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純粋なる思惑4

 遥かな天上を仰ぎ見る。陽光が降り注ぐ場所に、翠色にきらめく壁が配置されていて、どうあがいてもその外に出ることはできない。俺は背中にある純白の翼を動かして、溜息をつく。


「どうしたの、ルー」

「……ヤーク。いや、どうして俺たちは外に出れないんだろうな」

「あら。ルーはまたそんなこと言って……【翠の聖堂】は私たちを守ってくれているのよ?」


 ヤークの言葉に、俺は溜息で返した。確かに【翠の聖堂】は天翼族である俺たちの体を守っている。強すぎる太陽の光を軽減し、天翼族の証である純白の翼を維持している。

 だがそもそも膨大な力を得ようと天に近づき、そのせいで太陽に近づきすぎた種族なのだ。今からでも高度を下げればいいのではないか。この浮遊都市は完全に世界から孤立している。自己完結してしまった彼らは、決してこの都市を降りることはない。いつまでも――この孤立した世界で生きるのだろうか。


 俺はぼんやりと【翠の聖堂】を見上げた。太陽に近づけば近づくほど力を得ることができる天力は、大地に満ちる魔力とは異なる理で生まれた力。この力を利用できるのは天翼族だけだと言われており、事実この高度で生きる種族は天翼族だけだ。浮遊都市だけで生活が完結しているために、外に出ることはない。天力によって飛翔の力を得る天翼族は、あの【翠の聖堂】に近づくだけでその飛翔能力を奪われる。なにより、種族のルールとして、外界に出ることは最大の禁忌とされていた。


「ヤーク。君は、なんのために生きている?」

「ルーは難しいことを考えるのね。いいじゃない、お日様の光を浴びて、のんびりすごせば」

「……そうだな」


 ヤークと呼ばれた天翼族の少女はのほほんと返した。俺もそうしたいのは山々だが、過去の仲間たちが気になって仕方がないのだ。いったい人間社会はどうなっているのだろうか。鬼人族の時も、森人族の時も、真龍族の時も、人間社会に帰ることはできなかった。そしておそらく、今回もそうだろう。忌々しいこの転生の呪いは、また発動するのだろうか。自殺したら、今度こそ人間社会に戻れるのだろうか。


 天翼族の種族特性である【飛翔リベイルド】の仕組みは解明した。魔力を持つ種族になれば、魔術で再現することも可能だし、なにより天力も魔力も本質的には同じものだ。エネルギーの供給源が≪星≫か≪生命≫かの違いしかない。魔力を用いて【飛翔リベイルド】を使用することも可能だろう。発動体となるこの天翼族の羽がないと、実際の飛翔速度を出すのは無理だろうが。


「ていうか、ルー」

「ん? なんだ」

「その、『俺』って言うのいつになったらやめるの?」

「あー……」

「ニーキが気にしてたわよ。せっかく可愛いのにもったいない、って」

「あいつはほっとけ。俺は男には興味がないんだ」


 俺は人間時代より少し高くなった声でそう答えると、大きく翼を広げた。現在の自分の性別に関する話題は苦手だし、俺がかつて男であったことなど、ヤークに話しても仕方がない。俺が全力で飛翔しても、ヤークから逃げ切れるわけではないが、俺が逃げたら追いかけてはこないだろう。

 見た目は少女だが、中身は男だ。千魔ルイドとして生きてきた記憶は、そう簡単に捨てられるものではない。


 俺は天力を取り込んで羽に送り込むと、純白の残像を残してその場から飛び立った。


 † † † †


「ルイドよ。私は残念でならん」

「……は。俺は心底見下げ果てたよ」


 場面が切り替わり、俺は純白の聖堂で膝をつかされていた。魔術さえ使えれば、武器さえあれば捕まるなんてことはなかったのだが、魔力を持たず外敵もいない天翼族に、武器などというものはなかった。種族のほとんどがのんきな性格をしており、争いになることが滅多にないという理由もある。

 だが、その平和の裏には残忍な真実が潜んでいた。


「『天上への捧げ人』、ね。屑だよ、お前は」

「なんとでも言え。私が天へと至るための手段だ」


 翼を縛られ、この場の天力はすべて奴が掌握している。奴がため込んだ天力は膨大で、俺ごときが抗ってもどうにもならない。なにより腹が立つのは、そのため込んだ天力の何割かは、俺の親友であるヤークのものだということだ。


「なにが、天へと至るだ。お前は自分の限界もわからずに、ただ力をため込むだけの屑だ。失敗を認められない臆病者が!」

「黙れ! 貴様ごときになにがわかる! 天への到達は我等の悲願……! そう易々と諦めてなるものか!」

「わからねぇし、わかりたくもねぇよ、クソ爺。自分の種族の民を犠牲にして、天に至って何ができるんだよ。偉大なるテスラ―はそんな方法で天に至った者を認めない」

「ふん。テスラ―とは、天に至った私自身のことだ。まだ愚かな偶像に頼っているのか」

「端から神なんか信じてねぇよ。いるのはわかるがな。しかし、自分自身を愚かな偶像とは、わかってるじゃないか」

「黙れ!」


 激高した爺は、右足で俺の頭を蹴飛ばした。口のなかが切れ、鉄の味が俺の記憶を刺激する。


「前々から気に喰わなかったのだ! 女の分際で小賢しく頭が回り、全てを悟ったかのような貴様が! ともすれば私よりも天力を器用に扱う貴様がな!」

「……けっ、そりゃあよ。俺は元々、少ない力を、どう効率的に運用するか、ばっかり、考えてたから、な。お前みたいな、力任せのバカとは、違うんだよ……」


 思えば人間時代もそうだった。魔力が人並みしかなかった俺は必死に悩み、考え、ひとつの解決策を生み出した。努力によって至った魔術師の頂点。多くの人間が俺のあとに続こうとしたが、その痛みに耐えきれずに死を選んだ。その点だけで考えるならば、俺は魔術を極めるにふさわしい狂気を持っていたとも言えるかもしれない。

 俺にとって天翼族の悠久の寿命は永すぎた。退屈を紛らわすために天力を研究し、開発し、疑似魔術ともいえる天術を編み出した。人類の千年以上の叡智には遠く及ばないが――


「それでも、これくらいはできる」

「何っ!? 貴様、まさかいまの接触で――!」


 天力の奪取も、その一つだ。生まれながらにして天力の吸収・貯蓄能力を持つ天翼族は、同じ天翼族から天力を奪うこともできるのではないか。そう考えた俺は、今の一瞬の蹴りで爺から天力をわずかに奪っていた。奪った天力を羽に回す。一人で持つには膨大すぎる天力が暴走し、純白の翼がかつてないほど光る。


「つまらねー人生だったが、クソ爺。せめてこの悪趣味な建物はもらっていく……!」


 魔力の暴走が《災害的怪物カラミティア》を生み出すのであれば、魔力によく似ている天力を暴走させるとどうなるのか。答えは簡単だ。


 俺自身が、《災害的怪物》になる。


「堕天しよったか! この愚物が!!」


 漆黒に染まる翼。もはや飛ぶことはできず、その翼が天に向かうことはない。だが、天力回路とでも言うべき、天力の回路が破裂した翼は――。


「おのれぇ!」


 爺が持っている天力を回路に流し込み、その翼でもって自分を覆い隠す。これであの爺は傷ひとつつけられないだろう。だが、本気で俺が翼を振るえば、この建物くらいは崩壊させることができる。もはや飛ぶためには振るえなくなった翼が、俺の意思に呼応して輝く。

 天へと羽ばたく白い光ではなく、地に堕とすための漆黒の輝きだ。


 そしてその輝きが、丸ごと俺の意識を飲み込んだ。



 † † † †



 なぜ悪夢しか見ないのだろうか。

 最悪の気分で目覚めた俺は、自分の夢を思い出しながら非常に暗い気分になっていた。天翼族として生きた俺の記憶は、生まれたときから死ぬときまで鮮明に思い出せる。だからなのか、天翼族の時の悪夢は、起きてからも忘れることはなかった。

 俺としては封印したい記憶でもある。女性として産まれた俺だったが、中身が男だったせいで要らない面倒を巻き起こしたし、なにより俺自身が《災害的怪物カラミティア》に堕ちるという最悪の結末になったからだ。あれで天翼族がどうなったのかはわからないが、せめて犠牲になった彼女たちが報われることはできただろうか。天力を溜める装置となっていたあの聖堂は破壊したので、しばらくはあの爺も動けないはずなのだが。


「……考えても、仕方ないか」


 もう俺があの浮遊都市まで至る手段はないはずだ。魔術であの高度まで到達するには天翼族の羽が必要になる。しかし天翼族はあの浮遊都市から出ることはできない。八方ふさがりだ。


「せめて、今回の人生を精いっぱい生きるか」


 俺を転生させている張本人。いったい何者なのかはわからないが、少なくとも俺の記憶には人を転生させるような種族は存在しない。魂を扱える種族など数えるほどしかいないし、彼らも伝説上の種族だ。だが、俺がこうして転生している以上、何かしか伝説上の種族が生き残っていると思われる。俺自身魔術を扱う吸血鬼なので、人間から見たら伝説上の生き物である。


「こうして、過去の記憶を夢に見るのも……なにか意味が……」


 思い出せる記憶。思い出せない記憶。

 俺の魂と記憶がなんらかの操作を受けていることは間違えようもない。それは間違いないのだが、問題は方法も正体も全く見当がつかないことだ。なんらかの種族の特性であるとは思うのだが、正体が掴めない。


「クソッ……」


 俺は迫る不安に耐えきれずに壁を殴った。ときおり顔を出す、心の中に詰め込まれた不安と恐怖の塊。


 俺はいったい、何者で――そもそも、なんなのか。


 自分自身の記憶にすら疑いの目を向ける必要がある俺は、本当に千魔ルイドなのだろうか?


 考えても、答えは出なかった。


 † † † †


 薄暗い部屋に、男の声が響いた。


「《轟雷》マト・ル・ヴィリスさま」

「お前にそう呼ばれるのは不快だな」

「申し訳ありません。こちらにも色々と考えがありまして……取引をしませんか?」

「お前と、取引?」

「ええ。私が差し上げるのは、《轟雷》としてのすべてです。権力も、金も、名声も、女も、栄誉も、全てお返ししましょう」


 男は、慇懃無礼に深く礼をした。暗く閉ざされた部屋に、沈黙が訪れる。男は自分が提案した取引に絶対の自信があるのか、深く礼をしたまま黙して喋らない。そんな男を、マトも黙って見つめた。その瞳はわずかに揺らいでおり、彼がその提案に乗るかどうかを悩んでいる様子がわかる。やがてマトは決意を固めたのか、はっきりとした声音で訊ねた。


「僕がやることは、なんだ」

「簡単です。武闘会の席で、あの男――ルイドに魔法の力を封じられた、と。そう言うだけでいいのです。そうすれば、私から――」

「轟雷としての力を返す、と。そういうわけか」

「ええ、その通りです。もちろん、私は約束は守ります。魔法使いとしての立場を復活させられるのですよ? この取引も、あとからすっぱりなかったことにしてあげましょう」

「……わかった。その条件を、のもう。雷の力、必ず僕に返せよ?」

「ええ、もちろんですとも」


 男は心の底から笑みを浮かべると、一礼してマトの部屋を後にする。あの男がどうやって警戒の厳しいマトの部屋に侵入できたのかは、わからない。わからないが、あの男の能力を持ってすれば、侵入などたやすいだろう。そしてやはり、恐れているのはルイド一人。


「ふぅ……」


 本当は相対することすら危険なのだ。あの男の能力は、村人マトには防げない。轟雷としての力を返されても、防ぐことはできないだろう。


 けれど、けれど。もし本当に轟雷としての力が帰ってくるのならば。


 あの幸せで退廃的な生活に戻れるのであれば。


 あの悪魔の囁きに頷いてもいいのではないか。誰も知らない。あいつと僕だけの秘密だ。 


「僕は……」


 マトは暗い部屋で呟き、決心を固めた。

仕事が終わったから更新できるぜぇ~~~!(喜びの声)

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