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ヴィリス王立学院 -策謀-

 起きたら夕方だったので、俺はベッドから起き上がると適当に制服のしわを治して廊下へ出る。そのまま歩いて食堂へと向かいながら、査魂の結果について考えた。自分の魂を調査したところで、わかったことは少ない。それでも現状把握の役に立ったのは間違いない。

 魂とは、自分を自分たらしめている情報である。俺の魂に関していえば、複数の種族の魂がまじりあうと同時に、無理やり吸血鬼という情報で上書きされているようだ。まったくもって、自然に発生したわけがない。確実に人為的に生み出された存在である。だが上書きされているのであれば、まだ魂の情報は残っているはずである。かつてこの種族であったという情報を復元し、さらに上書きすることができれば――


「お待ちしておりました、ご主人様」

「……ティエリか。ニムエは?」

「もう少しかかるようです」

「そうか」

「そして、少しお耳に入れたいことが」


 ティエリの声は堅苦しい。いったいなにがあったのか。


「話せ」

「はい。申し訳ないのですが、また面倒な輩に目を付けられたようです」

「また……というと……」

「《轟雷》の時と一緒です」

「またか」


 俺は溜息で返した。俺の従者であるティエリは、なんだかんだ厄介な男に目を付けられることが多い。いったいなぜなのか。男運がないのか。俺も厄介な男だという事実無根な指摘はやめろ。

 そういえば、とおれは寝る前にトニが話していた内容を思い出す。ルメイン教頭とやらに、二人で呼び出されたと言っていなかったか。


「そういえば、ルメイン教頭とやらの呼び出しはどうだったんだ」

「ああ、噂通りの男でした。爽やかな好青年で、実力もあり博識な方です。ただ、ちょっと爽やかすぎて私は無理ですね」

「誰がお前の感想を言えと言ったんだ。話の内容だよ」

「――ええ、その、面倒な輩に目をつけられている、というお話をですね。ルメイン教頭から話されたのです。主にニムエではなく私のようですが。その男の名前は、グファリ・ル・カルメシラ。カルメシラ家の長男で、騎兵科に所属しているようで、ご主人様の強さに嫉妬してちょっかいをかけてきたのではないかと思われるとのことです」

「グファリ、ねぇ。聞き覚えはないがな……」

「これから私とニムエは定期的にルメイン教頭とグファリに対する対策を練るので、なんとかご主人様の手を煩わせないようにしたいと思います」

「まあ、それはいいが……いざとなったらちゃんと言えよ?」

「はい。ただ、私も少々イラついておりまして。たまにはしっかりと、自分自身の手で決着をつけたいと思うわけです」


 少し、変わったか? 面倒ごとはほとんど俺に投げていたティエリから、しっかりとある程度は自衛する意思が芽生えたようだ。もし俺がいなくなっても、これなら自分の力で生きていけるだろう。それだけの力は既に与えてある。だが、もう少しサポートしてやるか。


「あとで矢を貸せ。念のため攻撃力の高い魔術を刻んでやる。あとはお前で何とかしてみろ」

「はい、ありがとうございます。ご主人様」


 そんな会話をしていると、ニムエがしょぼくれた足取りで俺の前に現れた。なんだ、どうしたんだ。


「どうした、ニムエ。何かあったのか?」

「う~……疲れた……話、長い……」

「ご主人様、どうやらニムエはルメイン教頭と長く話して疲れているようです。ここは学食のグレードを一段階アップさせるべきではないでしょうか」

「いや、いいけど別に。じゃあニムエ、ちょっと豪華な夕食にするか」

「うん……たべる……」


 本当に疲れているようだ。話すだけでニムエをここまで疲弊させるルメイン教頭、ただ者ではないな。俺はまだ知らぬルメイン教頭とやらへの警戒心を高めながら、四人で食事に向かうのだった。


「いつの間に……?」

「最初、から、いた、よ?」

「神出鬼没ですね、本当」


 俺は気づいてたけどな。姿を現したトニに驚愕する二人を置いて、俺は一足先に食堂の扉を潜った。


 † † † †


「あー……退屈ですね……」

「おい、もうちょい気を引き締めろよ」

「わかってはいますが、こう何もないとやはり……」

「ターゲットが学院に入っちまうと、こっちからはなかなか手出しはできないからな……」


 ヴィリス王国王都の喫茶店。大弓を背負った美女、斧を背負った少女、杖を抱え込む青年が静かにお茶を嗜んでいた。


「ボスはなんて?」

「相変わらずだ。『監視を続行せよ』と、『引き続き正体を探れ』。あと、2か月後にこっちに来るらしい」

「なに? ボスが出てくるのか?」

「ボス的にも今回は『当たり』なんだろうよ。あと、学院が一般開放されるのは一年で一回、2か月後のお祭りだけだ。そのときに合わせて侵入して、正体を確かめようって感じだろう」

「杖。あなたはボスのことをどう思っていますか?」


 大弓を背負った美女――フルーシェが杖を持った青年、ローベルトに問いかけると、ローベルトは肩をすくめて答える。


「偏執者。何百年前の因縁を追い続ける、最悪な女だ。いや、面倒な奴だよ本当に。まあ俺は個人的にあいつに用があるからいいんだが、お前らはなんでボスに従ってるんだ?」

「まずあたしは従ってねぇ。強いヤツと戦いたい、それだけだ」

「私も彼には少なからず因縁がありまして。個人的に言いたいこともありますから。そういうことです」


 それぞれがそれぞれの理由をローベルトに返すと、途端に喫茶店の中は静かになった。しばらく茶を飲む音と、カップをテーブルに戻す音だけが響く。

 そんな静かな空間を、鋭い一言が切り裂いた。


「来たぞ」

「っ、これはボス! 到着は2か月後のはずでは……?」

「ふん。ヤツと戦うことを考えたら、ここらを熟知しておく必要があると思ってな」


 喫茶店に突如として現れた少女は、つまらなさそうに鼻を鳴らした。右目を黒髪で隠し、唯一覗いている左目は、何もかもを吸い込むような漆黒の色合い。身長はさほど高くはなく、せいぜい12歳の少女程度の身長だろう。だがその全身からは少女の姿に似つかわしくない重圧が放たれており、自然とローベルトたちも膝をつきそうになる。全身を覆い隠す漆黒のドレスやガントレットは、少女の肌を徹底的に隠していた。


「舞台が整うのは2か月後か。おそらく、そこで何かが起きる。決戦かもしれぬし、前夜祭かもしれぬ。各々、心構えを整えよ。最強に挑む用意はいいな?」


 ローベルトたちは緊張した様子で頷く。三人の強者を従える彼女こそが、彼らのボス。


「クク、来るぞ来るぞ。確かな祭りの気配を感じる。なあ、《千魔》ルイドよ。《白剣》ディリルよ。《術拳》ヴィリアよ。汝らが犯した罪は――必ず、このルリエスに償ってもらうぞ」


 少女の名はルリエス。

 ルリエスは獰猛な笑みを浮かべると、ガントレットを打ち鳴らす。その姿を見たローベルトたちは静かに頭を垂れた。理由はどうあれ、強者に挑まんとする、彼女の姿こそが、自分たちの本来の在り方であると知っているからだ。


「理由はどうあれ、忘れているということほど罪深いことはない――」


 ローベルトが呟くと、彼らの姿は一瞬でかき消えた。まるで最初からそこにいなかったかのように、テーブルの上には湯気が立つカップと料金だけが、残されていた。


 † † † †


 《轟雷》マト・ル・ヴィリス。彼の機嫌は最悪だった。ついでにいうならば、ウルベルグ伯の機嫌もよろしくない。あの手この手で滞在中のルイドを抱き込もうとしたもののうまくいかず、結局ルイドは自分の手を離れて学院に行ってしまった。強者であることを何よりも尊ぶウルベルグ伯からすれば、ルイドという存在は喉から手どころか腕すらも飛び出しかねないほどに欲しい存在だ。


「あーもうっ! カイスト、ルイドはまだ弱みを見せないの!?」

「申し訳ございません、リヒト様。なにぶん、森人族であるという秘密をすでに握っていますので、これ以上の弱みとなるとなかなか……」


 カイストが弱り切ったように応える。今、カイストの胃はストレスでとてもひどいことになっている。このままでは胃に穴が開くだろう。そして、その大きな原因は目の前の敬愛すべき主人ではない。


「それで、マトはどうなっているの」

「はい。何度確認しても、答えは変わりません。『今は気分じゃない』の一点張りで……」

「ふん。ガキが拗ねてるのかしら?」

「どうでしょうか」

「まあ、まだバレていないのは幸いだけどね。最悪よ、魔法使いが『魔法を使えなくなった』なんてことが市民にバレたら……」

「間違いありませんね……」


 今の《轟雷》マト・ル・ヴィリスは、雷の魔法を一切扱うことができない。原因は不明。今の《轟雷》はただ魔力量が莫大なだけの少年に過ぎない。


「どうしろってのよ……」


 そもそも原理も何も解明されていない魔法が、どうやって発動しているのかなど知られていない。ゆえに、発動できなくなっても、原因など解明できるはずもない。だが、今まで領地の守護者として大々的に謳ってきた《轟雷》を、放り出すことはできない。しかしこのままではバレるのも時間の問題――。


「もしかして、ルイドなんじゃないかしら」


 ポツリ、と呟かれた言葉は、静かな部屋に意外なほど大きな声で響き渡った。


「と、言うと?」

「私が《轟雷》をけしかけたことに気づいて、敵対者となるマトの雷をなんらかの方法で封印した。彼は悠久の時を生きる森人族ですもの、そんな秘術を知っていてもおかしくはないわ」

「それは、可能性としてはそうですが……」


 カイストには、封印するほどの脅威を彼がマトに感じていたとは思えない。飄々と、それでいて面倒くさそうに轟雷との戦いを対処して見せた彼が、わざわざ《轟雷》の魔法を封じるだろうか。


「マトが雷を使えなくなったのも、ルイドがこの町を去ったときと同じ時期。そうよ、そうに決まっているわ……」


 思いついた案を信じ込むかのように、リヒト・ウルベルグは呟く。普段の冷静沈着な主らしくない、と感じたカイストは不安になる。もしや、主は《轟雷》マトという圧倒的強者を失った影響でおかしくなってしまったのではないだろうか? そんな疑念が心をよぎる。


「カイスト。2か月後に学院のお祭りがあるでしょう」

「は、はい。確かに、2か月後と記憶しております。この間も、学院の者が告知に訪れていましたね」

「そうだったかしら……? まあいいわ。そこでは王族の者が全員集う。ヴィリスの姓を与えられたマトも例外ではないわ。私たちもそのお祭りに参加して、ルイドの正体を見極める。私の耳によると、ルイドはすでに《朧影》と一戦やらかしているわ。これで、《朧影》が魔法を使えなくなっていたら――」


 続きをカイストが引き継いだ。


「限りなく黒、というわけですか」

「そうなっていたら私たちは正式にルイドを弾劾できる。魔法を封じ込める力を持った森人族なんて、人間からしたら脅威でしかないもの。ばらして、排除するわ」

「いいのですか? ルイド様と交わした約定違反になりますが――」

「『互いに不可侵』の約定を先に破ったのはあちらよ。問題ないわ」


 リヒト・ウルベルグは、渋る従者を説き伏せ、自ら2か月後の祭りに参加する決意を固めた。




 ルイドが知らない間に、大きく事態は動き始めていた。

 闇に沈んでいた過去がその首をもたげ、魔人を捕らえんと蠢く――。

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