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ヴィリス王立学院 -朧影-

本日二話目の更新です

 図書室を脱出した俺は、廊下を走る。この前の《轟雷》との戦いで判明したことだが、魔法使いたちは身体強化ができない。これもまた魔法使いの成り立ちに関する俺の仮説を補強することになっているのだが、彼らは膨大な魔力を持っているのにできることが少ない。

 俺のように複数の属性の魔術を扱うことはできないし、復元や浄化といった特殊な魔術も扱うことができない。それはなぜか。彼らは、それしか自分にはできないと信じているのだ。


 ゆえに身体強化はできない。できないと思っているから、できないのだ。


「小賢しい!」


 だから目の前に現れた黒髪の美女は幻影に決まってる。俺はその幻影を切り裂くと、スピードを落とさずに走る。再び目の前に現れた黒髪の美女を切り裂かんと剣を構えるが、直後響いた悲鳴で剣を止める。廊下を歩いていた生徒に、《朧影》が幻影を重ねていたのだ。気づかれたことに気づいた《朧影》が幻影を解除すると、そこにいたのは《朧影》とは似ても似つかぬ金髪の愛らしい少女だった。開拓科のクラスで見た同級生で、俺の方を見て怯えた表情をしている。


「下種が!」


 俺は毒づくと少女に背を向けて道を変え――直後、振り返って少女が振るってきた剣をはじいた。


「なんで、こんなところに《堕妖イビーズ》が……!?」

「あのアマァ!」


 俺が叫ぶと、少女が震える。《朧影》が俺に《堕妖イビーズ》の幻影を重ねたのだろう。俺は素早く背後に回って首筋に手刀を叩き込み、少女の意識を奪う。俺は冷や汗が止まらない。


 《朧影》――《轟雷》よりも、はるかにやばい。単純な魔法としての威力なら圧倒的に《轟雷》のほうが上だが、汎用性や厄介さにおいて《朧影》は《轟雷》を上回る。『幻影を作り出す』というその一点のみに特化した魔法は、まさに『雷を操る』《轟雷》――魔法使いの特性と一致する。


「くそっ、引き離せねぇ!」


 俺が走るスピードは圧倒的に《朧影》よりも速いはずだが、随所で幻影による足止めを食らっているせいで距離は一向に離れない。《朧影》は手を変え品を変え、幻影で俺の足を止めてくる。

 俺がまだこの学院に来たばかりで校舎の構造に不慣れなのも災いした。


「『広がりを持つ者/魚の眼/鷹の瞳/見通せ/悠久なる世界を』」


 小声で魔文を唱え、魔術を編む。


「『魔力眼』っ……!」


 身体強化の一種に分類される魔術だが、その効果は魔力の存在を見通す目だ。周囲に漂う魔力も一緒に視てしまうので、視界がぼんやりと赤く煙っぽくなるのが欠点だが、今は明瞭な視界よりも魔力の存在を探知する方が優先だ。赤い魔力の塊を的確に回避していく。本当に性格が悪く、先ほどの『明確に幻影とわかるもの』だけでなく、ごく自然に廊下に置かれているロッカーや机などを幻影で配置して、俺の通るルートを制限していることに気付いた。

 魔力眼を使わなければ気づかないほどに自然に配置された幻影たち。魔法の扱いになれているというよりも、その戦い方になれている。敵を一方的に遠距離から殺すことしかしていなかった《轟雷》と比べ、魔法を使った戦闘に慣れているのだろう。厄介な相手である。


「こりゃ、魔術なしは厳しいぞ……!」


 俺は廊下を走り、練習場を目指す。あそこならある程度のスペースがあるうえに周囲に遮蔽物も少ない。幻影の効果も薄れるというものだ。


 俺が練習場にたどり着いて呼吸を整えていると、《朧影》が到着する気配があった。相変わらず不気味な黒髪の美女の姿だが、まさかそれが本体というわけでもあるまい。あちこちに魔力による幻影を配置しているのか、見えている美女は一人以外は姿はないにも関わらず、魔力の塊は5つもある。これではどれが本物かはわからない。だいたいこれだけの幻影を配置するほどの魔力――《轟雷》を魔力量で上回っているのか。


「勘違い、しないで。魔法使い、のなかで、雷は、一番下っ端」

「屑さは似たようなもんだぞ」

「女の子を、無理やり、手籠めにするようなヤツと――一緒に、するなぁっ!」


 今までボソボソと喋っていたからわからなかったが、細く高いソプラノの声で叫ぶ《朧影》。金切り声とでも言うべき音量だったが、おそらく声は操れないのでこれが彼女の声なのだろう。直後大量に俺の周囲に出現する黒髪の美女の幻影たち。いきなり大量に現れた亡霊のような容姿の女たちを見て、わずかに練習場にいた生徒たちが悲鳴をあげて逃げていく。


「脅威になるから、って暗殺しようとしてくるヤツに言われても、な!」


 俺は図らずも人払いが成功したことを喜ぶ。ついでに吸血鬼特有の変身能力を使って自分の耳を伸ばした。これで森人族っぽく見えるだろうか。


「……俺の正体は聞いてるんだろう?」

「……」


 返ってきたのは無言だ。《朧影》も、自分の幻影では声をごまかせないことに気づいているんだろう。うかつにしゃべってこちらに位置を教えることはないと判断したのか。練習場の出入り口は一か所だが、そこから隠れて移動していたら俺にはもうわからない。周囲を埋め尽くす大量の幻影も移動しているせいで、どれが《朧影》自身を隠している幻影なのかは判断できない。これだけの量の幻影を、一人ずつ剣で斬って確かめるなんてことはできない、ならば。


「起動せよ、焔の矢」


 宝石を握って呟けば俺の眼前に五本の炎の矢がうまれる。それをとりあえず撃ってみるが、手ごたえなし。幻影が3体消えただけだった。


「じゃあまぁ、」


 俺が呟くと同時、幻影が一斉に俺に襲い掛かってくる。これにまぎれて本体の一撃が来るはずだが、どこから来るか。後ろということも考えられるし、その思考の裏を呼んで横からの可能性もある。対処しようとすればどうしてもどこかに隙が生まれてしまう。


「逃げますかね!」


 俺は地面を蹴って大きく跳び上がる。唯一逃げ出せる場所は空中。幻影を生み出せるだけの《朧影》に、空中を攻撃する手段はない――。


「『告げる/荒れ狂え/世界を巡れ/回れ廻れ舞われ/勇猛なる風』――『旋風』」

「なっ……!」


 魔力を伴った風が、幻影を練習場を吹き荒れ、次々と幻影を打ち消していく。《朧影》がこの練習場にいるのは確実で、周囲に遮蔽物もないこの状況なら、魔力の風をやり過ごす手段はない。つまり、精密な魔力の塊である幻影を俺の魔力で乱し、かき消してやれば――


「そこか――起動せよ、焔の矢」


 一瞬だけ姿を現した《朧影》に向けて『焔の矢』を放つ。次々と着弾する矢が、爆風を巻き起こす。


「きゃっ……!」


 細く高い悲鳴が響き、誰かが地面に倒れる音がする。着地した俺は素早く地面を蹴って肉薄すると、衝撃が当たったことで幻影が解除された《朧影》の首筋を掴んで持ち上げた。隠れていなくなられる前に、接触しておけば本体なのは間違いない。

 観念したのか、俺に体重のすべてを預けてこちらを見る《朧影》。その瞳からは怯えと恐怖しか感じ取れない。


「ちっちゃいな」

「……人のこと、言えな、い」


 ここで俺に言い返してくるとは、なかなか肝の座ったヤツである。

 俺が頭を掴んで数回振り回してやると、悲鳴をあげておとなしくなった。


「いいか、《朧影》。お前は俺には敵わないことはわかっただろう。俺は知りたいことがあって調べてるだけだ」

「……」

「《轟雷》と戦った経緯は聞いているのか」

「聞いて、ない」

「あいつが俺の仲間のティエリを――金髪の侍女服の方だ――そいつをよこせと言ってきたから戦いになっただけだ。お前が俺と俺の仲間に手出しをしなければ俺はお前に何もしない」

「本当、に?」

「森人族は身内意識が強い――知ってるだろ」


 森人族は仲間に手を出したものに容赦せず、排他的だ。代わりに自分を大切にするという気が薄い。俺は自分が手を出されても対処できるが、ティエリとニムエはまだまだ弱い。俺が森人族で仲間に手を出したものには容赦しないという設定があれば、二人にちょっかいを出す者も減るだろう。


「……わかっ、た」

「ところで、俺に襲い掛かって、殺そうとしてくれたわけだが。俺は今お前の命を握っている――何か対価を払う覚悟はあるか?」

「対価? うー、ん……じゃあ」


 少し悩んだ《朧影》は、すぐに思いついたようで言葉を紡いだ。


「私の名前を、教える。あと、もう騙さない」


 苦しそうにしていたので、地面におろしてやる。これで呼吸は楽になるだろう。手を離す気はないが。


「もう騙さない、な。信用できるのか?」

「幻影、わかるん、でしょ? もう、見える位置には、幻影、置かない」

「――まあ、妥当なところか。わかった、それで手を打とう。確かに《轟雷》よりは話が分かる奴でよかったよ、《朧影》」

「私は、トルニクス。トルニクス・ル・グェルキア=ヴィリス。短く、トニって呼んでも、いい、よ?」

「ああ、よろしくな、トルニクス」

「トニって呼んでも、いい、よ?」

「ああ、よろしくな、トルニクス」

「トニって呼んでも、いい、よ?」

「……」

「……」


 お互いに無言になる。


「――トニって呼んでも」

「わかったわかった! よろしくな、トニ!」


 満足気に息を吐く少女。その様子は年相応だ。


「正直に教えてくれ、トニ。今年、何歳になる?」

「8歳、だけど?」


 紫紺の髪と、真紅の瞳を持つ魔法使いの少女は、ニムエと同い年だった。


「あ。あと、もし、好きな人がいたら、その人の幻影、あげようか?」

「いらん」

「今なら、愛の言葉、囁くサービス中……」

「いらん」

「貴族のおじさまには、人気なのに……」

「お前そのサービスマジでやめたほうがいいぞ。いや真剣に、お前の身を考えて言っているんだが、マジでやめとけ」

「? ルイドがそう、言うなら、やめる」


 トニは首をかしげる。俺の右手がまだ首にかかっているので、俺は一瞬本当に折ったかと思って肝が冷えた。そういうことしないでほしい。


 しかしまぁ、なんとも歪んだ少女である。グェルキア=ヴィリス――おそらく元々貴族の令嬢だったのだろう。グェルキア家がどういう貴族なのかは知らないが、生まれたときから魔力とともにあり、魔法を使う彼女の存在は厄介だっただろう。

 生育環境など想像でしかないが、トニ――いや、《朧影》トルニクス・ル・グェルキア=ヴィリスにとって、周囲に信頼できる人物などいなかったと思われる。そして、魔力という存在すら薄れたこの時代において、彼女の魔法を見抜ける人間など皆無に等しい。それこそ同じ魔法使いか、俺のような存在しかいない。成長途中で立ちふさがるはずの大人をすら騙せてしまう彼女は、いったいどのような幼少期を送ったのだろうか。いや、まだ幼いけど。


「ルイドォォォ!! 練習場が大変なことになってるって聞いたから駆けつけてみれば、お前、幼気な少女に何してるんだ!? まさか、やっぱりそういう趣味なのか!? しかも無理やりが好きなのか!?」


 俺とトニ以外誰もいなかったはずの練習場に、少女の声が響き渡る。

 燃えるような赤髪と輝く金色の瞳を持った少女は、怒りか羞恥かで顔も真っ赤にして俺の方へ歩いてくる。頭が悪――いや、少々考えなしのところがあるキュロム・ル・フェシュラスさんだ。やっぱりってなんだよぶちのめすぞ。

 しかーし、こちらには騙しと誤魔化しに関しては天才的な《朧影》様がいるのだ。


「よしトニ、さっきの美女の幻影で誤魔化そう」

「でき、ない」

「え?」

「幻影、おかない。約束、したから」


 面倒くせぇ!


「もういい、ルイド。お前は道を踏み外してしまったんだな。ならば、友として――」


 剣を抜くキュロム。なんだ、道を正すとでもいうつもりか。


「斬り捨ててやる」


 こいつも面倒くせぇな!

 よく見ると目が虚ろで完全にテンパっているのがわかる。


「だいたい、なぜ私に何も言わずにいなくなるんだ! 同じ教室にいたのに、ノーリアクションって! せめて挨拶は返してくれ!」

「あー……」


 そういえば無視したな。


「そんなに私が嫌いか!」

「話を聞かないやつはわりと嫌いだな」


 あっ、つい本音が。俺の言葉を聞いたキュロムは目に見えて落ち込んだ。


「そうか……そんなにか……」


 落ち込みながらこちらをチラチラと窺っている様子が丸わかりだ。なんだこのうざい生き物は。


「ルイドさまー! おなかすいたー! ごはんいこー!」


 続いて駆け込んできたのは、特注の制服に身を包んだニムエと侍女服のティエリだ。おそらく夕暮れ時になっておなかがすいたから、二人で俺を探していたのだろう。どうやって居場所を掴んだのやら。


「……これ、どういう状況なんです?」

「俺に聞くな」


 俺は溜息で、ティエリに応えた。

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