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雷の魔法使い1

 案の定面倒なことになった。


「魔法使い、轟雷様があなたを呼べと言っています」


 魔法使いに会えるのは願ったり叶ったりなんだが、この前の《猿魔王カラミティア・ベイブ》との戦いでは、俺は完全に魔法使いを利用した。いい印象は持たれてないと思われる。


「いいじゃないですか、念願の貴族とのつながりですよ、英雄さん?」

「やめろ……」


 クリエの嫌味に俺は心底嫌そうな顔を向ける。この前の《猿魔王カラミティア・ベイブ》との戦いは、奇跡的に死者ゼロ。避難するさいに怪我した人間がいくらかいたようだが、そこまでは面倒見切れない。そして、俺が《猿魔王カラミティア・ベイブ》と戦う姿がわずかでも市民に見られていたのがよくなかった。あれよあれよという間に英雄に持ちあげられ、いまや街を歩くだけでひそひそと噂される始末。開拓者ギルドの怠慢に矛先が行かないよう、目の前の才媛が噂を煽ったのは間違いない。


「んむ」


 俺の膝に座るニムエが、目の前のパンを頬張る。俺がそばにいることで安心しきっているのか、その表情はコロコロと変わり、非常に愛らしい。

 《猿魔王カラミティア・ベイブ》と戦うとき、先に送り出したニムエは途中で心細くなり、その場にしゃがんで泣くというとても子供らしい行動をとっていた。よく頑張ってはいるが、まだまだ甘えたい年頃なのだ。仕方がないだろう。ちなみにリットに保護された。


 《猿魔王カラミティア・ベイブ》の討伐から、3日が経っていた。それだけの時間が経過すれば噂が噂を呼び、俺の人物像はめちゃくちゃになっていた。筋骨隆々の大男だという説もあれば、6人目の魔法使いだとする説もある。転生を繰り返した、魔術を操るヴァンパイアだと知れたらいったいどうなるのだろうか。


「まったく、魔王が出たときはどうなるかと思ったよ」

「まあ、無事に討伐できてよかったですわ。やはり、私の目に狂いはありませんでした」


 リットとクリエが親しげに会話をかわす。実際、俺以外に奴の恐怖を実感したのはリットとニムエだけだ。魔王――《災害的怪物カラミティア》もここ最近は出現していなかったようで、なんとか《飛竜ワイバーン》よりは強いが、地竜よりは弱いということで納得してもらった。地竜なんかより数段やばいのだが、そんな強さの指標は戦った本人が決めることだ。あんまり強さを過信されても困るのと、必要以上に力を誇示すると面倒ごとに巻き込まれそうだったので、自衛の意味を込めて《猿魔王カラミティア・ベイブ》の戦力は過小評価させてもらった。


「ああ、ルイドさん。招集は4日後なので、出立の準備を忘れずに」

「――会いたいならお前が来いって……」

「言えるわけないでしょう」

「そうだよな……」


 轟雷。本名は知らないが、この城塞都市ディラウスを治める領主の屋敷に住み、そこから魔法を放っている。だが立場としては領主よりも上の、国王直属という扱いになるらしい。

 国王直属の最強の魔法部隊、その名も『五芒星』。5人の魔法使いだけで構成された最強の部隊なのだが、5人がそろって戦ったことはないという。それは部隊とは言わない。


「厄介ごとの匂いがする……行きたいけど行きたくない……」

「諦めてくださいな。高ランクの開拓者なら領主様の要請を断ることは可能ですが、魔法使い様のお願いは断れません」

「権力ってヤツか……」


 クリエがあきれたように俺を見る。いや、お前本当に俺に感謝しろよ? 俺がいなかったら《猿魔王カラミティア・ベイブ》はこの都市ふつうに滅ぼすレベルの災厄だからな? 轟雷だって無尽蔵に魔法を放てるわけじゃあるまいに。……無理だよな? 無理であってくれ。

 わかると思うが、俺は疲れている。想像してみるといい、宿から通りに出たとたんにヒソヒソとささやかれ、指を指され、女の子には熱い視線で見られ、男からは畏怖と嫉妬の籠った目で見られる生活を。常人なら3日で根を上げるだろう。俺は1日で無理だった。そこから始まったのは、俺とクリエの壮絶な情報戦だ。


 なんとか俺を英雄に仕立て上げたいクリエと、なるべく目立ちたくない俺の利害は見事に相反し、やたらめったら噂が流れることになる。それらがまじりあって、『英雄ルイド筋肉ムキムキ大男説』と、『英雄ルイド6人目の魔法使い少年説』が今、城塞都市ディラウスを席巻している。結局英雄という部分を覆せなかった時点でこの情報戦は俺の負けだった。


「じゃあ、俺たちは4日間は休むから。絶対要請いれんなよ」

「激戦のあとですからね、いいでしょう」

「あと今からゲルキオさんを休みにしろ。飲みにいく」

「……失礼ですがルイドさんは未成年では?」

「17だよこの女狐が!!」


 俺の額に青筋が浮かんだのを見て、クリエは笑いながら了承の意を返した。俺はさっそくニムエを連れて部屋を出ると、階段を足音荒く降りていく。ニムエがパンをくわえたまま、のんびりとリットに手を振っていた。


「ゲルキオさん! 今クリエから午後休もぎ取ったから飲みに行きますよ! 俺のおごりで!」

「え、ええ!?」

「木漏れ日亭でもいいですけど、ぜひゲルキオさんの知っている店を教えてほしいんです。そこに行きたいです!」

「い、いいですけれどルイド様。平の私にさん付けして、支部長補佐のクリエさんを呼び捨てにするのは……」

「様付けしなくていいです、ゲルキオさん。英雄なんてガラじゃない――ことはないですが、煩わしいので」

「は、はぁ……」


 戸惑うゲルキオさんを引っ張って立たせると、そのまま開拓者ギルドを飛び出す。《猿魔王カラミティア・ベイブ》が街中に残した傷跡は少なく、3日も経てば町の雰囲気はいつも通りだ。もっとも、興奮した様子で《猿魔王カラミティア・ベイブ》の姿を伝える市民の様子は、いつも通りではなかったが。


 まあ本気でグロい見た目をしていたから気持ちはわかる。


「そうですね、それでは『フラフラ鳥』に行きましょう。大衆酒場ですが、この時間でも開いてるはずです」

「いいですねぇ! あ、ニムエ連れて行って大丈夫です?」

「問題ありませんよ!」


 そんなこんなで、俺は日常を満喫していた。


 † † † †


 残り3日である。3日後には、城塞都市から馬車で領主の住む町に向かわなければならない。ゆえに、この町に詳しいリル、リット、ティエリ、ゲルキオさんに連れられて俺とニムエは城塞都市ディラウスを満喫することにした。なにせ領主の町、ウルベルグまでは馬車でおよそ3日かかるのだという。もしそこで推薦状を得られたならば、俺とニムエはその足で王都へ――ヴィリス王立学園へと向かうことを決めていた。そして城塞都市ディラウスをめぐるうちに俺は気づいたことがある。


「マジで歴史書の類がなんもない!」


 本当に見当たらない。強いて言うなら子供向けの絵本に、かつての英雄たちの軌跡が見て取れたくらいである。人類がこの400年、どんな歴史を積んできたのかが全くわからない。道行く人に訊ねてみても、色よい返事は返ってこない。これは本腰をいれてかからないと、魔術が衰退した理由は解き明かせなさそうである。


「ご主人さまは、人類の歴史が知りたいんですよね?」

「そうだ」


 話しかけてくるティエリに、俺はそっけなく答える。《猿魔王カラミティア・ベイブ》を討伐してからというもの、ティエリはニムエに従者、奴隷としての在り方を徹底して教えている。貴族が多い学園に通うのだから、このまま天真爛漫なニムエでは困るというのが理由で、俺もその理由には納得せざるを得なかった。しかし、ニムエが俺に甘える時間が減っているので、俺が若干不満である。ニムエは時間が少なくなった分全力で甘えてくるが。


「でしたら、やはり学園に入学するしかないかと。あそこには、様々な蔵書が収められていると聞きます」

「やっぱりそうなのか。まあ貴重な書物を独占したい気持ちはわからないでもないがな」


 本は貴重品だ。それこそ、一般市民は目にすることはあっても、手に取ることなど夢のまた夢――そんな感じのもの。ちなみに今は俺はティエリと二人で外出中である。市民が、俺の像があやふやになったので、ニムエの姿で俺を特定しているのである。白髪緑眼の奴隷の愛らしい幼女など、そうそういるものではない。ついでに『英雄ルイドは幼児趣味』という噂もたっているが、まったく気にしていない。

 リットもリルも隣を歩いていると目立ってしまう。リットもリルもそれなりに名の知れた存在だし、二人とも俺との関係性がばれている。その点、ティエリは俺との接点がばれていないし、なにより目立たない容姿をしているので、俺は久々に平和な町巡りを満喫していた。


「ご主人様、なんか今失礼なこと考えませんでしたか?」

「いや?」


 途中でティエリに服を買ってやったり、忘れていた槍を補填したりしながら過ごしていると、すっかり日が暮れてしまった。夕暮れのなかを二人で歩いていると、正面から大弓を背負った開拓者らしき妖艶な美女が歩いてきた。


「……む」


 隣でティエリが不満げに唇を尖らせるが、そういうのとは違う。その歩き方に一切の隙がなく、なにより何か懐かしい気配がするのだ。


「――あら。誰かと思えば、英雄ルイド様ではないですか」


 美女は立ち止まり、くすりと笑う。その笑顔も、不思議と懐かしい感じがする。群青色の瞳に吸い込まれそうな錯覚を覚えるが、俺は改めてその女性に向き直る。女性にしては長身で、その背に背負った大弓も負けず劣らず巨大だ。予備なのか、腰にはいくつかのダガーがぶら下がり、一見普通の開拓者に見える。


「何者だ、お前は」

「あら、これは手厳しい。私、少し挨拶に伺っただけですのに」


 静かに笑みを深める美女に対して、俺はそろそろと腰に手を伸ばすそこには剣が収められており、いつでも抜くことができる。その動きを見た美女は、少しだけ悲しそうに目を伏せると、小さく口を動かした。



『――真紅の瞳に、気を付けて』



「なに? お前、いったい……」

「さて、小さなレディも怖いことだし、私はこれで退散するわ。次に会うときは、敵同士かもね?」

「待て……お前、何を知っている……?」


 美女は静かに首を振ると、身をひるがえして去っていった。俺はその様子を見て、追いかけるのを諦める。リットが得意とする気配消しの技術――そのさらに高みにある技でもって、美女の気配が消えたからだ。周囲を見渡しても、先ほどの美女と思しき人影は確認できない。全く油断できない相手だ。


「ご主人様……今のは……?」

「……さあな。だが、今考えてどうにかなるものでもないだろう」


 俺は考えるのをやめる。なにせ情報が少なすぎるうえに、言葉も抽象的。推察に推察を重ねてそれを信じるよりも、あらゆる状況に対応できるよう、思考に余裕を持たせておいたほうがいい。


 そんなことを考えながら宿に戻ると、ニムエが泣きながら書き取り練習をしているところだった。


「うっ……うう……助けて、ルイドさまぁ……」


 ニムエが顔を涙と鼻水でボロボロにしながら俺にしがみついてくる。それを見たティエリは、『仕方ないなぁ……』という顔で陣が書かれた羊皮紙を持ち上げる。そこにはティエリと俺が課した数よりも多い数の『水』の陣が刻まれていた。

 ティエリとニムエには魔術のことを話してあるので、この隙間の時間を使ってそれぞれ書き取り練習をさせていた。まだまだ歪みが目立つが、それでも最初に比べればはるかに上達している。俺はティエリが持ち上げた羊皮紙をちらりと見ると、よく頑張ったニムエの肩を叩く。腰のあたりにしがみついたまま、ニムエが期待に満ちた目で俺を見上げた。


「最後のほう歪みがひどいからあと100回」


 どん底に叩き落した。


「ふええええっ!」

「ご、ご主人様、さすがにやめてあげては……?」

「何言ってるんだ、ティエリもやるんだよ。ほら、俺が見てやるから早く座れ」


 そのあとは1回陣を書くたびに2~3箇所修正され、泣きながら書き取り練習をする二人の姿があった。俺は泣きながら陣を書く二人を見て懐かしい気分に浸りながら、買ってきた魔術用の触媒細工に新たな魔術の陣を彫り込んでいくのだった。

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