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転生者2

 キュロムを戦闘不能にした俺は、改めて周囲を見渡した。俺が3人を場外にたたき出している間に、彼らもほかの生徒を場外に出すことに成功していた。気づけば、練習場の上に残っているのは俺を含めて8人。

 俺がしっかりと情報を集めていれば、あらかじめ優秀な生徒などの情報もあったのだろうが、全員が全員見覚えのない上級生だ。見た感じ、俺以外の開拓科が1人、騎兵科が3人、近衛科が3人いるようだ。


「これで決まったか。次からはトーナメント戦になるわけだな」


 俺は精神を落ち着かせるために深呼吸をした。どうも、決闘という言葉は俺の精神を揺さぶってくる。《白剣》ディリルの名前を出されたのもよくなかった。なにせ、俺はディリルがそんなきれいごとで剣を振るっていたわけではないことを知っている。

 つまり、キュロムはことごとく俺の気に入らない部分を踏み抜いていったのだ。


「……お前が、ルイドか。俺の名前はグファリ」

「へぇ、貴方が。ティエリに惨敗したと聞いてますが」

「それは今、関係がない。必ず、お前を倒す」


 体格がいい騎兵科の先輩は、静かに俺を見据えると、その言葉だけ残してその場を去った。俺が周囲を見渡すと、参加者の生徒たちが、観客から贈られる声援に手を振ったり、恥ずかしそうに顔を背けたりしながら、それぞれが控室に去っていくところだった。この辺の流れも、もう毎年のことなので固定化されているのだろう。俺もそれに習い、だれも向かっていない個室の控室に向かった。


「ルイドさまですね。本選出場おめでとうございます」

「どうも。俺は槍を使うから、持ってきておいてくれ」

「かしこまりました」


 おそらく従者科の生徒だろうが、控えていた男が恭しく礼をすると控室から出ていく。おそらく槍を取りに行ったのだろう。鉄製の槍と木製の槍では重さや強度が全然違うのだが、それは相手も同じこと。と思っていたら、従者科の生徒は俺に鉄製の槍を渡してきた。


「こちらをお使いください」

「……いいのか? 木製じゃなくて。当たり所が悪ければ死ぬぞ?」

「本選に出場される方は、皆実力が高く、身体強化が使えます。そうそう死ぬような大事故にはならないということです」

「まあ、そりゃそうだが」


 俺は槍を受け取ると、その場で何度か振り回す。しっくりくる。剣を使っていた時よりも、違和感や停滞感がない。スムーズに、思った通りに動き回る槍に、少し機嫌がよくなる。


「いい槍だ」

「ありがとうございます」

「ところで、本選はいつからなんだ?」

「この後、すぐになります」

「なに?」


 ついさっき本選に出場する人間が決まったのに、もう対戦相手が決まるのか。そう思っていたら、俺の控室の扉がノックされた。


「失礼します。ルイド選手、入場してください」

「早いな」

「なにぶん、長引くと観客が退屈してしまうので」


 そう言って去っていた、おそらく従者科の生徒。なんとなく、いいように使われている感が否めない。彼らがそれでいいなら、俺として言えることはなにもないが。


「じゃあ、行ってくる」

「はい。ご健闘をお祈りしております」


 俺は頭を下げる従者科の生徒に、ひらひらと手を振ると、そのまま槍を担いで出ていった。練習場に姿を現した瞬間、割れる様な歓声が練習場を満たす。なるほど、国王の演説からの興奮が引かないうちに、試合を始めたいってことか。身体強化が使えない一般市民からすれば、高速で戦う本選は、さぞいい見世物になるのだろう。


「これ、対戦する相手すごく早く決まったけど、どうやって決めてるんです?」


 審判役らしい教師に尋ねると、教師は呆れを隠そうともしないで答えた。


「完全なランダムだ。前評判などは考慮していない」

「くじ引きかなにか?」

「そんなところだ」


 なるほど。選手たちは控室にいて、前の試合の様子を見れない。相手が誰になるかは完全にランダム。平等な勝負のように思える。本当に、ランダムならばだが。


「そんなことも知らずに、武闘会に出場したのか?」

「ええ、そうですね。先輩」


 俺は目の前に立つ茶髪の先輩に答えた。この位置まで進んできたってことは、たぶん戦い始める前に名乗りやらなんやらがあるのだろう。審判役の教師が、右手を上げると観客が静かになった。これから何が始まるのかがわからない俺は、ただその場に突っ立っているだけだ。


「これより、本選トーナメント、第1回戦を始める!」


 教師の叫び声が練習場に響き、観客は今か今かとその時を待つ。


「それでは、互いに名乗りをあげたあと、開始の合図ではじめとなる! 双方、前へ!」


 先輩が右手を出してきたので、俺も右手で握手をする。万力のような力で締め上げられたので、適当に身体強化をして涼しい顔で受け流す。俺を侮っていたらしい先輩は、少し驚いた顔をして、にやりと笑った。


「近衛科5年、エルダンド・ル・マーケティア! 我が剣と先祖に賭けて、いざ尋常に勝負!!」


 エルダンド、というらしい先輩は、剣を掲げて力強く名乗りを上げた。そして、教師がちらりとこちらを見る。そんな不安そうな顔しなくても、ちゃんと盛り上げてやるよ。


「開拓科1年、ルイド」


 静かに名乗りを上げた俺の声を聞こうと、観客が一瞬静かになる。俺はその瞬間を狙って、槍を頭上で振り回してから腰だめに構えた。


「我が槍に貫かれたくなければ――その武勇を見せよ!」


 俺が声を張ると、一瞬の静寂のあとに大歓声が沸き上がった。若干芝居臭い気もするが、まあそういう娯楽が好まれるのは、いつの時代も変わらない。そもそも槍は刃引きしてあるから貫けないとかそういう無粋なツッコミはいらないのだ。


「双方、構え!」


 教師の声に従って、俺とエルダンドは構えた。あの予選を突破してきただけあって、気迫からしてキュロムとは違う。5年……それだけの期間をこの学院で過ごしているのだ。生半可な実力ではあるまい。


「始めェッ!!」


 教師の合図と同時に、エルダンドが仕掛けた。地面を大きくえぐり、俺の懐に飛び込もうと駆け込んでくる。俺はその動きに反応し、大きく槍を薙ぎ払った。攻撃範囲に入る瞬間、エルダンドは急減速し、槍を回避してから再び加速。槍の攻撃範囲の内側に入ろうと、身を屈めて突っ込んでくる。薙ぎ払いの直後である俺は、隙だらけだ。


「貰ったッ……!」


 おいおい、そんなあっさりと決着がついたら――つまらないだろ?

 俺は槍を手放すと、振り下ろされた剣をかわし、痛烈な蹴りをエルダンドの腹に叩き込んだ。反撃を寸前で察知したエルダンドは、今度は大きく飛びのくことで衝撃を軽減したらしい。手ごたえがない。


「……やるな」


 俺は空中にある槍を掴むと、接近する。地面を数度蹴るだけで、身体強化された体はトップスピードに乗る。リーチの有利はこちらにある。剣が届かない範囲から突きを繰り出すが、エルダンドはその動きを見切ってかわした。そして再び槍の内側に入ろうとしてきたので、槍を反転させて剣を跳ね上げる。金属同士がぶつかる甲高い音が鳴り、俺とエルダンドは再び距離を取った。


「まさか、蹴りとはね」

「俺の突きをかわすなんて、やるじゃないか」


 俺とエルダンドは短く言葉をかわすと、今度は同時に地面を蹴った。練習場の中央で、金属同士がぶつかり合う甲高い音が響き渡る。エルダンドが両手で振るった剣を、遠心力を乗せた俺の槍がはじき返す。俺が振るった槍を、エルダンドが剣で弾いて軌道を逸らす。


 なるほど、悪くない。全く持って悪くないが――。


「少々、素直すぎるぞ!」

「なっ……!?」


 俺は槍を上に投げて、徒手空拳で突撃する。自ら武器を手放すとは思わなかったのか、エルダンドの顔が驚愕に染まるが、それでも遅れずに俺に剣を振るってきたのはさすが。俺はその動きをかいくぐると、エルダンドに接近して拳を振るう。今まで、リーチの長い槍で攻撃する俺、かいくぐって接近したいエルダンド、という流れが不意に崩された。

 エルダンドは慌てて剣で俺を攻撃するが、俺はそのことごとくをかいくぐり、拳と蹴りを振るう。エルダンドもなんとか回避しているが、急に変わった戦闘の間合いに、対処が追い付いていない。そしてついに、俺の拳が顔面に炸裂した。


「ぐっ!?」


 一瞬視界が眩むエルダンド。それでもすぐに体勢を立て直したのは素晴らしいが――


「降参、してくれますね?」

「……参った」


 投げ上げたはずの槍の穂先が、喉元に突き付けられているのを見たエルダンドは、溜息をついて降参を宣言した。俺は喉元から穂先を外すと、肩に担ぐ。


 やれやれ、とりあえずは初戦突破か。


 俺たちの戦いの決着がついたのを確認して、審判役の教師が勝利者の名前を叫び、観客の大歓声が練習場を包み込む。俺はその歓声を全身に浴びながら、ゆっくりと控室に戻った。近衛科に特に恨みはないし、人前で人をいたぶる趣味もない。

 ただ、圧倒的な実力で相手を蹴散らしていくことに罪悪感があるのも確かだ。そもそも彼らと俺では土俵が違うのだ。積み重ねてきた経験年数が違う。勝ちが確定している戦いに喜びを見出す人間もいるのだろうが、俺としては無駄な時間という印象しかない。

 あのいけ好かない教頭との約束がなければ、とっとと棄権しているところなんだが……。そういうわけにはいかない。俺も、聖魔戦争の真実を知るという目的がある。負ける要素がないとはいえ、多少は真面目にやらないと教師からの印象が悪くなりそうなので、適度に楽しむことにする。


 俺は気持ちを入れ替えるため、控室で仮眠をとるのだった。


 † † † †


「やはり、凄まじい実力ね」


 ルイドが戦う姿を、観客席から観察していた者たちがいる。一人は漆黒のドレスを身にまとった少女。ガントレットに隠された両手は、強く握りしめられており、彼女がルイドという男に対して並々ならぬ想いを秘めているのがわかる。その隣にいる大弓を持つ女性、フルーシェは特に思うところはないのか、あくびを噛みしめながらルイドとエルダンドの戦いを観察していた。

 そして、そのさらにその隣の青年、ローベルトは自分の杖を抱え込み、槍を振るうルイドを食い入るように見ていた。ともすれば睨んでいるともとられかねない眼光をルイドに向け、殺気に近いほどの迫力を放っている。そして、最後の一人大斧を背負う少女アケは、寝ていた。興味がないらしい。


「ルイド。なぜ、槍を……」

「これが、私の手元にあるのが答えよ。封じられてるわね」


 漆黒の少女が呟き、腰からぶら下げた剣を軽く叩いた。彼らの秘宝である剣は、軽く不満げに震えた。それが叩いた少女に対するものなのか、それとも自分の存在を忘れている本来の主に対するものなのかは誰にもわからない。


「よりによって、槍、か……」

「ローベルトからしたら、複雑なんじゃない?」

「複雑なんてものじゃないですよ、ボス。今にも飛び出しそうだ」

「耐えなさい。ここで逃がすわけにはいかないのだから」

「わかってますよ、ボス」


 少女と青年は、まるで周囲に誰もいないかのように話している。それを聞いたフルーシェは、眠たげに目を開いた。


「というか……始まったら、私たちはどうなるの?」

「状況次第で、敵にも味方にもなり得るな。私はあの男が思い出したならそれでいい」

「俺もヤツの言葉が聞けたら満足だ」

「私はそもそもあの方の味方なのだけれど――あなたたちが敵になる可能性もあるのよね?」

「あるな」

「あるぞ」

「アケにいたっては何を考えてるかわからないし」

「強いヤツと戦いに行くんじゃないか」

「それがわからないから困っているのよ」

「なんにせよ、あいつが出てきてからだ。それ次第で、いくらでも状況は変わり得る。だが、私の邪魔をしたら、容赦しないぞ?」

「それは俺のセリフですよ、ボス。俺の邪魔をしたら許しませんからね」


 先ほどまで仲がよさそうに話をしていた3人が、不敵な笑みを浮かべる。そもそも彼らは利害の一致で手を組んだだけで、仲間というわけではないのだ。3人は、状況の変化を見逃さないように、改めて練習場に注目する。練習場では、次々と生徒同士の戦いに決着がついていき、ついにルイドの2戦目が始まろうとしていた。

たくさんのお気に入り・評価ありがとうございます。拙い小説ではありますが、よろしくお願いします。

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