雷の魔法使い7
――めちゃくちゃだ。
実際に発動する場面を見たことで、わかったことがいくつかある。
まず、魔法も魔力を用いて起こすものだということ。あの時、マトの右手に集まった膨大な魔力がそれを示している。さらに、これははっきりとは言えないが、マトの持つ魔力量は桁違いであるということ。それこそ、ヴァンパイアである俺の魔力量を上回り、一般人とは比べるべくもない量の魔力を持っている。その力は龍種に匹敵しうる量だ。
「凄まじい……」
だがそれよりもなによりも、俺は魔法の自由さに注目した。あのような短い詠唱で雷の術を操るという技術。おそらく何度か見た魔法と同じ物だが、短い詠唱で使ったわりには、あの雷は複雑に動けるようだ。五つに分裂などのバリエーションも見ているし、端的に言って魔術では再現不可能だ。
ゆえにこれは魔術ではない。
まさに別の体系となる、純正な『魔法』だ。
「満足か?」
「……恐れながら、《轟雷》様。いくつか質問させていただいても?」
「ふん、強欲だな、貴様は。答える義理はない」
俺は気づかれないように内心で舌打ちする。魔法について質問をして、少しでもその正体を掴んでおきたかったのだが。それでも実際に発動の場面を見れたことは大きい。俺はマトの様子から、いくつもの質問に答えるつもりはない、と踏み、一つだけ踏み込んで質問をした。
「《轟雷》様、ひとつだけ。《轟雷》様にとって、魔法とはなんですか?」
「……答える義理はないが、答えてやろう。産まれたときから共にあるもの、だ」
その答えを聞いて確信する。やはり魔術は関係がない。先達たちが築き上げた知恵と知識、叡智と経験によって形作られた魔力を用いて世の理を捻じ曲げる術ではない。どちらかというと、世界を従えたような。
「ご、《轟雷》様。急に魔法を放つのは――」
「なんだ、リヒト。私に意見するつもりか?」
「……い、いえ、余計なことを申しました。お許しください」
「ふん、ならいい。貴様は俺に従っていればいいのだ――なあ、リヒト・ウルベルグ?」
貴族に対して敬称をつけずに呼び捨てにするのは、礼儀に反する。確かカイストから聞いたところによると、リヒト・ウルベルグは伯爵のはずだが、マトはそんなことを気にもしていないように見える。カイストはマトの反対側で無言だ。だが、その完璧な無表情が逆に、マトの無礼を気にしていることを如実に表している。
「私の身には過ぎたる褒賞を頂きました。ありがとうございます」
「う、うむ。本当に推薦状だけでいいのか? それであれば、数日中にはカイストに届けさせよう」
「……承りました」
「はい。ありがとうございます」
「そうだ、入学金くらいは免除するように取り計らおう。というよりは私から払おう。推薦状だけではいささか心苦しいのでな、それくらいはさせてくれ」
「御寛恕、感謝に耐えません。ありがたく頂戴します」
別に金貨60枚分くらいなんとでもなるのだが、払ってくれるというのならばありがたくいただくことにして、俺は深々と頭を下げる。これで、無事ヴィリス王立学院に入学できれば、俺の目的である、人類が400年の間にどんな歴史を辿ったのかを調べることができる。ニムエに頼まれていたことも解決できるしで、一石二鳥だ。
俺はそのあと、カイストの案内で領主の館を後にした。
† † † †
さて、面倒な用事も無事に終わったことだし、俺は久しぶりに一人で歩き回ってみることにした。なにせニムエとティエリは高級宿の中に泊まっているし、そうそう危険な目には合わないだろうし、たまには一人で行動するのもいいものである。あと、お金はあるので、ここらで宝石のひとつでも買って、魔術でも刻もうかと考えている。
さすがに領主が直接治める町だけあって、ウルベルグは繁栄していた。宝飾店もすぐに見つかり、俺はその中の宝石とにらめっこを開始する。
「お客様、どのような宝石をお探しですか?」
「自分で決める」
費用対効果、まだ刻む魔術は決めていないが、中級魔術になると思われる。明確な規定があるわけではないが、主に魔術は汎用、下級、中級、上級、特級魔術に分類される。汎用魔術は前に述べた通りだが、俺がこの前《猿魔王》に使った『獄炎の檻』は上級魔術のなかの大規模魔術となる。特級魔術、というのはオリジナル魔術のことで、一家秘蔵の魔術などがこれに当たる。シェリルの『鏡鎖』や、俺の『復元魔術』などだ。
もっとも、特級魔術は公に分類されているものではないので、認めていない魔術師もいた。俺が転生したあと、どうなったかまではわからないが。
「だめだな」
俺は服も食事もこだわるほうではないが、こと魔術に関しては別である。陣を刻むための宝石に妥協などあり得ない。
今俺が持っている、陣を刻んだ宝石は7つ。
『焔の矢』という牽制にも雑魚掃除にも便利な魔術。
『影鎖』と呼ばれる拘束に特化した魔術。
殺すためだけに編まれた『大鋏』。
あとは最終切り札が1つと、攻撃用魔術が2つ、移動補助の魔術が1つ。
できれば、補助用の魔術がもう一つ欲しいところである。特に防御系が欲しい。
「となれば、そこそこ大きくないとだめか」
大きければ大きいほど、複雑な魔術、強力な魔術を使うことができる。それは一度に流せる魔力量と、刻める要素の数や複雑さに関係しているので、おいそれと軽量化することはできない。
「防御系な、本当はいらないんだけどな……」
ぼやく。なにせ普通の攻撃なら吸血鬼としての復元力が上回ってしまうのだ。だがこれから先、人間社会で暮らす以上、吸血鬼だとバレるリスクはできる限り減らした方がいい。最悪魔術はバレてもなんとかなるが、ヴァンパイアだとバレると非常に面倒くさい。もちろん魔術が使えることも秘匿するに越したことはないので、求めるのは隠密性に優れるものである。
「あーそっか。隠密系の魔術か。ニムエに渡したのと似てるやつを作るか……」
ニムエが肌身離さずつけている木彫りの牙には、濃霧を発生させる魔術が刻んである。小さかったのでたぶん1分くらいしか持たないうえに、一回使えば壊れるだろうが、ないよりはましである。もっとも今のニムエはそもそも魔力の込め方など知らないのでまだ使えないが。
「ティエリもいい加減戦う方法を覚えさせたいな……使うなら弓、とか言ってたか?」
うろ覚えだが、そんなことを言っていたような気がする。身体強化が使えれば一目置かれるような時代なので、俺が適当に指導してやればいいところまで行くだろう。弓? 持ち方とかは知ってるがそれだけだ。誰か開拓者ギルドで見繕うか。
「はっ、いかんいかん思考が……」
目の前に並ぶ宝石を凝視し、俺は中粒のルビーを購入した。金貨24枚だった。
「ご購入ありがとうございました!」
真剣に宝石を眺め、アドバイスを贈ろうとした店員を跳ねのけた俺は非常に怪しい人物に見えただろうが、購入すればそれはもちろんお客様である。それなりに高価な買い物だったので店員も笑顔だった。俺もいい宝石が手に入ったのでご満悦だ。これにどんな魔術を刻むか、想像するだけで気分が弾む。
魔法に関する謎は全ては解けていないが、なんとなく見当はついていた。だがまだ憶測でしかないうえに、多分に推測を重ねているのではっきりしたことは言えない。
魔力は、不可思議なエネルギーだ。生命力の余り、というものもいれば、大気中に漂う微量のエネルギーだというものもいる。その性質としてわかっていることは、『強い魔力は世界を変質させる』ということだけである。
魔術は、その変質させる方向性を逐一魔力に指示を出すことで、少ない魔力で世界を変質させる技術のことである。指示もなしに魔力を放出しても、正常な世界に薄められ、なにも変わらずに消えていくだけだ。
魔法は、おそらくは――
「ん?」
俺が思考の海に沈みながら歩いていると、見慣れた剣と盾の看板が目に入った。開拓者ギルドである。ほかの店がディラウスの店よりも大きいのに比べ、ウルベルグの開拓者ギルドは少し寂れているように見えた。どことなく寂しい感じが漂い、建物の外観も塗装が剥げているところなどが窺える。俺は気になって、中に入ることにした。今は昼間だから、特に面倒な奴らはいないだろう、という打算もある。
「やあ、いらっしゃい。開拓者ギルドへようこそ」
くたびれた感じの青年が出迎えた。受付に座る彼は、疲れた様子でけだるげに俺に対応した。中にはほかに人の姿はない。
「――ずいぶん、静かなんだな」
「きみ、もしかしてディラウスから来たのかい?」
「そうだが」
「ああ、ディラウスは開拓の最前線だからねー。このあたりは《轟雷》様がほとんどの魔獣を狩っちゃったからたいした魔獣はいないんだ。開拓者もね」
そう言って肩をすくめる青年。なるほど、活気のなさはそういう理由か。見れば張り出されている依頼も、薬になる草を取ってきてくれとか、畑を《岩猪》に荒らされてるから助けてくれとかそういうのばっかりである。
「ここには、弓のうまいやつはいるか?」
「弓? 使えるヤツは何人か知ってるけど、うまいやつっていうと、どのくらい?」
「人に教えられることが大前提で頼む」
「なに、弓使いに転向するの?」
「俺じゃない。俺の仲間……下僕……弟子……連れに教えてやってほしいんだが」
「君、その悩み方はないと思うよ……」
改めてティエリのことを表現しようとすると悩むな。主人と従者、脅迫者と被害者、刺された被害者と刺した加害者。うむ、不思議な関係性である。
俺は考えるのをやめた。
「まあいいじゃないか。それで、心当たりは?」
「……1人いるけどね。ぼくとしてはわりと面倒な奴だから紹介したくないんだけど、腕は確かだよ」
「明日からお願いしたい。1日の報酬は銀貨で……5枚くらい?」
「高すぎるよ。1枚でも喜んで来るだろうさ」
「じゃあ2枚だそう。進捗によって追加報酬もありだ、伝えておいてくれ」
「了解」
「そしたら、また明日にでも顔を出す」
「ああ、ぼくの名前はテス。君は?」
「ルイドだ」
「よろしくルイド」
「ああ、頼んだぞテス」
俺は握手を求めてきたテスにそっと銀貨を1枚握らせる。一瞬テスはびっくりした顔をしたが、ニヤッと笑った。その笑い方があまりにも様になっていたので、俺もつられて悪い笑みを浮かべてしまう。
「やぁ、こんなところに銀貨が落ちているとはね。今日のぼくはラッキーだ」
「そうだな。ついでに、そのラッキーを俺にもおすそ分けしてくれるとうれしい」
「きっと、君にも幸運が訪れるだろうさ。期待してるといい」
テスは銀貨を弾いて空中に放り投げ、器用に空中でキャッチしては弾く。
「そいつの名前はネセカ。まあ、この町にいる開拓者の中では一番の腕だろうね」
「任せたぞテス」
「ああ、任されよう。この銀の輝きに誓って、ね」
芝居がかったセリフとともに、テスは銀貨に口づけしてみせた。俺はそれに微笑みかけると、踵を返して開拓者ギルドから出る。用は終わったのだ。そして、気づいたことが1つある。
「ああいうのはイケメンだけがやっていい行為なんだな」
そばかすが目立つテスがやると、正直ただの痛々しいやつか詐欺師にしか見えない。ひとのふり見て我がふり直せ、俺は自分の行動を見直すことを決意しつつ、開拓者ギルドをあとにしたのだった。
† † † †
一人の女性が、考え事をしていた。
普段は信頼している者も今はそばにおらず、この部屋にいるのは彼女だけ。
悩まし気に吐息を吐き出すと、その魅力的な肢体を惜しげもなく晒す。
「――……」
男の名前を呟き、彼女は熱い吐息を漏らす。
少女のように焦がれる内心は、彼のことで埋め尽くされていた。
「なんとかして、手に入れたい……」
その理性が光る瞳に、黒曜のように深い髪。
幼くあどけない顔立ちでありながら、芯には硬く強い意志を感じられる。
そんな彼を、彼女は欲していた。間違いなく強者でありながらそれを誇らない態度も好感触であった。
「……はぁっ」
どくん、と自分の体内が脈打つのを彼女は感じた。
久しく感じていなかったその感覚に突き動かされ、彼女はその肢体をベッドに投げ出す。
しばらくの間、彼女のくぐもった嬌声がやむことはなかった。
その後、彼女は彼を手に入れるための策を、その明晰な頭脳を持って張り巡らせ始めるのだった。
ひそかに、気づかれないように張られ始めた蜘蛛の糸は、少しずつ少しずつその包囲網を狭めていた。