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第二十話

あれから、かなりの時間一人ぼっちであった。彼女はゴリラと話すばかりで俺には時折つまらなさそうにしてないかという視線をチラホラと向けてくるだけで、会話に入れてくれはしなかった。ゴリラもゴリラでそろそろ仕事戻らなきゃ、とか彼氏とお幸せにといって立ち去ればいいものをここぞとばかりに散弾銃のように四方八方に話題を持っていくもんだから、彼女も青春を思い返しては散弾銃で撃ち返していたわけで、大変に不満だった。しかし、レジカウンターでゴリラと向かい合った時、俺には少々もったいないことがあった。俺が彼女に先に外へ出ているように言って会計を済ませようとすると、意気揚々とそれでいて沈没気味のゴリラは言った。「川角をお願いしますね。実は俺、高校の時惚れてて……いや、分かってはいたんですよ、あれだけ可愛くてもたまに怒るときの表情とか、素直じゃないときの表情とか全部完璧って言うか。すいません、つい俺にもまだチャンスあるかなって思ってしまって。でも彼氏さん幸せ者ですよね」そう言いながら、会計をテキパキとこなすゴリラに俺は聞いて見たくなった。どこがだよ、と。しかし、当の本人は俺に罪悪感を覚えたことの告白を済ませたことで満足したのであろうか、会計を一通り終えると、わざわざ分厚い唇を耳元へと押しやってきながら囁いてくる。「気づいてましたか。川角と話しているときにほとんどが彼氏さんを匂わせる話題だったんですよ。お幸せに」ふむ。なるほど、なるほど。苦しゅうない。

「どうも、鹿田さん。また機会があればぜひ」もう会いたくないけどな、そうゴリラに聞こえないように呟きながら店を出た。


店を出ると、彼女が本来座るべきではない縁石の上に座って空を見上げていた。俺に気付くと、手を振ってくる。その姿に、以前の携帯事件を思い出した。彼女の部屋の様子や一つの指令をやり遂げた達成感に背中の辺りがむず痒い。

彼女の方へと歩んでいると、彼女の様子がおかしいのに気づく。とっさに、声を掛けようと手を伸ばすと、俺に気付いたのか笑って手を振ってくるが、お世辞にも普段の彼女らしいとは言えない様相だ。「川角さん、どうかしましたか。体調悪いならタクシーかなんかで病院いきましょう」「いや、そこまでじゃないです」彼女は言葉では否定しているが、顔は正直で色白の肌に少し青い筋が見え、心配するなと言われても出来る相談ではなかった。「でも、少し顔色が良くないですし、休むならこんな所より、ベンチに座りましょう」俺は彼女をそっと立ち上がらせ、か細い腕を背中に回しながら前へと進み始めた。

「飲み物でも買ってきますね」俺はそう言って、近くにあった自販機で缶ジュースを二本買って、彼女のもとへと向かった。

「あ、ありがとうございます。どっちですか」どっちかと問われても二本とも同じ銘柄のはずだが。そう思って、確認してみると、彼女の言うとおり違った。大変な出来事である。慌てていたのもあるだろうが、体調の悪い者にはいくら冷たく、清涼感があるとはいえ、これはないだろうと言ってしまえば、無意味なものを買ってしまっていた。つめた~いの表示しか目に入っていなかったのだろう。俺の右手にあるそれのラベルには『激強炭酸ここに降誕!!あなたはいま伝説の始まりを目にしている!!』と書かれている。俗にいうコーラである。この時点でナンセンスだが、まぁ良い。続けよう。左手にあるそれのラベルには『あなたの疲れは本当に疲れですか?それとも人に甘えたいだけですか?もしそうならこれ一本であなたを甘い気分にします」と書かれている。俗にいうカフェオレである。俺が二本の缶の間を目で行き来していると彼女は呆れたような、子供が拙い言い訳をした時の母親のような、そんな顔をしながら言った。「青山さんって、やっぱり青山さんですね。どこか抜けてます」「すいません。本当にどうしようないっていうか」「いえいえ、お気になさらず。じゃあ、こっち貰います。甘えたい気分なので」そう言って彼女はラベルもそうだが、缶自体の色合いも肌色一色で、甘ったるそうなカフェオレを俺の手の間から持って行った。

しかたがないので、コーラの方を飲もうと缶を開けると盛大に泡が噴出して俺の顔を直撃した。さすが激強だ。顔のヌメリ感が気色悪いが、生憎拭取るものがない。袖で拭いてしまおうとすると、彼女はピンク色のショルダーからハンカチを取り出して笑顔を付きで渡してくる。有難く受けとり顔を拭いたが、思えば女性のハンカチは高いのではないだろうか。男物よりも素材や質感といったものにこだわるのだからきっとそうだろう。「これ洗って返しますね。すいません」「いつでも良いですよ。あ、これ甘すぎです」そう言って缶を遠ざける様にして見ている彼女に少し眉間の間に筋が見えるが、先程よりは落ち着いてきたのだろうか、表情が明るい。しかし、少し口を付けた程度なのにもう甘さが伝わるなんて、人工甘味料も進化中だな。ついでに、俺の人生にも甘さを付け加えてほしいが、まぁ無理だろうな。

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