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始まりの少女9

「あら?」


 開拓者ギルドの受付嬢は入ってきた二人組を見て、疑問の声を上げつつ口もとを引き締める。おそらくは俺たち二人の身長が低いことから疑問に思ったのだろうが、外見で判断するのはよくないと考えを改めたらしい。ここの開拓者ギルドの職員は、査定員といいプロ意識が高くて心地が良い。これが400年前の冒険者ギルドであったなら、受付は粗野な男だったし、ふつうに追い返されることもあった。魔術が飛び交って建物が半壊、なんていうのも半月に一度はあったくらいだ。懐かしい、昔のばか騒ぎだ。


「依頼を受けたい。《群狼グエル》か《堕妖イビーズ》の討伐依頼が出てないだろうか」

「ここで受けられる、そういう依頼はないわねぇ。もしかして、依頼を受けるの初めて?」

「……そうだが」

「一応、プレート見せてもらっていい?」


 俺とニムエはプレートを見せる。7等級のプレートは蝋燭の光を受けて鈍い輝きを放つ。


「はい、最近登録したわね? 誰が担当したのか知らないけれど、手を抜いたみたいね」

「おっさんだった」

「ああ、ゲルキオさんか。じゃあ納得ね、説明するわ。まず君が訊ねた二種類の魔獣だけど、その二つはこの城塞都市ディラウスの領主から常に討伐依頼が出ているわ。なので、素材の買い取りとなる、牙と耳を持って来れば報酬が出るわよ。素材そのものに比べたら大した金額じゃないけど、ね」

「増えるのが早いからか」

「そういうこと。この都市を維持するための予算として報酬が出るわ。なので、査定に出す前に受付まで持ってきてね」

「わかった。つまり、依頼を受注せずに勝手に狩ってきていいんだな?」

「大丈夫よ。でも気を付けてね、《群狼グエル》に囲まれると5等級の開拓者でも苦戦するわ。パーティを組んだらどうかしら?」

「ぱーてぃ?」


 なぜ今ここで宴会の予定を組む必要があるのだ。


「パーティ、チーム、仲間、言い方は色々だけどね。見た感じ二人とも接近戦がメインみたいだし、弓使いと組んだらどうかしら?」

「ああ、そういうことか。んー……申し訳ないが、大丈夫だ。二人のほうが動きやすいし、《群狼グエル》の群れ程度なら蹴散らせるからな」

「そう、じゃあ頑張ってね。いってらっしゃい」


 パーティ、ね。俺が人間だった時代は、そこらへんにいた暇そうな冒険者を誘うとみんなほいほいついてくるのでそれで即席チームを組んでいたりしたものだが、この時代はそうではないようだ。


 要因はいくつか考えられるが、魔術の衰退による戦力の低下が大きいのではないか。魔術が使えない弊害は戦闘以外にも出る。たとえば水の確保だ。400年前なら《水》の魔術で飲料水を確保できたが、今はそういうわけにはいかないのだろう。その分荷物は重くなる。そうして戦闘力が低下したら、人はどうするのか。徒党を組むのだ。


「ニムエ、今日から魔術の練習と近接戦闘の技術の向上を平行して行う」

「……難しい」

「武器で敵を殺す練習をする」

「わか、った! ニムエ、頑張って、敵殺し、ます!」


 殺伐としている。俺の見たところニムエの性格の特異なところは、決断力と徹底した殺意だ。《闇夜狼ルイ・グエル》と戦った時に見せた、傷を受けてからの強烈な殺意と、反撃。敵と見定めた相手に一切の容赦をせず、自分の身を犠牲にしてでも相手にとどめをさす殺意の塊。

 もちろん、そんな性格が産まれ持っての性質なわけがない。だから、これはきっと、奴隷時代に培われたものだ。憂さ晴らしに振るわれた暴力によるダメージをため込み、ニムエはそれを鬱屈した欲望へと変質させたのではないか。すなわち、『やられたらやり返す』の精神である。


 敵と見定めた者には一切容赦をしない反面、まだ幼い少女らしき無邪気さや愛らしさも持つ。


 だが忘れてはならない。この少女は、もとより壊れかけている。奴隷になるくらいなら、と咄嗟に自殺を図る程度には、壊れかけているのだ。それはおよそ、子供にあるまじき理解力と判断力と覚悟だ。


「えへへ、頑張るね、ルイド様」

「おう」


 ここまで依存される理由もなんとなくは思い当たるが――それは言うべきことではない。だが、自分の勝手な都合で巻き込み、存在ごと変質させてしまった俺は、その罪を背負わなければならない。せめて、強く――生きていけるように。


「行くか」

「はい!」


 へベル大森林へ続く門をくぐり、外に出る。そこは文明の手が届かない、弱肉強食の世界。


「『探査』――しばらく行ったところに《群狼グエル》の群れがある。8頭だ、7頭は俺がさきに片づける。残った一匹はニムエがやれ」

「わかり、ました!」


 ダガーからショートソードに進化した武器を構えて、ニムエの目つきが変わる。だが、《闇夜狼ルイ・グエル》を殺したときのようなほとばしる殺意は感じられない。


(スイッチは、怪我か攻撃か敵か……どれかな)


「さて、と」


 さすがに7匹ぴったりに殺す魔術用具などは用意してないので、まずは5匹殺すことにする。


「起動――『焔の矢』」


 ヴァンパイアの古城よりくすねたアメジストが光を放つ。宝石は、非常に魔力の通りがいい素材として知られている。魔術用具にするのならば宝石が最もいいと言われている理由はそれだ。魔力伝導率が非常に効率的で、魔銀ミスリルを上回るので半永久的に使用することができる。

 難点は、宝石はデカくなればなるほど値段が張るということだ。そして、複雑な陣を刻むにはデカくなければならない。この大きさと陣の複雑さを両立させるのが難しく、宝石は加工も困難を極める。

 魔力を通されたアメジストは、発光しながら魔術を完成させる。空中に5つの炎の矢が現れた。


「貫け」


 起動ワードに反応し、空中に出現した5つの炎の矢が放たれる。弓矢に比べれば遅いが、それでも全力投球した石に等しい速度で放たれた矢は5本中4本が《群狼グエル》を貫いた。そのまま肉と毛皮が焼ける嫌な臭いが周囲に立ち込める。偶然なのか、避けた一匹がこちらに向けて威嚇の声をあげる。するとほかの《群狼グエル》たちも敵に気づいて唸り声をあげた。


「手加減って難しいなぁ」


 普通に叩きのめすだけなら氷塊を作り出して落とせばいいのだが。なんにせよ、魔術師に魔術による先制攻撃を許した時点でこいつらの命運は決まった。


「起動せよ、『焔の矢』」


 再び空中に浮かび上がった炎の矢を見て、警戒する《群狼グエル》たち。群れの半分がやられたのだ、警戒するのも当然だろう。いったいいつ放たれるか、と身構える《群狼グエル》の体を、あっさりと槍が貫いた。


「ははっ」


 当然俺の仕業だ。人外の膂力を持つヴァンパイアである俺から、目を離すなど――


「愚かすぎて笑いが出るな、犬」


 動揺する《群狼グエル》の首根っこを掴むと、引きずりあげながら告げる。


「貫け!」


 残った3匹の《群狼グエル》に炎の矢が殺到し、そのことごとくを焼き尽くした。再び周囲を肉が焼ける匂いが満たす。そして首根っこを掴んでいる一匹を放り捨てると、ニムエに告げる。


「一対一だ、思った通りに戦え」

「……はい」


 ニムエがショートソードを構えるが、および腰だ。それはそうだろう、今まで剣を使った戦闘なんてしたことはないのだから。剣術の基礎も、剣の使い方も、何も教えていない。ただニムエは知っている。その武器は、敵の命を奪うための武器であることを。そして、目の前の《群狼グエル》は敵であることを。

 生き残った《群狼グエル》は、目の前のニムエを即座に与しやすい敵と判断した。子供の外見、不安げに揺れる視線、ふらふらと動く剣先。そのすべてが、目の前の敵が弱者であることを――獲物であることを伝えてくる。


 一声吠え、ニムエに襲い掛かる《群狼グエル》。地面を這うように駆け、まずは足を狙って襲い掛かる。それに反応したニムエが剣を振り回すが、目も当てられない無様さだ。当然、そんな素人の剣が当たるはずもなく、かい潜った《群狼グエル》の牙が、ニムエの右足の太ももに突き刺さる。


「あぐっ……!」

「太もも、か」


 あそこをやられると歩行に支障をきたす。さらには太い血管が通っているので、致命傷になり得る一撃だ。不意打ちと奇襲を得意とする《闇夜狼ルイ・グエル》と対照的に、《群狼グエル》が得意とするのは正面からの戦闘だ。もっとも、一番の強みである『数』は真っ先に俺に潰されたわけだが。


「いた、い……!」


 噛みつかれた足を振り回すが、太ももでは十分な遠心力を得られない。むしろ《群狼グエル》が足を噛みちぎらんと体を捻る。深々と突き刺さった箇所から、赤い鮮血が流れ出た。


「ここまで、か」


 部位欠損。もし足を引きちぎられたら、ニムエ自身の治癒力で治るかどうかわからない。もう一度復元魔術を使おうにも、人でもヴァンパイアでもない今のニムエの『正常な状態』を調べることができない。決定的な傷になる前に、決着を付けようと槍を構える俺だったが。


「お?」

「こ、のぉっ……!」


 ニムエの両手が、噛みついている《群狼グエル》の両顎を掴んだ。ショートソードは投げ捨てたらしい、そのまま力任せに口をこじ開けようとする。


「ああああああああああああッ!!」


 最初、《群狼グエル》はニムエのその行動を無視した。見た目少女のニムエに、自分の顎をこじ開けるほどの力はないと判断したからだ。だがすぐにその判断が間違っていたことを知る。ミシミシと、今にも砕かれんばかりに悲鳴を上げる顎の骨。握っているだけでそれなのだ、引き抜こうとする力はその何倍も強い。

 そんな人外の膂力に《群狼グエル》の顎が抗う。獣の本能でわかっていた。この牙を外されたら自分は死ぬ、と。だがわかっていたとしても防げるものでもない。激痛を堪えながらニムエが力任せに顎を太ももから引きはがした。


「あっ……! つぅ、ぐっ――!」


 悲鳴を堪えながら牙を引き抜いたニムエは、そのまま《群狼グエル》を放り投げた。障害物がなくなった傷が、シュウシュウと煙を上げて再生を開始する。だが、ニムエの再生速度では、治るまでに時間がかかる。力が抜けたようにその場に座り込むニムエ。一方、放り捨てられた《群狼グエル》は慎重にニムエとの距離を測っていた。


 本能が叫ぶ。一目散に逃げて、二度とこの獲物に関わるべきではない、と。だが理性が拒む。相手は瀕死だ。もう一噛み、首を噛めば仕留められる。しかも、首は狙いやすい位置にまで下がってきている。そんな本能と理性のせめぎあいを経て、《群狼グエル》が選んだのは理性の声だった。


 素早く駆け寄って細い首を一撃する。それで決まる。大丈夫、獲物は今足をやられ逃げ出すことも立ち上がることもできない。武器も投げ捨てたまま、両手にはなにもない。激痛で反撃などできるはずがない――と、そう思ったのだろう。


「そんなわけ、ないよな?」

「あああああああああああッ!」


 咆哮。うずくまっていたニムエの眼光が《群狼グエル》を射抜く。足は動かずとも、両手は動く。武器などなくても、爪が、歯が、指が、手がある。なにより、強化された人間離れした膂力がある。

 理性をなくして爛々と光るエメラルドグリーンの瞳が、迫る《群狼グエル》の姿を捉えた。


「――敵。殺す」


 飛びかかってきた《群狼グエル》の脇腹に、重いニムエの一撃が炸裂した。無意識のうちに体内に魔力を循環させ、身体を強化する。習ってもいない『身体強化』の技術を、ただ『そう在れ』と願うだけで発動する。魔術には至らない、ただの強化技術。単純故に強力で、魔術のように複雑な工程を踏む必要はない。魔力そのもので体を内側から強化する、ただの技。

 それをもとより膂力の高い者が使用するとどうなるか。応えは簡単だ。


 ただの強烈な一撃が、必殺の一撃となる。


 《群狼グエル》は最後まで理解できなかっただろう。まさか、このような小柄な少女が放った一撃が、自分の毛皮のクッション性を超えて肋骨を砕き、肺と心臓を衝撃によって破裂させたなどと。


「――素晴らしい」


 俺の口から思わず感嘆のセリフが漏れる。使い慣れないショートソードにこだわらず、即座に放り捨てる判断力。大怪我を負ったうえで、なお敵を殺すために反撃の一撃を放てる状況把握力。この土壇場において、『身体強化』を発動させた意思の強さ。

 そのどれもが、8歳の少女にはふさわしくない。


「あ、はは……ルイド、様ぁ……ニムエ、頑張った……よ……?」

「――ああ、素晴らしいよニムエ。よく頑張ったな」


 血で汚れるのも構わず、俺はニムエの頭を撫でた。物言わぬ骸と化した《群狼グエル》をどかし、いまだに治癒するための煙をあげるニムエをそっと抱きしめる。ショートソードを渡してみたのは俺の判断違いだった。傷を受けると狂戦士バーサーカーのように戦い始めるニムエが本来使うべきは、もっともっと近くで振るうべきものだ。まずそちらを鍛えてから、技術の必要な武器に手を出せばいい。


「ニムエ、今日の感覚を忘れるな。そのお前の戦い方は、きっとお前の命を救う切り札になる」

「わかり、ました。ルイド様――」


 緊張の糸と体力が切れたのか、脱力して体をすべて俺に預けるニムエ。気を失ったか。


「さて、と」


 血の匂いを嗅ぎつけた《群狼グエル》が十数頭。それを確認した俺は、懐から大きめのサファイアを取り出した。


「まとめて消えろ――」


 ひときわ強く輝いた光を最後に、その《群狼グエル》の群れは何が起きたのかもわからずこの世を去った。



ニムエちゃん可愛い。

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