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転生者3

たくさんの評価・お気に入り登録ありがとうございます。

なにぶん見切り発車以下の勢いで書いているので、誤字脱字矛盾などあるとは思いますが、生暖かく応援していただければと思います。

感想に関しては目を通していますが、返信に関してはご遠慮させてください。

ネタバレ防止と、「感想返す前に本編を早く書け」という心の声がするので。これからも転生の果てにをよろしくお願いします。

 俺はもう一度槍を担いで、練習場に出た。俺の前に出てきたのは、見覚えのある男だった。


「ルイド。お前と戦うのを楽しみにしていた」

「俺は、そうでもないんですけどね。グファリ先輩」


 こちらを静かに見つめるグファリという生徒からは、気迫が漏れている。よっぽど俺との闘いを楽しみにしていたのだろうが、俺の心には違和感だけが残る。俺自身、グファリと何かがあった記憶がない。もちろんティエリとはいろいろあったのだろうが、グファリからはそういったもめ事の時に発生する負の感情がいまいち感じられないのだ。純粋に俺と戦いたがっているようにも見えるが――そんな男が、ティエリともめ事を起こすだろうか?


「私の名前はグファリ・ル・カルメシラ。我が剛剣で、貴様を叩き伏せて見せる!」

「やれるものなら、やってみろ!」


 名乗りは不要。俺とグファリは同時に動き出し、槍と剣の衝突する衝撃が、審判役の教師を強制的に下がらせた。開始の合図もなしに始めた俺たち、教師はなにか言いたそうな顔をしていたが、もう止まらない。グファリの両手剣が振り下ろされ、俺は正面から受けるのは不可能と判断して後ろに跳ぶ。


 剛剣の直撃で、練習場の地面が抉れた。


「冗談、きついぞ……!」


 ティエリはこれに勝ったのか? いや、もちろん俺だって負けるつもりはないが、ティエリが相手をするのは少々以上に厳しい相手だぞ!?

 追撃してきたグファリの剣を槍で受ける。力の比べ合いは互角と判断したのか、グファリはそれ以上押し合わずにすぐに剣を離して再び振るう。力自体は互角かもしれないが、武器の重さが違いすぎる。振り下ろされた剣を今度は横に回避して槍を薙ぐ。


「はぁっ!」


 横一線に薙がれた槍と体の間に、グファリの両手剣が立てられる。地面に振り下ろしたままの剣を盾にするように、グファリが体を移動したのだ。重い武器を盾に使われ、俺の槍が弾かれる。剣を槍で弾いていた1回戦とは、真逆の状況となっている。

 赤い眼光をまき散らし、グファリの体が跳ねる。地面に刺さっていた剣を引き抜き、再び超重量の振り下ろしだ。相応に重い両手剣をここまで操るのは、さすがというほかない――


(赤い……眼光……?)


 おかしい。なにかが変だ。


 俺が違和感を覚えると同時に襲い掛かってきた振り下ろし。思考を一瞬奪われた俺は、それをかわせずに槍で受ける。違和感を覚えたらしいグファリの表情が怪訝そうに歪むが、そのまま力で押し込んでくる。横からではなく上から下の力比べなら、武器が重いグファリのほうが有利だと判断したのだろう。その判断は正しいが、それだけでは俺を倒すことはできない――


 ――殺気。


 俺の耳が、彼方より飛来する矢の音を捉えた。

 俺はとっさに槍から右手を離し、グファリの剣を地面へと滑り落とす。そして右手で飛来した矢から頭を守る。正確無比に頭を狙って放たれた矢は、右手によって阻まれ届くことはない。

 どこの暗殺者か知らないが、ずいぶんと姑息な真似を――


 ――俺は、まだ。


 ――そんな風に、甘く見ていた。


「ぐぁっ!?」


 爆発する。

 矢に刻まれた魔術陣が発光し――俺が刻んだはずの、小規模の魔術爆発が巻き起こる。俺の右腕は、その衝撃に耐えきれず即座に千切れ跳んだ。目の前で起こった小規模の爆発に驚いたのか、グファリはとっさに距離を取っている。ゆえに、俺のその様子はよく見えたことだろう。観客席からも。対戦相手のグファリにも。


「しまっ……」


 黒い霧が渦巻く。俺の血に刻まれた吸血鬼の『復元能力』が発動し、俺の右腕が生え変わる。そして、先ほどまであれほど騒いでいた練習場が静まり返った。


「ルイド……お前……?」


 グファリが俺に訝し気な視線を向けるが、俺の頭の中はそれどころではなかった。この武闘会の最中に、俺に攻撃を仕掛ける? しかも、頭を狙って矢を射かけるだと? さらには俺が刻んだはずの魔術矢――


「……ティエリ。裏切ったのか」


 矢が飛んできた方向を見ると、弓を構えたティエリが、こちらを見ていた。表情は見えず、何を考えているのかその内心を推し量ることはできない。とうとう俺に愛想をつかしたのだろうか? その弓に矢はつがえられておらず、第二射を行うつもりはないらしい。だが――問題はそこではない。


「開拓科1年ルイド。君は――吸血鬼だね?」


 いったいどこから現れたのか。ルメイン教頭がグファリを下がらせ、俺の前に立ってよく響く声で致命的な一言を告げる。瞬間、練習場が悲鳴に包まれた。


 ――ああ、バレてしまったか。これだけの衆人環視の中で、ばれてしまったのならば仕方がない。


 ――逃げて、ほとぼりが冷めるまでは……。


「私は、約束は守る人間だ。ついでにいえば、愚かな生徒に慈悲をくれてやるくらいにはいい教師であるつもりでいる」


 ルメイン教頭が、何かを言っている。見れば、その瞳は赤く染まり――。


 表情は、邪悪に染まっていた。


「だから、プレゼントだ。『君の記憶の封印を解除する』」


「あ……?」


 俺の頭の中で、何かが弾ける音がして。

 俺の意識は一瞬で記憶の濁流に飲み込まれた。俺がその記憶のひとつひとつを確認する暇もなく、感情が、記憶に引きずられる。そのほとんどが絶望や怒りや憎しみといった負の感情。


「あ……」


 死に際に思ったこと。今までの転生してきた中で、不明瞭に思い出せなかった死に際の記憶の濁流。

 人間の時に俺が、なぜ死んだのか。聖魔戦争の真実。すべてが、わかってしまった。


「あああああああああッ!?」


 耐えきれず、俺の口から悲鳴が漏れる。そうだ。俺はなぜ忘れていた。こいつらと俺は戦い、敵わず、また忘れ、日々を過ごし、思い出すころには既に手遅れ。いったい何度繰り返せばいいのか。

 裏切り。嘲笑。憎しみ。

 俺の記憶にある親しい人々が、俺に憎悪の感情を向ける。気づかないうちに世界は俺の敵となり、俺を殺そうと牙を剥く。


「俺の……せい、なのか? 魔族が滅んだのも……魔術が失われたのも……里がなくなったのも……?」

「これでわかっただろう? 君がいなければ――魔術は喪失しなかった。魔族も滅びることはなかったんだ。そして、もう君が転生することはない。弾も撃ち尽くしたようだし、これでもう何度目になるかは正直数えていないが――さようなら」


 転生することはない。その言葉に安堵してしまう。何度目になるかは正直数えていない。ああ、ああ、そうだろう。お前たちはいつだって傲慢で、自分勝手で、最低な種族だ。矢が放たれる。おそらくはティエリだろう、先ほどと同じ位置からの一射。普段の俺なら、避けることは簡単だ。つかみ取って投げ返すことすらできただろう。だが、記憶の封印を解除され、その真実を知ってしまった俺には、避けられない。


 このまますべてを忘れて死ぬという、甘美な誘惑から逃れることができない。


 俺は、なんて罪深い人生を――


 爆発の音が、練習場に響いた。



 † † † †



「……なあ、ルイドよ。一つだけ聞かせてくれ。俺が誰かわかるか?」


 ――爆発が、俺に届くことはなかった。一人の青年が、その手に持った杖で、矢を空中で打ち払ったのだ。俺はその男の顔を見る。初めて見る顔ではない。木漏れ日亭で、新人従業員に絡んでいた開拓者。


 否。封印を解除され、二度目の人生を全て思い出した俺にはわかる。彼が何者で、俺に何を聞いているのかを。


「わか、る。わかるとも……我が、配下のことが……わからぬはずは、ない……面影がある。槍の担い手よ……」

「十分だ。一つ聞かせてくれ――あんたの遺言を。俺の親父に、何を伝えたかったのかを」


 俺の両目から涙が流れる。思い出せる。絆を。彼らと確かにつないだ絆は――嘘ではない。


 一言一句たがわずに思い出せるとも。


「『自殺は禁じる。ハーイッシュよ、私はお前を許そう』と。そう、言いたかったのだ……」

「……そうか。これで俺の用は終わったぜ」


 杖を担いだ男が俺のもとを離れていく。そのさきにいるのは、とんでもない魔力量を秘めた男。魔法使い《爆焔》。


「よくわからねーけどよ。そいつは吸血鬼で、お前は俺の敵なのか?」

「ああ、そうなるな」

「じゃあ、焼かれる覚悟はできてるんだよな?」

「いいや、できてねぇな。――我が主。今一度、《槍》を名乗る許可をいただきたい」


 男は俺に問いかける。ハーイッシュを親父と呼ぶ、その青年の名前を、俺は知っている。800年の長きに渡り、生き続けてきたというのか。確かに、不可能ではない。不可能ではないが、信じがたい奇跡であることは間違いない。


「許そう、ローベルト。その槍――存分に振るうがいい」

「承知。来い――《魔装ギネビア》」


 魔力が渦巻く。圧倒的な魔力を誇る魔法使いを前に、それと比肩しうるほどの魔力が、空間を軋ませる。目に映るほどの濃密な魔力が紫の翼となって、ローベルトの背中を覆い尽くす。俺はその懐かしい景色に震えた。

 魔力の全てを身体強化に回すため、膨大な魔力が体内にあると行動を阻害することに気付いた彼らが、魔力を体の外にくっつけるという荒業を生み出した。それこそが目視できるほどに濃密になった魔力の塊であり、彼らはその魔力の塊を、時に武器として使うことがある。そして、その魔力で形作られた武器は、長い年月使用するとこの世界に定着し、持ち主が望んだ武器になる。


 武を極めた戦闘種族。大陸最強の魔人。


「魔族が一柱、《槍》のローベルト――」


 参る、という言葉すら置き去りにして、ローベルトが走る。紫色の魔力の粒子をまき散らし、その手に一本の魔槍を構え、《爆焔》の炎を切り裂いた。


「――驚いたな」


 前に立つルメイン――否。こいつにとって名前など記号でしかない。どうせ、今回も様々な名前と立場を持って暗躍しているのだろう。ルメインが話し始めたことで、俺は意識をそちらに向けなおした。驚いたという割には動揺が感じられず、こいつが何を考えているのかわからなかったからだ。


 俺を殺す絶好のチャンスを逃したのに、こいつはなんでこんなに落ち着いている?


「魔族の生き残りか。君のせいで、滅んだと思っていたんだがな」

「何が、俺のせいだ……お前らがけしかけたんだろうが!」

「いいや、君のせいだ。君が魔族の王などにならなければ、聖魔戦争は起きなかった」

「そうやって、裏で人間を操り続けるんだろう!」

「そうとも。それこそが、操心族デラシュルの生き延びる道。君はなかなか脅威だったが、今回殺せばそれもおしまい。我等の存在を知る者はいなくなる」


 にんまりと笑う男に、俺は吐き気を催す。


「人の記憶をいじくりまわすのが、そんなに楽しいのか!」


 操心族デラシュル。赤い瞳を持つ、最悪の種族。記憶を操り、他者の記憶すら改竄する――俺が知る限り、最も性格の悪い種族だ。彼らに記憶を弄られた者は一様に瞳が赤くなるが、それ以外に見分ける手段はない。俺のこの、操心族デラシュルに関する記憶も、丸ごと封じられていたのだろう。


 思えば――人間社会に来てから、その影はちらついていた。


 ディラウスを襲った飛竜ワイバーン

 ギルド支部長補佐クリエに、思い出せば、最近では図書室のエリシューク先輩すら、赤い瞳をしていなかったか。グファリもなんらかの記憶の操作を受けているとみて間違いない。

 ならば、この状況はヤツの思い通り。


「楽しくはないとも。面倒だし、できることならばやりたくはない――だが」


 くっくっく、と喉の奥で笑ったルメインは、にんまりと笑顔を作った。それは邪悪さを感じない、清々しいほどの笑顔だったが――


「人が、信じていた人間に裏切られたときの絶望の顔はたまらない! ああ、そのためならどんな面倒なことでもやろうじゃないか! 人は余りにも愚かだ! 私に記憶を操られ、生まれた心の空白に言葉を囁けば、あっさりと信じたい方を信じる! 君の従者だってそうだ。君を殺そうとした記憶を封印して、あなたは被害者なんだと囁くだけで――すぐに君を殺すことに同意してくれた!」


 ――故に、外道さが際立つ。


 俺が怒りのあまり、高笑いするそいつを殺そうと槍を持って立ち上がる。瞬間、ティエリから再び矢が飛来した。今度は、その矢を、別の矢が射抜いて、空中で小爆発を起こす。


「我が主よ。御身をお守りします――」


 いつの間にそばに来たのか。大弓を構えた美女が、俺の隣に跪いていた。紫の粒子を背中から散らし、その手から放たれる矢は、寸分の狂いなくティエリの矢を射抜く。


「……フルーシェ。お前も、生きていたのか」

「はい、なんとか生き延びておりました。今度こそ――魔族が一柱、《弓》のフルーシェと、相方《魔装ベルミスト》。その命尽きるまで、我が主をお守りします」


 矢筒から矢を引き抜くことなく、紫色に彩られた魔力の矢が、フルーシェの手から次々と放たれる。余裕たっぷりにティエリの矢を叩き落しながら、フルーシェは俺に話しかける。


「我が主よ、どうかここは怒りを収めてお逃げください。ここは我等が引き受けますが、じきに《劔》や王国の兵も駆けつけるでしょう。そうなれば、我等に逃げ場はありません。あの男も、少々手に負えない存在になっているようですし……あと、あの子もいますし」

「……わかった。ここは任せよう、フルーシェ」

「逃がすと思うのか? 《劔》」

「命令しないでいただけるかしら」

「っ!?」


 俺のそばに出現した長身の女性が、剣を振る。グファリなどとはくらべものにならないほど鋭く振るわれた一閃をかろうじて弾く。だがその剣は重く鋭く、俺ごときが剣技で敵う相手ではない――この時代にも、剣の天才がいるというのか!


「《劔》。王国に害を為す吸血鬼――今ここで狩る」

「っ!?」


 神速で振るわれる三連撃。二度は防いだが、三度目で深く脇腹を切られた。黒い霧が渦巻き、即座に修復されるが、その一撃が頭に決まれば俺がどうなるかはわからない。思わず俺は後ずさる。

 

「あら、どこに行こうというのかしら。魔王ルイド」


 漆黒のドレスを身にまとった少女が、俺の逃げ道を塞いだ。少女は、ガントレットを打ち鳴らすと背中に紫色の翼を広げる。魔族――だが俺の記憶に彼女の姿はない。

 しかし、気配を感じる。ローベルトも、フルーシェすらも圧倒する強者の気配を。


「私の名前がわからないのなら――私はあなたの敵よ」


 俺の背中を、冷や汗が流れた。

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