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転生者4

 逃げ出すだけならばどうにでもなる。なにせ、俺は復元能力を持つ吸血鬼だ。多少強引にでも空中に逃れれば、あとはどうとでもなる。こうなってしまった以上、魔術の存在を秘匿する意味もない。全力で戦えば、この謎の少女と《劔》から逃げ出すことはできるだろう。いつの間にかルメイン――操心族デラシュルも姿を消しているし、ここで戦う理由はない。

 だが、記憶を取り戻した俺の感情が否定する。彼女が誰であろうと、きちんと向き合うべきだという声が。自分の過去が、彼女になんらかの影響を及ぼしているのならば。俺は、彼女が誰かを思い出す義務がある――。


「動きが鈍いわね!」


 ゴッ、と風が唸る音がして、受け止めようとした俺の右腕が余さず千切れ跳ぶ。再び『復元能力』が発動し、即座に右腕は再生するが、追撃は避けられない。


「起動せよ焔の矢!」


 左手で握りしめた宝石が光を放ち、五本の炎の矢がうまれドレス姿の少女に突進する。少女はそれを難なくかわし、拳で粉砕し、優雅に練習場に降り立つ。その背中から伸びる紫の翼は、フルーシェやローベルトよりも広く大きく、そして禍々しい。


「お得意の魔術……。相変わらず小細工が好きなのね」

「君は……いったい誰なんだ……?」

「わからない? わからないでしょうね。でも、私は納得がいかないわ!」


 嵐のように襲い掛かる拳を、必死にかわす。俺自身が魔族であったときならいざ知らず、吸血鬼の体ではスピードが足りない。さらには――


「くっ!?」

「よく避けたな」


 隙を見て《劔》も襲い掛かってくるのだからたまらない。俺の頭を切り裂こうと振るわれた4連撃をかろうじてかわす。そのまま黒翼をひろげると大きく羽ばたいて低空飛行で距離を取ろうとするが。


「遅い!」

「ぐっ、あっ……!?」


 上から振り下ろされた拳が、俺の体を地面に叩き付けていく。地面で大きく跳ねた俺は、その勢いのまま練習場の壁に激突。激しい衝撃に、俺の脳が揺さぶられる。


「思い出せないならさよならよ、お……ルイド。私の恨み、受け取って!!」

「なんだか知らんが、こいつを殺したら次はお前だぞ、魔族」


 迫る少女と《劔》。俺はかすんでいく意識から、必死に記憶を拾い上げる。


 約束。

 黒い少女。

 恨み。


 ――該当する魔族は、一人だけ思い出した。だが、彼女はこんな見た目ではなかった。だが、ああ、しかし――そうなる可能性は、十分以上に存在する。


「……ルリエス?」


 突拍子もない考えだった。だが、その俺の呟きを聞いたのか、今まさに俺の頭蓋を砕かんと迫っていた拳が止まった。ついで、襲い掛かる《劔》の剣を、左手の拳が連続で打ち払う。


「今、なんて?」

「ルリエス……お前なのか……? 本当に……?」

「ようやく思い出したわね。私のことを忘れて生きるなんて許されると思ってるの?」

「それは、すまない……私が悪かった……」

「よろしい。じゃあ、次は私を忘れさせたあのクソ野郎をぶっ飛ばすわよ」


 傲慢にしてわがまま。その性格のまま育ってしまったのだろう。有り余る天賦の才は、彼女の戦闘能力を根本から押し上げた。姿を見ても思い出せないのも当然だ。なにせ、俺が最後に姿を見たとき、彼女はまだ、6歳だったのだから。


「こちらは全然よろしくないのだが。手を組むことにしたのか?」

「元から手を組んでたも同然よ。だって、今のはただの――」


 《劔》の問いかけに対して、ニヤリと笑ったルリエスは、拳を打ち鳴らして答えた。


「親子喧嘩なんだから!」

「なっ――!?」


 地面を抉るほどの膂力で加速して、神速の拳を《劔》に見舞う。《劔》はその拳を剣で受け止めるが、想像以上の拳の重さに吹っ飛ばされる。


「思い出したのね、お父様? 今度忘れたらその頭叩き潰しますからね?」

「……ああ、すまないルリエス」


 本気の笑顔で告げるルリエスに、俺は神妙な顔で頷いた。俺の娘は、相変わらず過激だった。


「じゃあ、約束もしっかり果たしてね」

「『成長したら、必ず本気のお前と本気で戦う』。覚えているとも。ただ、邪魔者を片付けてから、だな」


 ルリエスが生きていた。魔族の血は途切れておらず、魔族は滅んではいない。その事実が、俺に再び立ち上がる気力を与えた。操心族デラシュルに抗おうとするたびに、裏切られ続けてきた記憶が胸をかすめる。


 槍に貫かれた記憶。かつての親友と戦った記憶。仲間だった男に向けられる憎悪。丸ごと焼き払われた里。迫害を受けた記憶。


 今は、俺の記憶に制限はない。頭痛もしないし、全ての記憶をほぼ鮮明に思い出せる。魔族だった記憶も、銀狼族だった記憶も、森人族、鬼人族、天翼族、真龍族、呪護族だった記憶も完璧に思い出せる。それは、今の俺に操心族デラシュルの制限がかかっていないことを示していた。


 あいつは、油断や意味のない行動はしない。すべての記憶があるこの状況こそが、奴の狙い通りだと考えていい――。


 俺がそこまで思考を巡らせたとき、練習場に王の声が響いた。


「吸血鬼ルイドは、怪しげな術でもって《轟雷》と《朧影》の魔法を封じた!! これは、ヴィリス王国に対する侵略行為であり、必ずや倒す必要がある! 兵士よ、学院生よ、総力を持って吸血鬼ルイドを討滅せよ!!」


 くそったれ、なんでそうなるんだよ! 魔法を封じた!? 魔法使いが使う魔法は、莫大な魔力を持って世の現象を捻じ曲げる力だ。あいつらは、それが『できる』と信じている。生まれたときから雷を操り、幻影を出せたと、そう信じて――


「そういう、ことかよ……!」


 《轟雷》マトの深紅の瞳。《朧影》トニの、赤く光る眼。どちらも、操心族デラシュルの記憶改竄を強く受けている証拠――


操心族デラシュルゥゥゥッ!! 貴様、トニとマトの記憶を弄ったなッ!!」


 記憶を弄り、雷が出せると思考を誘導する。何度も何度も誘導すれば、やがては信じるだろう。自分は魔法使いなんだと。雷を出せる、選ばれし人間なんだと。そうして、さも当たり前かのように、莫大な魔力を以てこの世を捻じ曲げ、あるはずのない現象を生み出す。

 莫大な魔力を持つ人間は、ごくまれに生まれることがある。あいつは、そうして生まれた人間に記憶改竄を施し、魔法使いに――。


 なれば、その記憶をもう一度弄り真実を思い出させれば? 当然、今まで当たり前だと思っていたものを信じられなくなり、魔法を喪失する。


 トニが姿を見せないのは、魔法を喪失したからか。そして、俺と深く関わった魔法使いだけの魔法を奪っている。そして、魔法使いに強い信仰心を持つこの国の住民ならば――


「吸血鬼ルイドを許すな!」

「我等の国を守れぇ!」

「《轟雷》様の魔法を返せ!」

「くそったれ!」


 半狂乱になった民衆に、もはや説得は通じない。操心族デラシュルの高笑いが聞こえてくるようだ。思考と行動を誘導され、だがそれは自分の意思だと信じて疑わない。戦う術を持たない民衆相手に、俺が本気で戦うわけにはいかなかった。

 武闘会の観客が、学院の生徒が。雪崩のように俺に迫ってくる。観客の中には開拓者もいたのだろう、手に手に武器を持って魔法使いの敵である俺を殺そうとしている。

 ああ、これは似ている。かつて仲間であった者たちに向けられた憎悪だ。操心族デラシュルの存在に気づき始めた俺を殺すために操られた人々が、人間時代に俺に向けられた憎悪と同じだ。


 人間時代の《千魔》ルイドは、人間によって殺された。


「結局、こうなる、のか……」


 わかってしまう。俺の記憶がフラッシュバックする。

 操心族デラシュルが行動を起こすときは、いつだって完全に殺す準備が整ってからだ。今回だって、俺を完璧に殺す布陣を整えてから殺しに来たに決まっている。どうあがこうと、死は――


「――ふざけるなッ!!」


 練習場に、怒声が響いた。


「返してやる、だと――」


 その怒声は、不思議と練習場の中によく響いた。


「全てを忘れて生きろ、だと――」


 その声は、《轟雷》マト・ル・ヴィリスの声だった。ひと際高い位置にいる彼の声は、俺に襲い掛かろうとしていた民衆の動きを止めた。魔法使いという存在は、それだけの影響力がある。


「人間を、僕を、《轟雷》マト・ル・ヴィリスをなめるなッ!」


 その叫び声と同時――迸る雷光が一条、天を貫いた。



 † † † †



「やれやれ、魔族の生き残りとは。予定外の事態があるのは正直困りましたね」


 ルメイン――否、もはやそんな名前は意味を為さない。操心族デラシュルは練習場の地面を離れ、観客席を上っていた。その足はまっすぐ王のもとを目指しており、状況の変化に対応できていないマトや近衛騎士をスルーしてたどり着く。


「お主は、ルメイン教頭と言ったか」

「名前を憶えていただき、光栄です陛下。少々お耳に入れたいことが……《轟雷》様と《朧影》様についてです」

「魔法が使えなくなったという話か?」


 王も、さすがに影響力が大きすぎる話だからなのか声を潜める。国防を預かる者として、その情報は真っ先に王のもとへとあげられていた。だがこの緊急事態において話すことではない。それをあえてここで話すということは……


「まさか、奴が?」

「はい。吸血鬼ヴァンパイアは悠久の時を生きる魔の者。神が与えた御業を封じるような術を持っていても不思議ではありません」

「そう、か。どちらにせよ、奴は討たねばならないな」

「はい。では陛下、宣言を。いくら《轟焔》様と《劔》様といえど、3人の魔族相手では少々分が悪いかと」

「うむ――」


 王の宣言が背後で行われるのを聞きながら、操心族は邪悪な笑みを浮かべてマトのもとへ向かう。念には念をいれていたが、この状況なら特に《轟雷》自身から証言をもらう必要もない。《千魔》ルイドの心が折れ、死へと逃げるのも時間の問題だ。長年人を騙し、研究してきた操心族デラシュルにはそれがわかる。


「《轟雷》マト・ル・ヴィリス様。約束は守りましょう。まずはお逃げいただいて、そのあとで雷の力をお返しします。すべてを忘れて、《轟雷》として生きてください」


 呆然自失としている青年。雷の力を与えられ、力に溺れて贅沢の限りを尽くしていた心の弱い青年。記憶を覗くまでもない、こういう男は安易に状況に流され、言われるがままに楽な道を選ぶ。


 操心族デラシュルは侮った。今までのマトであれば、その甘美な囁きに乗っていただろう。だが、《千魔》ルイドという過去の英雄と戦った彼は、少なからずその影響を受けていた。


「――ふざけるなッ!!」


 激情が、口からあふれる。状況はわからない。真実もわからない。もとから頭がよくないマトは、現在この場所で何が起きているのかはわからない。目の前の男の正体も、ルイドがどういう男なのかも、なにもなにも――わからない。


 それでも、ひとつだけ確かなことがある。


「全てを忘れて生きろ、だと――」


 それは、この男が自分を侮っており――


「人間を、僕を、《轟雷》マト・ル・ヴィリスを舐めるなッ!!」


 自分にはまだ、力があるということ。


(なにが信じられなくなった、だ!)

「魔力はまだ僕の中にある」


(なにが奪われた、だ!)

「魔法に必要なのは、信仰」


(なにが与えられた力、だ!)

「そのためのエネルギーは、僕が持っている。これだけは、お前には奪えない」


 マトは右手を頭上に掲げる。


(信じるんだ……いや、雷を使っているときの俺は、こんなことは考えていない)


 それではだめだ。そこにあるのが当然の力を使うのに、こんな面倒な思考は必要ない。

 ただ、いつものように。いつも自分がやっていたように、息をするように雷を操る。


(できるか? ――いや……人は、歩き方をいちいち思い出しながら歩いたりはしない) 


 ならばできる。


「俺の名前は《轟雷》マト・ル・ヴィリスッ!! 雷を操る、魔法使いだ!!」


 いつものように、敵がいる。ならば、雷を使おう。


 なに、簡単なことだ。


 ずっと、そうしてきた。


 生まれたときから、そうしてきた。


 雷の力は、俺とともにある。



 自分すらも騙し切り――強烈な自己暗示によって魔法を取り戻す。

 それは操心族デラシュルすら想定していなかった人間の可能性。


天雷レヴィエ


 静かな宣言と同時、天を貫く雷光がマトの――《轟雷》マト・ル・ヴィリスの手から放たれた。

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