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転生者5

 天空に奔る雷。その金色の輝きに、民衆が動揺したのがわかる。ざわざわと、現状を疑う声が広がっていく。


「今のって……」

「《轟雷》様の魔法、か?」

「え、でも封じられたって……!」


 俺は迷わなかった。即座に黒翼を展開すると、羽ばたいて飛び立つ。ここでぐずぐずしていると、避け得ない策謀で俺が殺されてしまう。

 折れそうになる心を必死に支えながら、俺は上空から練習場を見下ろす。娘であるルリエスは《劔》に押されながらもなんとか生き延びている。《轟焔》とローベルトの戦いは互角。フルーシェはまだティエリと撃ち合っている。


 ここを任せるのは非常に心が苦しくなるが、俺は生き延びなければならない。魔族であったときすら、操心族デラシュルの干渉を防ぎきれずに槍の当主に暗殺されたのだから。ここで俺が死ぬわけにはいかない。俺が死ねば、人間は操心族デラシュルの存在に気づくことなく好きなように操られてしまうだろう。


「すまないが、頼んだぞ……!」


 俺はかつての娘と部下の子供たちに声援を送り、その場を離れる。まずは記憶を整理して、操心族デラシュルの弱点を探す必要がある。俺は練習場を飛び越えて路地裏に降り立つと、少し体を休める。結局王に説得されたのか民衆は再び吸血鬼ルイドを探し始め、その影を追いかけている。うかつに出れば発見され、その命を奪われる――。


「ルイ、ド」

「っ!?」


 俺は路地の暗がりから声をかけてきた少女に身構える。とぎれとぎれに話すその少女は、紫紺の髪に紫色の瞳を持つ少女。魔法使い《朧影》。真紅の瞳は本来の色に戻り、今は魔法の力を失っているのがわかった。彼女の周囲に常にあった幻影は、今は感じることができない。今のトニは、何の力も持たない一般人だ。


「ごめん、ね。私、の力……偽物、だった」

「トニ……」

「ルイ、ドの力に、なって、あげられ、ない。だから――逃げて」


 ふらり、と傾いたトニの体はボロボロだった。思わず俺が駆け寄ろうとすると、トニの右手がそれを制した。俺はせめて、トニと視線を合わせるように屈みこむ。


「今、ルイドは、何も、信じられ、ない。だれも、信じちゃ、いけない」


 トニの眼が見開かれる。


「だけど、私は、ルイドを、信じる。たとえ、吸血鬼でも。私を見て、話してくれたルイドを、信じる」


 誰でも騙すことができる少女が、胸に刻んだ誓い。自分が騙すことができない人は、裏切られても、信じ続けると。


「だって、私は、ルイドの親友だから!」


 ――トニが、ボロボロの体に鞭を打って走る。俺は、反応が遅れた。


 それは俺がトニを信じ切れていない証拠。一瞬だが、トニに対して身構えてしまった。その一瞬の隙にトニは俺の背後に回り、ダガーを胸で受け止めた。

 トスッ、というあまりにも軽い音が路地裏に響く。


「なんだ、この女は。ルイド、貴様はやはり許しがたい。また年端もいかない少女をたらしこんで身代わりにしたのか!」

「お、前は……」


 右手に2本のダガーを構えて、女性は俺を睨みつける。その瞳に込められたあまりにも激しい憎悪。嫌悪感。見知った顔にそんな目で見られて、俺の記憶がフラッシュバックする。身に覚えのない蛮行、言ったはずがない言葉。


「……リット?」

「前々から最低な男だとは思っていたが、やはり私の目に狂いはなかったようだな。お前が吸血鬼とは……開拓者として、お前を殺す」


 真紅の瞳で俺を睨む、開拓者の女性。俺でさえ惑わすほどの気配消しの達人で、暗殺という点において彼女以上の人材は存在しないだろう。俺は、その殺気を込められた視線に怯む。いくら操心族デラシュルに操られているとわかっていても。

 それでも、見知った人間にぶつけられるむき出しの憎悪は俺の心を傷つける。


「……トニ?」


 路地裏を、少女の血が汚していく。今まで誰にも傷つけられなかったはずの魔法使いの血が、路地裏に流れる。俺はその光景を呆然と見つめていた。


「……ルイ、ド。私は、幸せ、だった、よ……に、げて……」

「あ……?」


 トニが、死んだ。

 俺はバカか。その腰にぶら下げた革袋はなんのためにある? その宝石に刻んだ――復元魔術は、人を守るために刻んだんじゃなかったのか?

 俺は震える手で宝石を取り出すと、トニに向けて『生体探査』と『査魂』の魔術を発動させる。


 ――手遅れだった。


 死した肉体からは魂が消え、トニは今生命ではなくただの物になった。


 ――俺が冷静に対処できていれば?


 トニは死ななかったのか?


 ――俺がトニを信じ切れていれば?


 トニが俺を庇う必要はなかったのか?


 ――俺がそもそもトニと出会わなければ……


 トニは、死なずに済んだのか?


「あ……」


 俺の眼からこぼれた涙が地面を濡らす。耐えきれなかった。

 俺が傷つくのはいい。だが、俺の周囲の人間が、俺のせいで死んでいく。救う力がありながら、救うための力を振るえずに失っていく。


 誰が敵で、誰が味方なのか。そんなことすらわからない。味方は俺に憎悪を向け、敵は嬉々として俺を殺しにくる。


 トニの死体を踏み越えたリットが、ダガーを放つ。俺の意思は、ただ「死ぬわけにはいかない」という義務感だけでそれを弾く。だが、これ以上この場所にとどまりたくなかった。自分の所業で死んだトニと、俺にむき出しの憎悪を当ててくるリットと戦いたくなかった。


 気付けば、俺は全力で路地の裏に駆けてリットから逃げ出していた。



 身体強化を全開にして走れば、リットが俺に追い付く手段はない。俺は薄暗い路地の暗闇で、小さくなっていた。思考は堂々巡りで、解決しそうもない。


「トニ……」


 口から勝手に漏れ出た呟きは、反響もせずに消えていく。俺がそうして縮こまってしばらくすると、何度目かとなる人の足音が聞こえてきた。おそらく俺を探している市民か兵士だろう。俺は今まで同様身を隠してやり過ごそうと、その身をさらに縮めた。


「ルイドくん? もしいるのなら、出てきてください。私です。ゲルキオです」

「っ……」


 出ない方がいい。頭ではわかっているのに、体が反応してしまう。その物音に気付いたのか、ゲルキオと名乗った男が、俺の前に姿を現した。


「こんなところにいたのですか」

「あ……」


 俺の前に立ったのは、間違いなくゲルキオだった。真っ先にその瞳の色を確認するが、ゲルキオの茶色の瞳は赤く染まってはいなかった。それだけで安心することはできないが、それでも憎悪を向けてこない知り合いと出会えたことは、俺の精神を安定させた。


「ゲルキオ、さん」

「ええ、私です。ルイドくん。大変なことになっていますが、私はルイドくんを信じます」

「ゲルキオさん?」

「……私はうだつの上がらないこんな男ですが。それでも、種族ではなく人を見たいと思っています。ルイドくんは、人間の敵になるような存在ではありません。だから、こちらへ。逃げましょう」


 ゲルキオが差し出してきた右手を恐る恐る握り返すと、そのまま引っ張って立たされた。俺がゲルキオを見上げると、ゲルキオは弱弱しく微笑んだ。


「しかし、私にはコネも力もありません。こんな私では不安でしょうが……道連れとでも思ってください」

「……いいや、助かったよ。ゲルキオさん」


 ゲルキオは不安そうに周囲を見回すと、俺に囁く。


操心族デラシュル……心と記憶を操る種族ですが、今私の記憶は操られていません。おそらくですが、見逃されたのでしょう。私には何の力もないですから」

「……今は、それに感謝しなきゃな」

「ルイド君が、尋常ではない重みを背負っているのはわかります。その重みを、私が軽減することはできません。操心族デラシュルは、貴方が倒すしかないのです」

「……ゲルキオ、さん?」


 寂しそうな笑みを浮かべるゲルキオ。


「あの男は、ディラウス開拓者ギルド支部長、レーニムと名乗りました。その立場を持っているのも本当なのでしょう。ですが、練習場に現れたルメインと名乗った男と同一人物でした」


 ディラウス開拓ギルドの支部長。

 だから、クリエも赤い瞳を――ならば、このゲルキオは?


「現在あなたには金貨200枚の懸賞金が懸けられています。だから、私は迷いました。貴方を売るか、それとも助けるのか――」

「ゲル、キオ、さん……」


 俺の爪が伸びる。槍は置いてきてしまったが、まだ俺には吸血鬼としての能力が残っている。


「ここに、吸血鬼ルイドがいるぞおおお!!!」


 あらんかぎりの声量でゲルキオが叫ぶのと、俺の爪が咄嗟にゲルキオの腹を貫くのは同時だった。


「ごふっ……ル、ルイドくん。恨んでください……私には、こうするしか、なかった……貴方を救う、ために……」

「ああああああッ!!」


 俺は黒翼を展開し、大きく地面を蹴り出して空中に飛び出た。


 耐えられなかった。俺が下を見下ろすと、ゲルキオが案内しようとしていた先に数十人の兵士と《劔》が立っているのが見えた。そのまま進んでいれば、俺はなし崩し的に戦う羽目になっていただろう――。


 最後まで、ゲルキオという男のやろうとしていたことは裏目に――


「あ……?」


 裏目、に……?

 俺の思考を違和感が止める。ゲルキオは、そんなに器用な男ではない。信用を得るために嘘をつくなど、そんなに器用なことはできない。

 ならば、操心族デラシュルを倒すのは俺しかいないと言った意味は?


 あの会話になんの意味がある?


 あんな距離で俺の居場所を叫べば、どんなに早く《劔》が駆けつけたとしてもゲルキオは俺に殺される。


「まさ、か……」


 ゲルキオはよくわかっていた。

 自分のやったことがすべて裏目に出るという、自分の特徴を。


「こんな、状況で……」


 ――俺を救うために、俺を売ろうとしたのか?

 ――俺を『売ろうとする』その行動が『裏目に出て』、『自分が殺され、ルイドに逃げられる』とわかっていても、『俺を逃がせる』から、自分の命を……?


 俺の都合のいい妄想かもしれない。だが、そう考えなければ彼の不可解な言動に説明がつかない。


 ――恨んでください。

 ――こうするしかなかった。


 俺を本気で救おうと逃走経路を用意しても、ゲルキオの能力ではとてもではないが成功する可能性は低い。だから――命を捨ててまで……?


「ああああ……?」


 俺は頭を抱える。俺は、また間違えたのか? 裏切られた絶望で目を塞ぎ、殺すことで安易な解決を図ったのか? もう、戻ろうにも、俺の姿は《劔》に見つかっている。


 ゲルキオも――死んでしまった。


「ああああああああッ!!」


 俺の精神が、引き裂かれたのを感じた。血走った眼で眼下を睥睨し、全身に魔力を巡らせる。


 もう、なにも、見たくない――


「楔よ!/大地に刻む/天空を奔れ/大海を別つ/轍よ!/揺れる宝玉/燃え盛る屋根/地に埋まりし骨/かわされた契約/石に記された/願いよ!/流転せよ/鎖に縛られた道化/腐り行く死体――」


 下で、兵士と《劔》が慌てているのがわかる。だが、ここまで到達する手段がない彼らに、この魔術の起動は止めようがない。どうやってルリエスから逃げ出してきたのかは知らないが、俺の娘を傷つけた罪は重い――


 銀閃。


 俺の魔術を妨害しようとしたのか、《劔》が剣を投げようと振りかぶる。俺がそれをかわすために身構え、このあたり一帯を焼き払う魔術を発動させようとしたとき。

 兵士たちの包囲を突き破って、白い人影が走り出た。《劔》はその姿に気づくと、慌てて剣を構えなおして人影に剣を振るう。小柄な人影は、その剣をかわしてダガーを数本投げて《劔》を後退させた。


「貴様、あの男の奴隷のッ……!」


 《劔》の声は、よく聞こえなかった。

 俺の精神が再び持ち直す。純白の長髪を振り回し、軽快に戦場を駆け、剣を振るう幼女。


「ニムエ……!」


 俺は慌てて、発動しかけていた魔術をキャンセルした。このままでは、ニムエごとここを焼き払ってしまう。いくら半ヴァンパイアとはいえ、俺の本気の魔術で焼き払われては、その命はない。


 俺が見守る先で、ニムエが俺を見つけて嬉しそうに笑った。

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