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雷の魔法使い9

「は?」

「ですから、ヴィリス王立学院の入学式は半年ほどあとですよ?」


 俺はカイストの言葉に呆けた。そうか、入学式……途中転入はできないのだろうか。


「難しいでしょう。あの学院は徹底的にカリキュラムが決められています。これを破るのは、それこそ王族や魔法使い様でないと厳しいかと」


 王族か、魔法使い。なるほど、その条件では俺たちは該当しない。王立学院とはそれほどまでに厳しい機関なのだろうか。


「詳しく教えて差し上げましょうか?」

「頼む」

「では、僭越ながら」


 カイストが、ヴィリス王立学院の成り立ちから説明してくれる。それは400年間の謎を求める俺にとっても面白い話であった。成立はおよそ50年ほど前、2代前の国王の妹によって産まれたらしい。そのころの貴族は腐っていて、汚職に贈賄、なんでもござれだったそうだ。その件を憂いた当時の国王とその妹は、中から貴族の意識を変えていくことにした。最初はより高位の貴族と知り合うための、社交パーティのようなものだったらしい。権謀術数渦巻く宮廷において、より強い貴族との血縁関係は強みになる。当時最も勢力を誇った忠臣、ゼルジアス家は、王家の意向に賛同。

 ゼルジアス家となんとか繋がりを持ちたい中小貴族は、こぞって社交パーティに娘や息子を送り込んだ。これに慌てたのはほかの大貴族たちである。このままではゼルジアス家の力が必要以上に大きくなることに気づいた彼らも、娘や息子を社交パーティに送り出す。百戦錬磨の彼ら自身がいかなかったのは、その社交パーティの名称が『勉強会』であったからだ。

 成人しているにも関わらず、貴族としての立ち振る舞いを『学ぶ』など、彼らの面子にかかわる。明確な拒絶制度があるわけではないが、当主自らが赴けば社交界では笑いものにされてしまう。


 そういった理由もあって、やがて『勉強会』は貴族としての立ち振る舞いを学ぶ『学院』へと変わっていった。多くの貴族たちも、自分の息子や娘がより賢くなって帰ってくるのであれば、とその学習施設を黙認した。それこそが、王家の狙いだとも気づかずに。

 やがて賢くなって、多くの貴族と繋がりを得て見識を獲得した子供たち――『賢き子供たち』は、親に対し反乱を起こす。その時代にも少数いた、名君ともいうべき貴族から教えを受けた子供たちは、自分たちの親がいかに愚鈍かを思い知ったのだ。


 『賢き子供たち』は気づいたのだ。『自分たちのほうが、もっとうまくやれる』ということに。


 15年かかった王とその妹の計略は実を結んだ。汚職は減り、領地の経営は向上した。若さゆえに実績を求める『賢き子供たち』は、領民からの支持を得ることをいとわなかった。


 親を殺した者がいた。

 親を追放した者がいた。

 食糧庫を開け放った者がいた。

 農民とともに決起した者がいた。


 国土のあちこちで反乱したその動きに、国王はただ黙って国防を整えただけだった。国が乱れた隙を狙った隣国からの侵略者に対して、迎え撃ったのはヴィリス王国最強の魔法使いたち。


 《烈槍》。

 《瞬風》。

 《落天》。


 3人の魔法使いの、暴虐の魔法の力に、敵の軍隊は屈した。槍が走り、風が閃き、天が落ちる戦いは、もはや戦争ではなかった。そうして敵の侵攻を食い止めている間に、王国内部の粛清は終わった。長き歴史の中で腐っていたヴィリス王国の内部は、一新された風によって新しい体を手に入れたのである。老いて腐った血脈を入れ替え、若く瑞々しい血を取り入れた。


 その計略の最も重要な部分を担った、『ヴィリス王立学院』と、『魔法使い』たち。学院は連綿とその教育方針を受け継ぎ、魔法使いたちは、この国においてかなりの権限を手に入れたのである。


「ほぉ……そいつはすごいな」


 国とは、長く経てば経つほど腐り落ちていくものである。それを『教育』という手法で抜本的に改革に成功したとは、当時の国王とその妹は相当なやり手だろう。国内に生じる乱れを、魔法使いという一方的な力で力づくでカバーしたという点も、英断と言える。


「ちなみに、その国王様と妹君の名前は?」

「イウェテ・ヴィリス様と、シェリル・ヴィリス様でございます」


 イウェテとシェリル、ね。別に珍しい名前でもなんでもないが――さぞや讃えられている良君なのだろう。名前を告げるカイストも若干誇らしげである。自らの主であるリヒト・ウルベルグを語るときほどではないが、確かな敬愛の念を感じる。


「失礼ですが、ルイド様はどちらの方なのですか? イウェテ様とシェリル様を知らないとは……」

「なに、山奥で爺と一緒に育ったもんでね。一般常識には疎いのさ」

「……なるほど、そうでしたか」


 カイストは瞳の奥に疑念の感情を浮かべつつも、一応引き下がった。くくっ、俺は嘘はいっていないぞ。


「しかしまいったな。これさえもらえればすぐにでも王都へ向かおうと思っていたんだが」


 俺はカイストに手渡された3枚の書状を見る。そこにはリヒト・ウルベルグの名前で、ニムエ、ティエリ、そして俺をヴィリス王立学院に推薦する旨が書かれていた。


「そういえば、ヴィリス王立学院は元々貴族としての立ち振る舞いを学ぶ施設なんだろう? 今はどうなっているんだ?」

「基本は変わりません。ただ、多くの研究者が研究を重ね、気まぐれに講義を行っております。意欲の高い平民は、その研究者に教えを請うたり、研究の助手となります。一般的な貴族の子弟様は、一般教養と呼ばれる貴族としての立ち振る舞いを学んで卒業されます。……ああ、そうそう、学科を決めねばなりませんな」

「学科?」

「高い教養、家柄、戦闘力を要求される『近衛科』。馬術、槍術の技術を要求される『騎兵科』。知略、計略、戦略の知恵を要求される『戦術科』……」

「戦争ばっかじゃねぇか」

「もちろんほかにもありますよ。教養と気遣い、立ち振る舞いを学ぶ『従者科』。開拓技術や、魔獣の知識、サバイバル技術などを学ぶ『開拓科』。弓の技術を学ぶ『弓兵科』。豊富な知識と幅広い応用力を求められる『識者科』」

「すげぇごちゃまぜだな」

「なにぶん時代に応じて求められる技能も違いますので。ちなみに私は従者科の卒業生ですよ」

「ん? カイストは、ずっとウルベルグ家で従者修行をしていたんじゃなかったのか?」

「ええ。おかげで入学から卒業までは6か月でした」

「ぶっ飛んでるな!?」

「必要な試験を優秀な成績で合格すればいい話ですので。ちなみに私は成績がとびぬけていたので、王家の方に試験をしていただけました」

「従者科……とんでもないな」


 だが、これで目途は経った。『識者科』やら『戦術科』やらが存在するのであれば、必ず歴史書の類もある。そうであるならば、問題はない。できれば3人同じ学科に所属するのが望ましいのだが、そうなると3人まとめて開拓科に所属するのがよさそうである。欲を言うならばティエリは弓兵科と従者科、ニムエは……開拓科一択だな。俺は近衛科以外は問題なく入れると思うが――いや、戦術科もだめだな。『魔術で吹き飛ばします』なんて回答が認められるならいいが。


 まあ、ニムエが開拓科にしか適正がなさそうな以上、3人で開拓科に入るしかないだろう。一応、全員身体強化は使えるわけだから、落第なんてことにはならないはずだ。


「ちなみに、どうなると卒業なんだ?」

「一定の単位を取得したら、任意で卒業できます。優秀ならば、学院で教師になることもありますよ。期間は10年です。10年以内にどの学科でも単位を取得できなかった場合放り出されます。その場合、学院落第者として、一生不名誉な称号がついてまわることになります」


 想像以上にシビアな世界である。放り込まれたら最後、卒業しなければ不名誉な称号と一生付き合っていかなければならなくなるわけか。それは貴族の嫡男にとっては厳しい未来だろう。


「まあ、《朧影》様のように特殊な例はありますがね」

「ああ、そういえば魔法使い様が一人通ってるんだっけか。どんな人なんだ?」

「さあ」

「さあ、って」

「《朧影》様は、その正体を誰にも見せたことがないと言われています。直接的な戦闘力はほかの魔法使い様に比べたら低いようですが、幻惑や認識妨害ならお手の物。この国では誰かが不審死をすると、《朧影》様の逆鱗に触れたんだと言われています」

「怖……」


 え、なにそれ怖い。絶対やばいやつ――いや、人を噂だけで判断するのはよくないな。


「実害はないと思いますよ、《轟雷》様に比べたら、ね」

「え、そうなの」

「ええ。愚痴を言わせてもらいますがね、あの方は魔法使いでなければはっきり言って愚物ですよ、愚物。朝起きたら侍女に性的な行為を強要し、朝も昼も猿のように盛って――全く、はっきり言って不愉快です。確かに彼の魔法の力は領民を守るために役に立っています。その功績は計り知れないですが、だからといってなんでもやっていいというわけではありません。それに侍女も侍女です。見た目がよくて権力があるからといって、すぐに股を開くようでは誇り高きウルベルグに仕える者として終わっています。いえ、わかってはいるのです、彼をつなぎとめるためのリヒト様の策略であることは。侍女たちも本気で嫌がっているわけではなさそうですし、避妊もきちんとしています。ですが、日の高いうちからまぐわい、嬌声をあげ、媚びるような声をあげられていては伯爵家としての権威にかかわります。せめてもう少し我慢ができる人物であれば私も目をつむろうというものを、たまに『町の美女を連れてこい』なんて言う始末。お前が行け! いや、行かれても困るんですが。最近はことさらに《猿魔王カラミティア・ベイブ》を倒したことを吹聴して回っているようですが、実際に倒したのはルイド様だというのに。なにが『《猿魔王カラミティア・ベイブ》? あんなの俺にととっちゃただの猿と一緒だよ』ですか、お前の方がただのエロ猿」


 そこまでまくしたてたカイストは、はっとして俺の方を見直って一礼した。


「失礼、取り乱しました。聞き逃してくれると幸いです」

「お前もいろいろあるんだな……」


 割と心底同情した。俺は性欲がないため大丈夫だが、そのような環境で働くのはきつかろう。


「そうですね。なので私、ルイド様にはわりと感謝しているんですよ?」

「なに?」

「自分が倒せなかった魔獣を倒した者がいる。それだけではらわたが煮えくり返る思いでしょう。リヒト様も高くルイド様を評価していらっしゃる。すぐ美女を押し付けようとする悪癖は治りませんが。《轟雷》様にとって、ルイド様の存在は決して愉快なものではないはずです。くっくっく、ガキが……」

「カイスト、お前腹の底まで真っ黒だな」

「仕えるべき主が光なのですから、私も黒くなろうというもの。加えて《轟雷》様も光っているのですから、私の黒さはたまっていくばかりですよ」

「心底同情するよ」


 俺はカイストに、憐憫のまなざしを向けつつ、今度呑みに誘う約束をした。ついでに、入学の時期になるまでこのウルベルグに滞在する決意をする。


「なるほど、こちらに滞在されるのですね? でしたら、私の方から、リヒト様にその希望を伝えておきましょう。無期限となると困りますが、入学の時期までならこちらの宿を領主権限で貸し切りにできるでしょう。リヒト様も、ずいぶんとルイド様に入れ込んでいるみたいですし、そのくらいの希望は通るはずです」

「それは助かるな」


 金に余裕はあるが、無駄金を使う趣味はない。ついでに言うなら、この資金が尽きると、ヘベル大森林まで魔獣を狩りにいかなければならなくなる。正直、それは面倒だった。


「仕事でも探すか……」

「仕事でしたら、うちの私兵を鍛える教官とかいかがですか?」

「考えておくよ……」


 とりあえず、しばらくウルベルグに滞在することになった。たまにはディラウスに戻るか、と思ったが脳内にリルの怒った笑顔が浮かんだのでやめた。ほとぼりが冷めたころに一度戻るとしよう。ゲルキオさんとも飲みたいし。


 俺はそんなことを考えながら、屋敷に戻っていくカイストを見送ったのだった。

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