転生者6
短いです。
ニムエの嬉しそうな笑顔を見て、俺は心が痛むのを感じた。裏切られ続けた記憶を思い出した俺には、もうニムエを完全に信用することはできない。今回のことだけではない。今まで生きてきた人生の中で、裏切りにあって殺されたことは多い。
だからこそ、俺はニムエを信用しきることはできない。だが、俺はニムエを攻撃することもできない。もう、俺の前で知り合いが、仲間が死んでいくのを見たくない。俺は、なんとかニムエを信用できる要素を探そうと、ニムエの体を観察する。目は緑色だが、操心族の記憶改竄は、よっぽど影響が強くない限りは完全な赤目にはならない。俺のように、封印されている記憶を思い出そうとした時だけ、目が赤く染まるのだ。目が緑色だからといって、操心族の記憶干渉を受けていないとは限らない。
(いやーー)
俺は一つだけ、ニムエを信用できる要素を見つけた。
奴隷の首輪。そうだ、ニムエには奴隷の首輪がある。あの首輪をつけている者は、主人を悪意を持って害することはできない。
しかも、さっきニムエは剣を投げようとした《劔》を止めた。俺への攻撃を止めたのだ。その行為は、信用できるのではないか?
俺は自分の願望が混じっているのをわかっていながらも、その願いに賭けた。信用できる、ではなく、俺はニムエを信じたい。
ニムエが、俺に向けて跳ぶ。嬉しそうに笑うニムエを見て、俺もニムエを受け入れようと手を広げ――
赤い短剣が、俺の胸を貫いた。
「――がはっ」
「ルイドさまぁ……」
ニムエは変わらず嬉しそうな表情で、俺の胸に赤い短剣を突き入れる。頭を破壊されない限りは、俺は吸血鬼の復元能力で死ぬことはない。だが、ニムエは違う。大ダメージを受ければ死ぬこともあり得る、半吸血鬼。ここで俺が反撃するのは簡単だが――自分の手で弄った運命に、殺されるというのも悪い話ではないのかもしれない。
なにより、もう俺の知り合いが、仲間が、俺のせいで死んでいくのを見たくない。
そうなるくらいなら、俺が死ぬ――
「もう渡さないよルイドさま。あの女もあの女にも渡さない。私と一緒に死ぬの。ルイドさまを殺して私も死ぬの」
飛行できなくなった俺は、ニムエと一緒に地面に落ちる。とっさにニムエを庇ったが、そのせいで左肩が砕けた。激痛に呻き、復元能力が発動するのを待つが――復元できない。
「……あはっ、ルイドさま。治らない、治らないでしょ? この剣なら、ルイドさまを殺せるの。私もすぐいくから、まっててね?」
「ニム、エ……」
真紅の瞳で、俺に短剣を振るうニムエ。胸から引き抜かれた短剣は、ニムエの瞳と同じように赤く煌めいて、禍々しいほどの威圧感を放っていた。
「《壊血剣》……」
吸血鬼殺しの短剣。復元の要素を書き換え、暴走に変換する俺にとって最悪の兵器。
――だが、俺の読み通り、純正な吸血鬼ではないせいか、完璧にはその作用が発動していない。復元自体はできないが、暴走することはない。今の俺は、ただ死へと向かう一人の人間でしかない。
そんな俺に、次々とニムエの攻撃が襲い掛かる。俺は抜け落ちていく血と、薄れていく意識をこらえながらその攻撃を避け続けた。攻撃が速すぎて、魔術を使う余裕がない。
――今、ニムエは言った。俺を殺して自分も死ぬと。
――それはだめだ。勝手に死なれるわけには行かない。
――俺が死んでもいい。だが、そのあと。ニムエが何も気負わずに、生きていかねばならない。
なにより――操心族を殺さねば、俺の気持ちが収まらない!
「やあ、どうだい? 信じていた奴隷に裏切られた気分は?」
「操心族……」
「いやあ、今回は簡単だったよ。君が信頼している人も多かったし、《壊血剣》なんて特効武器があったからね」
《劔》のそばに、操心族が姿を現した。ヤツが姿を現したのは、俺に勝機がないことを悟ったからだろう。俺はニムエを殺せない。復元能力は使えない。そして、近くには最強の魔法使い、《劔》がいる。万が一にも、俺に勝ち目はない――。
「ああ、奴隷が君を傷つけられるのが不思議かい? だってねぇ、ニムエちゃんはそれを傷つける行為だと思っていない。それが愛情表現だと思っているのさ。いやぁ、大変だったよ! なかなか頑固な子でねぇ!」
ヤツが嗤う。人の意思も、記憶も、絆も、取るに足らないと嘲笑う。
「本当に人間ってヤツは愚かだよ。私に操られ、支配されることしかできない下等種族。そんななか、唯一自力で私にたどり着いた、ルイド。お前だけは脅威だった。だが、それもここで終わりだ――《劔》」
「私に命令しないでくれる?」
《劔》と呼ばれた女性は、改めて剣を構えた。その構えは、俺がよく知る親友の構えと、とても似ている。ディリルと《劔》の姿が被る。
「吸血鬼ルイド、ここで死ね」
「君は、なぜ……ごふっ。あんなヤツに、協力を?」
「――さてね。その理由は、冥土の置き土産にしても高すぎるわ」
哀しそうに首を横に振る《劔》。この女性は、真実を知ってなお、剣を振るっているのか。吸血鬼である俺を殺すために。
そう思ったが、よく見れば彼女の瞳も真っ赤に染まっている。
「無駄だよ、ルイド。私の声は、さっきから君にしか届いていない。私が《防音》の魔術のオリジナルを使っているからだ。長い人生だ、戯れに人類の叡智とやらを学んでみるのも悪くないと思ってね!」
「まったく面倒だったが、君のその顔を見れただけで十分だよ。二週間もかけて侍女と奴隷の記憶を弄り、さらには違和感を覚えないように、ここ数日の君の記憶も封印してたんだからね。いや、最高の舞台で最高の終末だ。あの魔族たちだけは予想外だったが――まあ、君を殺せるのならば問題はない」
だから、さっきから、周囲の人間が操心族の言葉に反応していなかったのか。
「いい顔だよ、ルイド。裏切られ、絶望したその顔が見たくてな! 何回見ても、飽きることはない。詰め込まれた魂のストックも、これでおしまい。君の転生の、ここが果てだ」
もう転生することはない。俺の魂は、これ以上転生することには耐えられない。ニムエは恍惚とした表情で俺に襲い掛かり、《劔》も剣を構えて俺に迫る。俺はなんとか《劔》の攻撃を爪で受け止めたが、迫るニムエの短剣はよけられない。左手も上がらず、右手は《劔》の剣を抑えるので精いっぱい。
――そんな隙だらけの俺に、ニムエの攻撃が、