続いていく旅の途中で2
「操心族ぅ!? おいおい、ルイド。本気で言ってるのか?」
「ああ。生き延びているかもしれない、という程度だがな」
案の定ディリルは俺の正気を疑ってきた。もっとも俺もしょっちゅうディリルの正気を疑っているのでこれはお互いさまだ。
「ふむ。ルイド、操心族が生き延びているとする根拠はなんですか?」
「俺の勘だ。それと、最近赤目が多いと思わないか?」
「赤目……? 別に珍しいことではないと思いますが」
「それに、なんだか不穏な空気を感じる。シュリディガ帝国もリストール連邦も、雰囲気が悪い」
「まあそりゃあねぇ。エルムスもなんとなーく嫌な空気は漂ってるわね……キゼートアの一件がまだ尾を引きずってるっぽいし、私たちが気ままに旅するのも、そろそろ終わりかもですね」
俺たちは冒険者だ。人類に害を為す魔獣がいれば力を結集させて討伐するが、それがいないときは気ままに行動することが許されている。あらゆる権力やしがらみから解放された存在、それが冒険者という職業だ。だがキゼートア討伐以降、俺たちに対する圧力のようなものがあるのは事実。
人類が滅亡する可能性すらあった災厄を討伐した英雄たちを、できれば手元に置きたいと思うのは権力者として当然のことだった。誰だってわが身が可愛いのだ。
「リストールからも遠まわしに専属の誘いが来てるしねぇ」
「ああ、そうだったな。ケトリアスが対応してくれてるんだっけか」
「私たちに角が立たないようにやんわりと断る、みたいな芸当できないですし。ケトリアスには頭があがりませんね」
山奥で魔術師の老人に育てられた魔術狂い。
才能を認められ、学院最高の教育を受けて卒業した魔術師。
定期的に剣を振らないと禁断症状が出る剣バカ(弟)。
全てを叩き壊して進むことを喜びとする拳バカ(姉)。
強いて言うならシェリルが一番交渉事には長けていそうだが、こいつは最高の教育と言ったって私生活は甘やかされて育ったお嬢様だ。あくまで魔術に関して最高の教育を受けたにすぎない。俺たちと旅をするようになって、ようやく貨幣の類をこの目で見たというんだから筋金入りだ。そんな彼女が、国家相手に交渉でうまく立ち回れるわけない。
俺たちの間では、『困ったら学士殿に泣きつけ』というのがふつうだった。ほかの人間では、どうしたって力づくの解決方法になってしまうからだ。学士ケトリアスの心労は、想像して余りある。今も拳バカのお守りの真っただ中だ。一人で行かせると何をしでかすかわかったもんじゃない。
ついでにいうと、まともそうに見えて変なところで常識の無さを発揮するシェリル、剣を振っていれば幸せのディリルを抑えるのは俺の役目だ。俺も山奥で育ったので、あまり世間慣れしているわけではないが、それでも二人と違って学ぶ努力はしてきた。
なにせあの学士殿に、『頼むから面倒ごとを持ってこないでくれ。君もそうだが、あの二人を抑えてくれ。頼むぞ! 頼んだからな!』とまで言われてしまったのだ。きっちりと抑えてみせようじゃないか。俺が考え込んでいる間に怪しい露天商の明らかに詐欺なアクセサリーを買おうとしているシェリルの首をひっつかんで引きはがすと、剣を見比べて『試し切りしていい?』と店主に聞いて困らせているバカをひっぱたいて歩かせる。
「痛いな、ルイド。なんだよ、ちょっと試し切りしたっていいだろ?」
「なにするんですか! あのアクセサリー、地竜の鱗を加工しているんですよ!? 素晴らしい一品じゃないですか!」
「試し切りして使い物にならなくなったらどうするんだ。シェリル、お前地竜の鱗を加工した素晴らしい一品がこんな道の端の露天商が持っていると思うか?」
「なるほど、そういうもんか」
「そういうこともあるでしょう!」
「ないんだよ普通は」
ディリルは納得してくれたが、反論してくるシェリルが腕を振り回すので、俺はやむなく首から手を離した。女の子があげちゃいけない悲鳴をあげて地面に落下したシェリルは、無言で宝石を取り出した。俺が無言で取り上げる。
「お前また『猛吹雪』じゃねーか! 街中で撃つなって言ってるだろ!」
「撃ってませんー。脅しで使おうとしただけですぅー」
「子供か!」
「まだ18ですよ私は!!」
「俺だってまだ20だわ! 子守みたいなことさせるんじゃねぇ!」
「いいじゃないですか将来の勉強だと思えば! ていうか誰が子供ですか! あれっでもルイド君童貞でしたっけー?」
「このアマ! 言ってはいけないことを!」
「モテるのにねぇー? おかしいねぇ? さんはいせーの、ヘタレ! ヘタレ!」
手を叩きながらヘタレコールをするシェリルに、俺は思わず手元の『猛吹雪』の術式を起動するか悩んだが、ここで撃ってしまえば考えなしに感情に任せて魔術を撃ってしまう魔術師になってしまう。俺は必死に怒りを抑え込みながら宝石をシェリルに返した。
「俺は女性の意思を尊重しているだけだ……一夜の間違いを犯す相手が、俺じゃないほうがいいだろ?」
「はいヘタレー! 根性も勇気もついでに甲斐性もないー!」
「上等だこの野郎!」
俺の大人の対応は更なる煽りで返され、俺の堪忍袋の尾はあっさりと千切れた。魔術を使うわけにはいかないので、シェリルの頬を掴んで思いっきり横に引っ張る。シェリルの顔が横に伸びるが、シェリルも即座に俺の頬をつまんで横に伸ばしてきた。
「ぐぬぬ……!」
「ぐにに……!」
「なにやってんだ……」
呆れたようにこちらを見るディリルを無視して、俺とシェリルの戦いは続いた。
結果としては痛みに負けて逃げ出したシェリルの負けである。ふん、ざまあみろ。
† † † †
「……ルイドさま」
若干不機嫌になっているニムエ。その様子を見て、俺は思わず反省した。ニムエは操心族のことを聞いたのに、俺は昔を懐かしんで話す必要がないことまで話してしまった。
「すまんな、ニムエ。そうだな、操心族だったな……」
「……そういうことじゃないですぅ」
一気に不機嫌になったニムエ。そういうことじゃないならば――
「なんだ、ニムエ。シェリルに嫉妬してるのか?」
顔を逸らすニムエ。
「だって、ルイドさま……すっごく楽しそうだから……」
「ああ、まあ、このときはな。この後からがすごいぞ。俺の心が何度も折れた」
「え……?」
「人間だったときも折れたし、魔族だったときは何回心が折れたか覚えてない」
「る、ルイドさま……辛いなら、無理しなくても……」
「……いや、大丈夫だ」
つらいことはつらいが、もう決着のついていることだ。いい加減、俺も切り替える必要がある。
俺はあらためて息を吸い込むと、続きを話し始めた。
† † † †
「あの、すみません」
「はい?」
「『千魔』ルイドさまでしょうか?」
「ええ、はい」
俺に話しかけたのは、幸薄そうな女性だった。ウェリティアと名乗った女性は、恐る恐ると言った様子で話し出した。
「あの、最近夫の言動がおかしくて……」
「はぁ……」
「でも医者に見せてもおかしなところはないって言うんです! 前はあんなに攻撃的じゃなかったのに!」
「お、落ち着いてください奥さん……それは私たちに相談されてもですね」
「きっと、何かに操られているんです!」
「――操られている?」
「あっ喰いつきましたね」
「ルイドも意外とちょろいところあるよなぁ」
外野がうるさいが、俺の目が光る。今まさに、操心族を詳しく調べたいと思っていたところなのだ。操られているように人格が急に変わった人間ならば、興味がある。
「ご主人は、目が赤くなったりしていませんか?」
「目? 赤? いえ、主人はもともと赤目なので……私はこの後、仕事でこの町を離れなきゃいけないんです。2週間後には戻ってきますが、それまでに主人が何かやらかさないか心配で……」
「なるほど、わかりました。その依頼引き受けましょう、この『千魔』ルイドが!」
全く、俺は運がいい。これも日ごろの行いがいいからだろうか。
「じゃあ、私たちは自由に行動しますね」
「頑張れよルイド」
「う……」
俺は悩んだ。確かにこの依頼を受けるのは俺のわがままだが、ケトリアスから二人が面倒ごとを持ってこないように見張っているよう頼まれたのも事実。俺は自分の興味とケトリアスの頼み事の間で揺れ動いたが、結局自分の好奇心を優先した。
面倒ごとは持ってくるが、今まで俺たちはなんとかその面倒ごとを解決してきた。ケトリアスとヴィリアももう少しで合流する予定になっている。もう子供ではないんだし、そこまで面倒見なくていいだろうと自分を納得させた。
「ああ。面倒なことはするなよ? 常識の範囲内で行動しろよ?」
「「わかってる(ます)」」
二人同時に返して、あっという間に見えなくなった背中に俺は一抹の不安を覚えたが、これで操心族に近づけるかもしれないと思うと不安は好奇心でかき消えた。
「では、行きましょうか」
「は、はい」
ウェリティアという女性は俺たちの勢いに若干気圧されながらもうなずいた。俺が操心族のことを調べ始めてから半年ほどの時間が経つ。途中で本の取材だの勝手にディリルが拾ってきた依頼の後始末だのがあったせいであまり調べられてはいないが、ここシュリディガ帝国の図書館で有力な情報を得ることができた。
俺は操心族の正体を掴むべく、気合を入れてウェリティアのあとをついていった。
† † † †
「今思えば、調子に乗ってたんだよな」
俺は街道を歩きながら、独りごとのように呟く。それを聞いたニムエがなんとも言い難い表情をするのを見ながら、言葉を続ける。
「あの時の俺には驕りがあった。自分たちならなんでも乗り越えて先に進めるという驕りが」
魔術師の頂、特異級魔術師。その称号を得ることができるのは、ほんの一握りの天才だけ。だが、人間時代の俺に魔術の才能はなかった。うまれながらにして莫大な魔力量を誇り、天才的なセンスで魔術を組み上げる『魔女』シェリルは、そういう意味では正当な特異級魔術師だった。俺は魔術に関しては本当に凡人だった。ただ魔術をこよなく愛し、自分の体を犠牲にしてでも上に登ろうとした結果、偶然成功したにすぎない。肉体への魔術陣の刻印など、常人の神経では行えない。
体に走る激痛に、すこしでも歪めば体の魔力の流れを阻害する精密な魔術陣。師匠によるその施術を耐えきったのは、ほとんど偶然だった。
「そういえば、師匠さんってどんな方なんですか……?」
「ああ、師匠は……魔術狂いだ」
ニムエの目が「それはルイドさまでは?」と語りかけてきたので補足をいれておく。
「俺の魔術の師匠は、呪護族なんだよ。人間の時は気づかなかったが今ならわかる。魂にすら干渉する術式を扱えた師匠は間違いなく人間じゃなくて呪護族だ。今も生きてるぞ、もう呪護族じゃないけどな」
「え!?」
「相変わらず口の悪い師匠だったが、まあお互いにもう会うこともないだろう。俺も転生させられた恨みがあるしな……狙ったわけじゃないと思うが。向こうも俺のせいで故郷の里が滅んでる。会わないほうがいいさ」
「え……ちょっと待ってください……どういうこと……?」
「ああ、師匠に『実験』と称して複数の魂が俺の魂にねじ込まれた。それが、俺の転生人生の始まりだったんだ。複数の魂には、基盤となる情報がある。いったいどういうルートで魂を仕入れたのかまではわからないが、その魂自体が持つ情報を基に、『まだ生きている体を作り出す』……全く、師匠の発想には毎回驚かされる」
ニムエでは理解できないだろう。魔術を極め、かつて呪護族だった記憶をかき集めても、俺も信じられない。
人間のルイドの魂をベースにして、8つもの異種族の魂をねじ込んだなど。ルイドという魂の人生が終わっても、まだ8つの魂は死んではいない。世界に打ち込まれた情報の集合体である魂は、その情報に沿って肉体を再構築する――。そして、9つの魂を持つ俺は復活する。
まあ、さすがに師匠もこの結果を予測していたわけではないだろう。偶然の産物、というやつだ。操心族の『ずいぶんと詰め込まれたようだが』という言葉の意味も、今ならわかる。あれは人間の魂に複数の魂がまじりあっている俺への皮肉だったのだ。
奴らは脳にある記憶と、魂にある記憶に干渉できる。その際に俺の魂の歪さに気づいても何も不思議ではなかった。
「し、師匠さんは、なんてお名前なんですか?」
「ああ……」
俺は憎らしいクソ爺の顔を思い浮かべて笑う。
「イルムシル。吸血鬼になってまで、生き続けてるしぶとい爺さ」




