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雷の魔法使い5

 石の塔、その名も双翼の塔。その周囲の看板には、屋台のおっちゃんが言っていたように様々な仮説が書かれていた。

 いわく、防衛施設であるとか。いわく、過去の迷宮であるとか。様々な説が唱えられ、だがどれも決定打はなく、結局真相は判明していない。


 俺は双翼の塔の前に立つと、その偉容を見上げた。大小さまざまな石を組み合わせて作られた塔は、周囲のあらゆる建物より高く作り上げられている。これは古の優秀な建築術などではなく、ど素人が積み重ねた岩たちに《塔》という要素を刻んで固定化した、魔術の力技だ。建設期間はおよそ5年。徐々に高く積み重ねられていく岩に石たち。灰色、黒色などの岩が無秩序に組まれた様子はとてもではないが芸術には程遠い。だが、この塔が人を惹きつけるのはわかる。それだけの想いが、願いが込められているのだ。


「ご主人様、結局、双翼の塔の正体は……」


 周囲を歩くのは若いカップルが多い。ここはデートスポットとなっているのだろう。双翼の塔の実態を知ったら、この周囲を歩くカップルなどいなくなるはずだ。


「遥か昔――この地に、一頭の龍が降り立った。その龍の名前は、『キゼートア』。体内魔力の暴走によって産まれた、魔龍。その力は、一国を滅ぼすに余りある脅威だった。だが、キゼートアは積極的に人を襲おうとはしなかった。……初めのうちは」


 俺は静かに、当時を思い出しながら語る。俺の人生のなかでも、トップ3に入る激闘。人類という種族が滅亡していてもおかしくはなかった、世界最強の敵。


「抑え込んでいたんだ、暴走する魔力を。自分の理性で。キゼートアも数百年を生きた成体龍だった。ゆえに、かろうじて理性を保っていたキゼートアは、人に呼び掛けた」


 『我が手加減ができるうちに、英傑を集めて滅ぼせ』、と。


「だが人類はあまりにも愚かだった。成体龍の素材は非常に高く売れる。欲に目がくらんだ人間たちが我先にとキゼートアに畳みかけた。手加減とは言っても、龍の防御を抜くのは並大抵の実力では無理だ。昼夜攻撃に晒され続けたキゼートアは、疲弊した。ダメージこそないが、欲にかられた人間から延々と攻撃されて、意思が弱った。そして、俺たちが来たときには、――手遅れだった」


 今でも克明に思い出せる。更地になった場所に、黒い靄を纏いながら慟哭する魔龍の姿を。自身が世界に災いを為す存在になってしまった悲哀を、その高らかな咆哮で叫んでいた。


「《災厄の滅龍キゼートア》との戦いは熾烈を極めた。真なる龍種は《反魔鱗》と呼ばれる魔術を反射する特殊な鱗を持つ。半端な魔術は弾かれ、強力な魔術すら靄に威力を減衰されて、反魔鱗を貫けない。しかもキゼートアのブレスは、防御できないほどの高熱のブレスに吸えば死ぬ毒霧のブレス、さらには低温の吹雪のブレスで、対処が難しかった。大陸中から集められた英傑たちが、次々と力尽きていった」


 《凶弓》のミュールが。

 《斧剣》のガディアが。

 《吸魔》のテスが。


 いずれも音に聞こえし英雄たちが、なすすべなくキゼートアに滅ぼされていった。


「このままでは、全滅も時間の問題だと判断した英雄たちは、一か八かの作戦に出た。毒霧と靄を突破し、龍を殺し得る英雄を片っ端から届ける。それ以外の者は、――捨て駒にする」


 たった一人の龍殺しを届けるために、3人の魔術師が犠牲になった。犠牲になってなお、届かないこともあった。

 結局、勝負を決めたのは、一組の姉弟だった。


 《白剣》ディリルと、その姉《術拳》ヴィリア。


 俺とシェリルの全力の魔術援護と、不規則に移動する靄と毒霧のパターンを計算しつくして、最適なルートを見つけ出したケトリアスの努力があって初めて、二人の剣と拳はキゼートアに届いた。俺は決着がつくまでの一昼夜の間空気を固定し、靄をキゼートアから隔離し続けた。シェリルは時折吐き出される毒霧のブレスから、姉弟を守り続けた。


「最終的に、二人の英雄によって《災厄の滅龍キゼートア》は討伐された。だがその爪痕は大きく、多くの英傑を喪った人類は、魔獣によって支配領域の約3割を喪失した。そしてこの件を教訓にすべく建てられた、英雄たちの墓標――それが、この塔だ」


 双翼の塔を見る。双翼の名前の由来になったのは、おそらく塔の左右に飛び出た一対の翼のようなモニュメントだろう。《災厄の滅龍キゼートア》の翼を形どったもので、決して忘れることは許されない教訓として、君臨し続けている。

 岩のひとつひとつが、ここで散っていった英傑たちのものだ。その数、121人。150人ほどが集まっていたにも関わらず、生還できたのは30人にも満たない。生き残った彼らは時間があればこの地に岩を運び、積み重ねた。彼らが岩を積み重ねるときは必ず魔術師が同伴し、その岩に《塔》の要素を刻んで、この地に建てる。それは誰が決めたわけでもない、皆が自然とやり始めた建設作業だった。


 そして121の岩が積み重なったとき、その墓標は完成したのだ。その墓標に名前はなく、だれかがことさらに話題に出すことはなかった。だが皆がその存在を知っていて、人類のためにキゼートアに立ち向かった英雄たちは、決して崩れることのない塔で眠ることになったのだ。


「双翼の塔、か。英雄たちも、この地で人類の発展を見守れれば満足だろう」


 自分たちが守った者の子孫が、ここで繁栄しているのだから。


「ご主人様……今の話、本当なのですか?」

「死者をバカにするような作り話などするものか。見れば見るほど、当時の面影がある」


 周囲には露店が立ち並び、おそらく観光客目当てなのだろう、双翼の塔を真似た置物やアクセサリーなども売られている。俺は人類のそのたくましい姿に苦笑する。彼らにとって双翼の塔は、客寄せの道具であり、かつて人類のために身命を賭して戦った英雄たちの墓標だとは夢にも思わないだろう。


 そのことに対し、思うことがないわけではない。だが、この平和な時を過ごせるようになるために、彼ら英雄は命を賭けたのだ。彼らにこそ怒る権利と喜ぶ権利があり、俺にはない。


「う、んぅ……? ここ、どこ……? ルイドさま……?」

「起きたか、ニムエ。俺はここにいるからな」

「う……ん――」


 少し起きたニムエが、再び眠りにつく。よっぽど俺が苦しんでいたのがショックだったのだろう。思えば俺はニムエの前で、本気で困ったことはない。なんとかなるものだ、と思って、実際になんとかしてきた。それが、ニムエのなかで俺に対する妄信に近いものを作り上げているのかもしれない。


「さて、宿に戻るか、ティエリ。途中で何か買ってやろう」

「い、いいんですか!?」

「迷惑をかけた詫びと、礼だ。常識の範囲内で、1つな」

「宝石にしようかな……それとも……」

「おい、常識の範囲内だぞ」

「わかってますよぅ、いひひ」


 不気味な笑いをこぼすティエリから目を逸らし、俺は双翼の塔に背を向けて歩き出した。若干守銭奴の気があることが判明したティエリを引き連れて、街中を歩いていく。雑貨屋、飲み屋、開拓者ギルド、服屋――


「ん?」


 見覚えのある意匠だった。


「ウェル・トットー服飾店……なるほど、ここにもあるんだな……」


 ん? じゃあカイストはなんでわざわざディラウスにいたんだ……?


「あ、ご主人様。服を見ていかれますか?」

「いや、俺は――」


 いい、と言いかけてティエリを見ると、ブルーの瞳がキラキラしている。入りたいのね。本当にわかりやすいやつだ。


「ちょっと見ていくか」

「はい!」


 そりゃあ騙されていいように使われるわけだ、と思いながらウキウキと足取りが軽くなったティエリのあとをついていく。といっても俺は特に欲しい服があるわけではないので、服を物色するティエリの後ろを、本当にただついていくだけだ。


「ご主人様、これとかどうですか!?」

「いいんじゃないか」

「こんなのもありますよ!」

「いいんじゃないか」

「これとか、可愛いですよね!」

「いいんじゃないか」

「こ、これとか……!」

「いいんじゃ――いや、それはよくない。戻せ」


 適当に返してたら、ヒラヒラスケスケのネグリジェを持ってきたティエリに、冷静に返事をした。


「だいたいそんな色っぽい下着を着るには胸が足りないだろ」

「なにか言いましたか?」

「なにも」


 聞こえない声量でつぶやいたはずなのに、ぎゅるんっと音がしそうな勢いで振り向いたティエリにすっとぼける。聞かれていたら面倒なことになっていただろう。


「んー、いまいちピンときませんね、ご主人様」

「知ら……そうだな」


 適当に返すとまたネグリジェを持ってくる可能性があるので、一応真面目に返事をした。ティエリは意見が一致したのがうれしいのか、嬉しそうに表情をほころばせて悩む。地味に器用なことしてるな。


「私って、どんな服が似合うと思います?」

「女性服」

「真面目に聞いてるんですけど」

「なら真面目に答えよう、俺にそんなセンスはない」


 こういうのは店員に聞くのが一番だろう。そう思った俺は、こちらを窺っていた女性職員に声をかけ、ティエリの服を見繕ってもらうように頼む。店員は俺たちの関係性を疑うようにこちらを見ると、ボソボソと呟きながらティエリに似合う服を探しに行った。


「背中の子供……若妻……父親、幼女趣味……?」


 かすってもいない。


 やがて表れた店員は、ウェル・トットーがデザインした新作、と銘打って服の紹介を始めた。今王都で大流行なのだとか。ふーん。


「これ……侍女服、ですか?」

「はい! こちらはですね、少し前にウェル・トットーがデザインした侍女服でございます。白と黒を基調にし、野暮ったい印象のあった侍女服を飾り立てることでオシャレな服にしたのでございます。残念ながら一部愛好家を除いて、多くの貴族様が『侍女を飾り立てる意味はない』という考えでございまして、あまり流行りはしなかったのですが。材料としましてはヘベル大森林に生息している《樹蜘蛛パルピア・ピルシュ》の糸を使用しておりまして、強度・柔軟性ともに信頼できる一品となっております。掃除が基本的なお仕事となる侍女の方にとってうれしいことに、頑丈で汚れが落ちやすいという使いやすい――」


 一を聞くと十になって返ってくる店員を相手に、ティエリがタジタジになっている。そっと値札を見ると金貨13枚。すごいな。


「《樹蜘蛛パルピア・ピルシュ》の糸を使っている関係で、値段が少々高くなっておりますが、丁寧に使えば長く持つ一品でございます。どうでしょうか?」

「ぐ、具体的に言うといくらなんですか?」

「金貨13枚でございます」

「じゅうさっ……!?」


 ティエリはその服を気に入ったようだが、値段を聞くと絶句した。まあ高いよな。服に出す値段ではない。店員も驚いたティエリを見て得意げである。それだけの価値があるということなのだろうが、その得意げな態度が俺の勘に障った。


「ここの店員は、客に対して高級商品を自慢するのが礼儀なのか?」

「いえいえ、そんなことはございません。もちろん、買わないということであれば予算にふさわしいものをお持ちします」

「――そうか」

「はい。ご予算はいかほどで?」


 こちらを見る店員からは、かすかに見下している色が見て取れる。自分で作ったわけでもない服を自慢し、ことさらに価値を強調する。開拓者を見下しているのか、それとも客を見下しているのかはわからないが、俺はこいつが気に喰わない。


「そうだな。予算は、ティエリの気持ちだ」

「「へっ」」


 しょんぼりしていたティエリが、びっくりして顔をあげる。きっと、自分にはこんな高級店はふさわしくないとかはしゃぎ過ぎたとか思っていたのだろう。顔を見ればわかる。


「正直に答えろティエリ。この服、欲しいか?」

「……欲しい、です」

「最初からそう言えばいいんだ、ったく。こいつをもらおう」


 俺が懐から金貨を取り出すと、店員が呆けたようにそれを見る。まさか払うとはおもっていなかったとでも言うつもりだろうか。俺のなかで店員の評価がぐんぐん落ちていく。すでに店員(偽)くらいの勢いだ。不愉快なので、買うものを買ってとっとと去ろうとしたところ。


「素晴らしい!」


 やたらと高いテンションで、男の声と拍手が店内に響き渡った。


「しゃ、社長!?」


 面倒なことになりそうだ。

おかしい、予定ではもう轟雷が出ているはずだったのに……おかしい……なのでこの辺のサブタイはあとで変更するかもです。

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