青き竜
雲雀と雪しろは儀式の谷の上空で機を狙っていた。
羽を広げると三メートルはあろうかという大きな隼に乗って、空を旋回すること数十分。雪しろの話では、儀式の時間はとうに過ぎているはずであった。それでも眼下の結界に変わりはない。故に二人はまだ儀式が終わっていないと踏んでいた。
「一はうまくやっているのでしょうか……」
雪しろが目下の谷を見ながら心配そうに言う。結界の外から中の様子は見えないようになっているため、上空から遠く離れた地の様子を正確に把握することはできない。
雲雀は黙っていて、答えなかった。ただ、何か別の事に気がついた。
「なんだ、あれ」
雲雀が遠い空を見つめて目を細める。雪しろも雲雀の見つめる方角に目を凝らした。
雪しろには初め、ただぽつぽつと雲のある青空にしか見えなかった。それが少し経ってみると、どうやら、何かがこちらに向かって来ているということが分かった。黒い、点である。
「なんでしょう……」
鳥だろうか。それにしては、大きい。ヘリコプターかとも思ったが、形が違う。しばらく、それが近づいて来るまで分からなかった。先にそれが何か気づいたのは、初めに見つけた雲雀だった。
「……竜、だ……!!」
知覚した瞬間、ぞわりと身の毛がよだった。
「えっ竜!? 竜なんて、そんな……!」
妖物の中でも、竜の姿を模しているものは少ない。珍獣中の珍獣だ。
雪しろは息を飲んで雲雀が竜と言ったそれを見つめた。雲雀は興奮しているのか、目を輝かせている。
それがようやく雪しろにも知覚出来る大きさになったとき、雪しろは自分の目を疑った。
「竜……!」
本当に竜だった。
二本の角が見える。長い二本のひげが見える。長い体に、腕らしきものがはえているのが見える。青い空を、うねりながら竜が近づいてくる。
竜は驚くほどの速さでこちらに向かって来ていた。姿がぐんぐん大きくなる。近い、と思ったときにはもう、目の前で下降しているところだった。
「わっ!」
「きゃっ!」
竜が宙を割いた風圧で隼が吹き飛ばされる。
雲雀は雪しろを上から覆うようにして隼に掴まった。隼はすぐに体制を整え、竜の降りていった上空にとどまった。
バキンッ
頭から突っ込んだ竜が強力な結界を突き破る。
右近左近他、くすべ、銀竜、竜樹、青梅。結界が壊される音を聞いた者たちが見上げていると、突然空から大きな塊が落ちて来た。
ごうっと風を纏いながら落ちて来た何かは速すぎて誰にも分からず、また、落ちて来た何かが割いた風が近くにいた一姫や右近左近に襲い掛かり、三人は目を開けていられなかった。
「なにっ!?」
一姫が呟く間に、何かは谷に消えた。
「何だったの……?」
茫然と、一姫は谷を見下ろした。




