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ヴィリス王立学院 -遭遇ー

さて学園編が始まります。

 ヴィリス王立学院。

 様々な分野に特化した人材を育て、国を盛り立てることを目的とした教育機関。その大本が腐り始めていた国の内部を、粛清を介さずに入れ替えるために作られたものということもあり、学則は割と厳しい。一度入学すると卒業するために必要な単位を取得するまで卒業はできず、10年間で卒業できない場合は落第者として放り出される。

 入学試験などは基本的に存在しない。理由として、入学費用が高額な点から毎年そこまでの入学希望者が出ないことや、とりあえず入学するには、推薦状に入学料などの入学条件、必要単位の取得など卒業条件が厳しい点があげられる。つまり毎年の入学者数はそこまで多くはない。


「今年は割と多い方だそうだ」

「はい、そのようですね」


 今年の入学者数は53人。そのうち3人が俺たちで、例年は40人前後が基本らしい。そして卒業していく生徒が8人。入学した生徒たちの前で卒業式が行われ、それぞれが自分の道を選んで羽ばたいていく。


「であるからして……諸君らの経歴・貴賤は問わない、人類の英知を極めたこの学院において――」


 壇上で学園長が延々としゃべっているが、俺は正直八割がた聞き流していた。学院の自慢は結構だし、誇りがあるのはいいことだが、真の叡智の結晶である魔術を忘却しているという点だけで反発心が生まれる。いや、逆恨みであることはわかっているのだが。

 しかしまぁ、ものの見事に入学生の年代がバラバラである。俺はもう年齢を17歳で押しとおすことに決めたので、そういうふるまいをするが、俺と同世代の人間と思わしき人間が20人近い。七割ほどは貴族の子弟だと思われるが、どうやらその従者もいるようだ。さらに十代前半と思われる人間が20人ほど、さすがにニムエと同世代の人間はほぼいない。10年というタイムリミットがある以上、ある程度年が上の方が卒業しやすいのだろう。あとは従者なのか、20代前半と思われる付き人らしき人間がおよそ10人程度。


「相応しい振る舞いを期待する」


 締めくくられた学園長の挨拶に適当に拍手を送る。ティエリは普通に拍手を送っていたが、ニムエは俺が拍手をするのを見て数回手を叩いただけだ。やる気がなさすぎる。


「ルイドさま、やっぱり、この服重い……」

「あーうん……」


 やたら仰々しい刺繍が施されている学院の制服は、入学すると同時に配られた。ニムエのサイズがないからと、追加料金を取られたのはまだ若干納得がいっていないが、それでも高級な素材と時間をかけて作られた服であるというのはわかる。デザイン性もいいのだが、誇りとか面子とかを重ねていったぶん重くなっている印象だ。

 ちなみにこの制服のデザインは、数年前にウェル・トットーによって一新されたもの。本当に一大ブームを巻き起こしたデザイナーだったらしい。修復に訪れるたびに魔改造を施され、常に流行の最先端を行くことになったティエリの侍女服ほどのセンスは感じないが。ヤツも成長を続けているということか。これだから人間は素晴らしい。


「ティエリ、ずるい……」

「私は学生である前に、ご主人様の従者ですから」


 しれっと返したティエリはいつもの侍女服である。制服の着用は義務ではなく、従者などの職業がはっきりわかるように服装を着ない者もいる。特に貴族階級の者は、主人と同じ服を着るなど恐れ多いという考え方もあるようだ。ニムエに関しては俺の従者ではないので、普通に制服を着てもらっているが、先ほどから奴隷の首輪が注目を集めている。面倒なことにならなければいいが――。


「お前、なんで奴隷なんか連れてきてるんだ?」


 何も聞こえなかった。


「さて、ニムエ、ティエリ。入学式は終わったし、さっそく校内見学と行こう。俺は練習場と図書室が見たい」

「私は食堂に行きたいです!」

「ニムエも!」

「ちょっと、聞きなさいよ!?」

「なんだ? 俺たちは見てのとおり、超普通の入学生で、これから見学にいくから邪魔しないでほしいんだが」

「あ、あら、ごめんなさい……って違う! 私を無視しないで!」

「無視してないだろ、ちゃんと対応してる」

「あら? そうね……って違う! えーと、その、フェシュラス家の者にたいして無礼であろう!」

「さっき学院長が経歴・貴賤は問わないって言ってたけど?」

「そういうところは聞いてるんですね、ご主人様」


 呆れたように呟くティエリ。聞こえてるし、聞いてた。自分に都合のよさそうなところは。

 目の前のあわあわと混乱している少女は、目立つ容姿をしていた。なによりも注目を集めるのは、その炎のような赤髪だろう。長い緋色の髪を後ろでまとめ、気の強そうな瞳は金色だ。胸は残念だが肉体はよく引き締まっていて、さぞや同世代の男には人気があるだろう。うかつに近づくと燃やされそうな印象はあるが。


「痴れ者め! 貴賤は問わないが、それは上の立場の人間に向けて言われた言葉であって、お前のような平民が貴族に対して無礼な態度をとっていい理由にはならん!」

「あ、そうなんですか。以後気を付けますね。御忠告ありがとうございます、ではこれで」

「うむ、わかればよろしい……ってあれ? 何か忘れているような気が……」


 首を傾げた彼女に、従者と思しき男が耳打ちする。チッ、余計な真似しやがって。俺がその従者を見ると、その従者は申し訳なさそうにほほ笑みながら手を合わせてきた。


「そうだ、そこの奴隷だ! なぜ学院に奴隷を連れこんでいる!? しかもこんな幼子を……返答次第では容赦しないぞ!」

「育てるためだが」

「いかがわしい理由なら――って、え?」

「育てるためだが」


 聞こえていなかったようなので二回言った。ていうかいかがわしい理由ってなんだよ。俺がこんな幼女に手を出す男に見えるのか。


「奴隷を、育てる?」

「そうだ。俺がいなくなっても生きていけるように、技術と知識を身に着けさせる」

「え? ルイドさま、いなくなる、の?」

「例えばの話だから安心しろ、ニムエ。そう簡単にいなくなるつもりはない」


 俺が安心させるためにニムエの頭をなでると、嬉しそうに目を細めるニムエ。そのまますり寄ってきそうなほど上機嫌なニムエを見て、若干だが赤髪の少女の怒気が緩んだ。


「そう、そうだったのか。勝手な推測で言ってしまってすまなかったな」


 一転して謝ってくる少女。まあ別に実害があったわけじゃないし、気にしてないが。


「まあいいけど、行っていいか?」

「ま、待て! ちょっと相談させろ」


 は?

 俺が唖然としていると、後ろに立っていた従者とごにょごにょ相談している様子。いや、それはどうなんだ貴族として。面子とかはどうした……。

 と考えてぼんやりと待っていたら、やがて内容がまとまったのか、少女はこちらを向き直って満面の笑みで告げた。


「うむ。決まったぞ。私、キュロム・ル・フェシュラスは――お前と友人になることにした!」

「……は?」


 俺の脳はその言葉を理解するのに数秒を要したし、後ろの従者は笑いを堪えるように震えてるし、混沌とした空間ができあがっていた。彼女――キュロムのその発言を聞いたニムエの目線が若干険しくなり、ティエリも警戒心を含んだ視線を向けている。君たち俺に近づいてくる女性に対して、わりと厳しいよね。


「これで今日からお前と私は友人だな! 先ほどは疑ってすまなかった!」

「いやいや……は? ……は? ちょっと待って、整理させて。その思考回路はどこでどう繋がった」


 意味が分からんぞこの女。ほぼ確実に後ろの従者の入れ知恵なんだろうが、それにしたって発想が飛躍しすぎである。言いたいことは言ったのか、キュロムは踵を返すと従者の男を連れて去っていった。


「ではな!」

「話を聞けよ!?」


 俺の叫び声は虚しく虚空に消えた。


「ルイドさま、えーと……」

「大丈夫だ、ニムエ。俺もよくわかってない」

「ご主人様、どうされるんですか?」

「とりあえず、そうだな……」


 友人になろうとは言われたが、俺は了承した記憶はない。


「無視だな。俺は友人になったつもりはない」

「……無難なところですね。フェシュラス家といえば、それなりに規模の大きい貴族であったはずです。繋がりを持っておいて損はないと思いますが、あのキュロムという少女は少し考えなし――失礼、フットワークの軽い人間であるようです」


 カイストからこの国の貴族についてある程度説明を受けていたティエリが、注釈をいれてくれる。なるほど、家としては付き合ったほうがよさそうだが、彼女の人となりを見た感じ、少し危うい印象がある。端的に言うなら、頭が悪そうだ。


「そうだな。とりあえず予定通り、学院の内部見学と行くか」

「そうですね。おなかもすきましたし」

「お肉!」

「はいはい」


 俺は奇異の視線を向ける周囲を務めて気にしないように意識から外すと、颯爽と歩き出す。全く、入学初日から厄介なヤツに絡まれたものである。これ以上は絡まれたくない。


 食堂に学生寮、各研究室に練習場まで見学する。模擬剣や模擬弓などで戦闘訓練を行っている様子が見て取れる。騎兵科が練習するための場所は郊外にあるらしく、王都の外で許可を得て訓練するらしい。ここではもっぱら弓兵科や開拓科が訓練しているようだ。


「わー! ニムエもやるー!」

「んじゃ、ちょっと手合わせするか」


 あちこちでぶつかり合う武器の音に触発されたのか、ニムエが刃引き武器が置いてある場所に走っていく。王都に来てから体をあまり動かせていなかったので、久々に運動したくなったのだろう。それを見た俺も、小走りで駆け寄り、武器を管理しているらしい男の教師に話しかける。体のあちこちが筋肉で盛り上がっている偉丈夫だが、それでいながら静かな雰囲気を纏っていた。


「初めまして、今年から入学しました開拓科のルイドです」

「ニムエです!」

「私は練習場の責任者、ガゼッテだ。刃引きした武器を貸し出してやるが、怪我は自己責任で頼む。何を使う?」

「んー、剣でお願いします」

「ニムエは、短いやつ!」


 俺たちの要望を聞いたガゼッテはゆっくり頷くと、剣を取り出してきた。それを持った俺は、剣が軽すぎたので尋ねる。


「同じサイズでもう少し重いのないですか?」

「ああ、身体強化が使えるのか。いいだろう、これを使え」

「ニムエさん、今日はダガーを使うんですか?」

「うん!」


 ニムエは楽しそうに短剣を受け取ると、それを右手で握った。特注グローブは、ほとんど皮でできているのだが手の甲の部分には鉄糸が織り込まれており、武器をはじいたり受け止めたりできるようになっている。もっともあまり強い打撃を受けると中の腕が持たないだろうが。

 俺たちは武器を受け取ると、広いスペースを見つけて、少し距離を取って立つ。俺は足元に足で円を描くと、その中に立つ。


「ティエリ、合図頼む」

「いつでもいいよ!」

「では、双方構え――はじめ!」


 ティエリが合図を言うと同時に、ティエリとニムエが同時に地面を蹴った。ティエリは俺たち二人から距離を取り、ニムエは俺に接近する。油断なくこちらを見るニムエは持ち前の戦闘センスで俺の隙を探している。俺がわざと左半身に隙を作ると、吸い込まれるようにそこにダガーを打ち込んできた。


「よっ、と!」


 素早く振るわれるダガーをかわし、反撃の一撃のために剣を振るう。ニムエはダガーがかわされた瞬間に左拳を握りこみ、俺の振り下ろされる剣を弾いて離脱する。鉄糸と剣がこすれる耳障りな音が響き、俺とニムエは再び向かいあう。

 ニムエが俺の描いた円の中に踏み込み、ダガーと拳で俺に連撃を仕掛けるが、俺は右手で握った剣一本でそのすべてを処理する。いくら天才的な戦闘センスがあると言っても、まだ戦い始めて1年もたっていないひよっこに、俺が負ける道理はない。正直、5年後はわからないが。


「っ!」


 鋭く息を吐き出し、ニムエの突きがまっすぐ俺の腹を狙う。俺はそれを剣の腹で受け止める。金属同士がぶつかる甲高い音が鳴り、硬直した。俺の足はまだ、円の中を出ていない。


「むぅぅぅぅ!!」

「はっはっは、無駄無駄」


 そのまま俺を押し出そうと力を籠めるニムエだが、お互いに魔力を用いて身体強化を行っている。いくらニムエでも、俺を一方的に押し出すほどの膂力の差は生まれない。俺が踏ん張りながら空いている左手を伸ばすと、ニムエは弾かれたように反応して跳び上がり、距離を取る。そして着地――


 ダガーが飛ぶ。


「投擲!?」


 あれは、リットの技か。いつの間に、と思う間もなく目の前に迫っていた短剣を払いのけ、そのまま剣を手放した。


 殴りかかってきていたニムエの右手を取り、そのまま勢いを誘導して振り回す。一回転したところでニムエを投げ飛ばし、上から落ちてきた剣とダガーを掴んで構える。


「驚いたな、ニムエ。いつの間に投げナイフを?」

「うー! 最近できるようになったの!」


 どうやら通用しなかったことが悔しいらしいニムエが地団太を踏んで悔しがる。リットが訊いたらへこみそうだ。少なくとも半年やそこらで片手間に身に着けていい技術ではない。


「う……?」


 ニムエが今気づいたように周囲を見回す。いつの間にか俺たちの周りには数人の学生がいて、戦闘を見学していた。こうして注目されることに慣れていないニムエが、途端に緊張して顔が真っ赤になった。


「きょ、今日は、ニムエの、負けでいい……」

「そうか? まあ久しぶりに体動かせてよかったな。じゃあ反省会」

「う……」


 ニムエが緊張した表情で近寄ってきて、俺の近くに座る。じゃあ、今の戦闘を振り返ってみようか。

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