雷の魔法使い6
「素晴らしいわっ、財力を持って相手を黙らせるその外道っぷり!」
「そっち?」
呆然としている店員に比べて、素早く立ち直ったティエリは呟く。ティエリ的に俺が褒められっるところはそこではないらしいが、取り合うのも面倒なので無視――いや、スルーする。
「そりゃどうも。社長、ってことは……」
「んそのぉ、とーりっ! 私こーそが! 誉れ高きヴィリス王国にその名まーえを轟かすっ! ウェール・トットォォォォ!!」
奇妙なポーズを決める長身の男は、なんというか全身をヒラヒラした服で覆っていた。あのブラザーズといい、珍妙な服を着ているヤツが多い町である。
「拍手」
呆然としていた店員が立ち直り、即座に思いっきり手を打ち鳴らす。それを俺とティエリは半眼で眺めていた。なんだこの茶番は。
「んーっ、アキュル。グレイトォな拍手をありがとうっ!」
「は、はいっ! 光栄です!」
「で・す・が!」
キラン、とウェル・トットーがかけた色付き眼鏡が光る。帰りたい。
「貴女の接客態度はさすがに目に余るものがあります。その服に対する情熱と知識の豊富さに免じて店に置いていましたが、服はあくまでも人を引き立てるもの。客も立てられない貴女に、この店で服を取り扱う資格はありません。クビです」
突然雰囲気を変えて話し始めたウェル・トットー。ぼんやりとその言葉を聞いていた店員――アキュルが顔面蒼白になった。クビ、その一言が現実的に突き刺さったのだろう。
「そ、そんな、社長! 私がいなければ、誰がこの店の膨大な備品と商品を管理するんですか……!?」
「それは貴女には関係のないことです。もし、貴女が反省したようなら、明日の朝もう一度採用試験を受けなさい。平から、やり直しにします」
「そんな……!」
ウェル・トットーの言葉に本気を感じ取ったのか、膝から崩れ落ちるアキュル。その目から大粒の涙がこぼれ落ちていたので、俺は目を逸らして目の前の男を見つめる。女の涙は苦手だ。
「さぁーてっ、うちの店員がご迷わーくをおかけしまーー」
「普通に話せ」
「あっはい」
素直だった。
「さて、うちの店員が非常にご迷惑をおかけしましたので、こちらの商品をプレゼントさせていただきたいのですが」
「いい、金は払う」
「しかし、それではこちらの気持ちが収まりません。この服も、在庫になってしまっていたものです。このままでは廃棄せざるを得なかったものですから、お代は――」
「おい、デザイナー、ウェル・トットー」
俺は目の前の男をフルネームで呼んだ。
「はい?」
「この服はいいものだ。いいものには対価が必要だ。だから、金は払う」
「しかし――」
「もしなんらかの形で詫びがしたいというなら、服のメンテナンスをお願いしたい」
「それは――服の修繕、ということでしょうか?」
「そうだ。もちろん、その分の代金は払う。こいつが」
俺はそこでティエリの頭に右手を乗せた。まさかこの流れで自分に来るとは思わなかったのか、ティエリの肩が跳ねる。
「成長しても、着られるようにだ。今も少し丈が長いはずだ。調整してくれ」
「……かしこまりました、ルイド様。その約定、このウェル・トットーの名にかけて守り抜きましょう」
「ああ、頼んだぞ」
というわけで、俺は侍女服をティエリにプレゼントした。ただ調整が必要とのことなので、ティエリの体格や足の長さを図ると、それに合わせて仕立て直すということだった。新しく作るのではなく、既製品を弄ってティエリ専用のサイズにするらしいが、詳しいことは全部丸投げした。その道のプロにやってもらった方がいいに決まっている。
俺は明日までには完成させると豪語したウェル・トットーを信頼し、その店をあとにしたのだった。
翌日、侍女服を身にまとったティエリを見たニムエがずるいずるいと騒ぎ倒し、もう一着購入するはめになったのは余談である。『動きづらい!』と叫んでニムエは普段の服装に戻った。可愛いわがままである。
ティエリのこっちを見る視線が冷たい。俺はニムエに甘いか。甘いよな。ちょっと厳しくすることにしよう……。
その日、宿では泣きながら書き取り練習をするニムエを見て、ティエリが溜息を吐いていた。そういうことじゃない、と。
† † † †
そして、ついに領主様と謁見する準備が整った。俺はニムエとティエリに《水》の書き取り練習1000回を命じると、迎えに来ていたカイストとともに歩いて領主の館を目指す。
「申し訳ございません、ルイド様。本来は馬車でお迎えにあがるべきなのですが……」
「正式な客にはしたくない、ってわけか。まあ、開拓者だからな。そんなもんだろ」
この領地を守護するのが領主の役目であれば、どこから来たのかもわからない少年に魔獣を倒されたのは若干面倒だろう。こんな戦力がいるなら魔法使いはいらないではないかとか言われているとか、逆に警戒されている可能性もある。まあ、おそらくは警戒されているのだろうが。
「カイスト、次からは兄を使って偵察するのはやめておけ」
「……なんの、話でしょうか」
「とぼけても無駄だ。お前の兄は、諜報には向いてないよ」
教えてないのに名前を呼ぶとか、初歩のミスだ。
「……覚えて、おきましょう」
「ああ」
これは、見破ったことで警戒させてしまったか? だが見破っていることを言わないと、侮られそうな気もするし、面倒だな。貴族という生き物は、400年前からあまり変わってはいないらしい。人間時代にも、散々苦労した記憶がある。
やがて館に到着すると、門番が敬礼して門が開かれた。明らかに裏口だが。しかし、カイストは顔パスなのか。それはすごいな。
「こちらです」
カイストの案内に従って庭園内を進んでいく。領主の館と言っても、そこまで敷地が広いわけではないらしい。それでも一般家庭の庭よりもはるかに広い庭が、丁寧に管理されているのがわかる。定期的に見回る必要があるのだ。なぜなら魔草が生えてくることがまれにあるので、広い庭、というのはそれだけでステータスになる。
「どうぞ」
案内されたのは、裏庭とでも言うべき場所だった。石で組まれたちょっとした屋根と、その下に木で作成された椅子が四脚並んでいる。
「こちらでお待ちください」
「ああ」
俺はその椅子のひとつに座ると、領主とやらの準備ができるのを待つ。まさかここで話をするのだろうか。こんな見通しのいい場所で話していいのだろうか。いやいや、きっとここで一時待機しているだけで、準備ができ次第中に案内されるに違いない――。
「待たせたな。私がここの領主、リヒト・ウルベルグだ」
来ちゃったよ。
「ルイドです。何分、高貴な生まれではないため、無礼・無作法はお許しいただきたく思います」
「よい、気にするな」
尊大に手を振る領主、リヒト・ウルベルグ。その左右に控えるのは、執事服に身を包むカイストと、深い紫色のローブに収まった人物。
「カイストは知っておるな。では、自己紹介を」
「《轟雷》と呼ばれている。名をマト・ル・ヴィリスという。まあ覚えなくてもいい」
ローブから顔を出した彼の髪は、まるで雷のような金色。真紅に輝く瞳は、不審者を見る目つきで俺を見つめていた。声を発しただけで空間が軋み、パチッと雷光が光る。隣に立つ領主はなにも感じていないようだが、俺にはわかる。
この男――とんでもない魔力の持ち主だ。
「――本物」
間違いなく本物だ。圧倒的な魔力の量。それはヴァンパイアである今の俺の魔力量を、おそらく超えている。はっきりと計測してみないとわからないが。
「お前が、あの猿を倒したのか?」
《轟雷》マトは、訝しむような目つきで俺を見た。その言葉で、俺は彼が現場を直接見ていたわけではないことを確認する。おそらく、なんらかの手段で魔獣の位置を察知し、その場所に向けて魔法を放っていたのだろう。その正確な位置を把握するには、魔獣がディラウスの内部にいる必要がある、というわけか。
「いえ――はい。《轟雷》様のおかげで動きが止まり、なんとか倒すことができました」
否定しようとも思ったが、俺があの《猿魔王》を真っ二つにしたことは市民に目撃されている。誤魔化す意味もない、と判断して認め、目の前の青年を持ち上げることは忘れない。人は褒められて悪い気はしないものだ。
「ふん、やはりそうか。ぼ――私の力添えがあって、初めて討伐できたということだな?」
「はい。もちろん、《轟雷》様の実力であれば、私などいなくても討伐できたでしょう」
その場合は町にもっと被害が出ると思うが。
「そうだろうそうだろう。何発か撃っても死なないようだから少し焦ったが、やはり私の雷の力に敵う者はいないか」
「ええ、もちろんでございます」
ちょろい。ふっ、これが400年で培った交渉術、『おだてて乗り切る』だ。俺のような天才にかかれば、こんな成人したばかりのようなガキなど簡単にごまかせる――。
「うむ、しかし《猿魔王》は真っ二つになっていたと聞く。どうやってやったのか聞いてもいいかね?」
眉根を寄せた領主が、俺に訊ねる。眉根を寄せると、威厳があった最初の雰囲気は少し薄れ、どちらかというと幼く見えた。ちっ、この領主相手におだてる作戦は通じなさそうだ。ならば、次の秘技を試すとしよう。
「……開拓者にとって、手の内は秘匿するべきものになりますので……」
追及しないでくれると嬉しい! 秘技『察してくれ』交渉術!
「――うむ、そういうものか。よい、確かに言う通りである」
「ありがたき幸せ」
楽勝!
「では、褒美に何か望むものはあるか」
来た。これで、俺が望むものは一つだ。
「私の望みは、知識でございます領主様。なにぶん、浅学非才の身。私と従者二人分、合計三人分の――」
笑う。緊張がある。このお願いは、通るのか否か。
「ヴィリス王立学院への、推薦状をいただきたく」
「よいぞ。ほかには?」
えっ。
「あ、あの、よろしいので?」
「? 構わんぞ。むしろ、私からお願いしようかと思うほどだ。おぬしのような強者が、拭抜けた貴族の子弟どもを鍛えなおしてくれるとありがたいのでな!」
「あ、ありがたき幸せ……」
通っちゃったよ。しかもあっさり。
「で、ほかにはないのか? 《轟雷》様の力添えがあったとはいえ、魔王を討伐してみせたのだ。何が欲しい? 美女か? 金か? 酒か? 美女か?」
「えっ、いや、あの……推薦状だけで十分なんですが……」
「なに? その程度でいいのか?」
リヒト・ウルベルグが驚いた顔をする。その程度って、俺は結構それを手に入れるためのパターンを色々考えたのだが。あっさり通ってしまったので、全部無駄になった。
「こいつはこうなると何か要求しない限り止まらないぞ。何か適当に願いを言え」
呆れたように溜息を吐き、《轟雷》マトが呟く。領主の眼はキラキラと輝いており、何か報酬を与えねば気が済まない感じだ。なら――
「ぜ、ぜひとも《轟雷》様の魔法を見せていただきたく思います!」
せっかくだ、欲張ってみることにしよう。魔法使いを見た時点で何か判断できると思ったが、やはり魔法を使っているところを見たい。
「――なに?」
領主様の雰囲気が変わった。先ほどの闊達とした気配は消え失せ、代わりに警戒するような色がにじみ出ている。まずい、やらかしたか。
「理由は?」
冷たい誰何の声が領主から放たれる。
「もう一度、間近で奇跡の技を拝見したく」
「この世の奇跡の体現者の一人である、《轟雷》様の魔法は、決して私利私欲のために使っていいものではない。守るべき臣民のために使われるものだ」
「その、通りでございます」
「こうしている間にも、ディラウスには魔獣が攻めてきているかもしれぬ。よって、個人の興味によって《轟雷》様が魔法を使うことは許可できない。許されよ」
「こちらこそ、差し出がましい願いを言いました。お許しください」
「うむ。許す。代わりと言っては何だが、私に出せる報酬なら、ある程度は見繕ってやれるぞ。美女か?」
やたらと美女を勧めてくる領主様にタジタジになりながら、俺が必死に報酬を考えていると。
「いいぜ。一発だけなら問題ねえだろ」
「へ?」
その言葉を発したのは、《轟雷》マト・ル・ヴィリス。
「『大いなる雷神よ、マト・ル・ヴィリスの名において命ずる。万象一切を貫き穿て――』」
俺は、その詠唱を聞きながら《轟雷》の手元に注目していた。光り輝く右手に膨大な魔力が渦巻き、一本の槍を形作っていく。
「『瞬滅雷光槍』ッ!!」
槍は垂直に上を向くと、バチバチと爆音をまき散らしながら天高く飛んでいった。俺はその光景を眺めながら、魔法使いという存在の正体をわずかながらに理解した。
めちゃくちゃだ。俺が学んできた魔術を、人類が積み重ねてきた叡智を、丸ごと嘲笑うかのような神の御業。神なんて信じていないが、魔術を知らない人間がこの光景を見たら神を信じてしまうに違いない。それほどまでに、鮮烈で、凄まじい。
「これで、いいか?」
「ありがとう、ございます……」
呆けたように返す俺に自尊心が満足したのか、不遜な笑みを浮かべて頷くマト。俺は彼を視界の端に収めながら、呆然と呟いた。
「これが、魔法……」




