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ヴィリス王立学院 -史実ー

「まず、上に跳んだこと。これ反省点な」


 俺の言葉を聞いたニムエは首をかしげる。あの状況で上に跳ぶのはあまりいい手ではないことをわかっていないようだ。


「俺の制約として、『円から出ない』ことがあったからいいが、そうじゃなければ着地する瞬間を狙う」


 ニムエは距離を取れば俺からの追撃はない、というルールで今まで訓練をしてきたが、そろそろ方法を変えないと悪い癖がつきそうだ。回避の方法はディラウスで特訓しているが、長い間反撃がない訓練をするとさび付いてしまうだろう。


 ……たぶん。


 いや、ニムエの天才的な戦闘センスを見ていると、なんか普通に避けそうなのだ。


「投げナイフは?」

「隠れて、特訓してた!」


 すごいでしょ、と言わんばかりに胸を張るニムエ。


「ああ、よく頑張ったな」


 俺はとりあえずニムエの頭を撫でてやる。俺に勝つために隠れて訓練するその気概は素晴らしい。俺も全くその特訓には気付いていなかった。不意は突けたが、だが一本しかない武器を手放すのはいただけない。


「次からは、投げる用のナイフを準備しておこうな」

「うー……でも、それしたら、ルイドさまにばれちゃうと思ったから……」

「……なるほど」


 確かにニムエが何本も武器を持っていたら俺は怪しむ。そしてすぐに投擲という可能性に行きつくだろう。ニムエなりに考えた結果が、あの不意打ちだったのだ。


「じゃあ、反省会はここまでにしよう。ニムエも強くなってきたしな」

「うん!」


 嬉しそうに頷くニムエが、飛んできた矢を拳で打ち払った。


「お見事です、ニムエさん」

「ティエリ、狙うタイミングがえげつない、ね!」


 ティエリの方を見れば、矢を放った後の姿勢で佇んでいた。お礼を言ってガゼットに弓を返しているが、言われたガゼットはとても複雑そうな顔をしている。


 矢は刺さらないように鏃を外してあるとはいえ、まっすぐ飛ばすためにそれなりの重さをつけてある。頭に当たれば大事故は免れないというのに、目の前の侍女は何のためらいもなく撃ち放ち、それを奴隷の少女はなんなく対処してみせた。ガゼットの背筋が冷える。


(彼らは、いったい……)


 そんな疑問の表情が顔に浮かんでいるが、俺たちは特に応えることなく練習場を後にした。



 食堂に寄ってティエリとニムエが食事を食べている間に、俺は図書室に向かうことにした。逸る気持ちを抑えて小走りで図書室にたどり着くと、そのまま目的の本を探す。さすがに貴重な蔵書を集めているというだけあって、図書室はかなり広かった。普通に探し回ったら、1か月はかかるだろう。ジャンル分けしてくれていると助かるのだが――。


「こんにちは」

「はい、こんにちは。どのような本をお探しでしょうか?」


 目の前の司書らしき女性に話しかける。彼女はどうやら早く要件を終わらせて呼んでいる本に戻りたいらしい。タイトルは『気狂い公爵と死の晩餐』。ちょっと気になるな。


「歴史書、とか昔の童話を探しているんですが」


 彼女がそこで初めて俺に視線を向ける。本を閉じると、小さい声で「こちらです」と呟いて先導して歩き始める。よく整理されているのか、迷いなく迷宮のような通路を進んでいく。どう見ても向こうは自分から話しかけるタイプではないので、俺は自分から話しかけることにする。


「俺は、開拓科のルイドと言います」

「……はあ。私は、戦術科のミュローネ・ル・エリシュークといいます。一応貴族で先輩なんで、態度には気を付けてくださいね」

「もちろんわかってます、エリシューク先輩。貴女の機嫌は損ねないほうが、いい本に出会えそうですからね」

「本……好きなんですか?」


 茫洋としていた瞳に光が灯った。どことなく薄暗い図書室に、彼女の深紅色の瞳はよく目立つ。薄く銀色に輝く髪は、彼女自身を神秘的な雰囲気で包み込んでいる。


「ええ、好きですね。この図書室が目的で入学してますから」

「貴方もですかっ!」

「えっ」

「実は私もなんですよ! 全く、親からは箔をつけるためだなんだと言われていますが、昔の戦術を繰り返すことしかできない戦術科にいる意味なんてほとんどないですよ。本に答え書いてありますし、だいたいここしばらく戦争なんて起きていないのに戦術の勉強してなんになるんですか」

「え、ええ、そうですね……」

「というか、君は開拓科なのに本に興味があるんですね。素晴らしいことです、知識はどんな学科でも役に立ちますからね、歴史系に目を付けるのもいい着眼点です、人に興味がない私が直接図書室を案内しようと思う程度には!」


 鼻息荒くまくしたてるエリシューク先輩に、俺はわりとタジタジだ。だがこの勢いには覚えがあるぞ、《学士》ケトリアスに魔獣の生態を何の気なしに話しかけたときの反応と同じだ。あとたぶん魔術のことを語るときの俺はこんな感じだと思う。


「ところで――えっと……」

「ルイドです」

「ああ、そうそうレイド君。君は歴史の何が知りたいんです?」

「ルイドです先輩。そうですね、人類史が知りたいですね」

「人類史! ああ、不可思議な謎に満ち溢れた人類の歴史! 『救国の聖女シェリル』、『建国の姉弟』、『千魔の男』! 魔術が使えた神話時代の伝説たち! ぜひ読んでほしいですね!」


 そういえば、と一拍おいてエリシューク先輩が続ける。


「ルイド君は『千魔の男』の主人公と名前が一緒ですね。まあ珍しいことではありませんが、歴史に興味を持った理由はそのあたりからですかね?」


 本人ですとは言えないな。


「まあそんなとこですね」

「きっかけはなんであれ、本を語らえる仲間ができたことは嬉しいですね! さあさあ、こちらへどうぞ!」


 銀髪をひるがえし、ミュローネ先輩は埃っぽい通路を進んでいく。どうやらこの奥の方はあまり掃除がされていないらしく、一歩踏み出すごとに埃が舞う。俺はその埃を吸い込まないように注意しながら、エリシューク先輩のあとをついていく。どうやら歴史にも深い造詣があるらしい彼女から、俺の剥がれ落ちた記憶を埋めるために知識を聞き出しながら。


「――俺は歴史を知りたいと思いつつ、なかなか知っている人に出会えなかったので、教えてくれるとうれしいです」

「ああ、確かに人類史はあの日を境にその多くが失われていますからね。無理のないことです」


 そして、エリシューク先輩は大きく息を吸い込むと、俺にとって衝撃的な一言を放つ。


「人類と魔族の全面戦争――『聖魔戦争』から」


 ……なに? 人類と魔族の全面戦争、だと? 


「聖魔、戦争?」

「ええ。当時の詳しい記録は一切残っていませんが、魔獣に魔龍、魔族などのあらゆる魔に属する存在たちと、人類が起こした全面戦争。この戦いで魔族は絶滅し、人類は魔術の全てを喪失したと言われています」


 魔族。

 人類から派生した、魔力の扱いに特化した種族だ。魔術という技術を特化させる道を選んだ呪護族スペリアと違い、魔力による身体強化をより昇華させた、究極の戦闘種族。確かにあいつらは『三度の飯より体を鍛えるのが好き』みたいな種族だったが――それでも、理由もなく戦いを仕掛けるはずが――


 俺の頭に襲い掛かる頭痛。思い出せない。考えないようにして、俺はエリシューク先輩のあとについていく。思い出そうとすると痛むのであれば、改めて覚え直せばいい。いったいなにがあったのかを。


「歴史書の類はこちらになりますね。『英雄ディリルの凱旋』なども置いてありますので、どうぞ」

「ありがとう、ございます」


 ディリル。間違いなく英雄の資質を持っていた俺の親友。ヤツが本になっているのは、わかりきっていた。なにせ生きていたころから取材が来るほどの人気っぷりだったのだ。それに関しては、もはやわかりきっていたことではあるが――


 『千魔の男』。この本も知っている。俺の逸話を書き記した本だ。恥ずかしいので読んでいないが、俺たちが生きている間に出版された本は、全員仲間の本を読んではゲラゲラ笑った記憶がある。自分のは意地でも読まなかったが、わざわざ読み上げられたのである程度の内容は頭に入っている。ここで読むと悶絶死しそうなので、絶対に『千魔の男』は読まないが。


「『英雄ディリルの凱旋』、か」


 聞き覚えのないタイトルだった。だから、これは俺が転生したあとに出版されたものだろう。


「読んでみるか」


 埃をかぶったその本を取り出し、開く。そこには、俺には覚えのないディリルの英雄譚が記されていた。



 ――《白剣》ディリル。

 彼の名前を知らない人はいないと思われる。誰よりも剣の理を修め、ただ一人で国すら落とすとまで謳われた英雄だ。その姉《術拳》ヴィリアも、仲間である《聖女》、《千魔》、《賢者》の三人を連れて、あらゆる災厄を打ち破った。

 仲間である《千魔》を喪ってから、彼らは【5つ星】と名乗った。それはまるで仲間の死を認めまいとするかのように、彼らは死ぬまで【5つ星】を名乗り続け、そして5番目の星は決して埋まることはなかった。


 聖魔戦争において、ディリルは誰よりも前で戦い続けた。休むこともなく、寝る暇すら惜しんで、膨大な力を持つ魔族の軍勢を押しとどめ続けた。その姉ヴィリアも弟の隣に並び立ち、戦線をささえつづけた。各地の英雄たちが脱落していくなか、彼ら【5つ星】だけは聖魔戦争を誰一人欠けることなく乗り越えたのだ。


 魔王。魔族たちの王は、嘘か真か突如発生したと言われている。実際に相対したのは【5つ星】の中でもディリルのみ。だが、彼は決して魔王の正体を語らなかった。ただ一言、『死ぬことを決意したのは、あれが初めてだ』と呟いたことだけが伝わっている。


 聖魔戦争のきっかけは、いまやわからない。果たして、人類から仕掛けたのか、魔族から仕掛けたのかすら定かではない。確かなことは、魔族との戦いで、人類の叡智の結晶である魔術の存在が失われたということだけだ。各地の魔術師はもれなく魔族との戦いで命を失った。

 【5つ星】のなかでも魔術を得意としていた《千魔》はすでに聖魔戦争の前に命を落としており、いくら英雄たるディリルも、魔術の理は解き明かせなかった。


 そして、聖魔戦争終結後、彼らは一つの国を作り上げた。それこそが、ヴィリス王国である。《白剣》ディリルはその名前を初代国王、ディリル・ル・ヴィリスと名乗り、《賢者》の手を借りて国をよく修めた。英雄が作り上げた国には多くの人民が集まり、少しずつ、少しずつ人類はその繁栄を取り戻した。


 だが、聖魔戦争の傷跡は大きかった。真っ先に犠牲になったのは、魔術大国であったジ・エルムス魔術国家。魔龍たちの奇襲により、反魔鱗を返しきれずに滅んだ。続いてシュリディガ帝国が落ちた。そして、リストール連邦に英雄が集い、魔族との戦いは終わった。

 魔術が失われたことは、人類の発展において大きな痛手であった。だが、《白剣》ディリル、そして【5つ星】が守り抜いた人類という種族を、私たちは受け継いでいかねばならない――。



 俺はそこで本を閉じた。そのあとは、俺の記憶にも残っている、かつての仲間たちの活躍の歴史だったからだ。キゼートアの話も書いてあるが、読む気にはなれなかった。


「【5つ星】、聖魔戦争、魔術の喪失――」


 理由はわかった。魔族との戦争が、魔術の喪失の理由なのだろう。だが、まだわかっていないことが多くある。魔族との戦争の理由はなんだ? あいつらは戦うことが好きで、前はよく食料を求めて人類と小競り合いを起こしていたが、農業が伝わってからは食糧事情が解決し、人類とは完全和解とまではいかないまでも良き隣人となっていたはずだ。それがたった数年で全面戦争になるほどの何かがあったのか?


 いや、そもそも俺は――《千魔》ルイドは、なぜ死んだ?


「ぐぅあっ……!?」


 激しい頭痛。思い出せない。ならば、改めて覚え直すほかは、ない。それが正しいとは限らなくても、だ。


「ルイドくん? 大丈夫ですか?」

「――っ、ああ。大丈夫、です」

「そうですか? とりあえず、そろそろ図書室も閉館時間になるので、一度学生寮に戻られてはいかがでしょう?」

「そうなん、ですね。わかりました……」


 俺はゆっくりと立ち上がると、心配そうにこちらを覗き込むエリシューク先輩に笑いかける。


「倒れないでくださいよ? 私体力ないので。これから本好きとして長い付き合いになりそうですからね!」

「そうですね、エリシューク先輩。よろしくお願いします」

「はい、お願いされますよ」


 エリシューク先輩は銀髪を指でいじりながら、俺に向かってほほ笑む。幻想的な雰囲気と相まって、とても楽しそうに笑う彼女はとても魅力的に見える。

 長い銀の髪に隠されていて気づかなかったが、彼女もニムエに負けず劣らず整った顔立ちをしている。鮮やかな藍色の瞳は笑みの形を作りながらも心配そうな色合いでこちらを見つめていた。


 手がかりは掴んだ。この学院にいれば、おそらく400年前の謎も解けるだろう――魔術の喪失の理由はわかった。だが、なぜ人類と魔族は戦争をしたのか。そこがわからない。


 俺は必ず解き明かすことを心に決めて、その日はエリシューク先輩に見送られて図書室を後にしたのだった。

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