雷の魔法使い4
ウルベルグ。城塞都市ディラウスとは違い、ここでは俺の行為や容姿が割れていない。ゆえに、誰に何を言われることもなく観光を楽しむことができるというわけだ。
「というわけで、買い物に行く」
「なに、を?」
「適当に、いろいろ」
「かしこまりました」
昨日ヘロヘロになりながら無事に300の書き取りを終えたニムエとティエリ。ティエリは若干元気がないが、自力で立っているので特に問題はないだろう。
「ていうかティエリ、お前……」
「は、はい……」
「いや、いいわ……」
「かしこまりました」
昨日からずっとかしこまってるんだけど、従者ってそういうものだったっけ。困ったらそう言っておけばいいと思ってないか。まあいいけど。
「では、行くとしよう」
町に出ると、まだ朝だからなのか、昨日ほどの喧騒はない。だが領主が直接治める町ということもあり、物資は豊富そうですでにあちこちで露店が開かれている。アクセサリーなどが多く、若い女性をターゲットにしているようだ。ニムエは興味がなさそうな顔をしているが、先ほどからティエリがチラチラと露店のほうを見ている。買わんぞ。
「ルイドさま、お肉ー!」
「わかってるわかってる。さぁて、何を食べるか……」
宿で朝ごはんを食べてきたばかりだというのに、早くもお腹が空いたらしいニムエが声を上げる。本当によく食うし、なにより肉に対する執着がすごい。
それに比べてティエリは、食べられればなんでも、というスタンスを崩さない。強いて言うならば、魚が好きなようだが。俺? 本来吸血鬼に食事は必要ないので、嗜好品として美味ければなんでもいい。
「ご主人様、飲食店はこちらに集中しています。行きましょう」
「あ? ティエリ、なんでそんなこと知ってるんだ?」
「へ? い、いや、ウルベルグには何度か来たことがあるだけですよ?」
普通に答えればいいものを、目を逸らすティエリ。何か隠しごとがあるようだが、まあべつにいい。今更俺を裏切りはしないだろうし。ちょっとつついただけでこんなに動揺する奴が、俺に隠れて計画立てるとか無理だしな。
「そうか、それなら頼りにさせてもらおう。あと、金はあるから欲しいものがあったら言えよ?」
「お肉っ!」
「わかってるわかってる」
「わ、私は、ご主人様のお役に立てるならそれで……」
いや、ティエリがアクセサリーの方盗み見てたのバレバレだから。
「ひゃっはー!」
「ん?」
なんだか朝に似つかわしくない声が聞こえたので、俺がそちらに視線を向けると、男の二人組がいたんだが……なんというか……なんだ?
「なんだお前ら」
俺の言葉は心底疑問に思ったがゆえの発言だった。明らかに彼らは俺たちのことを見ているが、なんというか、形容しがたい奇抜な恰好をしている。頑丈そうな行動服、これはいい、わかる。わからないのはなぜ袖口や関節部分に穴が開いているのか、ということだ。ギザギザにカットされたり、ほつれていたり、切れ込みが入っていたり、不思議な服を着ている。髪もいったいどうやっているのか、空に向かって高く伸びている。片方は前にむかって突き出しているし、どうやってるんだ。魔術か?
「ひゃはは、お前さん、今『金はある』って言ったよなぁ?」
「言ったが?」
俺は身構える。怪しさ満点の恰好をしているので最初っから警戒心はマックスだが、これはいわゆる強盗ではないだろうか。まさかこんな街中で、朝から仕掛けてくるとは思っていなかった俺は、油断していた自分を戒める。
どうやら、ウルベルグは思っていたほど治安のいい街ではないらしい。
「危ないぜぇ、そういうこと言うとよぉ」
空に向かって髪を伸ばしている男が言うと、前に向かって髪を伸ばしている男が同調する。
「そうだぜぇ、そういうこと言ってると俺らみたいな危ないやつに襲われちまうぜぇ」
「なるほど。痛い目を見たくなかったら、金をよこせと。そういうことか?」
俺はまどろっこしい二人を見て、先んじて告げる。その言葉を聞いたニムエが警戒心むき出しで唸る。いや、反応遅いよ。
ティエリにいたってはすでに5歩ほど下がって巻き込まれないようにしてる。お前本当に従者になる気あんの?
「いや、違うぜぇ。危ないからなぁ」
「? いや、それは聞いた。で?」
「気をつけろよぉ」
「おう……?」
忠告料をよこせとか、そういう話だろうか。
「「じゃあなぁ。ウルベルグ、楽しんでけよぉ!」」
二人はそう言って明るく手を振ると、狭い路地裏に消えていった。入るときに前に向かって髪を伸ばしてる方が引っかかってたが、別にそれはどうでもいい。
「は?」
そして朝の通りには、事態が飲み込めない俺たちが取り残されるのだった。
「ウルベルグ名物、善良な悪者ブラザーズねぇ……」
自分でわからなきゃ知ってる人に聞くしかない、ということで周囲の人に訊いてみたが、あの二人そこそこ有名人だった。奇抜な服装でワルを気取ってはいるが、残念ながら――いや幸いというべきか――中身は小市民。というかいい人。だから、俺のように新しくウルベルグに入って危険な行動をしている人間には忠告をしていくんだとか。
ほかにも悪質なナンパ野郎に突っかかって返り討ちにあったとか、スリを追いかけて盗品は取り返したが代わりに自分の財布を盗られたとか、詐欺師に引っかかってる人を助けようとしたが騙されて身ぐるみ剥がされたおかげでその人は目が覚めたとか、なんというか心がほっこりする武勇伝を聞かせてもらった。
「世の中面白い人間がいるもんだな」
「同感です」
気前よく教えてくれた屋台のおっちゃんに料金を払いながら、俺たちは焼き鳥をほおばった。木漏れ日亭ほどの複雑な味付けの美味しさはないが、単純で濃い味付けの焼き鳥は美味しかった。ニムエは両手に2本ずつ持って交互に口に運んでご満悦だ。本当この娘は肉さえあればいい気がする。
「いい奴らなんだぜ? いや本当に。言うと嫌がるけどな」
「そんなもんか。まあ今思い返すと丸腰だったもんな」
一応護身用に剣を持ち歩いている俺に対して、丸腰だというのに忠告するのはそれなりに勇気のある行動だっただろう。俺はあの二人を少しだけ見直しながら、焼き鳥を食べる。
「そういやおっちゃん、この町で見ておくべき観光スポットみたいなのある?」
「そうだな、強いて言うなら――」
「言うなら?」
「若い女の子のケツだな」
「そうか、じゃあな」
「待て待て待て! 突っ込めよ坊主!」
俺がすげない対応をすると、おっちゃんは慌てて引き留めてきた。俺というよりは、その隣のティエリの汚物を見るような視線が痛かったのだろう。このまま別れると、ティエリの中のおっちゃんの評価は砂粒以下だ。
「ケツに突っ込めとか……すれすれだぞおっちゃん」
「いや坊主、お前何歳だよ。すれすれどころか普通にアウトだよ」
「?」
「……最低ですね」
ニムエが首を傾げ、ティエリの俺を見る目が冷たくなった。俺もたまには悪ふざけをしたい時があるんだよ、察してくれ。
「そうだなぁ、観光するなら双翼の塔だろうな。この町を一望できる観光スポットだ」
「双翼の塔?」
「ああ。謂われは色々あるんだが、まあ行ってみるといい。あれだ」
おっちゃんが指さす方向には、確かに石で組まれた塔がある。円柱状に組まれたその塔は、不思議な偉容を誇り、見る者の胸中に自然と感嘆をもたらすものだ。
「……あれは――」
「不思議だよなぁ、どうやって石をあの高さまで積み上げたんだか。あれをもとにして発展した町なんだぜ、ウルベルグは。登ってみて損はないはずだ」
おっちゃんが自慢げに胸を張る。
「あれは、ずっとあるのか?」
「ああ。誰も崩せない、壊せない石の塔ってわけだ。神様が建てたとか、魔族が作った兵器だとか、色々な説があるんだが、真偽は不明だ。まあその辺も、案内看板が立ってるからよ、行ってみなって」
あれに気づかない、とは。確かに到着するまで馬車のなかであったし、そのあとはとくに外出もしなかったので無理もないが、まさかこの町にあれがあるとは。
「ルイド、さま?」
俺は胸中にあふれだした思いをねじ伏せ、おっちゃんにお礼を言うと双翼の塔に向けて歩き出した。気がせいているのか、どうしても早足になってしまう。
「ルイドさま、苦しそう……」
「ご主人様、どうされたんですか?」
「俺は、あれを知っている」
石柱。崩せるわけがない、壊せるわけがない。あれは俺たち魔術師が作り上げた建造物だ。自動で大地や空中から魔力を吸い取る《自動吸収》の魔術と、その魔力を塔全体に循環させて疑似的な強化を行っているのだ。魔術を喪った人類では解析も破壊もできないだろう。
「遺って、いたのか」
造り上げてから400年経った今では、探すことも諦めていた。あれだけ激しい争いが――
「ぐっ、あ……!?」
「ルイドさま!?」
「ご主人様!?」
頭痛。戦争? 争い? なぜ俺は、あれが残っているはずがないと思っていたんだ? そうだ、戦乱が――激しい戦いの前では、あの程度の強化など――
「ぐぅっ……!!」
「ルイドさま、やだやだ! やだよ!」
ニムエの悲鳴も聞こえない。いい加減、この頭痛にも飽き飽きだ。強引に思考を勧めるが、考えれば考えるほど頭痛が激しくなる。まるで誰かに脳内を金づちで叩かれているような激痛。
俺たちは、いったい何と戦って――。
「がああああああああっ!!」
膝をつく。耐えられなかった。俺は目の前の地面を見つめ、思考を止める。それは考えることを諦めたのではなく、思考の全てが痛みで埋め尽くされたが故の思考放棄だった。
「くそったれ……!」
俺は激痛に屈し、立ち上がる。考えないようにすれば、徐々に激痛は引き、心配そうにこちらを見つめるティエリと、泣きながら俺にしがみつくニムエを確認できた。
「ルイドさま、死んじゃやだ! お願い、もう、ニムエを、一人にしないで……!」
背中に覆いかぶさり、号泣するニムエ。引きはがし、正面から抱きしめる。
「ふぐっ……ううううっ……!」
「……大丈夫だ、ニムエ。もう落ち着いた」
「ほん、とう?」
「ああ」
「どこにも、いかない?」
「どこにもいかない」
「やくそく……」
「ああ、約束しよう」
「よかったぁ……」
呟くと、ニムエは安心しきったのか、その体重のすべてを預けて気を失った。
「ティエリ、悪いがニムエを俺の背中に」
「……わかったわ」
ティエリが手慣れた手つきで、ニムエを俺の背中に乗せる。泣き疲れてというよりは、過剰なストレスに耐えきれなかったのだろう。《猿魔王》で離ればなれになった時はここまでひどくなかったのだが、何かニムエの中で心境の変化でもあったのだろうか。
「――原因は知らないけど、ニムエを心配させないでよね」
「偉そうな口を利くじゃないか、ティエリ。従者ごっこは終わりか?」
ニムエを背負わせたティエリは、静かに俺に話しかける。俺は特に怒ることはしない。ティエリは嘘は下手だが、頭が悪いわけではないのだから、何か理由があるはずだ。
「別に、ご主人様も人間なんだな、って思っただけよ」
「俺は、ヴァンパイアだ」
周囲に人影がないことを確認して小声でティエリに言う。
「種族はね。でも、悩んで、苦しんで、子供のためにそのすべてを飲み込んで安心させるための言葉が言える。おかしいわよ」
「……なにがだ」
「生殖機能がない、繁殖できない種族なのに、幼子を守ろうとする意志と、安心させるための気遣いができるのは。とんだ矛盾だわ」
「……それは」
言葉に詰まった。
「気付いてなかったのよね。その矛盾に」
「――ああ」
「でも、いいです。私も偶然気付けただけですから。これからもよろしくお願いしますね、ご主人様」
従者口調に戻ったティエリの口調が、若干弾んでいる。色々とティエリの内心を想像してみるが、思いついた結果、口から出たのはこんな言葉だった。
「お前、主人の弱みを握って喜ぶとかいい根性してるな」
「……ご主人様って救われなさそうですね」
「あいにくだが俺は神を信じていない」
「そーいう話ではなくてですね……ああ、まあいいや。こりゃ前途多難ですね……主に女性関係が」
ティエリが重い溜息を吐く。女性関係に関しては人間時代にもシェリルに色々言われていた俺は、若干動揺する。今生でも女性関係は鬼門なのだろうか。面倒な。
「で、結局双翼の塔にはいくんですか? ご主人様がまた苦しむなら、行かなくてもいいと愚考いたしますが……」
「無理して慣れない口調を使うんじゃない、逆に気になる。そうだな、できれば行きたいところだ」
俺は遠くに見える、石の塔を見据えて告げた。




