純粋なる思惑3
さて、ルメイン教頭との話も終わり、とりあえずあちらは放置である。騎兵科の鼻っ柱を叩き折ることを開拓科の教師に約束すると、涙を流さんばかりに喜んでいたから、本気で根が深い問題だったのだろう。いくつかの歴史書を読ませてもらったお礼として、改革に力を貸すのもやぶさかではない。
「私としては、伝説になってしまった魔術や、異種族の存在もこの目で見たいんですけどね! 天翼族、銀狼族に、森人族、鋼体族、吸血鬼、操心族、呪植族……ワクワクしませんか?」
ミュローネ・ル・エリシューク先輩は、トニがいないときは俺と普通に話せるようになった。もっとも、トニがいるかいないかの判別は、現状学院では俺しかできないので、もしかしたら後ろにいるかもしれないが。
「そうですね、先輩」
「でしょう!? ああ、失われた歴史! 失われた真実! そして姿を消した異種族たち! ああ、なんてロマン……!」
感極まったのか、妙なポーズで静止するエリシューク先輩。
魔術と吸血鬼なら俺がその気になれば見れるけど、さすがに彼女に正体を明かす理由がない。ただでさえ俺の偽の正体が国に広まりつつあるのだ、これ以上無用なリスクは避けたかった。
「で、『聖魔戦争について』に関しては?」
「そうね、確かに噂では聞いたことがあるわ。失われた歴史の全てが記された、幻の一冊。禁書指定もされているし、実際存在するかどうかは疑問視されていたわ。まあ、無理もないわね。そんな都合のいい本がある、なんて信じがたいですもの。歴史家の間では、その存在はおとぎ話とする人が多かったわ」
「じゃあ、あの教頭は俺を騙そうとしているのか?」
「いいえ、それはないと思うわよ。嘘臭すぎるもの。あの教頭が、本気で人を騙そうとするなら、もっと真実味のある嘘を選ぶでしょう。そんな荒唐無稽な話をするとは思えないわ」
俺は何事もそつなくこなしそうなルメイン教頭の爽やか笑顔を思い出す。確かに、あの男はそういうタイプだ。ついでに言うならば、目的を達成するためなら割と手段を選ばないタイプにも見える。
なら、やはり『聖魔戦争について』は実在するのか。そして、その本を一介の教頭に過ぎないあの男が持っていると?
にわかには信じがたいが、それがもし俺を戦わせる罠だとしても、俺は踏み込むしかない。当時の秘密を知ることができる可能性があるなら、少しばかり危険でも踏み込まざるをえない。
「……なんか、厄介な男に目を付けられた気がする」
「まあそれだけは間違いないと思いますよ、ルイドくん」
「ところでエリシューク先輩。なんでそんな丁寧に話すんですか? 後輩ですよ?」
「魔法使い様と親交の深い人相手に、雑に話せるわけないじゃないですか! これでも気を遣ってるんですよ!」
「あ、朧影様」
「わひゃあっ!?」
「見間違いでした」
「本気で怒りますよ!?」
本気で焦った顔をして動揺するエリシューク先輩。もちろんわかってて聞いている。彼女のような一般的な貴族にとって、魔法使い――《朧影》トルニクス・ル・グェルキア=ヴィリスの存在は恐ろしいものなのだろう。
権力、実力ともに申し分ない。
「そういえば、今度のお祭りなんですけど。開拓科は何をするんですか?」
「え? 武闘会に出るんじゃないんですか?」
「え? ……ああ。武闘会は希望者だけでして、それ以外にも学科ごとに何かはしますよ。有望な新人を取り込むチャンスなので、みなさん気合を入れて臨みますね」
「戦術科は何をするんです?」
「盤上遊戯――いわゆる模擬戦争ですね。互いの駒を使って勝敗を決めます。勝つと、なんと!」
「なんと?」
エリシューク先輩はごそごそと制服のポケットをまさぐると、ひとつの小さい紙きれを取り出した。
「武闘会の見学チケットをプレゼント!」
「なんでですか!?」
「え、だって武闘会のチケットって割と貴重なんですよ? 毎年転売が出るくらいで。何と言ってもこの祭りの花ですからね!」
聞けば、このお祭りは毎年開催され、そのたびに王都全体がお祭り騒ぎになるのだそうだ。学院の成り立ちを聞いている俺からすれば、この祭りにもなんらかの意図があるんじゃないかと勘ぐってしまう。まあ、きっと、おそらく、意味はない。そう深い意味はないはずだ。
「そういえば、ルイド君の友人の方もこちらに来るとか来ないとか」
「来ますけど」
「なら、そろそろ到着しているかもしれませんね」
……え?
「まだ祭りまで一か月以上あるはずですけど」
「武闘会のチケット、一か月前には売り切れてますよ? 絶対買いに来てると思いますよ」
「……マジか?」
「ちなみに、外出許可を取るなら必ず教師に声をかけてくださいね! 脱走とか洒落にならないですからね!」
「わかってますよ」
とは言ったものの、別に会う理由もない。来ているというのであれば、本気で探せば見つかるだろう。だが来ていないなら無駄足になる。
「というわけで、俺は特になにもしないことにします」
「いいのかな~? 修羅場になっても知らないぞ~?」
「あ、朧影様」
「わひえっ!?」
面倒くさい絡み方をしてきたエリシューク先輩を黙らせると、俺は図書室を後にした。『聖魔戦争について』の情報は聞けたし、これ以上聞きたいことはなかった。
まあ、あの三人とも縁があればまた会えるだろうし、向こうから声をかけてくるのを待てばいいだろう。
面倒だし。
† † † †
「ということを考えていると思われます!」
「なるほど……」
「まあ、ルイドくんならそうかもねぇ」
「はは、面白い人なんですね」
王都の宿の一角で、珍妙な四人組が談笑していた。一人は酒屋に必ず二人はいるであろう、冴えない風貌をした中年の男。慣れてない旅路の影響なのか、いつもより2割増しでくたびれているように見える。もう一人の男性は、爽やかな笑みを浮かべている青年だ。だがその身からはやり手のオーラが満ち溢れ、一目みただけで隣の中年男性とは違うことがわかる。服も洗練された衣装を身に着けており、少し田舎の町に行けば、少女たちが黄色い声をあげて寄ってくるだろう。
二人いる女性の片方は、腰から武器をぶらさげた、開拓者だ。こちらもなかなかの実力を持っているようで、話しながらも静かに落ち着いている。ともすれば見失いそうになるほど、気配が希薄になることがある。彼女の癖なのだろうか。
そしてもう一人の女性は飲んでいた木のカップを机に叩き付けて息巻いていた。酒は入っていないはずなのだが、一人年下の少女は延々と愚痴をぶちまけていた。
「しかし、リルさんは本当にルイド、という人のことが好きなんですねぇ」
「それ、いろんな人に言われるけどね! あいつは男としては最低よ!」
「ほぉ」
「だいたい出発日時をずらして伝えるとか信じられる!? しかも見送りに来たら逃げ出すし! あり得ないでしょ!」
「でも武闘会は見ていかれるんですよね?」
「当然でしょ! 新しく来た客に嘘つき扱いされるし、せめて入賞はしてもらわないと! ミミの分も応援をお願いされてるし!」
「いやいや、私がいない間にディラウスではずいぶんと面白いことになっていたんですね。《飛竜》の群れに、《猿魔王》ですか」
「ちゃんとクリエさんにはお礼を言ったほうがいいと思いますよ。開拓者ギルドディラウス支部長レーニムさん?」
「はは、耳が痛いよ、リット。帰るときは、なにか王都土産でも持っていくことにしよう。あとは、ルイドくんにもお礼を言わないといけないね。ゲルキオさん、何かルイドくんが好きなものは知ってるかい?」
「……へ、私ですか!? そ、そうですね……蒸留酒をよく飲んでいましたね」
「へぇ、お酒が好きなのか」
「あとは木漏れ日亭の《岩猪》の煮込みだが、あれはさすがに持ってこれなかったなぁ」
「ちなみに、あれは準備にどれくらいかかるんです?」
「10日以上ね」
「それはまた……」
銀貨一枚の値段設定も納得の手間に、冴えない風貌の中年男、ゲルキオが深くうなずく。なにせあれ以来ゲルキオもすっかり木漏れ日亭のファンになってしまい、少し無理をしてでも木漏れ日亭に足を運んでいる。唯一木漏れ日亭に欠点があるとすれば、ゲルキオが訪れるたびにとある従業員が怒涛の勢いで愚痴を言ってくるところだろうか。
そのとある従業員は、怒りの表情を一転させて、けだるげに溜め息をついた。
「暇ね」
「そうですね。いくら武闘会のチケットを取るためとはいえ、早く来すぎましたね」
「まあでも、ギルド支部長には会えたし、大丈夫だけどね。いざというときは仕事回してください」
「いや、私はあんまり王都のギルドには……ああ、わかりましたよリット。何かしらの仕事は用意します。もしよろしければ、リルさんにも仕事を斡旋しますが?」
「いいんですか!?」
「わ、私は……?」
「い、いや、ゲルキオさんはちょっと……王都で問題を起こすと洒落になりませんよ。いや、貴方が悪いわけではないのはわかっていますが!」
「そうですよね……」
ディラウスギルド支部長、レーニムは一転して困った顔でゲルキオに告げる。さすがはディラウスの支部長である、ゲルキオの特性もよくわきまえているようだ。
ディラウスから訪れたリル、リット、ゲルキオの三人は、当てもなく来たわけではない。クリエを通じてギルド支部長であるレーニムの存在を頼りに王都に訪れていた。王都に住んでいるレーニムは、主にほかの都市の開拓者ギルドの経営状況や魔獣の様子、そして開拓者の引き抜きなどで、城塞都市ディラウスの戦力を高めている。魔獣が住むこの大陸を一人で旅できる程度の実力は持っているのだ。
そして王都にも多くの人脈を持つレーニムは、クリエからの頼みもあり、三人の面倒を適度に見ているのだ。
リットに関しては4等級の開拓者であり、王都の様々な依頼に出しても問題はない。とはいえ王都の周辺はすでに魔獣は狩りつくされているので、その気配を消す技術が活かされることはないだろうが。
「まあ、ルイド君も忙しいでしょうし。ニムエさんやティエリさんもいますから、大丈夫ですよ」
「別にあいつの心配はしてないわ。強いて言うなら、また新しい女の子を騙してないかだけ心配ね」
「それは嫉妬?」
「女の子の心配よ!」
鼻息荒く反論したリルを見て、リットが面白そうに笑った。勢いよく反論したり、リアクションが大きければ大きいほど、ルイドにからかわれる的になることに、リル自身は気づいていない。少し離れたことで落ち着くかとも思ったが、どうやらますます悪化している。
リットも楽しそうに笑っているばかりで、どうやらリルにそれを教えるつもりはないらしい。ゲルキオは年若い女性たちの話に少し顔をほころばせると、静かにその場を離れた。
彼ら三人がルイドと再会するのは、もう少し先の話だ。




