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雷の魔法使い10

 そうして、ウルベルグで半年の月日が流れた。

 ティエリは弓の訓練を続け、俺は結局ウルベルグ家の私兵の特訓をしていた。ニムエは《水》の陣といくつかの要素の陣を書けるようになり、簡単な魔術なら使えるようになっている。


「出発するんですね、ルイド様」

「ああ。俺には目的がある。それを達成するためには、必要なことなんだ」


 俺の前に立っているのは、執事服を身にまとったカイストだ。この町ウルベルグで過ごすにあたって、彼にはかなり世話になった。その兄、ウェル・トットーからもいくつか装備――いや、服を受け取っている。リヒト・ウルベルグに直談判して仕事を斡旋してくれたり、《轟雷》マト・ル・ヴィリスの情報を少しもらったり、正直頭があがらない。おかげで魔法という存在に関してはおおよそ見当がついた。8割がた間違ってはいないと思う――というか、それ以外の方法は考えられない。


「人間ってのは、どこまでも規格外だよなぁ」

「――……?」


 魔法使いの正体が、俺の予想通りなら。人間という種族の可能性は計り知れない。どこまでも現実を超越し、奇跡の領域に足を踏み込んでいく種族。

 まあその奇跡を扱うマトという人物はあまり褒められた人物ではないが。一回ティエリを巡って戦いになったが、いや本当お前は自分の持つ権力や影響力考えた方がいいと思うぞ。カイストのストレスが半端じゃないことになる。

 おかげで、俺の力の一端も見られることになったが――


「ご安心ください、ルイド様。ルイド様が森人族だということは、秘密にしますので」

「頼むぞ、カイスト」


 魔法使いという奇跡の人種と戦うことになった俺は、どうしても魔術を使わざるを得なかった。ゆえに俺は寿命の長い森人族だと名乗り、ついでに変化で耳をのばせば、あら不思議。森を護るために弓と精霊を駆る森人族の完成である。普段は幻で姿を偽っていることにした。向こうも《轟雷》が負けたことは公にしたくないらしく、互いに秘密を握って痛み分けとなった。

 ここまで世話になっている相手に嘘をつくのは心苦しいが、吸血鬼だとバレるよりはマシだろう。ちなみにマトは、完全に俺を嫌って前に姿を現さなくなった。直接的な手段に出てこないのは、プライド故だろうか。


「ご主人様、時間ですよ」

「ああ、すまんティエリ。今行く」


 背中に大弓を背負った不思議な従者ティエリに急かされて、俺は屋敷に背を向ける。


「ルイド教官に敬礼!」


 ついでに訓練場に顔を出していくと、俺が訓練と称してぼこぼこにした私兵たちが敬礼をして俺を迎えた。俺は手で合図をしてティエリとニムエを下がらせる。


「失礼します! 死にさらせぇぇぇぇ!!」


 いきなり抜き身の剣で襲い掛かってくる私兵の一人を、腕をつかんで投げ飛ばす。


「誰だ突っ走ったやつは! ボシュ、クレイン、ヘカルは右から行け!」

「おーおー、血気盛んなことで」


 俺は楽しく笑いながら襲い掛かってくる私兵たちを投げ飛ばす。軽めとはいえ鎧を着ている男たちを軽々と吹っ飛ばすその膂力に、数人がさらに目をぎらつかせて襲い掛かってくる。俺のせいで私兵の数人がバトルジャンキーになってしまったが、まあ問題はないだろう。


「さあ、かかってこいよ」


 俺は訓練場にあった棒を手に取ると、不敵に笑う。

 そうして、雄たけびをあげて襲い掛かってきた私兵たち十数人をボコボコにのしたあと、悠々と屋敷を後にするのだった。


「ここから王都まで、乗り合い馬車で四日だが……まあ入学は一か月後だというし、のんびり行くとしよう」

「はい」

「久しぶりに、ニムエたちだけ!」


 確かに、俺とニムエとティエリだけで行動するのは久しぶりだった。ティエリは弓を訓練で忙しかったし、俺とニムエは夜の間魔術談義をしていた。出かけようにも俺は私兵の訓練があったりで、ずっと陣の練習をしていたニムエは寂しかったのだろう。


「ティエリ、喉、乾かない?」

「大丈夫です、ニムエさん。その魔力は、いざというときのために取っておいてください」

「むー!」


 水の魔術を使いたかったらしいニムエがむくれる。その両手には茶色の革製のグローブがはめられている。見た目に似合わぬ巨力を誇るニムエは、その小柄な体とスピードを生かして拳闘士の道を歩ませることにした。ニムエの狂戦士状態を生かせるのは、ダガーなんかより拳や蹴りといった超至近戦闘なのではないかと思ったからだ。そのグローブの内側には、俺の謹製の魔術陣が刻んであり、その戦闘スタイルは今は亡き《術拳》ヴィリアのスタイルを彷彿とさせる。


 敵が速ければ動きを止めて殴る、敵が硬ければ砕けるまで殴る、敵が逃げ出したら追い付いて殴るという蛮族のような戦闘スタイルだったが、ニムエの狂戦士モードなら再現することも可能だろう。


「さあ、出発だ」

「はいっ!」

「はい」


 遠くからこちらを見下ろす双翼の塔に目を細める。かつて最悪の絶望と戦った戦士たちの墓標は、なにも告げることなく俺たちを見下ろしていた。ご丁寧にも道中の山賊や魔獣の情報を教えてくれた善良な悪者ブラザーズに礼を言い、俺たちは王都に向けて旅立った。


 † † † †


「はーやれやれ。やっと行ったか」


 街道の端にある林の中で、杖を持った青年が、遠くを歩くルイドたちを見つめて呟いた。あまりにも凝視してしまうと気づかれる可能性があるので、ぼんやりと風景の一部として視界に収めているだけだ。大弓を背負った侍女、どこにでもいそうな平凡な顔立ちの少年、やたらいい服とグローブを身に着けた奴隷の少女。そんな珍妙な恰好をした3人組など彼ら以外にはいない。


「あら、あの娘、弓を持ったのね」


 妙齢の美女が呟き、感心したように目を細めた。彼らは自らが持つ武器に応じた名前を持つ。自分と同じ武器を持つ少女がいることを、個人的に喜んでいるように見えた。


「ちっ、斧のヤツはいねーのか。あのちびっこ、割と才能ありそうなんだけどな」


 戦斧を担いだ少女が不満げに漏らす。続いて杖を持つ青年が、


「いや、杖を持つヤツはいないのか。残念――」

「そんな変態武器を持つヤツはそうそういないですよ、杖」

「そーそー。変形可能とか意味わかんねーしやめたら? だいたいお前のとこはもとは槍だろうが」

「槍の名を名乗るのはすべてが終わってからだ。私の一族はまだ、赦されてはいない」


 今までのおちゃらけた雰囲気が一転、杖の青年が低い声を出す。これ以上この話題に踏み込むのはまずいと思ったのか、少女が話を変える。


「しっかし、殺せるのかねぇ。あいつ」

「さあな。そう簡単に殺せるとは思わんが」


 少女が呟き、青年が答える。美女はじっと移動する彼らを見つめていた。


「じゃあぼちぼち追いかけるとするか、フルーシェ」

「行動中はその名前で呼ばないで、ローベルト。射抜くわよ」

「まあ、そうカリカリすんなって」

「貴女に言われるのだけは納得いかないわね、アケ」

「クシシッ。このままだとお楽しみは相当先そうだし、会話くらい楽しんだっていいだろ?」


 誰もいない林に、三人の話す声が響いていた。



 向かう未来はまだ遠く、遥かな過去は闇の中に沈んでいた。


短いですがキリがいいのでこちらで更新します。


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