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転生の果てに

 ニムエの攻撃が、止まった。


「あ……?」


 ニムエが顔を覆って後ずさる。カラン、と短剣が地面に落ちる音が響いた。


「どうした? 早くルイドを殺すんだ。そうすれば、君とルイドは永遠に結ばれる」


 操心族デラシュルの囁きも耳に入っていないようで、ニムエはさらに後ろに下がった。その体は震え、明らかに様子がおかしい。俺は必死に《劔》の剣を支え、ニムエを見る。指の隙間から見えたニムエの瞳は――右目が、緑に戻っていた。


「あ、ああ……あああああああああッ!!」


 ニムエにかけられた魔術が起動する。俺が彼女にかけた魔術は、定期的に発動していた。その周期までは把握をしていなかったが、まさか今。


 『復元魔術』が、起動する。


 魂に刻まれた情報に従って、体の情報が再構成される。それは半吸血鬼としての復元能力ではなく、俺がかけた復元魔術が、形を変えてニムエを復元し続けているということ。


「ああああああああああッ!!」


 魂と、脳が、悲鳴をあげている。そんな印象を抱く声で、ニムエは悲鳴を上げ続けた。


「バカな!? 記憶の封印を自力で……!?」

「ルイド、さま……! ごめん、なさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 やがて完全に緑色の眼に戻ったニムエは、ひたすら俺に謝る。

 先ほどまでの狂気に満ち溢れた、退廃的な雰囲気は消えた。代わりに、元通りの、気の弱いニムエが帰ってきていた。

 復元魔術によって、記憶の封印を破り、本来の自分を取り戻す。俺は、その姿に、魔術の無限の可能性を感じた。――これなら……。


「ニムエ。いいんだ、これは2週間もお前を放っておいた、俺の責任でもある。自分を責めるな」

「ルイドさま……! 今、今助けます!」


 その言葉を聞いた《劔》が、俺から剣を離してニムエに向けて構える。とてもではないが、ニムエが勝てる相手ではない。俺は重症だし、逃げろと言おうとするが。

 ニムエが、胸元に手をやり、木彫りの牙を手に持った。それは、俺が一番最初にニムエに渡したプレゼント。魔術が刻まれた、牙のアクセサリー。


「起きて!」


 牙が砕け散り、周囲を一瞬で霧が満たした。俺が渡した魔術は《濃霧》。少しの間、霧を発生させて視界を奪う――。

 ニムエは地面を蹴り、俺を抱えてその場からの離脱を試みる。その体は小さく、俺は改めてニムエが強いられていた運命の過酷さを知った。この小さな体で、死にかけ、奴隷になり、半吸血鬼になり、そして操心族デラシュルに記憶を弄られ、主に剣を振るい、今その罪悪感で震えている。


「この程度で逃げられると、思ったか?」


 だが、《劔》の一閃が、ニムエの背中を切り裂いた。


「あうっ!」

「深い傷ではないが……その男は置いていけ。お前ひとりだけなら、見逃してやってもいい」

「ニム、エ……もういい……あとは、俺がやる! 回帰せよ!」


 俺は、革袋に詰められた吸血鬼の血液を触媒にして、宝玉に魔力を通し、復元魔術を起動した。

 《壊血剣ヴラディスク》の効果によって、俺の体内を流れる血液の《復元》要素は失われてしまったが、あらかじめとりわけておいた血液ならば。


 ――復元魔術を、使うことができる。


 入り混じった魂の情報のなかから、吸血鬼を選択――。


 俺の胸と左肩、さらにはあちこちにできていた細かい傷すらも、時間を巻き戻すかのように修復されていく。立ち上がり、ニムエを立たせ、俺は《劔》と操心族デラシュルに向き直った。


「ニムエ。すまないが、俺自身もあまり余裕がない。そのまま、逃げろ」

「ルイド、さま……」

「ありがとう、ニムエ。お前のおかげで――勝てそうだ」


「勝つだと? この私に?」


 《劔》が剣を構える。ああ、その姿は確かに――俺の親友、《白剣》ディリルにそっくりだ。


「私は、かの英雄《白剣》ディリルの生まれ変わり。彼の剣技は完璧に習得している」

「ああ、本当に。ルメイン。お前は本当に――俺の地雷を踏み抜くのが好きらしいなッ!!」


 《劔》の魔法。それはおそらく、『自分が《白剣》ディリルの生まれ変わりだと信じることで、《白剣》ディリルの剣技を模倣する』こと。


「……予定変更だ。ルイド。お前は、今ここで、死ね」

「余裕がなくなったぞ、操心族デラシュルゥッ!!」


 《劔》が剣を振るう。俺はそれを、爪で受け止め、はじき返した。


「《白剣》ディリルの生まれ変わりだと――」


 俺は宝石を取り出すと、魔力を込める。


「『記憶封印』」


 記憶を封印された。この宝石に込められた魔術がなんなのかが、思い出せない。


「流れるは水流/根差す大樹よ/世界より――」

「『記憶封印』ッ!!」


 魔術言語も封印された。だが、何度か操心族デラシュルと戦っている俺には、わかる。うかつにも、奴がすべての封印を解除してくれたおかげで、俺は、その記憶封印の弱点を知っている。


 ――連続で行使できるのは、二度までなんだろう?


「回帰せよ!」


 混濁した魂の情報から、銀狼族ウェアウルを選択。同時、復元魔術によって、新たに施された記憶封印も砕け散る。さらに俺の体が変化していく。黒い服を纏った吸血鬼から、白銀の体毛を纏う狼、銀狼族ウェアウルへと姿を変えた。


「お、お前……! その、その姿は……!」


 操心族デラシュルへの答えは、咆哮だった。


「何かは知らんが、所詮は獣! 死ねぇッ!」


 《劔》が俺に向けて、剣を振るう。


 この程度の女が、《白剣》ディリルの生まれ変わりだと?


 ディリルの、俺の親友の剣技のすべてを身に着けただと?


 冗談ではない。血の滲んだ努力と、死闘の数々を潜り抜けてきた彼が、最終的に身に着けた剣技を、魔法などという手段で、身に着けただと?


「ガアアアアアアアッ!!」


 怒りの声は、咆哮となって放たれる。銀狼族ウェアウルの白銀の毛は、対刃性に優れた毛皮だ。いくらディリルの剣技を模倣していても、そのようななまくらでは切り裂けない。俺はその一閃を受け止めると、再び咆哮を放った。今度の咆哮は、ただの叫び声ではない。【狼咆ウェル・ヴァシュラ】と呼ばれる、一種の魔術だ。魔力を乗せて放たれた咆哮は、《劔》の体を吹き飛ばし、家に叩き付ける。


「ぐっ、あっ! まだ、まだ……!」

「記憶封印――!」

「回帰せよ――」


 ――天翼族を、選択。


 俺の姿が光に包まれ、再び俺の姿が変貌する。操心族デラシュルが慌てて放った記憶封印をあえて受けてから、その体が変わっていく。白銀の体毛に包まれた狼から、純白の翼を纏う天翼族へと。


「【飛翔リベイルド】」


 俺の静かな宣言と同時、純白の翼が光り輝き、俺は瞬く間に《劔》の背後へと移動した。状況がつかめていない《劔》の首を掴むと、そのまま上空へと飛翔する。


 天空において、天翼族は最速だ。


「《劔》。お前に罪はないのかもしれん」

「はなっ……せっ……!」

「お前も、操心族デラシュルに操られた哀れな犠牲者なのかもしれん」

「このっ……!」

「――だが。俺の友を、騙った罪は重いッ!」


 俺はそのまま、《劔》を放り投げる。人間ならば、落ちたら間違いなく死ぬ高度。俺が直接殺すには忍びないが、かと言って見逃すほど、俺は優しい人間ではない。


「さあ、操心族デラシュル。今度こそ、お前が死ぬ番だぞ」

「な、なぜ……! なぜ、記憶封印を解除できるッ! 今までのお前は、私の記憶封印を受けてッ……!」

「ああ、そうだ。お前に剣の振り方も、魔術の使い方も封印され、殺されていた」

「だったら、なぜ! 起動せよ!」


 『記憶封印』が効かないことを悟った操心族デラシュルは、懐から取り出した宝石を構え、起動言語を唱えた。数十個の炎の弾が出現し、俺に向けて放たれる。


「回帰せよ」

 ――選択、真龍族。


 操心族デラシュルが放った苦し紛れの魔術など、真なる龍種の反魔鱗を貫くことはできない。魔力による構成がほどかれ、殺到していた炎の弾は全て搔き消えた。


「お前は、人間を愚かだと言ったな」

「ひぃっ!」


 俺が一歩足を踏み出すと、操心族デラシュルは一歩下がった。


「違うだろう? お前は恐れたんだ。魔術の叡智を積み重ね、自力で自分の存在にたどり着いた種族を」

「ち、違う……人間、人間は、愚かで……」


 さらに一歩踏み出せば、操心族デラシュルがさらに二歩下がる。


「魔法使いを生んだ理由も、恐れたからだろう? なんとしてでも、自分の管理下に置きたかったんだ」

「ち、違う……」


「回帰せよ!」


 俺の声と同時に、操心族デラシュルの肩が跳ねた。


 選択――魔族。


 俺の姿が再び変貌する。紫色の粒子が翼を形作り、その手に一振りの剣が握られる。今なら、俺が一本の剣に違和感を覚えていた理由もわかる。


 俺は、魔王だったとき、双剣の使い手だった。


「《天地黒白》。相方を呼べ」


 彼方より飛来する、もう一振りの剣。魔族の宝であり、王の証である剣。漆黒の、魔力で作り出された剣。純白の、魔族の秘宝の剣。その二振りこそが、俺が最終的にたどり着いた戦闘スタイルだった。


操心族デラシュルッ! ここでお前を殺し――必ず、この運命を終わらせる!」

「く、くそっ! お、お前の封印解除の種は、『復元魔術』だな!? ならば、その記憶を封印する――『記憶封印』ッ!!」

「そうだ、操心族デラシュル。何回もの人生を繰り返し、転生の果てにたどり着いたこの種族。それこそが、お前を殺し得る唯一の種族ッ! 魔力の込め方など!」


 魔術を使う。その行為には、普通は記憶が必要だ。だが、触媒を用意し、宝石に刻まれた回路に魔力を通すだけなら、記憶は必要ない。


 何万回、何十万回と、魔力を通すなんてことはやって来た。脳や魂に刻まれた記憶を封じられようとも――


「体が、覚えている!」


 選択――再び魔族。正常な魔族の状態に戻すために、記憶封印が解除された。記憶封印を封じられた操心族デラシュルに、負ける要素などない。


「死ね」


 俺は万感の思いを込めて、右手の白剣を操心族デラシュルに突き刺した。続いて左手の黒剣で、首を跳ねる。絶望に彩られた操心族デラシュルの顔は、とても見たくなるようなものではなかった。


「終わった……のか?」


 俺が静かに呟くと、急に体から力が抜けた。大規模にして複雑な魔術である復元魔術を、連続で行使した弊害だろう。俺はその場に崩れ落ちると、両手の剣をしずかに地面に置いた。


「終わった、のか」


 まだまだ、解き明かさなければならない謎も、対処しなければならない厄介な事態も残っている。

 ティエリ、ルリエス、フルーシェ、ローベルト、トニ、マトなど、それぞれに説明と償いをしなければならないだろう。


 だが、とりあえずまずは、姿を隠す必要がある。いままでの人間は操られていた、なんて話、信用してくれる人間はいないだろう。


「ルイド、さま……」

「ニムエ。大変だったろう……俺の役目はこれで終わった。ニムエは、どうする?」

「ルイドさまと、一緒に……」

「……そうか」


 まあ、そういうのも悪くはない。


 俺が何度も転生してきてまで滅ぼさなければならなかった相手は滅んだ。これから先は、過去の人物である俺が手を出すような話ではない。人間たちが、自分たちで切り開いていくべき未来だ。


「さて、ニムエ。これから逃避行になるわけだが――何が食いたい?」

「えっと、お肉!」

「はは、そう来ると思ってたよ。じゃあ、行くとしようか」

「うんっ!」


 俺たちは、静かにその姿を消した。



 ――以降、吸血鬼ルイドが公に姿を現すことはなかった。ただ、肉を食らう小さな幼女の姿は、この後の歴史の中でも散見されるようになる。いずれも、人類が滅亡しかねないような危機に姿を現し、その時は必ず、何らかの種族がそばに寄り添っていたというーー。




たくさんのご声援ありがとうございました。

千魔ルイドの戦いは、これにて終了となります。語りつくせなかった設定や、出したかったのに出したかったキャラなど残ってはいますが、本編はこれで完結となります。

過去編やスピンオフに関しては、妄想はしていますが書くかどうかは――気分次第、ということで。

それでは、またどこかでお会いしましょう。


11/28追記 補完と過去編を書くことに決めました。改めて読み返してみて、多くの読者様を置いて完結したことも反省しています。すぐに裏話が知りたい方は、リンク先の『転じた魂は尽きない夢を見る』をお読みください。過去編が完成すれば、もしかすると転生の果てにの途中に挿入するかもしれません。予定は未定、ばかりですが、おつきあいのほどをお願いします。http://ncode.syosetu.com/n8727dq/

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