地もないほどに心臓を破壊することができれば、怪物と化したハルトを倒すことができる。
「———待てよ」
「ライルさん?」
「そもそも死者を蘇らせることが目的でないとしたらどうだ……? レクスター婦人は別の目的で、黒魔術を扱おうとした。だとしたら、彼女が作り出そうとした“人が人を超えし者”ってのは……」
そう呟いたライルは、再び黒魔術の本を取り出し、ぱらぱらとページを捲りある部分に目を通す。
十秒ほどして、目を見開いた彼は苦渋の表情を浮かべ、黒魔術の本を懐へとしまった。
「あの、なにか分かったんですか?」
「お荷物……いや、ローラ」
「!?」
初めて名前を呼ばれ、ローラは驚愕する。
その反応に構わず、ライルはやや言い淀みながら言葉を口にする。
「お前の兄貴は助からない」
「え? ど、どういうことですか!?」
ローラが詰め寄ろうとした瞬間、何者かが廊下を歩く音が響いた。
遅く、緩慢な足取りだが、確かにこちらに向かってきているその足音。
誰が近づいているかは明白であった。
血の結晶を操る不死身の怪物、ハルト・アレクサンドラがこの場に近づいてきているのだ。
本作は一つの章の話数を少なくした上で、短編ドラマのような形式をイメージして書いております。
次回の更新は明日の17時を予定しております。




