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純粋なる思惑2


 ああ、夢だな。

 俺はその光景を見ると同時に、今の自分が夢の存在であることを理解した。


「勇敢なる戦士、ルイドよ……」


 轟く声。本気で一撃を放てばこの山脈ごと消し飛ばしかねない存在――真龍。

 これは、俺が真龍族であったときの記憶か。真紅に輝く瞳で俺を睥睨した一族の長は、地面に倒れている俺にむけて静かに口を開いた。


 その口内で渦巻くは高密度のエネルギー。真龍族が【龍化ドラニス・ゼクト】を行っているときのみ使うことができる、最強の攻撃。

 龍撃ブレスだ。

 俺はとっさに対抗しようと【龍化ドラニス・ゼクト】を試みるが、ズタボロに傷ついてしまった体ではどうしようもなかった。なにより、間に合わない。


『我らを恨め。お主のような、勇敢な戦士を救うこともできない我らを』

「――は。まあ、しょうがないですよ、長」


 ああ、確かにこんな感じだったのだ。俺は里一番の戦士だった。槍を習い、【龍化ドラニス・ゼクト】を習得し、里期待の若手の戦士だった。死龍病を患うまでは、の話だが。

 そして俺は消滅することを望み――里の長自らの処刑が決定したのだ。


 すぐに処刑を望んだのは、終わりの見えないこの転生人生にいい加減、倦んでいたというのもある。


 遥かな秘境で暮らす真龍族では、人間社会がどちらにあるのかもわからない。なにより、里から外界に出ることは禁止されていた。森人族だったときと同じく、俺が人間社会に戻る手段はなかった。


 ゆえに、すぐに死を望むようになった。真龍族を殺せる存在などそうそうおらず、自殺も何度か考えた。だが、長の龍撃ブレスで死ねるなら、それも悪くない。


 俺の意識は、迫りくる赤光にあっさりと飲み込まれた――。


 † † † †


 寝覚めが悪い。不機嫌な状態で座学を受け、俺は席を立つ。最近どうも夢見が悪く、いわゆる悪夢と呼ばれる夢を見る。頻度は三日に一回程度なのだが、どんな夢を見たかは記憶に残らないのだから性質が悪い。なんとなくは覚えているのだが、詳細を思い出そうとするとまた例の頭痛である。最近無性に頭をたたき割りたくて仕方がないのだが……。

 そんな衝動を抑えながら教室を出ると、目の前に爽やかな美形の青年が立ちふさがった。


「やあ、君がルイド君か。噂は聞いているよ」

「どんな噂ですかね」

「いやあ、それは日が高い時間には言えないなぁ」


 闊達に笑う青年。俺はその姿を見て、即座に正体を見破った。この男が、爽やかすぎて無理とティエリに言わせしめる、件のルメイン教頭だろう。見た目的には20代前半にしか見えないが、その年で教頭という立場まで行けるかどうかは怪しいので、実際の年齢はもう少し上かもしれない。


「初めまして、かな。ルメインという。恐れ多くも、教頭だ」

「初めましてルメイン教頭。うちのティエリとニムエがお世話になっているようで……」


 差し出された右手を握る。爽やかに笑う美形の教頭は、とても女子生徒に人気がありそうだ。ティエリが爽やかすぎて無理と言うのもうなずける。俺も、この光り輝くオーラは苦手だ。


「いやいや、元はと言えばうちの生徒が起こしかけている問題だからね。教師として当然さ」

「いい人ですね」


 胡散臭いほどに。


「君はグファリ、という生徒がどういう人間か知っているかい?」

「多少は、ですが」


 廊下で俺とルメイン教頭は話をする。俺が教室から出たタイミングで現れたので、待ち伏せされていたのはほぼ間違いない。だが、俺もこの男には聞きたいことがあったのでちょうどいい。


「グファリ・ル・カルメシラという男は、まあ武人でな。強者である君の噂を聞きつけて戦いたくなったようだが、同時にこうも思ったようだ。『その従者、奴隷の二人も強いらしい。主人に挑む前には、その部下を通すのが筋ではないか』、とね」


 それはまあ、なんとも面倒な話である。だが、今の話を聞いてグファリという男のイメージ像が一致した。生徒たちから聞いている、堅物で真面目な頑固者、という評価と矛盾はない。むしろ、ますますそのイメージを補強する理由である。


「とまあ、そういう理由で彼女たちに付きまとってるわけだが、彼女たちからすれば戦う理由がない」

「まあそうでしょうね」

「ちなみに、ルイド君は二人から何か聞いてるかい?」

「ティエリからは、『自分でなんとかするから手を出すな』、と」

「なるほど、彼女らしいね。しかし、ことはそう簡単なものではなくなってきているのだよ」


 ルメイン教頭はぐっ、と俺に顔を近づけると小声で話し始めた。


「まず、騎兵科、開拓科の確執から話をしようか。と言っても、予想はつくんじゃないかな?」

「貴族と平民の確執ですか」

「そういうことだ。君は頭の回転も速いね、さすがに長い間生を積み重ねた種族だ」

「っ、!?」

「そう警戒しないでほしい。君が森人族である、ということはウルベルグ伯から学院の上層部には報告が来ている。君もそれには同意したんじゃなかったかな?」

「確かに、それは認めましたが……」

「推薦状を書く相手の種族は、あらかじめ明かしておいた方がリスクは少ないからね」

「それは理解しています」


 これでもし学院滞在中に、俺の種族がバレてしまった場合、リヒト・ウルベルグには信用問題が降り注ぐだろう。貴族の子弟が多く在籍する学院に、種族不明の不審者を送り込んだとして、何かしらの処罰があってもおかしくはない。だからこそ、俺も学院の上層部には伝達すること許可したのだ。


「話を戻すよ。申し訳ないが、開拓科と騎兵科の確執は、教師の間でも根深いものとなってしまっている。それは、君を無断で武闘会に登録したことからもわかってもらえると思う」

「取り消しにできませんかね」

「できるかどうかで言えば可能だ。だが、私としてそれでは困るんだ。ぜひ、君に私を助けてほしい」

「……内容は」

「騎兵科の連中をぶちのめせ」


 爽やかな笑顔と爽やかな声で、ルメイン教頭は言い放った。その言葉の裏に隠された怒りは、完璧に取り繕われているからこそ感じ取れるすさまじさだった。


「最近、連中は調子に乗り過ぎだ。教師の手にも負えなくなってきている。このままでは、また愚かな貴族が支配する時代に逆戻りしてしまう……」

「俺に、それを阻止しろってことですか」

「聖魔戦争以来、失われた領土を取り戻すのは人類の急務だ。開拓科の人間は、それを為し得る貴重な人材だ、無下に扱われる理由はない。この学院において、生徒同士は対等であるべきだし、均等に学びの機会があるべきだ。それはもちろん、騎兵科の連中に『権力や武力では決して従わない人間もいる』という学びを与えることも含まれる」

「……なるほど」


 ルメイン教頭は、彼なりにこの学院の現状を憂いているようだ。開拓科はほかの科に比べて平民が入ってきている割合が多く、開拓者には粗野な人間が多いことからも、若干肩身が狭い想いをしている。俺自身はのびのびと過ごしているが、それは卓越した実力があってこそ。同等、もしくは平均以下の実力しか持たない人間にとっては、さぞ生きにくい空間だろう。


「というわけで、ルイド君には申し訳ないが武闘会で――優勝とは言わない、せめて騎兵科の鼻っ柱を叩きおってやってほしい」

「まあ、ルメイン教頭が俺に望んでいることはわかりました」

「おお、じゃあさっそく対価の話をしよう」

「……話が早いですね」

「当然だ。教師と生徒という立場でも、僕が僕の都合で君にお願いしているんだ。対価を払うのは当然さ」

「……嫌味なくらいいい性格してますね」

「はは、よく言われるよ。さて、僕も君にこの取引を持ち掛けるにあたって、いくつか報酬を用意した。だけどやっぱり、君はこれが気に入るんじゃないかと思ってね」


 回りくどくもったいぶるルメイン教頭。その様子は明らかに交渉慣れしていて、教頭に登りつめるまではさぞいろいろな取引を交わしたのだろうと予想はつく。さて、彼が自信を持って、勧めてくるのは――。


「歴史書、『聖魔戦争について』。禁書指定された、聖魔戦争の真実が記された本だ」


 息をのんだ。それには、俺が最も知りたがっていた聖魔戦争の真実が記されているというのか。いや、いくらなんでも都合が良すぎる。エリシューク先輩も、そんな禁書の存在は知らなかった。そして、禁書指定されている本を学院の教頭程度が所持しているはずはない――。


「この本の著者は《賢者》ケトリアス。詳しい内容は言えないが、君が決して内容を口外しないというのなら写しをあげよう。そして、禁書になった理由も、読めばわかるだろう」

「《賢者》、ケトリアス……」


 かつての仲間の名前を出された俺は、唾を飲み込んだ。当時の時代を生きた彼女なら、真実を掴んでいる可能性は高い。なにせ、彼女ほど聡明で思慮と観察眼に満ち溢れた人物を、俺はほかに知らない。8回の転生を繰り返し、9度目の人生を生きる今でも、彼女こそが最高の賢者であったことは疑いようがない。


 同じく、《白剣》ディリルも。

 《術拳》ヴィリアも。

 《魔女》シェリルも。

 全員が、当代最高の英雄たちだった。《千魔》ルイドは、才能ではなく努力でその座に食らいついていたにすぎない。剣ではディリルに及ばず、ヴィリアには難なく打ち倒される。魔術のセンスではシェリルに勝てず、弱点を見抜く考察力はケトリアスに遠く及ばない。

 俺はただ、ひたすらに魔術を追及し、ただ先人の教えを守り、普通の人間がどこまで強くなれるのかを知りたかった。魔術の深奥を――あらゆる可能性を凌駕する無限の技術。その存在を、更なる高みに引き上げるために努力していたに過ぎない。


 才覚に満ち溢れた【5つ星】の星のひとつ、《賢者》ケトリアスならば。必ず聖魔戦争の真実を掴んでいる。禁書指定になっている、というのも真実味が増す。


「騎兵科を、ぶちのめせばいいんだな?」

「もちろん。私は約束を守る」

「……いいだろう。その代わり、と言ってはなんだが。ティエリとニムエ、よろしく頼むぞ」

「それはもう、言われるまでもない。二人とも大切な生徒だからね、きちんと守るさ。なに、グファリも頑固だが話してわからない相手じゃない。うまくやるよ」

「頼んだぞ」


 このいけ好かない爽やか男の思惑に乗るのはあまりいい気持ちではないが、これも真実を掴むためだ。やむを得ない。

 にこやかにほほ笑んでルメイン教頭が再び差し出した右手を、俺は仏頂面で握り返した。一応、確認としてルメイン教頭の眼を覗き込んでみるが、その両目は明るく緑色に光っていて、とてもではないが赤目には見えない。俺は神経質になっていることを自覚しつつ、これからのことに想いを馳せたのだった。

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