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21話 六章 消えた五人目(2)

 第二の事故かと推測される中で、警察関係者が潰れた車から人々を遠ざける声が飛び交う。


「…………おいおいおい、一体どういう事だよ」


 ようやく、喉から絞り出すようにそう言った三鬼の声に、言葉を返す者はいなかった。


 宮橋が彼の前を通り過ぎ、顔色が悪い藤堂の隣に立つ真由の正面で足を止めて、ギロリと睨みつけた。


「僕の命令は、絶対だと言っただろう!」


 ひどい剣幕で睨みつけられて、真由はすぐに言葉を発する事が出来なかった。怒りを感じる彼の鋭い眼差しに射抜かれて、失望させてしまったのかという思いがまず込み上げて、昔、父親に激しく叱られた時のように胸がきゅっと痛くなった。


 足下からじわじわと広がった恐怖の実感が、喉元までせり上がってしまい「すみません」と、どうにか消え入りそうな声で返事をした。


 どうして車が一人でに潰れてしまったのか、という事でも頭は混乱していて、なぜ自分が怒られているのか理解するのも難しかった。


「ごめんなさい、宮橋さん…………」


 本気で怒る彼に、それ以外の言葉は言えなかった。こちらをチラリと見やった三鬼が「おい、宮橋。それくらいにしておけよ」という声が聞こえた時、宮橋が舌打ちして「もういい」と顔をそむけて踵を返した。


 真由は、見放されたような気持ちになって、俯いたまま締めつけられるような痛みに顔を歪めた。どうしてか、父や上司に叱られるよりも胸が痛かった。


「よくやった藤堂」


 続いて、宮橋に言葉をかけられた藤堂が、困惑した表情を向ける。


「宮橋さん、あれはなんですか……?」

「何を見た?」

「携帯電話に影がよぎったような気がして、そうしたら、なんだか黒い爪をした長い指が見えたような……」


 藤堂は言葉が続かず、不安に揺れる瞳を地面に向けてしまっていた。そっと視線をはずした宮橋が「そうか、君にはそう見えたのか」と独り言のように呟いた声が、寂しい響きをしてこぼれ出たのを聞いて、気がかりな表情を浮かべて視線を戻す。


 パチリと目があった宮橋が、考えるように数秒ほど沈黙して「藤堂」と呼んだ。


「錯覚だ。忘れろ」


 宮橋は、淡々とそう告げた。彼から顔をそむけるようにして歩き出すと、ガタガタと怯えて涙を浮かべているマサルのもとへ行き、先程の騒ぎで彼から受け取り損ねていた携帯電話を手にした。操作しながら、疲労を滲ませつつ髪をかき上げる。


 藤堂は助言を求めるように、先輩である三鬼へと視線を移した。しかし、彼は気付いている様子ではあったものの、視線を受け取ってくれなくて、藤堂は隣にいる真由を「大丈夫ですよ……」と言って気遣った。

 


 後ろで真由と藤堂の気配を覚えながら、宮橋はシルバーの携帯電話を耳に当てて歩き出した。こちらに気付いた三鬼が、駆け寄ってきて肩を掴んで引き留める。


「おい、どこへ行く気だ、宮橋」

「煩い。ついてくるな、馬鹿三鬼」


 宮橋はその手を振り払うと、トラックの荷台部分に出来た影まで進んだところで、ふっと携帯電話を耳に当てたまま空を見上げた。三鬼がつられて視線を上げる。沈みそうな太陽の明かりが広がる薄青い頭上には、霧状の雲が裂かれ伸びていた。


 繰り返されていた無機質な呼び出し音が、唐突に途切れた事に気付いて、宮橋は空を眺めたまま、明るい鳶色の瞳をそっと細めた。


『はじめまして。あなたが【ミヤハシ】さんですか?』


 電話越しに、声変わりのしていないような幼い声が聞こえて、宮橋は「そうだ」と力なく答えた。相変わらずしつこい三鬼を一瞥すると、こちらのやりとりを聞くなと視線で伝えて、少し離れるように歩き、彼に背を向けて壁際に向かって立つ。


「上手く行ったようだね。――まさか、ウチのところの捜査員の電話まで媒体にされるとは思わなかったから、強行手段を取らせてもらった」

『そう、ですね。少し頭の中が揺れて、立っていられませんでした……』

「少々荒技だが、発生した気配を辿らせてもらって、直接君の精神を揺さぶったからね。今『彼』は君の中か?」


 宮橋は、囁くほどの声量で話した。


 自分の後ろで、三鬼がこちらの背中を凝視している視線はずっと感じていた。事故の収拾がつかずに相変わらず喧騒が続いているため、小声で話すこちらの会話は誰にも届いていないとも知っていた。


『はい。頭の中であなたの声が聞こえて、言われた通りの言葉を思い浮かべたら、戻って来てくれました』

「よろしい。では、話を続けよう」


 宮橋は壁に手をつくと、より一層声を潜めた。

「先に言っておくが、僕は少々視え過ぎる『目』と、少しの知識があるにすぎない。――事件の事は知っているな?」

『はい、数時間前に知りました』


 電話の向こうで、与魄智久があやふやに頷く気配がした。宮橋は腕時計で時間を確認し、続ける。


「血で悟ったとはいえ、落ち着いているんだな。君は分かっているのか? 彼らが願いを遂行した後に求めるのは、魂だ。『人形物語』は、自身の形と器を持たないからそれに執着し、独りきりが嫌で一族の血を引いた人間に執着している。最後に死ぬのは君なんだぞ」

『分かっています。きっと、そうなるだろうと』

「…………どんな過程を辿ったとしても、君は死ぬ」

『かまいません。僕が彼と共に在ろうと決めたのです』


 それは揺らぎのない決意の言葉だった。まるで恋焦がれ魅了でもされたかのように、実感のない事件については曖昧な迷いもあるのに、未知の死については明瞭な前向きさを滲ませて、智久は穏やかな声で語る。


 宮橋は瞳を閉じて、もう引き留めずに「そうか」とだけ答えた。


 幼い頃に過ごした宮橋邸で、自分が持つ『異界の目』を通して、闇から生まれた沢山の物語を眺め読んだ。人には見えないモノたちが、語り聞かせるように囁いてきて、その黒い世界にぽつりと存在している図書館の膨大な量の書物を、そうやって読み切った。

 この世の常識や、感情を挟む隙さえない『物語』だった。それは彼らの存在と行動の理由を忠実に示し、人は魅入られたと知らずに心を奪われて、本来生きるべき世界を飛び出して異界に呑み込まれて消え去る。それを、正しい選択だと疑いもせずに。


 宮橋は沈黙を聞きながら顔を上げ、目の前の壁をしばらく見据えた。


 思い返せば新人時代にあった、合宿中だった高校生十二人が消えるという『神隠し事件』が、一番目のL事件となった。八人の生徒が戻り、当時自分を担当してくれた先輩の相棒刑事が、全員の目の前で、片腕を残して消失したのだ。

 


 当時の上司や小楠、上に喧嘩を売りまくった三鬼の行動の結果で出来た、L事件特別捜査係という名称を聞かされた時は、探偵事務所でも開くから放っておいてくれと思った。

 それでも離れられなかったのは、呪いか宿命のように、たった一人で暮らし始めたこの土地で怪奇で奇妙な事件・事象が起こり始めたからだ。――そして何より、初めて自分を受け入れてくれた理解者を、そのせいで失ってしまったからだった。

 


 成人を迎えた日から、人の肝臓を食べなければ生きられなかった連続殺人犯。墓の中から届いた手紙で三人が死亡し、半腐敗のままもう一度殺される事になった犯人。

 コックリさん殺人事件では、六人の小学生が一夜のうちに虐殺され、その後に四人の生徒が行方不明になった。二二〇事件では、午前二時二〇分に若い女性の飛び降り自殺が連日続いた。


 これまでのL事件を思い返しながら、宮橋は「智久君」と呼んだ。


「殺人事件は、犯人が逮捕されて終わるものだ。僕らは、この事件に終止符を打たなければならない。後の事は、紙の上どうとでも片付けられる。だから僕らは、僕らの事に集中してやろうじゃないか」

『これ以上、誰も殺させないために?』

「そうだ。これ以上は、殺人をさせないために」

『僕自身でも止められないのに、あなたにはそれが出来るんですか?』


 もう、どちらであっても構わないのだろう。殺されてしまうのは同情するけれど、それだけだ。


 電話向こうで申し訳なく微笑む表情には、後悔と罪悪感はほんの僅かにしか残されていないのだと『視えた』宮橋は、静かな声色で「可能だ」と簡潔に答えた。


「そのために、強制的に『物語』を終わらせて契約を完了させる。僕が『人形物語』の最終章をこじ開けるから、君は彼に与えてしまった魄を、一瞬だけでもいいから引き抜くんだ。こちらからの殴り技になるから、君にも少し衝撃が来るだろうが……そうすれば、勝手に立ち位置が変わる事もなくなるだろう」


 すると、電話の向こうで智久が『ああ、それでこんな所に出たりしているのですか』と、ようやく腑に落ちたように言った。


『気付くと元の道に戻っていたり、大通りに出るはずだったのに路地に出たり……さっきまでは書店の前を歩いていたのですが、今はサンサンビルの裏手です』

「次のターケッドの接触のタイミングを計っている『彼』に、知らないうちに連れ回されているのさ」

『場所を飛び越える一瞬、視界がぶれる気がします』

「慣れていないからだよ。でも上出来だ、普通の人間であれば意識が朦朧となるか、感情の一部だけでなく、記憶を持って行かれる」

 

 つい苦笑を浮かべてしまった宮橋は、ふっと笑う吐息をこぼした自分に気付いて、途端に惨めさを覚えて微笑を歪めた。「――同じ感覚を知っていて、こんな風に話せる相手がいれば、苦しくはなかったのにな」と呟いてしまう。


 異界の目は、どちらの世界もよく視え過ぎた。聴覚はこの世にない音を拾い、魂は知りもしない異界を懐かしんで揺れ、けれど人として生まれた身体は、家族や人間のいる世界の温もりを欲して離れられない。


 だから、智久が『向こう側』が心地良いとして、魅了されてそれを選んだのも、分からなくもないのだ。


 自分はだって一度、同じ事をしかけた。そして、あの馬鹿三鬼が『ルール』を覆すように腕を掴んで、引き留めたのだ。振り返って目が合った刹那に、人間らしい情を見せつけられた時には『向こう側』へ進む足は、完全に止まってしまっていた。


 よく理解もしていないのに、阿呆みたいに突っ込んでくる男だった。


 昔からそうだ。三鬼はしつこいくらい突っかかってくる癖に、それでも一度だって『署内きっての問題児で、変わり者の宮橋刑事の戯言』を否定した事はなかった。いつだって「じゃあどうすりゃいいか言え」と、傍に来てじっと話を待つのだ。


「この方法は、残りの代償行為を強制的に納得させるもので、一時的にショック状態にさせる。君の中の『彼』は、しばらくは意識を取り戻さないと思うから、契約が完全に完了されるのは、おおよそ八時間から十時間後だ」

『それまで猶予があるわけですね』


 生きられるのが、その間だけなのに、それでも君は笑うんだな――と、宮橋は口にしないままぼんやりと思った。


「これから方法と手順を教えるから、僕が話す事を、しっかり聞いておいてくれ」


 そう切り出して、宮橋はその内容を手短に語った。

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