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11話 四章 第四の殺人、のち(1)

「くそっ、なんだって言うんだ。あまりにも『次の殺人』が早すぎる……!」


 そう言った三鬼が、捜査本部の長テーブルを叩いたのは、午後四時の事だった。テーブルの上に並べられた写真や資料、誰の物かも分からない紙コップがその振動に揺れて、中身の珈琲に波紋を描いた。


 椅子の用意もないそのテーブルには、小楠と三鬼と藤堂の三人が立っていた。室内に残って作業する捜査員たちの中には、他の部署からかき集められたメンバーもいて、今は判明のついた不良メンバーの捜索と、第四の殺人現場に忙しくしている。


 先に緊急会議をすませた他の捜査員たちと入れ違いに、三鬼と藤堂は県警本部に戻って来ていた。二人は四件目の殺人を電話で聞かされていたものの、小楠から直に、改めて詳細を説明されたところで、三鬼は怒りに震えて「早すぎる」とテーブルを叩いたのだ。


「今、現場からの画像を待っています」

「分かった」


 パソコンの前に座っている女性捜査員の報告を受けて、小楠は厳しい表情をテーブルへと戻した。


「さっきも話したが、第四の被害者は路地裏で発見された。状態は先の三件と同じで『とにかくひどい』らしい。ポケットに入っていた財布の中の学生証から、今回上がった生徒の一人であるとは確認が取れた」


 つまり、そうしなければ本人確認が出来ないほど、ひどい状況であったらしいと察せる言葉だった。

 

 テーブルに手をつく三鬼の隣で、藤堂が「でも警部」と口を挟んだ。


「有り得ませんよ。だってその現場は、第二被害者宅から一分の距離もない、閑静な住宅街の一角なんですよ? あそこには、何人もの捜査員がいたはずです」


 第二の殺人現場では、引き続き調査が進められていた。近くには、聞き込みなどを行う警察関係者たちも出入りしていた状況の中、捜査一課の人間が徒歩一分ほどの距離で発見して、第四の殺人が発覚したのだ。


 死後数分も経っていなかったらしい。犯人が近くにいる可能性もあり、現場近くの人間が総動員されて創作にも回されている。


 藤堂の言葉を聞いた三鬼が、「その通りだ」と吐き捨てた。


「近くで犯行が行われたってのに、誰も気付かないなんて事あるか? しかも白昼堂々だ。犯行目撃者はなし、悲鳴や物音を聞いたという奴も出ていない。現場から十メートルの距離で、野口(のぐち)たちが聞き込みをしていたっていうのに――くそッ」


 三鬼は拳を作ったものの、誰が悪いわけでもないやり場のない怒りを逃がすようにして、手から力を抜いた。疲れで充血しかけた目を持ち上げて、上司である小楠に報告する。


「そういえば、宮橋のやつは冷静でしたよ。すぐに電話を切りやがった」


 彼はそう言って、憎たらしげに舌打ちした。


 新人だった時代、県警が『首無し事件』に大騒ぎしている間に起こったとある事件で、三鬼と宮橋は急きょ新人同士のパートナーとして組まされ、素晴らしい速さで事件を解決へと導いた。それ以来、たびたびコンビで仕事に回されたが、能力以外はまるで相性が悪い組み合わせで、それは今でも変わっていない。


 当時、宮橋と三鬼と同期のメンバーは、署内でも騒がしい連中だとして知られていた。弁当のおかず一つで若い連中を巻き込んだ争奪戦を起こし、同期の男が趣味にしていたガンプラのコンテストを、宮橋が勝手に開いて無断で廊下にズラリと並べたり、巡査部長を捨ててパトカーで暴走族とカーレースを繰り広げた事もある。


 すると、女性捜査員が、印刷した第四の殺人現場の画像をテーブルに置いた。


 三鬼はそれを見下ろして嫌悪感を露わにし、大きな吐息をこぼして、疲労がたたっている目元を押さえる。現場の悲惨な光景に言葉も出ない藤堂の向かい側で、小楠が苦々しい顔をした。


「ひどいな」


 つい、小楠の口から、今日で何度目になるのか分からない言葉がもれた。

 第四の被害者の遺体は、切断されたというより、何かに食いちぎられたと表現する方が正しい気がするほど雑に散らかされていて、綺麗に残っている部位は一つもない有様だった。


「先程入った報告では、首を一番に刎ねられた後、身体が死ぬ前にバラバラにされているらしいという事ですが……詳しい事は、まだ分かっていません」


 女性捜査員は淡々と告げて、再びパソコンの置いてある席へと戻っていった。


 三鬼は、黙々と現場の様子を確認した。その隣で、別の資料を手に取った藤堂の手が、わずかに震える。


「…………こんなの、人間に出来ませんよ……そうでしょう?」


 思わず口の中で呟いた藤堂に答える者は、誰もいなかった。三鬼と小楠は、ただ黙々と現場の様子を目に焼き付けていく。


 その時、そんな室内の重々しい雰囲気に不似合いな、陽気な声が藤堂の真後ろから上がった。


「はははっ、かなりキているみたいだねぇ。少し休んだ方がいいんじゃないのかい?」


 ぽんっと肩に手を置かれた藤堂が、ひゅっと息を吸い込んで飛び上がり「ぎゃあッ」と悲鳴を上げて、それから反射的に振り返った。そこにいたのは爽やかな笑顔を浮かべた宮橋で、小楠と三鬼も両目を見開いて彼を見つめる。


 藤堂が「心臓に悪いッ」と、唇にまだその余韻を残しながらこう続けた。


「というか宮橋さんッ、いついらっしゃったんですか!」

「うん? 今さっきだよ」


 宮橋は、当たり前だろうと言わんばかりに答えた直後、君は馬鹿かという表情をした。ようやくそこで、他の捜査員らも宮橋の存在に気づいた様子で目を向けて、どこからか「いつ戻ってきたんですか」と同じような質問が飛ぶ。


 捜査本部の拠点となっているこの大部屋に入るには、大きく開かれた正面扉から入って来るしかない。だから、彼が来た事に誰一人気付かないなんて、本来であればありえない状況だったのだ。彼が声を上げるまで、まるで気配はなかった。


 時々、容姿端麗で空気を読まない目立つ存在であるのに、ふっと忘れ去られる瞬間がある。黙って座っていると、まるで空気のように希薄になって、いつのまにかどこかへふらりと行ってしまう事も多かった。


 そんな宮橋が「お、第四の現場か」と、藤堂の間に割り込んでテーブルを覗き込んだ。隣にいた三鬼が、眉を寄せて「おいコラ」と文句を言いかけた時、開かれた扉から一人の女性が飛び込んできた。


 それは真由だった。全速力で走ってきた彼女の髪は、少々乱れている。


 新しい捜査員の帰還を見て、室内にいた全員の視線がそちらへと向いた。捜査の真っただ中で、覚えたての顔に「おかえり」と声をかけつつも、そもそも彼女が宮橋の相棒である事を思い出すのに数十秒を要する人間もいた。


「もうっ、どうして置いていくんですか!」


 タイトスカートいっぱいに足を広げたまま、真由は肩で荒々しく呼吸を繰り返しながら、息も絶え絶えにそう言った。一同よりも最後に視線を上げた宮橋は、どかどかと歩いてくる彼女を見ると、真面目な顔をしてこう告げる。


「君が遅いからに決まっているじゃないか」

「だからって、スポーツ選手並みに走って置いていく事はないと思います!」

「ははははは、軽いジョークだ。突然走りたくなった」


 宮橋は悪びれもなくきっぱり答えると、「見たまえ、第四の現場だ」とテーブルの上を見るよう促した。


「うげっ」


 テーブルの上へと目を落とした途端、真由が下品な声を上げた。チラリと顰め面を向けた三鬼と、手の震えが不思議となくなった藤堂が苦笑するそばで、小楠が「真由君、露骨に『うげ』はないだろう……」と、つい友人の娘に個人的な思いを呟く。


 改めて現場の写真を目に留めた宮橋は、広告を覗くような具合で「ふうん?」と顎に手を触れて首を傾げた。その際に、少し色素の薄い柔らかな髪が、長い睫毛に触れていた。


「ずいぶん荒々しく『散らかった』現場だな。被害者は、かなり恨みを買ったらしい」

「何か分かった事はあるか?」


 早速、小楠が訊いた。宮橋は感情の読めない瞳で上司を見やり「学生たちの情報は?」と問い返す。


 相変わらず自分ペースなやつめ、と小楠は口の中で言って、急きょ設けられたデスクの片隅で、電話のやりとりに追われていた小太りの男に目配せした。察した彼が席を立ち、机から用紙をひったくってやってきて「こちらに、名前と顔写真が」と手短に告げ、足早に戻っていった。


「彼らがそうだ」


 小楠は、宮橋が見えるようにそれをテーブルへ置いた。用紙には、全部で九人分の学生の顔写真と名前があり、顔写真のうち三つには大きく赤色の×印が付けられ、余白には「第四被害者、まだ未定」と走り書きされていた。


 真由は、金髪で細いつり目の少年の写真を見つけて「あ」と声を上げていた。けれど、いかにも不良であるといった雰囲気を醸し出している少年たちの下に、黒髪で大人しそうな少年の顔写真と共に『ヨタク』という名を見つけて驚いた。


 その黒髪の少年の写真は、他の八人の少年たちより少し離されていた。中学時代から付き合いがあり、事件の直前にも彼らから呼び出しを受けていたのではないか、と推測されている少年で、名前の欄には『与魄(よたく)智久(ともひさ)』と印字されている。


 つい隣の方の様子を窺ってみると、宮橋は一番目から三番目の被害者の写真をじっくり眺めていた。×記しの付いていない一重の面長の顔をした少年へと視線を移して、表情のないままなぞるようにして、指先を滑らせる。


「――ああ、彼が四人目か」


 振り返った一瞬後か。なるほど、それは驚く間もなかっただろうねぇ……ぼんやりとした調子で、宮橋の口の中に呟きが落とされた気がした。


 真由は、聞き返すように「え?」と顔を向けた。ほんの少し遅れて三鬼が、顰め面で「それにしても、典型的な不良少年って感じだな」とやけに大きな声で言ったせいで、よく聞こえなかった。


 そのせいか、同じく用紙の一覧を目で追っていた藤堂は、呟きには気付いていない様子だった。三鬼が近くを通り過ぎようとしていた若手に、ペンを寄越せと手の仕草で伝える中、彼は目に留めた黒髪の少年の顔写真の名前を見て、物珍しそうに首を傾げる。


「これで『ヨタク』って読む苗字なんですね。初めて見ました」

「多くはないからね。本来の意味合いでは、今はほとんど失われてしまった苗字さ」


 宮橋は、よく分からないという顔をする藤堂を見やって、言葉を続けた。


「与えるに魂魄の魄を付けて、ヨタク。本来、名は魂と生き筋を縛るモノでね。与魄という字には、条件を与えて魂を留まらせる、という契約的な意味合いが隠されている」


 唐突にそう説明をされた藤堂が、なんと感想していいのか分からない表情で「うーん」と頬をかいた。


 真由は、宮橋の美麗な横顔を見上げて、率直な感想から尋ねる。


「漢字の意味合いに、何か意味があるんですか?」

「重要なのは名前だよ。一部の血族は、それぞれ『物語』を持っているからね」

「物語?」

「教訓みたいにある、お伽噺と同じさ。幼い子供の頭にも入るように、まるで一冊の絵本みたいに『昔むかし、あるところに』から始まるやつでね――、僕の考えが正しければ、彼は与魄家の人間として『成ってしまった』んだ」


 途中、どこか思い出すような目をした宮橋が、自身で気付いたかのように後半で声の調子を戻した。


 三鬼が少し苛々した様子で、「俺にも分かるように言え」と言った時、電話対応に追われていた男性捜査員の一人が「警部!」と叫んだ。


「捜索が続いているN高校一年生の筒地山(つつじやま)(りょう)本人から、110番通報で連絡が入ったそうです!」

「なんだと?」

「どうやら『自分を保護して欲しい』という連絡のようですが、話をするのも難しい状態のようでして。今、対応にあたっている者で、どうにか落ち着かせようと頑張っているみたいです」


 尋ねながら既に歩き出し、小楠が「回線を繋げ」と指示しながらそちらに向かった。騒がしさが増した室内のざわめきを聞きながら、真由は藤堂と互いの丸い目を合わせたところで、ふと思い出して「あ」と口にしてポケットを探った。


「そう言えば、手帳をお返ししておきます」

「ああ、うっかり忘れられているかと思った」

「多分、もう手帳の存在を忘れているのは、宮橋さんだけかと思います」


 確認を促された以降、彼の口から手帳の存在を口にされていなかった事を思い返しながら、真由は藤堂の手にそれを返した。


 そんな中、宮橋が上司の様子を目で追い、そっけなく肩を竦めた。


「やれやれ、ようやく連絡を入れてくれたのか。良かったな、三鬼。これで捜査も一歩進展だ」

「自分から保護を要請? おい宮橋、ちょっと待ってどこに行く気だ、つか一体何がどうなってんだよ?」

「そのままの通りだろう。いつも一緒にいたメンバーが次々に死んで、彼も自分が狙われていると知って警察を頼る事にした。そう考えるのが『一般的』だ」


 片手を振って歩き出しながらそう言って、小楠とは反対方向に進む彼を、三鬼が追った。数秒遅れて、真由と藤堂も続く。


「『良かったな』という割には、ちっともそんな事はねぇって顔してるな? で、お前はそんな中、何をしようってんだ」

「連絡のあった少年については、お前か誰かがすぐにあたる事になるんだろう。なら僕は、ひとまず確認のためにも早急に、智久少年の祖母に話を聞かなくちゃならない」

「祖母?」


 三鬼が胡散臭そうに顔を顰める隣で、宮橋は前を見据えたまま「彼と関わりの深い祖母が一人いるはずだ」と、確信に満ちた声で告げる。


 真由はびっくりしてしまって、慌てて小走りで彼の隣に並んで問いかけた。


「ちょ、待ってください、宮橋さん。今まさに進展があるココを放って、すぐ事情聴取に向かうんですか?」

「そうだ。それもあって、僕はここに一旦戻ってきたようなものだからな」


 それ以上の質問は拒否する、というように宮橋が歩みを速めて、パソコンに向かっている眼鏡の女性捜査員のもとに向かう。


「今すぐ、与魄智久の祖母の番号を調べて欲しい」


 指示を受けた彼女は、困惑したように手を止めて、眼鏡を押し上げつつ宮橋を見つめ返した。すぐそこに立った三鬼を見て、真由と藤堂にもチラリと目を向け、それから「分かりました、少し時間がかかりますから、待っていてください」とパソコンに向き直った。

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