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全てを知る者

ルイド君出番だよ。

 俺は静かに息を吐いた。


『幻想の精霊よ。汝らの友である、ルーシャがここに願う。私の願いを聞き届ける者は、今呼びかけに応えよ――』


 闇が集まる。町のあちこちに落ちている闇が、影が、一斉に俺のもとに集まるのを感じ取れる。闇の精霊は、普段力を求められることが少なく、孤独を好むとされているが、頼めば力は貸してくれる。もっとも、俺が今は森人族エルフであるがゆえに、呼びかけに応えてくれているだけだ。ほかの種族になれば、俺に力は貸してくれないだろう。


『私の眼を助け、姿を隠せ――』


 周囲は見通すことのできない暗闇だが、闇の精霊の力を借りた俺には見通せる。そして、夜の貴族である吸血鬼ヴァンパイアにとっても、それは同じ。だが、闇と同化した俺は吸血鬼ヴァンパイアの夜目でも見通せない。真に闇である俺は、今は認識されないのだ。なにかしらの影だと思われるだけだ。


「ふう……」


 三日前に到着したティーダの町での、吸血鬼ヴァンパイア騒ぎ。俺はニムエには秘密で独自に調査を進め、その正体にたどり着いた。もしこれが吸血鬼ヴァンパイアを騙る人間の殺人鬼とかであれば、もっと簡単に終わったんだが――事件の痕跡は巧妙に偽装されており、俺も辿るのに時間がかかった。そして、はっきりと判明していることがある。


 あいつが、出てきている。


「……さて」


 静かに呟いた言葉は闇に飲まれたが、俺は静かに詠唱を開始する。闇の精霊たちがざわついたのが伝わったが、魔術は森人族エルフになっても扱える。


「『我が願いはここに在る/焼き尽くす者よ/寵愛に溢れる海よ/封鎖する檻/雄大なる大地に/轍を刻め』」


「『がらんどうの小部屋/絶えた希望/遥かなる景色/然らば断じよ』!」



「焼き尽くせ――焼却魔術:『獄炎の檻』」


 炎が灯る。四点に灯った炎は一斉にそれぞれの方角に向けて伸びはじめ、目の前に存在する廃屋を炎によって切り取る。それは大魔術への下準備。余計な被害をださないための、俺の心遣いだ。


「燃え盛れ/踏みしめる足/握られた拳/ため込む膝――強化魔術:『焔の手向け』」


 四角で区切られた廃屋が、轟炎とともに燃え上がった。


「っ、!」


 俺は廃屋の中から放たれた鋭い木材を、とっさに回避する。今の俺の体は森人族エルフであり、致命傷は本当に致命傷になる。だが闇の精霊に覆われているはずの俺の位置を完璧に看破するとは……。


「まさか、こんなとこで会うなんてな……回帰せよ」


 俺の呟きとともに精霊たちが俺から離れ、俺の姿が変貌していく。黒髪に黒い瞳、小柄な体躯に漆黒のローブ……やはり、相対するのであれば、この種族がふさわしい。


「ほう。復元魔術を用いて、『かつての魂の在り方』を肉体に反映させているのか。まさか、このような結果になるとは思わなかったが、いやはや、実に興味深い実験だった」


 炎で燃え盛る廃屋を背景に、2つの影が歩み出る。全く傷を負っておらず、こちらの先制攻撃は気づかれていたということだ。


「どういうことなんです? 誤魔化してたんでしょう?」

「いやはや、彼の眼を誤魔化しきるのは難しいですよ。800年前、誰も気づかなかった操心族デラシュルの存在を突き止め、長い年月をかけて滅ぼした男です。滅ぼすための力は借り物とはいえ、その在り様はまさに英雄。人類を窮地から救い出す、究極の存在!」


 言葉は褒めているが、口調はバカにしている。俺はそんな男を前にして、顔が渋面になるのを耐えられなかった。


「――なにせ、私が魔術を教えたのですから。その程度できなくてはね」

「――イルムシル。俺はあんたを殺す。魔術の師匠だが、俺は人間側なんでね」

「というわけです、ラディレ様。これは私が吸血鬼ヴァンパイアになる前の不始末なので、私で処理させていただけると」

「そう、わかったわ。私に挑む吸血鬼ヴァンパイアなんて面白そうだけど――イルに任せるわ。でも面白そうだったら我慢できないかも?」

「よろしいですよ。それでは、起動せよ――」


 イルムシルが取り出したトパーズが光り輝く。俺はとっさにその魔術陣を読み取り、一瞬で決断した。あれは、マズイ。


「回帰せよ! そして、誇り高き天空の支配者と成れ――」

「『降り注ぐ雷』」


 上空に雷雲が発生すると同時、俺の体の変化が始まる。くそっ、間に会えーー!


龍化ドラニス・ゼクト!」


 鱗に覆われた体が膨らみ、巨大な龍の姿を形作る。真龍族にのみ許された種族特性『龍化ドラニス・ゼクト』。その体を巨大な龍に変貌させる――。


 しかし、イルムシルが放った魔術は圧倒的だった。元から自然現象を再現するイルムシルの魔術は、それだけで特級魔術師に指定されるような代物だったのだが――吸血鬼ヴァンパイアになって魔力量が増えたのだろう、その威力、範囲ともに増大してやがる!


 俺の体に稲妻が突き刺さる。いくら『反魔鱗』があるとはいえ、これだけの大魔術、無傷で受けきれるわけがない。次々と降り注ぐ稲妻に俺の体内が焼かれ、口から苦悶の声が漏れる。


「英雄というのは大変だなぁ、ルイド」


 ――俺が後ろを守るのを確信して、この魔術を放ってくるのだから、性質が悪い。俺は全身を盾にして町を守りながら、大きく口を開いた。口内に魔力の高まりを集め、赤い光が周囲を満たす。まるで昼間のように明るくなった光が、イルムシルとその隣に立つ少女に向けて放たれる。


龍撃ブレスか。真龍族が誇る最強の攻撃だが――」


 イルムシルが金剛石――ダイヤモンドを取り出し、魔術を起動する。


「まあ、対処できないものではない。結局は膨大な魔力を収束・圧縮させ、一点に向けて放った、貫通力の高い攻撃、というだけ。その方向性さえずらしてやれば――」


 何層にも重なった空気の層が、光の奔流を捻じ曲げる。次々と角度を曲げさせられた龍撃ブレスは、二人の頭上を通り抜け、遥か彼方で四散した。ここまで鮮やかに対処されたのは、初めてだ。


「無意味、無意味だルイドよ。お前という存在を産んだのは私だ。ゆえに、研究は済んでいる。『回帰』のルイドよ、『全知』の前に滅びろ――むっ?」


 再びイルムシルが顔を上げたとき、上空に浮かんでいたはずの龍の姿はなかった。代わりに、純白の光を放つ――一人の天使が、そこにいた。


「天翼族――? っ、うおおおおっ!?」

「イル!?」


 天翼族の特徴は、速度である。視認すら許さない速度で接近した俺は、二人をそれぞれ抱え上げると、一気に町の外へと移動する。二人が混乱していたのはわずか数秒のことで、即座に少女が正気を取り戻した。


「離しなさいっ、この!」


 少女の額が鋭利な刃物となり、俺に向けて繰り出される。これ以上は無理だと判断した俺は、即座に二人を放り出して、町と二人の間に割り込んだ。かなりの高度から落としたのだが、二人は何の問題もなく着地した。俺の姿が再び変貌し、今度は魔族のものとなる。


 周囲の被害を考えずに戦うならば――間違いなく最強なのは、この魔王時代の体である。


「ねえ、イル」

「なんでしょうか、ラディレ様」


 少女は、無邪気に笑う。


「あいつ――面白いわ」

「――ッ!?」


 俺はとっさに『焔の矢』を起動させ、少女に向けて放つ。ラディレと呼ばれた少女はその炎を避けることもなく、全てを体で受けた。『焔の矢』が貫いた部分は貫通し、背後が見えたが――黒い靄が集まり、あっという間に修復――否、復元されていく。


「ああ、ああ、イル! あなたは最高よ! アレ、あなたが造ったの?」

「そうでございます。戯れの結果生まれてしまった化け物、とでも呼びましょうか。複数の魂を混合させた異物でございます」

「へぇ、身体混合生物キメラみたいね! まああれは、大昔に飽きてやめちゃったけど。お話できないし」

「アレは喋れますよ」

「そうね、だからすごいわイル! こんなに楽しそうな――」


 少女の体がかすむ。一瞬で肥大化した腕が、頭上から振り下ろされた。


「遊び相手ができるなんて!」

「ぐっ……ぐおおおおッ!!」


 振り下ろされた超重量の右腕を、身体強化を全開にして押し返す。押し返されたことに驚いたらしい少女は、驚愕の表情を一瞬で喜びに変え――


 左手も、肥大化させた。


「すごいすごい! じゃあ――これも、耐えられるよね!?」


 冗談ではない。

 俺は即座にその場から離れ、力比べから逃れる。ラディレ、という名前に聞き覚えはないが――あの復元能力、イルムシルが従っていることから考え、ほぼ間違いなく吸血鬼ヴァンパイアの真祖だろう。


「逃げちゃダメ――でしょう!?」


 右腕が振り回される。周囲を薙ぎ払うように振るわれた腕を跳んで回避するが、風圧に煽られる。そこに、左手による張り手が炸裂した。

 身体強化を限界まで発動させ、耐える。死にさえしなければ――


「回帰せよ……!」


 図らずも距離が取れた俺は、復元魔術によって傷を癒す。生きてきた年数が違うのはわかるが、『変身メル・フォルゼ』がここまで厄介な種族特性だったとは。


「だが、やりようはある」


 俺は背中に紫の翼を纏い、大地をかける。ランクアップした身体強化により、先ほどよりも早く、大地を駆ける。最速の天翼族には及ばないまでも、その速度は少女が反応できる範囲を超えていた。


「死ね」


 俺は一瞬で目の前に来た少女の頭を見据え、拳を繰り出した。少女は驚愕で目を見開いたまま、俺の拳によって顔を吹き飛ばす。頭を失った身体がフラフラと歩き、そのまま倒れた。


「次はお前だ、イルムシル。理由は知らないが、吸血した罪を贖ってもらうぞ」

「化け物が人間の救世主気取り、ですか」

「なんとでもいえ。俺は人類を守る」


 俺の宣言と同時、イルムシルの肩が震えだす。……なんだ?


「くっくっく……くはははははは!! 人類を守る? くくくっ、これほど面白いセリフもそうはない。お前は守護などではない、もっと独善的でわがままな――回帰のルイドなんだよ」

「なんだと……どういう意味だ?」

「そして私は『全知』だ。全てを解き明かし、全てを知る。そんな私には隠し事など無意味。お前の前には、必ずや『罪』が立ちふさがるだろう。お前が必死に目を逸らし、蓋をしているものと向き合うことになるだろう」

「『全知』だと……? 神にでもなったつもりか、イルムシル」

「神! そうだな、だが、アレはつまらん。神になったと嘯いてはいるものの、神になったがゆえに喜びを失った! いや、そもそも、神に等しい力を持つ、というだけで神ではないか」

「何を、言っている?」


 わからない。イルムシルが言っていることが、何も理解できない。


「――超越者。ああ、悲しいことに、超えてしまった者たちよ。超えようとする者たちよ。お前のあの奴隷の少女、従者の少女、そして雷の男ですら、超えかけている。ほかならぬお前がそうさせたのだ、『回帰』のルイドよ!」


「何を、言っているんだ」


「ああ、そうだ。私は全てを知っているからな、ひとつだけ教えておいてやろう。お前、そのままだと、死ぬぞ?」


 俺は、とっさに身構えて、周囲を探った。だからこそ、かろうじて反応できた。上空から迫る、巨大な踵落としに。


「なっ――!?」


 俺はその場を飛び出し、すぐに距離を取る。先ほど頭を吹き飛ばしたはずの少女――真祖、ラディレに。


「あーもう。頭消されるのって嫌いなのよね」

「といいつつ、遊んでましたよね、ラディレ様」

「そりゃもちろん。すぐ復活して殺しちゃってもつまらないでしょ? せめてイルの楽しみと盛り上がりくらいは楽しんでもらわなきゃ。私もまだまだ遊びたいし!」


 踵落としが炸裂した大地は砕け、岩盤はめくれ上がり、無残な破壊の跡を残している。あんなものを食らえば、いかに魔王の体といえど無事では済まない。頭を吹き飛ばしても復元する復元能力に、大地を砕くパワー、そして自在に変化する体。


 ――勝てるイメージが、ない。


「では、よろしいですかな、ラディレ様」

「うーん。イルの言うことだから従うけど……あとで絶対楽しくなるんでしょうね?」

「もちろんでございます。このイルムシル、全てを知っているがゆえに。必ずや、ラディレ様が体験したことのない未知へ、ご案内します」

「……うん、そういうことなら、また今度にするわ」

「ありがとうございます」


 俺が警戒したままでいると、ラディレは不満そうに腕を組んで佇む。代わりに、イルムシルが一歩前に出た。


「ルイドよ、今のお前では私たちには勝てん。『全知』の私と『享楽』のラディレ様にはな」

「……」

「だから見逃してやる。安心しろ、もうこの町には手を出さん。後お前と、ニムエと言ったか? あの少女にも手は出さない。だから私たちを見逃してもらうぞ?」

「……人間には、手を出すのか?」

吸血鬼ヴァンパイアだからな。吸血程度はするさ」

「ぐっ……!」


 止めたい。この二人は、間違いなく危険人物であり、野放しにしていい存在ではない。だが――今の俺には、二人を倒す手段がない。ラディレという真祖を、殺す方法がない。


「だがまあ、控えるようにはしよう。お前には期待しているぞ、『回帰』のルイド――」

「ま、待て!」


 あくびを漏らしながらイルを掴み、ラディレは勢いよく跳躍した。ご丁寧に、追えないように周囲の岩盤を大量に俺に浴びせながら、二人の姿は消えた。俺は慌てて探査用の魔術を放つが、二人の存在を知覚することはできなかった。

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