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始まりの少女7

 ――魔法使い。生まれながらにして膨大な魔力を持ち、属性魔法を操る“神に祝福されし子供”。魔法使い同士が共鳴するせいで魔法使いの存在は秘匿できず、生まれたら即座に国によって回収される。そして英才教育を受け、必要と思われる場所に赴くことになる。


「ここ、城塞都市ディラウスも、魔法使い様が常に監視してる場所ってわけ」


 ボロボロになってしまった木漏れ日亭で、リルが片づけをしながら俺に話しかける。どうやら先ほどの雷の魔法は、領主の館にいる魔法使い様が放ったものらしい。魔術と非常に永い間接してきた俺が、一目見て魔術ではないと確信した奇跡。明らかに常軌を逸した威力と操作性、汎用性。


「へベル大森林があるからか」

「そ。なにせ、いつ強力な魔獣が出るかわかんないしねぇ。そりゃ、今日みたいな《飛竜ワイバーン》の群れみたいにすごく危ないやつはめったに出ないけど――」


 出るとやっぱり、魔法使い様のありがたさを感じるよね、とリルは言う。400年前なら、有志の魔術師たちによる魔術の集中砲火で撃退していたはずの《飛竜ワイバーン》の群れ。それを今は、一人の超人的な存在によって撃退しているという。魔法使いの力は凄まじい。俺が知る限りワイバーンを一撃で的確に葬る魔術は存在しないし、それを作ろうとすると凄まじく複雑な工程が必要になる。


 だいいち、対象をどう指定するのか? 俺は自分の魔力を《飛竜ワイバーン》につけることで魔術を誘導したが、あれはあくまで単体だ。あの雷の魔法を魔術で再現しようとすると、《魔力維持》《分裂》《維持》《誘導》《指定魔力》《推進》などなど、動きだけでもやたらめったら工程を組まねばならない。

五本分の《誘導》の術式など、それだけでびっしりと陣を描く必要がある。


 そのうえで雷を作る術式、遠距離狙撃を可能にする何らかの手段、《飛竜ワイバーン》だけを指定する方法などの術式を組み込まなければならないと思うと、俺なら発狂する。


「魔法、かぁ……」

「ね、ね、そういえばあなた強いのね? 《飛竜ワイバーン》を倒したなんて、自慢する人もいたけど眉唾だと思ってたわ! 世の中には魔法使い様のほかにも強い人がいるのねぇ……」


 前半は嬉々として、後半はしみじみと呟くリル。


「こんなちっちゃいのに」

「ほっとけ」


 リルに見下ろされ憤然となる俺。誰の体を素体にして俺が産まれたのか知らないが、やたら背が低いのは納得がいかない。しかも種族の特徴的にこれ以上背が伸びることもない。ヴァンパイアたちは基本的には吸血された時の姿を固定されて生きる。一応変化することで高身長にもなれるのだが、長時間の変化は精神をすり減らすのでやりたくない。なぜかは知らないが、蝙蝠になるより身長を伸ばすほうが疲れるのだ。


「そういえば、《飛竜ワイバーン》の死体ってどうなるんだ?」

「ああ、あれなら領主様が競売にかけて、7割が討伐者に3割が被害が出た場所の補填に使われるのよ。ほかの場所だとそんなことしないんだけどねぇ、へベル大森林は魔境だから……うちは助かるわね」


 まあそうだろうな。地竜――確か正式名称は《地竜グイズ・ドラニス》だったか、をはじめとする竜が存在する。俺が移動している最中には湖もあったし、《水竜ウェシュ・ドラニス》がいてもおかしくない。ていうか、あのクソ爺もいるし、へベル大森林が魔境なのは間違いない。いったいどれだけの種族が潜んでいるのか見当もつかないが、少なくとも奥に行けばヴァンパイアの古城は存在する。


「……ていうか、いまだに名前も知らないわ」

「ルイドだ」

「ルイド、ルイドね。覚えたわ。ねぇなんでそんなに強くなったの?」


 なんで。その問いは、なぜか俺の胸に深く突き刺さった。


「強くなるのに、理由が、必要か?」


 胸が苦しい。


「強いに越したことはない、だろう」


 思ってもいない言葉が口から零れ落ちる。違う、俺には確かに強くならなければならない理由があったはず――また、あの頭痛だ。それ以上考えることを許さない、と言わんばかりに頭痛がひどくなる。


「ぐぅッ……!」


 《鎮痛》魔術行使――効果なし。意識してヴァンパイアとしての復元能力を活性化させるが、俺の体は正常らしい。ならば、この頭痛は――


「な、なに? どうしたのルイド? 聞いちゃいけないことだった? ご、ごめんね?」

「……大丈夫だ。ちょっと、昔のことを思い出していただけだ」


 必死に強がりの笑みを浮かべる。頭痛ごときに屈するのは業腹だが、いいだろう、今はお前の勝ちでいい。だが、いつか必ず原因を突き止めてやる。

 心配して下から俺の顔を覗き込んだニムエが、はっとして口を覆った。


「どうした、ニムエ」

「ルイド様、ちょっと目が……赤かった……ような……気がして……」


 なに? 目が赤い、だと?

 思い出すのは真紅の瞳をした《飛竜ワイバーン》の姿。本来の色ではない、真っ赤に染まった瞳。


「くそっ……」


 考えるのをやめて収まりかけていた頭痛が再発する。これも、考えてはいけない事柄なのか。俺は目の前にある粉々になった机に意識を集中する。材質や質感を読み取ることに集中しているとだんだん頭痛が引いて行った。


「……具合悪いの?」

「いや、大丈夫だ。心配かけたな、ニムエ」


 その頭をなでてやると、ニムエはわずかに表情を崩した。幼少期の体験が厳しかったせいか、ニムエはあまり表情を動かすことがない。一番嬉しそうな表情をするのは、肉を食べてるときだ。目は口ほどにものをいう、と言わんばかりに目はわかりやすいのだが目だけだ。表情筋がまだ固まっているのだろう、顔は動かない。


「本当に大丈夫? なんならうちで休んでく?」


 厨房のほうで、肉に包丁が突き立てる音が響いた。明日の仕込みでもしてるのだろうか、先ほどまではリルの父親も片づけを手伝っていたのだが、リルが『調理人が指を怪我したらどうするの!?』と厨房に追い返した。できた娘だ。


「いや、いい。大丈夫だ」


 ズドドッ、ズドドッ、と肉を刻む音が強く激しくなる。あんなに旨い《岩猪ボアム》の煮込みを作る料理人だ。その技術は凄まじいものがあるだろうと厨房のほうを眺める。早く復旧してもらって、また食べに来れるようになりたいものだ。


「あーお父さんの悪い癖が……」

「なにが?」


 目の前の粉砕されたテーブルの破片を拾い集めてちりとりの中に放り込みながら聞く。椅子も何個か足が折れてしまっているので、買わなければならないだろう。


「いやぁこっちの話。それよりさ――」

「なんだ?」


 肩をつつかれ振り向くと、真剣な顔でこちらを見つめるリルがいた。いつも笑顔を振りまいていた少女の真顔に、思わず少し気圧される。


「助けてくれて、ありがとう」


 そう告げ、深々と頭を下げるリル。その姿を見て、俺は久しぶりに感動していた。人間の心の美しさ、純粋さ、たとえ潰されても立ち上がり、這い上がり、前に進んでいくその生き方。400年前から俺が好きで好きで仕方がない彼らの生き様。いまや人間ではなくなってしまった俺だが、人間だったころの気持ちは忘れていない。弱いからこそ手を取り合い、強きに歯向かい、自分たちでかなわぬのならば次の世代に望みを託す。


 そのたくましさ、強さ。叡智の積み重ねである魔術が衰退していると聞いて少し残念だったが、間違いなく人間の“強さ”は生きている。


「ああ――お前は、強いな」


 災難があっても挫けず前を向くその姿勢。


「あと、片づけついでに、椅子とかの買い出し手伝って?」

「お前、本当に強かだな」


 顔をあげてウインクを飛ばして人手を要請してきたリルは、本当に強いと思う。


 感心ついでに頷いてしまったので、俺の買い出しの手伝いが決定したのだ。



 † † † †



「腹減ったな、ニムエ」


 片づけを手伝っていたら、夕方になっていた。まだまだ《飛竜ワイバーン》襲撃事件の興奮が冷めやらない町は、あちこちで酔っ払いの声がする。話に上がるのはどこも魔法使い様の話で、自分たちがどれだけ恵まれた環境にいるかを自慢している声が多い。


「雷の魔法使い様はすごいよな!」

「全くだ! 空の魔法使い様もすごいが、《轟雷》様だって負けちゃいねぇ!」

「しかし、《落天》様と《轟雷》様と《劔》様が戦ったら誰が勝つんだろうね?」

「お前、《爆焔》様と《朧影》様を忘れるなよ!」

「距離があったら《轟雷》様が強そうだけど……」

「いやいや、わからんぜ。《落天》様も射程が長いからな!」


 《落天》、《轟雷》、《劔》、《爆炎》、《朧影》、ねぇ。少なくとも五人の魔法使いがこの国にはいるのか。国が秘匿している存在もいるかもしれないが、とりあえずは五人。このへベル大森林を支えているのが《轟雷》だろう。確かに凄まじい射程距離と威力を持っていた。あの魔法がどれだけのペースで放てるのかはわからないが、あれ一発でたいていの相手はダウンするだろう。雷の魔術も攻撃力が高いしな。持続力がないのが欠点だが。


「思った以上に、強そうだな……」


 街灯に灯された『永久の火種』も、解析しようとしたら魔術によるものではない、ということがわかってしまった。術式を読み解こうとしたのだが、意味不明すぎてわからなかった。いや本当になにも読み取れなくて俺は相当ショックを受けていたのだ。まあ魔術に関しては詳しくても、魔法に関しては俺はど素人。いつか解き明かしてやると思いながら、少し無理かもしれないという思いがある。意味不明すぎて。


 『永久の火種』の術式が《自動修復》《魔力変換》《供給》《炎》などなどの要素で組まれているなら、ディラウスの街灯の術式は『きhでいwlsk?えふぇをkds*んx!#』みたいな感じなのだ。もはや意味があるのかすら怪しい。無秩序すぎてわけがわからない。


「あれ、解析できんのかな……?」

「……?」


 俺と一緒に首をかしげるニムエ。可愛い。ああ、そうだ。ニムエで思い出した。


「ニムエ、これを渡しておく」

「え?」


 それはこの町で最初に買った牙の形をしたネックレス。それに俺が陣を描き、魔術用具にしたものだ。材料が『レイシトルの木』という、一応魔術の触媒になるものだったので、それにそった簡単な魔術が刻んである。ただ、魔力を流し込まないと発動しないので、そのやり方をニムエには教えなければならない。


「自分の身に危険が迫ったら、使え。使い方は宿で教える」

「わかり、ました」


 受け取ったネックレスを嬉しそうに撫でまわすニムエ。そんなに撫でまわすと刻んだ陣がすり減……いや、まあ嬉しそうだしいいか。


「大事に、します」

「いや、危なくなったら使えよ?」


 まるで宝物のように眺めては、にへらと笑うニムエ。相変わらず表情は動いていないが、目を見ればわかる。相当喜んでる。肉を食べている時くらい喜んでる。

 それ、すごい安かったんだけど……いいのかニムエ。お前が食べてる肉の何十分の一だぞそれ。


 自分の奴隷ではあるが、ニムエの将来が少し心配になる俺だった。


 誘拐とかされないよな……。

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