~あの日の時間~ 1
~あの日の時間~ 1
「寒くないの?」
「……べつに」
俺は、かすれそうな声で呟いた。聞こえていたかどうかも分からない。
「……そっか」
隣で一緒に歩いていた鎧姿の女は言った。
とても重そうな鎧に見えた。鎧など着たこともなかったが、見るからに歩きにくそうだ。 …………深呼吸をして、もう一度周りを見渡してみた。
そこは、一面雪景色の荒原だった。視界に映る色は、もはや白と青だけだ。
地平線まで続く、無駄がない、本当の世界。
――その隅ともいえる場所に、俺はいた。
坂道を登り切ると、始めに見えてきたのは、幾頭かの馬だった。地面に、大胆に打ち付けられた鎖に結ばれている馬。そこの周りだけは、なぜか雪がなかった。
その厩舎から、雪をかき分けながらさらに進むと、一見とても大きい廃墟のような建物が見えてきた。
建築されてから、かなりの年月を経ているのか、壁がところどころはがれかけている。見た目が古すぎて、何のために建てられたのかは見当もつかない。
「ここだよ、私が住んでいる所」
女が、隣で信じられないことを言った。――いや、まさかとは思っていたが、あの白銀世界の隅っこで、しかも一人で住んでいるとは考えられなかった。
「いいでしょ」
女は、鈍色に光る兜を脱ぎながら、自慢げに言った。女の肌は、辺り一面に広がるこの雪のように白かった。俺は声だけで女だと判断していたから、顔を見るのは初めてだった。が、俺よりは遥かに年上に見える。
「行く当てはあるの?」
――いや、あるわけがなかった。気が付いたらあの雪の中だったのだ。正直、もう今は何をすればいいのか以前に、生きている心地がしない。
「ここに住まない?私はたまに出かけるけど、だいたいは家にいるからさ」
「…………」
「見た目は古いけど、ちゃんと風呂も調理場もあるけど?」
女が、再び微笑みながら発した言葉に、俺は一瞬戸惑ってしまった。が、すぐに答えは出た。
「いいん……ですか?」
「全然いいのよ」
助かった、と思った。たまたま俺の近くを通りかかった人が、拾った青年を家に泊めてくれるような優しい人で良かった、そう思った。