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雷の魔法使い2

 俺たちはあっという間に3日間を過ごすと、領主の屋敷があるウルベルグへと向かう日になった。この3日はティエリと歴史書を探したり、ニムエと歩いていたら厄介なファンに絡まれたり、リルの強引な誘いのデートに付き合ったり、ゲルキオさんと飲み屋巡りをしたり、色々なことがあったのだが。まあ機会があれば語ることもあるだろう。


「さらばディラウス、また会う日までってな」


 早朝。領主のほうで用意した馬車と業者に連れられて、俺たちはウルベルグへと向かうことになる。向かうメンバーは、俺、ニムエ、ティエリの3人だ。クリエはこの町を離れられず、リットは呼ばれなかった。結局、俺とその仲間たちでウルベルグへ向かうことになる。


「さて、御者との待ち合わせ場所はここだが……」

「お待ちしておりました、ルイド様」

「――これは予想外だったな」


 高級そうな柔らかい執事服に身を包み、俺たちの前に現れたのは一人の男だった。その顔に見覚えのある俺とニムエはそろって驚いた視線を向けた。


「服屋の、人?」

「――また会ったなカイスト。そうか、君がそっち側なのか」

「覚えていただき光栄でございます。リヒト・ウルベルグ様の執事もしております、カイストと申します」


 誠実そうな優男は優しく微笑むと、恭しい動きで頭を垂れた。その一つ一つの所作が洗練されており、彼がいかに高度な従者教育を受けているのかがわかる。さっきからティエリの目線が熱い。その優男フェイスでいったい何人の女性を誑かしてきたのだろうか。


「ルイド様が私の主人に呼び出されたと聞いたときは、非常に驚きました。もっとも、最初に出会った時より何かある方だとは思っていましたが、まさか魔王を討伐するほどの腕の持ち主とは見抜けませんでした。私もまだまだです」

「轟雷様の助力あってのことだ、俺だけの実力じゃない」


 俺が謙遜すると、カイストはわかっていますよといわんばかりに笑みを深めた。


「では、時間も惜しいので早速向かうとしましょう。私の経歴なども、馬車のなかでお話ししますので……」

「おや、君の経歴は高いんじゃなかったかな?」

「これは手厳しい。特別にルイド様には、タダということにしておきましょう」

「そいつは、高い買い物になりそうだな」


 俺とカイストはお互いに黒い笑みを浮かべると、馬車に乗り込んだ。ニムエとティエリには段差が高すぎるので、俺が中から手を差し出して引っ張る。カイストが御者席に座り、出発の準備は整った。


「では、出発――」

「そこの馬車、ちょっと待ったぁああ!」


 カイストが恭しく馬を出発させようとしたとき、早朝に似合わない鋭い叫び声が周囲に響き渡った。その声に心当たりがある俺は、出発するようにカイストを促す。


「よろしいのですか?」

「まあ、面倒だから」

「おやおや……」


 カイストが馬に鞭を当てると、馬車がゆっくりと動き出す。普通の町娘である彼女は、ここまで全力疾走してきたせいで息が上がり、もう走れない。馬車を追いかけることはできなかった。それでも、とその場で大きく息を吸い込むと大声で叫んだ。


「はぁ、このっ! アホルイドー! 今度この町に来たら、覚えとけー!」


 その声が響いて余韻が消えたころ、カイストが面白そうに俺に訊く。


「失礼ですがルイド様、彼女になにをしたんです?」

「出発の日を1日ずらして教えたんだが、誰かが本当の日時を漏らしたな」


 俺が視線を向けると、ニムエが無言で目を逸らし、ティエリがそっぽを向いて口笛を吹く真似をし始めた。誤魔化すのが下手なのか、誤魔化すつもりがないのか。


「おや、ルイド様も随分と罪作りな方だ」

「――所詮は10日ほどの付き合い。半月もすれば忘れるだろうさ」

「そうならないことは、わかっているんでしょう?」


 動き始めた馬車は徐々に速度をあげ、駆け足程度の速度で街中を移動していく。だがカイストの腕がいいのか馬車がいいのか、ほとんど揺れを感じることはない。俺はのんびりと流れていく外の景色を眺めながら、カイストに応えた。


「忘れたほうが幸せなことだってある」

「……詳しくは聞きませんが。おそらく、忘れはしないと思いますよ」

「手が届きそうな位置にいるのも辛いだろう?」


 俺は肩をすくめる。自分が求めるものを手に入れようと努力する彼女の姿は、俺にとっても好ましく映る。だが、それに応えることはできない。俺にはこの人間社会の400年を解き明かすという目的があるし、この城塞都市に骨を埋める気はない。彼女にも家があり、店があり、友がいて、家族がいる。その繋がりはそうそう捨てられるものではないし、なにより簡単に捨ててはいけないものだ。一時の感情、気の迷いなどでは決して捨ててはいけない。


「まあ、ひどいことをした自覚はあるからな。次この都市を訪れるときは、せめて頼み事くらいは聞いてやろうと思う」

「……やはり、貴方は罪作りな方ですよ。ルイド様」


 背を向けているのでカイストの顔はわからなかったが、優しく微笑んだことは声色でわかる。俺は無言で顔をそむけると、耳に残っている彼女の声を振り払うように、ゆっくりと目を閉じた。


 旅路はいたって順調だった。一度ニムエが酔って戻すという事件があったものの、一度吐いたら慣れたのか、それ以降は酔いすらしなくなった。俺は蝙蝠飛行のせいで揺れには強いので酔わなかったし、なぜかティエリも酔わずに平然としていてカイストを驚かせた。


「私はもともと、ウェル・トットー……あの服屋を立ち上げたデザイナーの弟なんです」


 カイストが巧みに馬車を操りながら、自分の経歴を語り始める。


「本名は違うんですが、ウェルは商人の息子でした。私は小さいころに従者としての教育を教えられ、リヒト様のところで雇われました。そこでも様々な技術を叩き込まれ、執事となった私に、兄から招待状といくつかの服がリヒト様に贈られたのです。招待状は、貴族向け高級店を開くため、その教育を受けた私を主任として借りたいというものでした」


「そのころウェル・トットーの服は王都でも流行の服でした。リヒト様は、この件を快諾し、私は城塞都市ディラウスに開店したあの店で、主任を任されていたというわけです」

「ほー……世の中はやっぱり面白いなー」


 奇妙な縁のつながりである。ディラウスに入ってから最初に訪れた服屋で会った人物が、まさか領主とゆかりの人物とは。


「リヒト様は素晴らしい方です。理解があり、特に城塞都市ディラウスの安全を第一に考えてくださっている。轟雷様が屋敷にいてくださるのも、ひとえにリヒト様の政治手腕のおかげです」

「あー、そうだ。俺たちその轟雷様に呼び出されたんだけど、どんな人なんです?」


 俺が問いかけると、カイストは少し居住まいを質してから、歯切れ悪く話し出す。


「轟雷様は、ですね。感情的になりやすい部分があります。あとは、これは魔法使い様たちのほとんどに言えることなのですが、少し普通の人間を下に見ているところがありますね」

「うわー……会いたくねぇ……」

「そ、そうおっしゃらずに。話が通じないことはないですし、強大な力を持って生まれたのですから、多少は仕方がないかと」


 カイストが養護するが、さすがに聖人君子とはいかないようだ。


「強い力は、性格をゆがめるものなのかねぇ……」


 俺が呟くと、ティエリがこくこくと隣で頷いた。


「何か心当たりがあるのか、ティエリ?」


 俺が笑顔で問いかけると、ティエリはぶんぶんと首を横に振った。全く。


「そういうものなのかもしれませんね。ほかの魔法使い様たちも、一癖も二癖も性格に難がある方だと聞いています。朧影様も、無理を言って学院に通われていますし。全く、何を考えているのやら、です」

「学院っていうと、ヴィリス王立学院か。そうだ、カイスト。俺たちは学院に通いたいんだが、リヒト様は推薦状を出してくれるだろうか?」

「さて……問題なく出してくれるとは思いますが、こればっかりはリヒト様の気持ち次第なので確約は出来ませんね……」

「まあそうだよな」


 今回の魔王討伐の功績なら、おそらく推薦状を出すことに問題はない。ただ、リヒト様とやらが、俺たちのことを信用できないと思った場合、有力貴族の子弟が通うヴィリス王立学院への推薦状は渡さずに褒章――お金で済ませようとするだろう。なんとかして信用してもらわねば。ほかの貴族への渡りを付けるのは非常に面倒くさそうなのでやりたくない。


 俺は、馬車に揺られながらそんなことを考えていると、あまりに緩やかな時間の過ごし方に気が抜けたのか、はたまた膝の上で熟睡するニムエに影響されたのか、ゆっくりと眠りに落ちていた。


 † † † †


 ――ああ、夢か。


「なあルイド、俺の技の冴えはどうだったよ?」

「やかましい。いつも通りだ、いつも通り」


 人間であったころの記憶。仲間とともに魔獣を狩り、災厄を退け、他種族の集落に遊びに行き、自由気ままに大陸を走り回っていたころの記憶。


「しかしまぁ、今回の相手は厳しかったですねぇ」

「そうか? 相変わらずだったぞ」

「いや、そりゃ姉貴はぶん殴ってただけだからな……」


 《魔女》シェリル。俺とは違う、まっとうな後衛魔術師が今回の戦いの感想を言えば、拳に何重にも布を巻いた女性がとぼけたように返す。そんな《術拳》ヴィリアに呆れたように返したのは、彼女の実の弟である、《白剣》ディリル。


「ケトリアスはどう思った?」

「どうもこうも死ぬかと思ったぞ。お前ら変態の戦いに一般人の私を巻き込まないでくれ」


 俺が問いかけると、《学士》ケトリアスは疲れたように溜息を吐いた。もっとも彼女がいなければ、奴の弱点を見抜くまでに時間がかかったことは間違いない。


「《災厄龍ゲドルフィン》……強敵でしたね」


 シェリルが呟けば、俺とケトリアスが頷き、ディリルとヴィリアが首を傾げる。結局この姉弟は似た者同士で、拳を振るうか剣を振るうかの違いしかないのだ。俺とシェリルの二人の魔術師は、魔術を跳ね返す反魔鱗に苦しんでいたというのに、二人は気にした様子もなくぶん殴ったり切りかかったりしていたのだから理不尽である。龍種と戦うときは、魔術師は常に劣勢を強いられるのだから、仕方がないと言えば仕方がない。


「そういや、最近魔族のやつらはどうしてるんだ?」

「ああ、なんか農業が流行ってるとか言ってたぞ。変われば変わるもんだ」

「魔王も話してみたら普通にいい人だったしねぇ」

「待て、あいつらの身体能力で畑を作っているのか?」

「そうみたいよ。どこかで止めなきゃ国土の半分が農地になっちゃうって嘆いてた」

「流行り過ぎだろ」

「でも収穫がへたくそすぎて、この前面倒になって思いっきり魔術使って全部風で飛んでったって聞いたわ」

「なにそれ超見たかったんだけど」

「森人族が見たら激怒するだろうな……」


 なんてことはない、日常会話。あちこちの種族の集落に顔を出し、時に戦い、時に酒を呑み、時に語らった俺たちは、様々な種族の友人がいた。そのうえで世界の害となる《災厄龍》や《魔人》、《魔獣》を狩って暮らしていたのだ。間違いなく、人類最強の仲間たちだった。


「あーもう、剣振りたくなってきた! ルイド、付き合え!」

「しょうがねぇな。5分だけだぞ」

「えー! たんねぇよ! せめて2時間!」

「誰がやるか! せめての意味を調べなおして来い!」

「次の目的地はどうする?」

「そうですね、最近森人族のところに行っていなかったので、そちらに向かってみますか?」

「いいな。久しぶりに蜂蜜酒が飲みたい気分だ。ところでシェリル、エルムスから戻るように言われてなかったか?」

「ああ、いいんです。どうせまたおじいちゃんたちが孫の顔を見たがってるだけなので。まあ、顔くらいは出していきますが」

「そうか? それならいいが。おいバカ弟。そんなに体を動かしたいなら私が相手になってやる」

「へ?」

「おいバカやめろ。お前ら前それで宿を一つ潰したのを忘れたのか! 怒られる私の身にもなってくれ!」

「本当にケトリアスって保護者って感じですよねぇ」

「シェリルもほっとくといなくなるしな」

「そういうルイドくんだってほっとくと女の子連れてくるじゃないですか!」

「おい待てその言い方には悪意があるだろ。あいつらが勝手についてくるんだ」

「思わせぶりな態度取るからですよ! 英雄の一角であることを自覚してください!」

「なっ、シェリル! お前この間宿から出て角ひとつ曲がった場所で迷子になってたのばらすぞ!」

「もう言ってるじゃないですか!」


 ――なんのことはない、ただの日常だった。これを夢で見るのも、一度や二度ではない。転生するたび、新しい肉体を得るたびに、俺はあいつらを思い出して泣いていた。もう会えない。散々戦って、戦って、戦い抜いた、誰よりも強い絆で結びついた戦友たち。


 隠し事なんてする必要はなかった。誰かの問題はまるで自分の問題のように全力で対処した。魔族とも、森人族とも、妖精族とも、龍族とも、宴をして酒を飲み、戦っては意見を交わしてきた。


 もう戻れない、過去の記憶。俺だけが死ぬことを許されなかったのは、いったいなぜなのだろうか? 転生するたびに、疑問に思う。


 俺は、いったい何を――この世界に、やり残しているのだろう。

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