転生者
――結局、キュロムはその時点で負けを認めた。俺は全てがバカバカしくなって、何も言わずに練習場を後にした。続いている悪夢も、俺の機嫌の悪さに拍車をかけていた。一撃食らった程度で諦めるなら、そもそも決闘を挑むなという話である。貴族なら貴族らしく、権力やら武力やらを使えばいいのだ。俺が人間であった時代、立場のある人間が決闘を挑むのは恥とされていた。
決闘は、ほかに失うもののない人間が誇りと矜持を以て宣言するものであり、ほかに方法がある人間が使うものではないという考えがあったからだ。だから、商人も市民も、時には貴族すらも、冒険者たちの決闘を尊重した。その行為に、彼らなりの誇りと矜持があるから。
決してそれだけは超えてはいけない一線だと、彼ら自身が理解しているから。
時が流れ、魔王や決闘の持つ意味は変わってしまった。今の時代、本来の意味を覚えているのは俺だけなのだろう。周囲がおかしいのではなく、俺が異端なのだ。
「……くそ。最悪な気分だ……」
転生するたびに感じていた、世界から取り残される孤独感。周囲の人々と価値観が合わない異物感。そして、過去の最高の仲間たちがいない寂寥感。
悪夢が続いたせいで、俺は忘れかけていた絶望を思い出していた。
――お前は何者なんだ?
千魔ルイドだ。魔術を極め、人類の叡智を積み重ねる者……。
――今もそうだと言えるのか?
そう、だ。なにより、俺の記憶が……
――思い出せない記憶があるのに? 存在の証明になると?
いや、俺は――千魔ルイドだ。
――なぜ死んだかも思い出せないのに?
やめ……ろ……。
俺は悪趣味な問いかけを続けてくる自分の心を黙らせると、これ以上の思考を止める。いつもの頭痛が襲い掛かってきたのもあるし、この先へと思考を進めると、俺自身が引き返せないところまで沈んでしまう可能性があった。俺は努めて楽しいことを考えるようにして、フラフラと男子寮の自室に戻ったのだった。
† † † †
「これで、いいんですよね」
「もちろんだよ」
「必ず、約束は守ってください」
「私は約束は守る男だ。辛かっただろう。これからは、私が君を守ろう」
「はい……わかりました」
† † † †
お祭りの正式名称は、なんだか長い名前だったので忘れてしまった。俺が覚えているのは、この祭りの最初に武闘会を行うということだけだ。初代国王である『白剣』ディリルに習い、まずは国を守る力があってこそ、民が安心して祭りを楽しむことができる、という政治的な背景があるそうだ。
「ゆえに、参加者の諸君には――」
俺はぼんやりと、演説を行う学院長の声を聞き流していた。ここ数日、復元魔術の制作で無理をしたのがたたったのか、どうにも意識がはっきりしない。ここ数日の記憶も、ぼんやりとしていてうまく思い出せない。
俺は改めて周囲を見渡した。緊張した面持ちで、学院長の話に耳を傾ける生徒たち。どこか現実味のなかった風景が、急速に色合いを取り戻していく。周囲の席にはひときわ高い位置に豪華な観戦席があり、そこに座っているのは――。
「では最後に、恐れ多くも国王陛下よりお言葉を賜る。心して聞くように」
学院長の話が終わり、国王陛下が立ち上がる。威厳たっぷりに立ち上がったその男は、威風堂々とした風格を兼ね備えた男だった。年齢は50近いだろうか。その後ろには王妃らしき女性が控えている。王妃の隣に座っているのは、王子だろうか。こちらも精悍な顔立ちをした好青年だ。
周囲の人間が跪く気配を感じて、俺も慌ててその行動に習う。無意味に王の不興を買うことはない。
「生徒諸君。私は期待している」
国王は静かに話し出すと、ゆっくりと大きく手を広げた。
「開拓科。騎兵科。近衛科。弓兵科。それぞれ想いがあろう。願いがあろう。役目があろう。その役目を担い、願いをかなえ、想いを遂げるためにこの学院に来たと私は信じている。そして、礼を言おう。この国の発展に尽くしてくれる、諸君らの努力を! 献身を!」
王は力強く話し出し、その場の空気を支配した。これを、本人が考えて喋っているのであれば、この王は間違いなく傑物だろう。
「ゆえに、私はここに、シアリテッタ・ル・ヴィリスの名を持って宣言する。学院の生徒諸君よ。この国の始まりである、《白剣》ディリル初代国王の見守る場にて、その技術のすべてを振るうがいい! さあ、祭りの始まりだ!」
王の言葉が終わると同時に、大きな歓声が練習場を包み込んだ。毎年、このような盛り上がりの中で武闘会はスタートするのだろう。このように場が温まったあとで戦う生徒たちのプレッシャーは尋常ではないだろう。だが、今の演説に琴線を刺激されたのか、興奮した顔で歓声をあげる生徒もいる。
(ディリル……)
なるほど。俺の親友は、国民に熱狂的な人気を誇る英雄となっていたらしい。俺が感慨にふけっていると、王族の観戦席の近くで、魔力の高まりを感じた。
俺が咄嗟にそちらに目をやると、筋骨隆々の大男が、拳を掲げていた。高まる魔力の気配に驚いていると男が叫んだ。
「奔れ、我が龍! 『焔龍』!!」
大声とともに放たれた炎の龍が、縦横無尽に天空を駆ける。その熱量に、観客は悲鳴をあげるやら、歓声をあげるやら忙しい。魔法によるパフォーマンス――ならば、あの大男が《爆焔》か。そして目を凝らせば、王のそばに控える長身の女性が目についた。王の傍だというのに帯剣し、その鋭い目つきで周囲を見渡している。ならば、あれが《劔》。トニの姿が見えないが、なにせ彼女は《朧影》。どこかに隠れていても不思議ではない。魔力の感知には引っかからないので、幻影は使っていないようだが――。
そして、もう二人。疲れたように腰掛ける、ひげを蓄えた老人がおそらく《落天》だろう。そして、俺にとっては見知った顔である、《轟雷》マトの姿も見える。だがどことなく、覇気を失っているように見えた。あれほど傲慢だったマトが、俺に負けたことでなんらかの心境の変化でもあったのだろうか?
「では、これより武闘会を開始する」
学院長が壇上に立ち、ルールを説明する。だがいまだに観客の興奮冷めやらず、その声はかき消されそうだった。
俺がなんとか聞き取ったところによると、合図でこのまま全員での乱戦がスタート。気絶するか場外に出る、もしくは戦闘不能になった者は、教師によって場外へ引きずり出される。そして、残った八人で最終トーナメント戦を行うとのことだった。なるほど、わかりやすくていい。
「では――始めっ!!」
鐘が鳴らされ、武闘会がスタートした。俺に向かって振るわれた剣を、視線も向けずにかわし、腕をつかんで場外に投げ捨てる。だがその行動で注目を浴びてしまったのか、剣も抜かずに佇む俺に視線が集中する。そもそも、なぜ俺が槍を持っていないのかが気になるのだが、ぼんやりとしている記憶をたどってみると、この国ではディリルの影響で片手剣こそ式典にふさわしいという風潮があるそうだ。俺が槍を借りようとしたときに渋られ、ならいいかと思った記憶がある。
まあ、たとえ武器がなくても、この学院の生徒になんて負ける要素はないが。
「死ねぇ!」
「死なないよ」
同時に襲い掛かってきた三人組の一人に接近すると、その足を払ってバランスを崩させる。ついでに残りの二人の攻撃先を誘導し、相打ちさせる。地面に倒れた最初の一人の足を掴むと、適当に場外に放り投げた。
「あいつ……! 開拓科の……!」
「身体強化を使うのか!」
なんだかなめられているような気配を感じる。二週間ほどおとなしくしていたからだろうか。それとも、もしかするとティエリの暴れっぷりが俺の想像以上に凄まじかったのだろうか。あれでティエリも身体強化が使えるので、ただの弓兵だと思っていると痛い目を見ることになるのだ。
飛んできた矢をつかみ取り、投げ返す。身体強化で強化された動体視力があって初めてできる技だ。
「隊列、前へ!」
「えー……そこまでやるか……」
十数人で隊列を組んでこちらに相対するのは、近衛科の生徒たちだろう。前を歩兵、というか剣士で固め、後ろを弓兵が弓を構えている。もしかして、《白剣》ディリルを尊重して剣のみが云々という話は、俺に対する嫌がらせの一環だったのだろうか。
しかしまあ、関係ない話ではある。
「弓隊、放て!」
「普通のヤツなら終わりかもね」
だが、身体強化を使える人間にとっては、そうたいした苦境ではない。事実、俺以外の何人かも、あっさりと射程外に逃れたり、回り込んだり、矢の上まで跳んだりしていた。身体強化が使えるという一点だけで、戦闘能力には雲泥の差があると思っていい。俺も身を低くして地面をけって、矢の射程外へ逃げると同時に戦況を確認する。身体強化が使える人間が17人。本戦に出場できるのは8人だから、9人は蹴落とさなければならないか。
「なにっ!?」
「悪いな」
同じことを思っていたらしい身体強化が使える先輩の背中を全力で蹴っ飛ばして場外に吹き飛ばす。身体強化が使える相手なら、多少強めに蹴っても大丈夫だろう。ついでに、隊列を組んでいた近衛科の人間に襲い掛かっていたもう一人の首根っこを掴んで場外に投げ飛ばす。
「ルイドッ! 貴様ァッ!」
「またお前か。もう俺には勝てないってわかっただろうに」
「力がありながら、卑怯な戦い方をする貴様には、絶対に負けん! 《白剣》ディリル様に申し訳ないとは思わないのかッ!」
「思わねぇ。気合と威勢はいいがな、努力が足りねぇよ」
この間と同じように襲い掛かってきたキュロムの剣をかわす。ここまで俺は剣も使わずに、全ての攻撃をさばいて反撃している。それだけ見れば、実力差ってもんがわかりそうなものなのだが。俺は、いい加減この女の相手をするのが面倒になってきていた。自分自身へのいらだちも相まって、怒りが募る。
「努力はしている! 訓練だって重ねてきた!」
「ぬるいんだよ!! お前らは!!」
俺の怒りが爆発した。俺の時代であれば、こんな奴はあり得なかった。実戦に出れば10回は死ぬであろうこんなヤツが、さも一人前かのように剣と言葉を振るってくることはあり得なかった。
なぜならば、死ぬからだ。
魔獣を舐め、《災害的怪物》を舐め、そいつらと戦う冒険者たちを下に見るヤツは、例外なく死ぬ。冒険者とは、食べるのに困ったヤツが、わずかな希望を抱いて切り開いた未来への道だ。冒険者になった人間は8割が死ぬ。それが常識であり、だからこそ生き延びた2割の冒険者は、だれよりも鮮烈な生を叫び、人類を守るためにその命を使った。それは、魔術師たちとて例外ではない。多くの魔術師が、命を削って大魔術を行使し、人類とその都市を守ってきた。
《災厄の滅龍》キゼートア。
《黒死の災害》ベオ。
《氷結の魔人》ネクトワール。
《貪欲なる獣》ヒルテリア。
ほかにも襲い掛かってきた、一国を滅ぼして余りある《災害的怪物》たち。度重なる災厄を退け、死の淵を渡って来た数など数えるのもバカらしくなるほどの激戦を潜り抜けてきた。俺たち【5つ星】の後ろには、何万という冒険者の屍が横たわっているのだ。
この時代の人間とは、立っている舞台が違う。見ている景色が違うのだ。
《猿魔王》。俺が倒していなかったら、どうなっていたのだろう? こいつらは、自分が魔法使いと呼ばれる絶対的な強者に守られている自覚がない。責任感もなく、安穏とした世界で、声高に俺という強者を非難する。詭弁を弄し、自分の醜さを自覚せず、配慮を押し付ける。
もう、うんざりだった。
「何が努力だ! ふざけるなッ!!」
引き抜いた木剣を怒りに任せて叩き付ける。キュロムはとっさに防御姿勢になるが、その上から容赦なく押し込んでいく。もともと地力の差があるのだから、それに耐えられるはずもない。徐々に押され、キュロムの体勢が崩れていく。
「訓練だと!? 努力だと!? お前らの努力など、努力ではない!」
「ぐっ……!?」
魔術を喪失し、800年もの間、復活させようともせず、安穏と魔法使いに守られていた者が、なぜ俺を批判できるというのか。
強者に出会って、敵わないと知りつつも挑むその姿勢こそ俺の愛する人間の姿ではあるが、誇りを失い、強者の戦い方を卑怯だと謗るなど――。
「恥を知れ! 敵わぬのならば強くなれ。手段も選ばずに、がむしゃらに。それができないのなら、せめてその口を閉じていろ!」
俺は体勢が崩れているキュロムの腹に、強烈な蹴りをお見舞いする。上向きには蹴らなかったので、吹き飛ばず、衝撃は全てキュロムが受け止めた。
「ごふっ……!? ルイ、ド……貴様……!」
「目障りだ。お前など、俺と剣を交える資格すらないと知れ」
俺は剣を収めると、キュロムの首筋に手刀を当てて意識を奪った。




