第1章 道具屋の旅路(2)
先日(10/27)1話を加筆修正しましたのでそちらを先にご覧になって頂けると幸いです。
九時を過ぎ、アレリア北大通りは買い物をする客で賑わってきた。アルムは道具屋の裏手にある馬屋でロバのベーボーの背中に仕入れ用の籠を付けた。城下町の中では馬類に乗るのは戦士以外禁じられているので、アルムは城壁東口まで手綱を引いて歩いた。
「おっ道具屋のお坊ちゃん、仕入れかい?」
「はい。今回は僕一人でクーレルまで仕入れに行くんです。」
「ほう、エルバーさんももう年だからな、世代交代か…。」
「違いますよ!今回は父が用事で行けなくて代わりに僕が行くだけなんです。それに父はまだバリバリ現役ですよ。」
「そうなのか、やっぱりエルバーさんは凄い人だなあ。初めての仕入れ頑張れよ坊ちゃん!クーレルの街は街道を南東に真っ直ぐ進めば夕暮れに着くだろう。そうだ、以前クーレルに行った時に食事券を貰ったんだ。当分クーレルに行く予定はないから坊ちゃんにやるよ!」
そういって威勢のいい城壁の職員はアルムにクーレルの食堂の食事券を渡した。アルムはお辞儀をして城門を出てべーボーに乗り、街道を進み始めた。
アレリアの秋は気温の変動が激しい。
特に王都アレリア近郊は昼に南西の大海から熱を帯びた海風、夜は北のパーテルント山の冷気を帯びた山風が吹くので、昼と夜の温度差は15度を超える。朝が少し冷えたので上着を着ていたアルムは暑さに耐えられず上着を脱いだ。
にしても暑いな、とアルムは呟いた。秋が終わろうとしている今でも昼の気温が何故か夏と大して変わらない。その代わり夜に山風が吹き荒れるので昼夜の温度差が例年よりも大きい。気候の変動で風邪が流行らないといいが、と城下町でも不安の声が出ていた。アルムも生まれて初めての暑く、また寒い秋にうんざりしていた。機構の変動が激しい結果防寒具や冷却材の売れ行きが良い事は道具屋として有難いのだが。
街を出る頃はまだ斜め45度のところにあった太陽はいつの間にか真上に来ていた。
森の中の街道を進んでいたアルムはベーボーから降り、べーボーに餌をやり、自分は切り株に座りマールが作ってくれたチキンサンドを無心に食べていた。口が乾き、水の入ったガラス瓶に手を伸ばす。
その時だった。
「プチャヌニャオ!!」
聞きなれない獣の唸り声を聞いたアルムが周りを見渡すと森の中に赤毛の猫が一匹。しかし一般的なそれとは全く異なり、牙が発達しており、二足で立っている。
ブラッヅガッド。アレリア近郊に出現する魔物だ。
アルムは魔法養成所の老師から譲り受けた王家のナイフを手に取った。元王国魔法兵だった老師が先代の王直々に賜ったものらしく、年代ものだが錆びることなく切れ味も良い。アルムはナイフを鞘から取り出し構えながら老師の言葉を思い出す。
「猫の魔物、ブラッヅガットは普段は大人しいが腹が減ると獰猛になり人を襲うこともある。餌を与えても食べ終えると直ぐまた襲ってくるから逃げられない。氷には強いが熱には弱い。灯火呪文を使うがよかろう」
アルムは考える。まだナイフで闘うには自分の腕が心許ない。チキンサンドを投げ、食べている隙に炎を当てるか。否、炎が絶対当たるとは限らないし第一ここは森だ。火事になったら大変なことになる。
そうのこうの考えているうちにアルムとブラッヅガッドの距離は縮まる。二種の距離が10メートルほどになった時、ブラッヅガッドはクッシャーッッと歯切り声をあげてアルムを威嚇した。べーボーがブルフゥと恐れの鼻息を鳴らす。
迷ってる暇なんかない。アルムはチキンサンドを手に取り大きく振りかぶってチキンサンドを投げた。食料が頭上を舞った瞬間ブラッヅガッドは跳躍しチキンサンドを手に取りがっついた。
さあどうするか。火が使えないのであれば何があるか。アルムは灯火呪文の他に氷固呪文も使えるが、ブラッヅガッドには効かない。他に戦闘に役立つ道具もないしナイフで闘うしか…と切り株の上にあるナイフを手にしようとしたとき、水の残るガラス瓶に目がいった。
これなら何とかなるかもしれない、とアルムは思った。しかし準備が間に合うかどうか。迷っている暇はなかった。
アルムは瓶の中に弱めに灯火呪文を放った。水が一瞬にして沸騰し始める。アルムは瓶に蓋をして、氷固呪文を唱え瓶を凍らせた。
その時チキンサンドを食べ終えたブラッヅガッドがアルムに飛びかかってきた。アルムは咄嗟に凍った瓶を投げる。
ポッドォォン!!!
ブラッヅガッドに当たった瓶は勢いよく爆発し、中の沸騰水がブラッヅガッドを直撃。ブラッヅガッドは悲鳴をあげながら去っていった。
上手くいった…。とアルムは安堵した。水蒸気爆弾。道具屋でも売られている扇動目的で使われるものを簡略化したものだった。瓶ごと一気に凍らせると瓶の中のものがそのまま保存される。振動を与えると瓶が割れ氷と沸騰水が交わり水蒸気が生じて爆発する仕組みだ。
少し休憩してからアルムは飛び散ったガラス瓶の破片を片付け、切り株の上の物をリュックに入れるとべーボーに乗り、再び街道を進み出した。
その後は魔物に遭遇することもなく、アルムは日が暮れる前にクーレルに辿り着いた。
初めての戦闘シーン。…戦闘シーンかどうかは微妙ですが。良い表現が出てきませんね。修行が必要です。
続きます。次回も閲覧していただければ幸いです。